箱庭パラダイム(仮) 場所を変えても悪夢は変わらずついてくるようだ。
モニターの画面を切って、了見はデスクから立ち上がった。仕事は中断だ。
遮光カーテンは開け放たれていて、寝室にはレース越しに薄い月明かりが射している。
遊作はまだうなされているようだった。了見が室内に入ると、微かな謝罪の言葉が聞こえて思わず眉を寄せる。
声をかけながらベッドに近づくが覚醒の気配はない。
覗いたベッドの上で遊作はブランケットを握りしめ、口元を引き結び、かと思えば小さく繰り返した。嫌だ、やめてくれ、嫌だ、嫌だ。
「遊作」
こんな眠りならばいっそ起こした方が良いだろうと再度声をかけ、次いで屈みこみ、そっと揺すってみるが遊作は顔をしかめただけだった。うう、と小さく呻く。
そして、吐息と共に吐き出した。すまない、と。
その眦に浮かんだ涙を目にしたところで了見は、考える間もなく遊作の両肩を掴んだ。
「起きろ!」
声をあげると、ようやく藤木遊作はぽかりと目を開けた。
ひく、と小さくしゃくりあげ、茫然と瞬く。頬から落ちた雫が月明かりに一瞬だけ鈍く光った。
「りょう、けん」
ゆめ、と唇だけで呟く遊作に、了見も我に返った。
「──大声をあげて悪かった。うなされていた」
肩を掴んでいた手をそっと離し、指先で遊作の目元を拭う。
「……」
遊作は無言でベッドに起き上がった。うつむき、自身の両手をじっと見降ろす。
「その、驚かせただろう。気分は悪くないか」
「・・・だって」
了見の言葉が聞こえているのかいないのか、うつむいたまま遊作は小さく言った。震える声で。
「──おまえだって」
「遊作?」
せめて背中をさすってやろうと伸ばした手を、遊作は無造作につかんだ。強く。
目を見開いた了見が抵抗する間もなく、つかまれた腕を強く引かれてバランスを崩した了見は遊作の上に倒れこみそうになった。
ベッドの端に片膝をついて踏みとどまるも、遊作が今度は両手で了見の胸倉をつかむ。
「おまえだって俺を置いていくんだ」
低く言う。
「何を……」
「なあ了見。お前、俺が『こう』なのを知っていただろう? 今日じゃない、ずっと前からだ」
「……ああ」
了見は、僅かに逡巡したものの頷いた。
彼の信頼をいいことに部屋へ招かれた際、盗聴器を仕掛けたのは監視のためだ。理由がどうあれ犯罪でありプライベートの侵害だ。
「なら、俺が何にうなされていたのかも分かっていたんだろう。だからAiも、草薙さんも遠ざけた」
「…………そうだ」
それは取りも直さず藤木遊作の私室を監視していたことの肯定だ。だが確証を持たれている以上嘘をついても意味がない。
「尤も、私にはお前の心を読むような力はない。だからお前が彼らに対し何を謝っているのか、なぜ直接言わないのかまでは知らん」
「何が目的だ。こんな世話までして」
「……」
了見は遊作の手を解こうとしたが、拒む遊作が更に強く引き寄せる。了見の薄い色の目を覗き込むようにして、遊作はたたみかける。
「昔の事に対する罪滅ぼしのつもりか? 違うだろう? 事件の事が原因じゃないと分かっているんだからな」
了見は、何も言えなかった。
夢にうなされ日々消耗していく藤木遊作の保護を申し出たのも、適当な理屈で悪夢の原因と推測されたAiと草薙翔一を遠ざけたのも了見だ。
だが、目的を問われると見かねたとしか答えようがない。
「おまえはつまらない同情なんてしないと思っていた」
「同情ではない」
「じゃあなんだ? 憐憫か? 惨めだったか? まさか友だからだなんて言わないだろう?」
らしくもない嘲りの混じった声音の端々は震えていて、見つめ返す大きな目にはいつもの強さはない。了見は目を伏せた。
そして、遊作の背に両手を回した。
「心配だった」
抵抗されるかと思ったが、予想していなかったせいか遊作はされるがままだった。
襟首をつかんでいた手から力が抜ける。そこで了見は遊作を抱く腕に一層に力をこめた。肉付きが薄く、身に着けた薄い夜着越しにも体温が分からないほどに冷えた身体だ。
「お前が損なわれて行くのを見ていられなかった。それだけだ」
「……なら、もう見ないでくれないか」
「知った以上そうはいかない」
「──俺は、Aiを殺した」
「奴が望んだことだ」
「草薙さんも、殺した」
「互いに納得しての事だったろう」
「俺は」
ぐう、と喉を鳴らして遊作が顔を上げる。
「俺は──嫌だった!」
叫ぶ。
ぼろぼろ落ちる雫がいくつもの染みを作っていく。
「俺は、自分にできることをやりたかっただけだ! 大義とかしらないし、英雄になりたかったわけじゃない!」
Aiも草薙翔一も、結果的に戻って来て、Aiは遊作と共に暮らし、草薙も望み通り回復した弟と共に過ごす日々を手に入れた。
それでも──そんなものは、結果的に、でしかないのだ。草薙翔一の生還もAiの復活も幸運があっただけのことだ。
そして結果がどちらにしろ藤木遊作にとって、大切な存在を手にかけたという事実は変わらない。彼らが何と言おうが、今がどうだろうが、だ。
「おまえだって──あんな、後を頼むだなんて──あんな顔で」
遊作の腕が、了見の背に回される。ひどく凍えた手が背に触れる。
「ずっと探していたのに!」
小さな子供の用に泣き叫ぶ遊作を、了見はただ抱きしめて、その慟哭を受け入れるしかできなかった。
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みたいな感じのメンタルぐちゃぐちゃ作と、立ち直るの助けるのが最善と分かってるけどなんかもう頑張らなくてもいいだろうみたいな気持ちもあって心がふたつある見の話
いつかちゃんと書きたいなメモ