被害者一名※いつもの本編後
※いつもの両片想い了遊
※説明通りの話
※了遊どっちも様子がおかしい
※オチはいつも通り投げた
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「好きだ」
遊作はまっすぐ、目の前の男を見つめて言った。
「つきあってくれ」
「……」
さしもの鴻上了見も絶句した。
カフェナギの、ソーセージの転がる鉄板を挟んで内と外。じゅわじゅわ言っているソーセージは先刻了見が注文した分だ。
了見はしばしの間の後、調理を続ける遊作の隣で会計をしていた草薙に目線を向ける。
「──店主、ここの店員のコンプライアンス教育はどうなっているんですか」
「いや……なんというか……」
草薙は頭痛を覚えていた。
もっとあれやこれややっているのでコンプライアンスも何もないが、それはそれとして確かに了見の言い分通りこのタイミングでの告白はどうなのか。というか前から了見の事を気にしているとは思っていたがそういう意味での意識だったのか。ツッコミも疑問も追いつかないし、こういう形で監督不行き届きを咎められるとは思わなかった。
とりあえず会計を終えてから、草薙はカウンター端のレジ横に置かれたデュエルディスクから静観しているAiをつつく。
「Ai、どうなってるんだ」
「ええ? そこでオレに振っちゃう~?」
「いや急すぎるだろう、あれは。何かあったんじゃないのか?」
「そりゃまあそのあったっていうか、無かったとはいえないというか」
あ、これ遊作を焚きつけたか煽ったかしたな、と草薙は半目になった。デュエルでは冷静な遊作だが、日常生活の煽りには案外弱いというか負けん気が強いのが出やすいのは知っている。
そんなやりとりが耳に入っていないのか無視しているのか遊作は話を進めている。
「返事をもらえないだろうか、了見」
「タイミングを考えろ。仕事中にする話か」
「顔を見ていたらつい抑えきれなかった」
「……」
「あれ、リボルバー先生もしかして照れてる~?」
「黙れ」「黙れAi」
「うわこわ! なんだよ二人してそういうとこだけ息合わせてさ~!」
言いながらAiはさっと草薙の腕にくっつくようにして二人の冷たい目線から身を隠した。
「……了見、確かにおまえの言うとおり仕事中にする話ではなかったな。日を改めるから開いている日時を教えてくれ」
「その必要は無い。今回に限り今返答しよう──『断る』」
「え マジで」
遊作が口を開くより先に、こりもせずAiが声を上げた。隠れている草薙の後ろから顔を出す。
「だってさ遊作、残念だったな!」
「想定内だ」
遊作は真顔で了見に言った。
「了見、本当に断っていいのか」
「……何?」
「俺は欠点も多いが長所もそこそこある。後悔するかもしれないぞ」
ひどく真剣に言うが、内容的には自己アピールさせてくれという話だ。どちらかというと厳しめなくらいの表情は緊張しているからなのだろうが果し合いを前にした武士みたいな空気は告白や自己アピールと隔絶した雰囲気だが。
「ほう。いいだろう、そこまで言うなら聞かせてもらおうか」
対する了見の方は意外にも告白と違い申し出を無下にすることもなく、どこか鷹揚に居住まいを正した。
草薙は首を突っ込みたがるAiを押さえつつ考える。どこかで切り上げさせるなり場所移動させるなりしないと、ちょうど客足が途切れているからいいもののそうでなければ良い見世物だ。このただならぬ空気を見せないで済んだという意味では仁が休みで良かったが、切り上げさせた後の人手という意味ではいてほしかった気もしてきた。
草薙の地味な葛藤に気づくはずも無く二人は淡々とよく分からないやりとりを続けている。
「そうだな、まず一人暮らししているから家事は一通り問題なくこなせる」
「私も出来るが」
「一緒にいてお前の手間をかけさせる心配がないと言うことだ」
「そうか」
了見は頷いて、一拍の後もう一度呟いた。
「……そうか?」
じろじろと遊作を見る。
平均よりやや細めの身体、ワンパターンの私服、よく言っても清貧としか形容できない年季の入った部屋で不満もなく暮らして掃除はロボッピ任せ、自炊といえば炭水化物におかず的な何か(大体総菜やレトルトみたいな既製品だ)をのせるだけ、好きな食べ物はと聞かれてカフェナギのホットドッグしか挙げない──草薙が知っている範囲だけでも生活能力がお世辞にも高いとは言えない要素が幾らでも出てくる。懐疑的な眼差しの了見に対し、何のフォローも出来ないので黙っておく。Aiもこれは同意見らしく小さく唸るばかりだ。
「そうだ」
遊作本人だけが自信満々に何の疑問もなく頷いた。
「口も堅い。ネットリテラシーは熟知しているから不用意な行動やSNSでの言動でお前に迷惑をかけることもない」
コンプライアンスは放棄しているのにな、と思いながら草薙は黙々とコーヒーを淹れる。了見の注文分だ。遊作はとちらりと様子を窺うが話しながらもしっかり手を動かしていた。慣れた物だ。仕事しながらの雑談はともかく、告白はやめて欲しかったが。
