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    hisoku

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    hisoku

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    作る料理がだいたい煮物系の尾形の話です。まだまだ序盤です。

    #杉尾
    sugio
    #現パロ
    parodyingTheReality

    筑前煮 夜の台所はひんやりとする。ひんやりどころではないか。すうっと裸足の足の裏から初冬の寒さが身体の中に入り込んできて、ぬくもりと入れ換わるように足下から冷えていくのが解る。寒い。そう思った瞬間ぶわりと背中から腿に向かって鳥肌も立った。首も竦める。床のぎしぎしと小さく軋む音も心なしか寒そうに響く。
     賃貸借契約を結ぶにあたって暮らしたい部屋の条件の一つに、台所に据え付けの三口ガス焜炉があるということがどうしても譲れず、その結果、築年数の古い建物となり、部屋も二部屋あるうちの一部屋は畳敷きになった。少し昔の核家族向けを意識して作られた物件らしく、西南西向きでベランダと掃き出し窓があり、日中は明るいが、夏場には西日が入ってくる。奥の和室の方を寝室にしたので、ゆったりとしたベッドでの就寝も諦め、ちまちまと毎日布団を上げ下げして寝ている。また、リフォームはされているが、気密性もま新しい物件と比べるとやはり劣っていて、好くも悪くも部屋の中にいて季節の移ろいを感じることが出来た。ああ、嫌だ、冬が来た。寒いのは苦手だ。次の休日に部屋を冬仕様をしねえとと思う。炬燵を出すにはまだ早いか。洋間のリビングの敷物は冬物に替えとくか。気になるところは多々あれど住めば都とはいったもので、気に入って暮らしてはいて、越してきてもう三年目の冬になった。
     気休めに足の爪先と爪先を擦り合わせてから換気扇をつけ、レンジフード内にある小さな照明もつけ、水を入れた片手鍋や小鍋をそれぞれ、三つの五徳の上に下ろすと、かちかちかちと音を鳴らして焜炉に火をつける。一つは味噌汁用の出汁作り用で、出汁作りといっても簡単なもので市販の出汁パックを柔く湯の沸いている鍋の中に放り込むだけだ。楽できるところは楽をする。その場にしゃがみ込んで真横から目でも見て、ひどく沸騰しないよう火加減を調整する。小さな青い炎が円を描いて規則正しく並んでいる様を見ると、すうはあと静かに深呼吸をしたくなる。ガス火は扱いやすく実感もあって好い。十分後に鳴るようタイマーをかけて冷蔵庫に向かう。その隣の鍋で水洗いした里芋を水から茹で始める。奥の鍋ではこんにゃくを茹でるのに使う。今夜は筑前煮を作る。
     料理は祖母に習った。煮物にするとお野菜もお肉もお魚も柔らかくなって、みんなが食べやすくなるからね、と云って煮物ばかりを作る人だった。おかげで俺も煮物ばかり作ってしまう。旬のものを見掛けると何でもかんでも煮てしまう。仕事帰りに寄った行きつけのスーパーに蓮根や里芋が目立つように並び始めたのを見て、そうか、根菜の季節か、と思い出し買い込んできた。



     入れる野菜を洗って皮を剥き、切り始める。人参、蓮根、牛蒡。だいたい一口大の乱切りか。そのへんは適当だ。とんとんとんと俎板に包丁のあたる音が台所内に小気味好く響く。鶏肉も余分な皮を除いて切っていく。干し椎茸は、本当は入れたくないところだが、煮物に限っては入れるようになった。何度か入れずに作ってみた結果、祖母の味にならず、味ももの足りなくなると解った。帰ってきて直ぐにぬるま湯につけて戻しておいたそれを複雑な気持ちで見つめ、石づきを落として一口大に切った。こんにゃくも切り、茹で始める。米は炊いておいたものをレンチンして食うから今夜は炊かない。味噌汁の具を何しようかと考え、冷蔵庫を見て、豆腐と榎茸を取り出し、それらも切った。絹さやは買い忘れた。切る工程を終え、ふう、と凝り固まっている首と肩に手をやり、ぐにぐにと解すように手で揉む。今週もだいぶ疲れた。仰いで腰に手を当て、背中も反らして伸ばす。肩を肩甲骨が動くよう回す。腕にしている時計を見る。もう夜もだいぶ深い。
     こんなふうに平日に夕飯の準備をきちんとするのは金曜の夜だけだ。あとは外で買ってきたり外で食べてきたりして済ます。夜にする料理は気分転換も兼ねていて趣味のようなものにも近い。ストレス発散というか、料理はひたすら無心で取り組めるところが良い。あと。

