5.陶酔 十月にしては気の早い空っ風が吹いて、蔵馬は「さむっ」と肩を竦める。同僚やら取引先やらと別れて、ちょうど一人になったところだった。飲み会終わりと思しき会社員たちで賑やかな街中を、駅へ向かって歩き始める。金曜二十一時過ぎの都内は宴もたけなわ、二次会の始まる今からこそが本番という空気だったが、蔵馬は一足先に帰路に着くことにした。
結論から言えば、つまらない会食だった。
取引先が選んだのはなんともお上品な料亭の個室。相手を観察しつつ、同僚の手綱を握りつつ、懐石料理も日本酒も美味しく頂いたけれど。
混み合う電車の中で、蔵馬は小さなため息をつく。
このまま話を進めても実りは少ないだろう。だが父の代から付き合いのある取引先のため無碍にもできない。人間社会はままならぬところが面白いが、今夜のようにつまらなさを感じることもある。
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