「万が一のことがあっても自力消火は容易だ。なんならお前たちの方で問題が起きた際の火消しに協力も出来る」
「いらないな」
そこは了見が断ってくれて良かった、と草薙は胸をなでおろす。さすがに弟分が目の前で犯罪組織に加担しようというのなら止めておきたい。
「容姿もまあ、連れていて見苦しいほどじゃないとは思う」
「……」
草薙は心中で首を振った。
正直、この容姿に対する本人のコメントは正確ではない。目立たないよう立ち回っているから大半から見過ごされているだけで、遊作の容姿はとても良い部類だ。
ことに人を寄せ付けない空気のあった以前と違って、不在から戻ってこちら遊作の持つ空気はぐっと和らいだし表情も随分と豊かになった。そのせいか最近は客から遊作不在時に次のシフトや個人情報を聞かれる事も増えており、身内のひいき目ばかりでないことを知っている。
了見も同じ意見だったようで、何言ってんだコイツという顔をしていた。
「なんなら目立たないように行動するのは得意だから安心してくれ」
遊作は了見の様子に気づくでもなくそう結び、そしてそこでちょっと得意げに付け加える。
「なにより、俺が恋人だといつでもそれなりに骨のあるデュエルができる」
「……………………」
それは非常に魅力的だったらしい。了見はそこそこ長いこと考えて、しかし思い直したようで小さく首を振った。
「だめだ」
「……そうか」
さすがに悄然として遊作は眉を下げた。
しょんぼりしながらもベテラン店員なのできっちり仕上げたホットドッグを手早く包むと草薙からコーヒーを受け取り、紙袋へ詰め了見へ滞りなく差し出す。
「分かってはいたが、おまえほどのやつに釣り合うようになるにはまだ努力不足ということだな。精進するから時間をくれないか」
「いや、そもそも──」
了見が言いかけたが、かぶせる様にしてAiがない口を開く。
「ほーらな、やっぱりだめだった」
「……嬉しそうに言うな」
「いやいや喜んでないって! それにこれで良かったって思うぜ? あんな冷血大王より先週告白してきた子いただろ、あの子のが絶対良いって!」
「何だと?」
了見にじろりと睨まれるが、Aiは再度さっと草薙を盾に半分隠れてひらひらと手だけ振る。
「そーんな怒らなくたって冷たいのは本当の事だろ~」
「そこじゃない、その後だ」
「え? 告白の件?」
「そうだ。私は聞いていないがどういうことだ?」
「ウチの遊作ちゃんは人気者だからな、お客さんからもモッテモテなんだよ!」
「Ai」
遊作が黙らせようと呼ぶのだが、Aiは聞かない。
「常連のチョーかわいい女子高生から告白されたんだなー遊作! あ~ちょうど店の裏側だったから監視カメラの範囲外か~、ネットの全てを監視できてもリアルはそうもいかないもんな~、油断してたな先生?」
「……」
「うわ目つきこわ!」
どうも風向きが変わってきた。
草薙は、鉄板の上をきれいにして次に備えている遊作の手元を見ながら心中で考えていた。やはり折を見て、どこか別の場所で続きをやらせよう。相変わらず客足は途絶えたままなので店が困っているわけではないのだが。
「あれは、よく知らない相手だ」
困ったような顔で遊作が言うが、Aiは構わず了見を指して続ける。
「アイツのことだってそんなに知らないだろ? 一緒一緒! スタイルも顔も数値的に相当いい子だったぜあれ」
「……そういうのはよく分からないな。了見の顔が良いのは分かるが」
「ネットで情報あさったけど周りの評判もいいし一回お試しでつきあえば?」
「お試しなんて」
「本人も言ってたじゃん。遊作さえ良かったら、一週間お試しでいいからって」
「……」
Aiが一向に引く様子がなく、遊作は小さく息をついた。困ったように眉を下げて草薙を見る。草薙もたぶん似たような顔をしてただろう。もっともこれはどっちかというと、この状況自体に対しての物だが。
ちなみにAiの指す客からの告白の件は草薙も聞いている。遊作が「好きな人がいるから」と断ったのも知っているし、その上で相手の少女が「それでも気が変わることがあったら、お試しで良いから付き合ってくれ」と言っていたということも知っている。つまりAiは意図的に肝心なところを伏せた形で話題にしている。
了見に対する当てつけというよりは──と考えつつ草薙が見やった先で了見は、ホットドッグの袋を片手に非常に厳しい顔をしている。とても分かりやすい。
「──聞き捨てならんな。その相手とやらの情報を寄越してもらおうか」
ぽつりという。
「了見?」
「はァー? 遊作がいざ他人の物になるって思ったら惜しくなったか?」
「違う。だが相手がどんな人間かは見極めさせてもらう」
「いやいやいやいや意味分かんないし! 遊作が誰と付き合ったっていちゃいちゃしたってリボルバー先生には関係ない事だろ? おとなしく家に帰って枕濡らしてろー」
