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    maybe_MARRON

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    maybe_MARRON

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    左馬一
    珍しく真剣にタイトルを考えた話でした
    「月が綺麗ですね」への返事として「今なら手を伸ばせば届くかも」を意味しています
    お互いが「届くかも」と思っていたらいいな

    Reach for the MOON ディビジョン代表チームのリーダー六名で出した曲は、予想以上の反響があった。
     それに目をつけた中王区は、時にはテレビ、時にはライブで、彼らにパフォーマンスを披露するよう仕向けた。もちろん直接ではない。各局の番組ディレクターにそういう指示を与えたのだ。最初は戸惑っていた六人も、こうも立て続けに出演依頼を受ければ事情は察する。一応支持率は気にしているらしい政府にとって、ヒプノシスマイクやそれを用いたバトルに批判的な人間たちにも、多少興味を持ってもらえるようにしたいのだろう。そのためにはマイクを用いて実際にバトルをしている人間の、バトルを除いた歌だけの実力を見てもらうところから始めようという魂胆なのだ。
     あまり気分の良いものではないが断ることもできない六人は、何度目かの番組出演を終えた後にそのまま打ち上げという名の飲み会を開いた。簡単に言えば、飲んで騒いで愚痴を吐き出して発散したかったのである。一郎と空却も先日成人した。寂雷だけは自主的にアルコールを控えたが、その方がお互いのためでもあるので無理強いはしない。
     和解したと言うには曖昧な関係の六人ではあったが、こういう場面では意外と団結できるのである。多少の気まずさはあるかと思っていたが、予定通り飲んで騒いで愚痴を吐き出して、気づけばあっという間に三時間ほど経って店を追い出された。
    「それじゃあ、私は明日もあるのでこの辺で」
    「ボクも〜。本当はもっと飲みたいけど、午前中から打ち合わせがあるんだよねぇ」
     普段と変わらない穏やかな笑みを浮かべる寂雷と、唇を尖らせる乱数。簓も明日は通常通り仕事があるため今から新幹線に乗らなければならないらしく、左馬刻は自然と、残された一郎と空却に視線を寄越した。
    「お前らは?」
    「俺は……別に予定とかはねぇけど……」
    「拙僧はパス。もうねみぃから帰る」
    「えっ」
     さっさと背を向けた空却に、一郎は珍しく狼狽える。それに気づいた空却は足を止め、くちゃくちゃと口に含んでいたガムを膨らませながら一郎をまっすぐに見つめた。少しの間の後に、何かを一言だけ告げて再び歩き出す。
     さて、どうしたものか。
     カカッと笑いながらのんびり歩いていく空却。新幹線の最終便の時間が迫っており足早に去った簓。おもしろがって寂雷の背中を押しながら帰ってしまった乱数。四人各々の背中を見て、それから取り残された一郎に視線を戻す。
     普通に考えれば、このままお開きにするのが妥当だ。時間もそれなりに遅い。
     だがなぜか口からは「もう一軒行くか?」と漏れており、一郎は目を丸くしながらもそれに頷いたのである。
     自分から提案したくせになんとなく舌打ちしたくなるような気まずさを覚えながら、適当に次の店を選んで中に入る。二人でバーに、なんて間柄でもないので、個人経営の酒でも飯でもなんでもありそうな小さな店にした。
    「左馬刻ってどんくらい飲めんの?」
    「お前こそどうなんだよ」
     ――発端は、何気ないその言葉だった。
     まだなんとなく気まずさの残る二人。負けず嫌いの二人。そんな二人を二人きりにすればどうなるか。先に帰った四人に責任はないが、突発的に始まったのは片思い中の中学生のようなぎこちない会話などではなく、『どっちが先に潰れるか』の勝負だった。
     誰の目から見ても圧倒的に一郎が不利なこの勝負だが、ハンデをつけるために左馬刻はテキーラをショットで三杯立て続けに飲んだ。この三杯が妥当な量なのか一郎には判断できなかったが、そもそも一軒目で飲んだ量も全然違う。受けて立つ以外の選択肢はなかった。
     そうして出来上がった酔っ払い二人は、気づけば肩を組んで夜道を歩いていた。
