デバッグ了遊「それでここの行で……ああ、ここがnullになっているのがおかしいな。直すから少し待ってくれ、了見」
「……」
了見は困惑していた。
というのもその日了見がカフェナギに顔を出すと、店の前で藤木遊作が何やら難しい顔をしていた。
テーブルには空のコーヒーカップとタブレット、ミニキーボード──そして手元に可愛らしいぬいぐるみがある。髪の跳ねがやや特徴的なアッシュグレーで、まるい顔に刺しゅうされている大きな目は淡い青色をしており、ご丁寧に白いジャケットを着せられている代物だ。
「……藤木遊作」
声をかけて初めてこちらに気づいたようで、遊作は顔をあげた。
「了見か。今、急ぎの修正をしているんだ。すまないが後にしてくれるか」
それだけ言うと遊作は手元のぬいぐるみ目線を落とす。
「これでいいな。では了見、次のセクションだ」
「……」
あろうことか、ぬいぐるみに「了見」と名前を付けている。どういうつもりなのか。
了見は大きくため息をついた。自然と眉間にしわが寄る。
「ここの処理で一度──」
説明を続ける遊作の手元から、了見はぬいぐるみを取り上げた。さっと机の端に置いてしまう。
あっけにとられる遊作をよそに隣のイスを引き、どかりと音をたてて腰を下ろす。
「説明を続けろ」
「おい」
なんなんだ、と呟く遊作を無視していっそ尊大ともとれる態度で了見は画面を指す。
「大元の原因はそこだ。単純な見落としだな」
「おまえ……」
「黙って修正しろ。急ぎなのだろう?」
「……分かっている」
遊作は眉を寄せながらも手を動かす。
「あとはそこの処理も、参照が残っているから孤児が言う事を聞かなくなる」
「……それも分かっている。だが全部殺すとこっちまで吹っ飛んで全裸になるだろ。事案になる」
「ゾンビ化しておけばいい。参照を切って死体にしておけば、ガベージコレクタが後で墓場に持っていく」
「ならいっそプールで管理して必要な分を再利用した方が早い」
「それも悪くはないが──」
「いいから少しは説明させろ」
そんなこんなで、ぬいぐるみと違って説明する前にあれこれ口を出されて大変だったものの幸い遊作は想定より早く修正を終えることが出来た。
そして了見は、なぜか勝ち誇ったような顔でぬいぐるみを見やり、帰っていったのだった。