「……?」
目をあけて飛びこんできたのは、見慣れた天井では無かった。鍛えられた胸板に、刺青。この刺青には見覚えがある。見覚えがありすぎて、だからこそ脳が混乱した。なんで、今、目の前に。
「い"…」
「ようやく目が覚めたか?」
現状を確認しようと頭を少し持ち上げただけで、鈍器で殴られた様な痛みが襲ってきた。ぐわんぐわんと意識が遠のいていく。二日酔いだ、ということはすぐに理解した。
「う……おれ、昨日…」
「良い飲みっぷりであったぞ。あそこまで飲める奴はなかなかおらぬ。だが、我にはまだまだ及ばぬな」
ほほほ、と笑いながらボスが俺の頭を撫でた。正直まだ気持ち悪いので、あまり頭を揺らす様な事はしないで欲しい。だが手先を動かすどころか、何か言葉を発することさえ億劫だ。ここまで酷い酔い方をしたのは初めてかもしれない。割と酒には強い方だという自負がある。ボスが酒豪だということは仲間たちから聞いてはいたが、俺なら大丈夫だろうと思っていた。まさか、こんな醜態を晒すことになるとは。
「………ところで、ボス」
「なんじゃ?」
「俺はどうして今…こんな状況なんでしょう…」
頭を動かすことも出来ずにボスの胸に顔を埋めながら話す。そう、今俺の頭はボスの両腕に抱え込まれている。しかも、そのボスは一糸まとわぬ姿で、なんと、自分も同じく一切服を着ていない。記憶を呼び起こしたいのに、酔いが酷くて痛みが邪魔をする。耳元で聞こえるボスの心音の心地良さに身を任せてしまいたい。
「もしや、何も覚えておらぬのか?」
「あー…」
「ほほ。あれ程そなたを深く愛してやったというのに…忘れてしまうとはなかなか薄情者じゃの」
ボスの手が俺の腰を撫で付ける。ぞく、っと背筋を何かが駆け上がる。同時に、感じたことの無い鈍い痛みが臀部に走る。なんでそんな所が痛くなるんだ、おかしいだろ、そんな、
「う、っそだろ…」
「嘘ではないぞ。ほれ、ここに印が欲しいと強請ったことも覚えておらぬのか?」
ボスが俺の鎖骨を指でなぞる。視線をゆっくりと下へと向けると、真っ赤な華が咲いていた。しかも、いくつも。恐る恐る視線を下へと辿れば、自分の身体に付けられた痕が全てを物語っていた。こんなに激しくされたというのに、記憶が全くないことが恐ろしい。
「我が止めても、自ら脱いでのう…据え膳を食わぬは恥と申すじゃろう」
「そう、……なのか?」
ボスが俺の顔を両手で包み込み、そっと視線を上へと向ける。にんまりと猫のように細められたボスの満足そうな瞳と目が合った。普段感じる冷たさは、そこには一切無い。
「それにしてもカイン…」
「は、はい」
「そなたは温いのう!暖をとるのにぴったりじゃ!毎晩我の布団で寝ても良いぞ!」
「え、いや、それは遠慮させてもら」
「二度と忘れられぬよう、たっぷり教えてやらねばならぬしな」
耳元で低く落ち着いた声で囁かれ、びくりと肩が跳ねてしまう。冷えた脚先が、俺の脚へと絡みつく。脳内はいまだに靄がかかって晴れないのに、身体だけがじわりじわりと昨夜の熱を思い出していく。
「おーい、ボス、起きてるかー?ホワイトが一緒に朝飯食おうって」
「っ!?ま、まずいボス、ネロが来ちま」
「何を困っておる。見せつけてやれば良いではないか」
「っ、良くないだろ!?う"、痛…っ吐き、そ…」
頭痛目眩吐き気。強烈な二日酔いとボスの腕から逃げることなど出来るはずもなく、俺の醜態はさらに広まることになった。