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    maybe_MARRON

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    maybe_MARRON

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    左馬一
    猫の日ご都合主義違法マイク マイクは精神に作用するので

    meow いつものように玄関先で「ただいま」を告げれば、返ってきたのは「おかえり」ではなく「ニャア」という短い鳴き声だった。思わず勢いよく顔を上げれば、同じ高さに色違いの瞳はなく、トトト、と軽い足音とともに黒猫が姿を表す。
    「……一郎?」
     おかえりを告げてからここまで顔を出してくれた姿と、赤と緑の二色の瞳が一致して、自然とその名前を呼んだ。黒猫は首を傾げて、もう一度だけ「ニャア?」と鳴く。
    (……ンなわけねぇか……)
     馬鹿なことを言ってしまったと恥じ、そこらへんで拾ったのだろうか、と思い直すも、一郎の声はいつまで経っても聞こえてこない。黒猫の視線は、変わらずこちらに向けられていた。
    「…………」
     猫とは、こんなにおとなしく警戒心のない生き物だっただろうか。もっと自由に歩き回って、近づいたと思ったら離れて、時に甘えて時に引っ掻いて。飼ったことはないが、そういう気ままそのものの存在だったように思う。こんなふうに初対面で近寄ってきて、まるで言葉を交わすように問いかけに応じるだろうか。
     疑問に思いながらもリビングへと向かう。靴はあった。そこに一郎がいればそれで何も問題はない。いてくれ、と願いながらそのドアを開くも、気配こそあれどもおかえりと笑う姿はなかった。テーブルの上には晩飯が用意されており、つい先程まではそこにいたようである。寝室や風呂場にもいない。探している間、ずっと後ろをついてきていた黒猫は、心配そうにこちらを見上げていた。
    「……違法マイク、か……?」
     遅効性のマイクだとすれば、今の状況も一応納得はできる。どちらかといえば状況からのこじつけに近いが。
     しゃがんでそっと手を出してみる。黒猫は戸惑いながらもその手に頬を擦り付けた。しばらく好きなようにさせて、今度はこちらから撫でてみる。鼻から頬を辿るように。頭から体にかけて。耳の後ろ。
    「ハハッ、ここが気持ちいいンか」
     尖った耳をふにふにと触り、それから後ろの辺りを軽く引っ掻くように擽る。目を閉じて気持ちよさそうに顔を傾ける仕草は、一郎そのものだった。
    「こっちの言葉はわかんだな?」
    「ニャ!」
    「明日センセーのとこ行くか。猫用のゲージねぇけど車乗せられっかな……」
     不思議と受け入れることは容易かった。疲れて思考を放棄したとも言うが、目立った外傷もなくコミュニケーションも今のところ問題ない。違法マイクであれば効果は数日だろうから、多少仕事の依頼を断る程度で済むだろう。
    「……お、サバ味噌」
     テーブルの上に用意されていたそれを見て、もう一度一郎らしき黒猫を振り返る。
    「食えるか?」
    「ニャア〜!」
    「食いてぇよなぁ、好物」
     多少味付けは心配だが、まあ魚だし大丈夫だろうと今晩くらいは大目に見ることにする。自分の分の白米と味噌汁をよそえばそれも欲しそうにこちらを見つめてきたため、食べられるのか疑問に思いながらもとりあえずよそってやると、残さず綺麗に食べ尽くしたものだから不思議だった。仕組みはわからないが、見た目以外は一郎そのものなのかもしれない。
    「……シャワー浴びてくるわ。おとなしくしてろよ」
    「ニャ」
     ついでに電話もしておくかと寂雷の番号を呼び出し、不安そうに見上げてくる黒猫の頭を撫でながらざっくりと状況を説明する。先に寝室に行っているよう指示して、風呂場へと向かった。
     なんだかドッと疲れが増した。ただでさえ、今日は帰り際にチンピラに絡まれマイクを起動させる羽目になったのだ。さっさと帰って癒されるつもりがこれである。猫の姿も悪くはないしこれはこれで癒されるのだが、いつもの大きな身体を抱きしめたいし、がっしりとした腕で抱きしめ返してほしかった。
     