    んんっ。

     自分を律するように大袈裟に咳払いを一つして調理に戻る。邪心が入った。次は調味料の準備だ。流しの下から醤油やら砂糖やらを出してきて一列に並べ、手を止めてグラスに酒も注ごうか考える。酒か。いつもならば迷わずに何か注いで呑みながら作っていくのだが、今夜はやめることにした。粉山椒をふれば間違いなく酒と合うことも解っているが、今夜は素面で味わいたい。そういう気分だった。茹で上がった里芋を笊にあけ、熱さと格闘しながら、とんとんと一口大に切る。あとは炒めて煮るだけだ。
     サラダ油を引いた鍋に入れて火にかけ、鶏肉から炒め始める。両面をしっかりと焼き、こんにゃくを入れ、下拵えが済んだ他の野菜を入れていく。程好く炒め、祖母のやり方に倣って酒を振り、出汁を入れ、煮立ったら先ず、みりんと砂糖を加えて弱火で蓋をして暫し煮る。十分くらいだろうか。醤油はその後に入れ、また蓋をして煮る。煮ている間に味噌汁を仕上げ、台所の角に置いてある椅子に腰掛けて仕上がるのを待つ。椅子は使わない時は片しておける肘掛けつきのアウトドアチェアで、社内の飲み会のビンゴゲームの景品で貰った代物だ。贈呈された時はどうしようかと思ったが、こうして室内で使えばいいと気付いてからは重宝している。座り心地も好い。祖母もよく台所に椅子を持ち込んで座りながら料理をしていた。
     郷愁すら誘う好い匂いが台所内に立ち込めてきて、もうそろそろかと蓋を取る。ざっと三人分か。絹さやはないので、完成かな、と蓮根を一つ摘まんで口に運ぶ。上出来だ。ひとり頷いて頭を撫で、火をとめる。飯を冷凍庫から出してきて電子レンジで温め茶碗に移し、味噌汁を椀に装い、鉢に出来たばかりの筑前煮を一食分装う。椎茸を避けて装うので鍋の中の椎茸が目立って仕方がない。ははっ、と笑ってしまう。小さな盆に載せて運び、リビングに移動すると、ひとり手を合わせて食べ始めた。お疲れさま、美味そうだな、と自分で自分を労う。



     黙々と一頻り食べきって、鍋に残る筑前煮のことを思う。どうしようか。どうしようじゃねえだろう。そうだよなあ。一人問答をして立ち上がり、食器を流しに運び込んで、食器棚からタッパーを取り出す。残りの筑前煮を椎茸ありとなしに分けて移しきると、椎茸ありを抱えて台所を出る。短い廊下を行き玄関からも出て、下の階へと行く。自分の部屋の真下にあたる部屋のドアをととん、とんと三回ノックする。俯いて待ち、深呼吸をして気持ちを整える。鍵を外す音がして、がちゃりとドアが開くなり、中の住民が顔を出した。寝巻き姿だ。

    おう。

    よう。

    こんな時間にどした? あ、あれか?

    そう、餌付けにきた。

    やった! 今日は何の煮物?

    筑前煮。

    マジで! 俺がこないだ食いたいって言ったから?

    スーパーで蓮根と里芋が安かったから。

     そう言って持ってきたタッパーを杉元を渡す。サンキュ、と云いながら受け取って直ぐに杉元が蓋を開ける。そのうち首を傾けたり、持ち上げたタッパーを底から眺めたりすると、って、と呟いて杉元がじっと筑前煮を見つめて黙り込む。黙り込んでいる理由は解っているので俺も一緒になって黙り込む。はあ、と溜め息をついて杉元が沈黙を破る。

    尾形。

    なんだ。

    お前、また俺に椎茸全部押し付けただろ。

    そんなことはないだろ。

    あるだろ、比率がおかしい。明らかに入っている量が多い。

    気のせいだろ。

    ちゃんと食えよ、椎茸も。

    良い出汁は出ていると思う。

    出汁だけじゃなくて本体も食え。

    あのぐにぐにが嫌だ。

    嫌だじゃねえし。ったく、俺はお前の椎茸処理係じゃねえからな。

     そう云いながらも顔は笑っていて、俺も釣られて笑う。

    でも美味そう。有難うな。

    どういたしまして。

    今度、俺もなんか持っていくし。

    ん、期待しとく。

    じゃあ、寝るわ。

    俺ももう寝る。

    おやすみ、尾形。

    おやすみ、杉元。

     互いに軽く手を挙げ、挨拶を交わして杉元が部屋のドアを閉める。音が響かないよう、静かにゆっくりと閉ざされたドアを暫く見つめてから自分の部屋へと帰った。



     でも美味しそう、有難うな。

     そう云った時の杉元の顔を頭の中で反芻する。きっと今夜は良い夢が見られそうだと思う。
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