「いや、リアルの監視に穴があったのはこちらの手落ちだ。そして闇のイグニス、お前の調べた情報だけでは十全とはとても思えない。こちらでも精査する」
「何言ってんの?」
「安心しろ、厳しく精査してやる。藤木遊作と付き合うつもりならまずこの私を倒してもらおう」
「いや割とマジでどういうポジションのつもりなんだよ! 残念ながら遊作の相棒枠も保護者枠も親友枠もぜーんぶ全部埋まってんだよ! お呼びでないっつーの! 大体さらっと『私は聞いてない』とか『監視』とか言ってるしなんで遊作のプライベート把握してて当然になってんだよ! 堂々とストーカー宣言するなっての!」
「運命の枠ゆえ当然のことだ」
「いや意味分かんねーよ! 創造する枠じゃねーし! ツッコミ追いつかないから止めてくれよ~」
草薙は新しいコーヒーを淹れながら、ひっそりとAiに同意した。もっとも現状を招いたのもまたAiではあるのだが。
「了見……俺をそんなに心配してくれているのか」
「まてって遊作、その理屈おかしいから! なんでちょっと嬉しそうなんだよ!」
「それもそうか」
ハッと我に返った様子で遊作は了見を見た。
「Aiの言う通りだ。俺が付き合う人間を心配するくらいなら、おまえが俺と付き合えば調査なんて面倒をしなくても万事解決だ」
「おかしいってそういう意味じゃねえよ!」
「ふむ」
「センセもなーにしれっと名案だなみたいな顔してんだ! さっき遊作の告白断ったばっかりだろ!」
「そうだった」
「Ai、余計なことを……!」
「えっ悪いのオレ⁈ 今のは全人類突っ込むだろ⁈」
頭を抱えて叫んでいたAiだが、さすがに突っ込み切れなくなったらしい。草薙を振り返る。
「なあ、草薙もふたりに言ってやってくれよ!」
キラーパスやめろ。一体この状況で何を言ってどういう方向にもっていけというのか。草薙は半目になった。そもそも従業員の色恋沙汰に首を突っ込むというそれこそコンプライアンスに悖るのではないか。いや逆か。
「草薙さん」
「……」
ふたりして真剣な曇りのない目で見てくるのはやめなさい。草薙は大きくため息をついた。なんと言ったものかと必死で考えながらとりあえず口を開いたところで遊作が遮った。
「草薙さんも聞いていただろう? 俺の心配をするくらいなら俺と付き合えというのは間違ってないはずだ」
そうして了見に向き直る。
「確かにおまえが言う通り俺はまだ人間的に未熟な部分も多いかもしれない。だがおまえに見合うような人間になれるよう約束する」
プロポーズか。草薙はひとまず遊作を落ち着かせようと思ったのだが今度は了見が遮ってくる。
「──それは違う。私の方こそお前に見合う人間ではない」
「了見……!」
「だが、だからこそ──お前にはお前にふさわしい人間と幸福になってもらいたい」
「そんなこと、俺が自分で決めることだ!」
また風向きがおかしくなってきた。
わーわー互いに平行線の主張を続ける二人と、辟易した様子のAiを眺めながら草薙はとりあえずコーヒーを口にした。いつもと変わらない香りと味。少し落ち着く。
そうしてひとしきり二人が言いたいことを言いつくした辺りで、おもむろに声をかけてやった。
「ふたりとも──もういっそ、デュエルで決めたらどうだ」
「え?」
「デュエル?」
ぱちりと揃って目を瞬くふたりに、草薙はバンの奥のログインブースを指す。幸い設備は以前のまま生きているしおあつらえ向きに二人分ある。
「あれこれ言っても平行線だろう。だったらデュエリストらしくデュエルで決着をつける方が早くないか?」
あと店前も静かになるので一石二鳥だ。
「しかしこれから店が忙しくなる時間だろう。外すわけには……」
「気にするな遊作、Aiがソルティス持ってくるから。な?」
そう言うとAiは全力で残像ができるほどの勢いで頷いた。とってきまーす!と宣言するなりデュエルディスクに沈む。二人の間から逃げる機会を伺っていたのだろうが元凶に変わりはないので、戻ってきたら今日は思い切りこき使ってやろうと草薙は決めた。
「ということでこちらの心配はしなくていい。なに、簡単なことだ。勝った方が負けた方と付き合えばいいだろう?」
適当極まりない提案をすれば、二人は意外なほどあっさりと乗った。結果は同じなのだがあえて乗ったのか頭に血が上っているのかはよく分からない。まあどっちにしろ結果と同じで変わらないのだ。
先を争うようにしてログインブースに飛び込む二人を見送って、草薙はようやく静かになった店でしばしコーヒーを堪能した。コンプライアンスについて考えながら。
なおこの後、リンクヴレインズではプレイメーカーとリボルバーが死闘を繰り広げているという情報がどこからか拡散されたため見物しようとした人々が一斉にログインしたり中継へ接続したりでアクセスが集中し、さしものSOL社のシステムも耐え切れず現場区画がサーバーダウンに至った。
これが何かまた大事件につながるのでは、どこかからの攻撃でもあったのではと別方面へ騒ぎが伝播していったりもするのだが、それはまた別の話だ。