     足元はおぼつかない。意味のない戯言をまあいいやと受け流しつつ、ヘラヘラと笑いながら駅へ向かっているような遠回りをしているような、ふわふわとなんでもない時間を過ごしていた。いちろぉ、と名を呼びながら何気なく肩に腕を回した瞬間にしまったと一瞬左馬刻は冷静になったのだが、一郎は意外にもすんなりとそれを受け入れ、かつてのように背中に腕を回してきたので気分がよかった。
    「酔ってんなぁ、左馬刻」
    「ああ? テメェの方がフラフラじゃねぇか」
    「それはそうなんだけどさあー……あんたにまたこういうことされるって思ってなかったから、なんか……へへ……」   
     加えてこんなことまで口走るのだ。酔っ払いは恐ろしい。言動には気をつけなければ。
    「……あ」
     不意に一郎の視線が上を向いた。つられるように空を見上げる。
    「見ろよ、ほら。月が――……」
     掛けられた声にゆっくりと上げていた視線を月から隣へと戻す。こちらを向いていた一郎は口を開けたまま固まっており、吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
    「月、が……あー……満月だなぁ……?」
    「ブッ、ハハハッ! 誤魔化し方下手くそすぎんだろ!」
    「うっるせーなぁ! わかってんなら見逃せよバカ!」
     バシバシと背中を叩いて抗議する一郎の顔は真っ赤で、それがアルコールのせいだけではないのは明らかだった。深夜に煌々と照らす月の光はたしかに綺麗で、けれどその言葉が他の意味を持つことくらいはさすがに知っていたらしい。それを意識して言えなくなってしまう男にクツクツと笑いが止まらず、そのせいでさすがに本気で腹が立ったのかするりと腕の中から男は抜け出してしまった。
    「いーちろ」
     ドスドスと足音を立てながらもふらつく男の腕を捕まえる。じとりと睨みつけてくる瞳は、酔っているせいかいつもの力強い光を帯びてはいない。
     ああ、かわいい。
     久しぶりに、この男をかわいいと思った。先程までの態度もだが。そのせいか、ぽろぽろと簡単に言葉が口をついて出る。
    「俺らはよぉ、言葉を武器にしてんだろ?」
    「うん?」
    「なら『I love you』くらい自分の言葉で言ってみろや」
    「……はあ? 俺が? 左馬刻に? なんで?」
    「おら、十秒やるから考えてみ。十、九、八……」
    「え、なに、マジでやんの?」
     戸惑う一郎を他所に、無慈悲なカウントダウンはあっという間にゼロになる。ん、と顎で促せば、酔っ払いは慎重に口を開いた。
    「……肩、組んでくれたの……うれしかったぜ……」
    「あー、悪くはねぇがその仏頂面で減点だな」
    「採点すんのかよ!」
     クソ、と弱々しい蹴りが膝の横に入り、たいして痛くもないのに「いてぇ!」と笑いながら声を上げる。
    「やり直し。ほら、もっかい」
    「言わねぇ絶対言わねぇー!」
    「なんでだよ、つかそれもお前のじゃねぇだろ」
    「俺らのだからいいんだよ! つーかちゃんとわかってくれんのすげえな!」
     ケラケラと笑えば唇を尖らせる。そんな幼い仕草はどこか懐かしくて、けれど新鮮なやりとりだった。またこんなやりとりができる日を待ち望んでいたかと問われれば微妙なところだが、今はただ、純粋に楽しいと感じている。それくらいの自覚はできた。
    「……あのな、左馬刻」
     普段よりワントーン下の、低く頼りない声。酔っ払いの二色の瞳はまっすぐで、しかし微かに揺らめいている。躊躇いがちに開いた唇は、唐突に小さな爆弾を放った。
    「シラフの時に言わなきゃ意味ねぇから、今は言わねぇ」
    「そーだな。………………ん? おお?」
    「ふはっ! めずらしー間抜けづらっすね、パイセン」
     月の光を受け、嫌味なくらいにキラキラと笑顔を輝かせる一郎は、自身が放った言葉を否定も訂正もしない。動揺するなという方が無理な話だ。
     酔っているのかいないのか。記憶は残るのかどうなのか。それから――その時を待つべきか、それともこちらから向かうべきか。じゃあな、と足早に去っていく一郎の背中を見送りながら、せっかくの心地よい酔いが醒める勢いで、ぐるぐると頭を働かせた。
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