       ◇
       
     左馬刻が風呂場に向かい、シャワーの音がするのを確認してから、一郎は慌てて自分のスマートフォンを取り出した。どちらの弟にするか一瞬迷って、三郎に掛ける。
    『もしもし』
    「あ、三郎? 俺の言葉わかるよな!?」
    『え? はい……あの、それはどういう……?』
    「や、なんか、急に左馬刻が……」
     帰宅してからの左馬刻の言動を簡潔に伝えると、三郎は『あのバカヤクザ……』とぼやいた後に、何か考え事を始めたようだった。それからカタカタとキーボードを叩く音がする。
    『たしか、少し前に幻覚系の違法マイクが出回っていたような気がします。……あ、これだ。相手の姿が何らかの動物に見えるみたいですね。それで、きっと一兄の姿が何かの動物に見えていたんだと思います』
     ゲージの話や寂雷との電話の内容からして、おそらく左馬刻には今の自分が猫の姿に見えているのだろう。言葉が通じなかったのも、きっと鳴き声に聞こえているのだと推察する。
    『他は特に目立つ害もないし、効果もそこまで長続きしないそうですよ』
    「そうか……」
     ひとまず身体に害がないということに安心する。どちらかと言えばこちらの心的負担の方が大きい気さえした。
     礼を言い三郎との電話を終えると、今度は寂雷に掛け、先程の左馬刻との会話に少しだけ修正を加えた。これまでに同じ効果のマイクをくらった患者を診たことがあったらしく、一郎の話を聞いた寂雷は『やはりそうですか』とすぐに納得したようだった。
    「……つーわけで、明日は俺じゃなくて左馬刻の方を診てやってください」
    『わかりました。左馬刻くん程の精神力の持ち主なら、もしかしたら寝ている間に効果が切れるかもしれないね』
    「だといいンすけど……」
     電話をしている姿が左馬刻の目にどう映るのかはわからないが、余計な混乱を防ぐためにも風呂から上がる前に電話はさっさと終わらせた。幸い、左馬刻の帰宅を待っている間に風呂は済ませてある。まだ眠くはないが、おとなしくベッドで待つことにした。
     しばらくして風呂から上がった左馬刻は、だいぶ疲れているのかあっさりとベッドに潜り込んできた。ビールもコーヒーも飲んでいないし、おそらく煙草も吸っていない。
    (疲れてんのかな……)
     マイクの影響じゃなきゃいいけど、と思いながら身を寄せる。いつもは腰のあたりに回される腕が優しく頭を撫でて、それが猫に見えているからなのだと理解した。人間サイズの猫だったら――あるいは人間のまま猫耳やしっぽが生えた程度であれば――抱き枕代わりにでもできただろうが、きっと一般的な成猫サイズなのだろう。撫でてくれる手に自ら頬を寄せる。さまとき、と小さく名前を呼べば「ん?」と返事があって、勢いよく顔を上げた。
    「左馬刻、もうマイクの効果切れたのか!?」
    「……? あー、こっちから話しかける分には問題ねぇけどお前が何言ってるかまではさすがにわかんねぇな……」
     戻ってからな、と宥めるようにもう一度頭を撫でられる。戻ってからは同じことなど言わないし、どうしてそんなに落ち着いているのかもわからないが、抗議の声がどのくらいの鳴き声になるかもわからず閉口するしかなかった。だから言葉の代わりに、もう少しだけ顔を寄せる。
    「……おやすみ」
     うとうとと重たそうな瞼に口付ける。言葉が伝わらないならこれしかあるまい。そんな意思表示に気がついたのか、左馬刻はきちんと唇にキスを贈ってくれた。
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