お祭りの後にはネロが冬の国にやって来て初めての冬が訪れた。
冬の国にも一応季節は存在し、短い春と長い冬の2つの季節がある。
ネロがやって来てすぐにここ数年訪れることのなかった春がやって来たが、それもしばらくするとまた寒くなり始めた。
「お祭り?」
「ええ、冬の国では長い冬が始まるこの季節に、無事に冬を越せますように、と神様に祈りを捧げるお祭りがあるんですよ」
ネロと一緒に今日の夕食の準備をしていたカナリアが教えてくれた。
ネロとブラッドリーが住むこの城には二人以外にも召使いなど数人が働いている。ネロとしては自分のことは自分で出来るのでわざわざ人を雇う必要はなかったのだが、街に城を構えた以上、そこに雇用を作ることは統治者の務めだ、とブラッドリーに教えられた。
なるほど、と納得しつつ、でも自分の身の回りの世話まで任せるのはなぁ、とうだうだしているとブラッドリーに「それともネロは俺と二人っきりのほうがいいか?」とニヤニヤしながら問いかけられたので仕方なしに必要最低限の人数を雇うことにしたのだ。
それでも料理だけは自分でさせてくれと頼んで譲らなかった。春の国にいた頃から料理は好きでた家族にも振る舞っていた。冬の国にきて、見たこともない食材をたくさん見て、食べて、どんな風に調理すれば美味しくなるかずっと考えていた。だから早く試してみたくて仕方なかったのだ。
出来る限り食事はネロが作ることになっているが、召使いであるカナリアも一緒に作ることが多い。ネロの知らない冬の国の郷土料理などを教えてもらっている。今日もだんだん寒さが厳しくなってきたので暖かい煮込み料理を教わっていた。
「そのお祭りでは何をするんだ?」
「街の中央の祭壇に火を焚いて、祭りの間その火を絶やさず燃やし続けるんです。そして火を囲むようにたくさんの屋台が並んでて、お酒や食べ物、雑貨なんかも売ってるんですよ。人がたくさん集まって、それは賑やかなお祭りです!」
「へぇ、それは楽しそうだな」
異国の地の知らないお祭りにとても興味を引かれた。特に、そこで売られている冬の国の料理とはどんなものなのか、屋台で振る舞われるとなると家庭料理とも違った珍しいものがあるかも知れない、とネロは目を輝かせながらカナリアの話を聞いていた。
「ネロ様もブラッドリー様と出掛けてみては?」
「え?なんであいつと?!」
「夫婦ですし、ブラッドリー様もネロ様と一緒にお出掛けしたいのでは?」
うーん、とネロはあまり乗り気ではない。
ブラッドリーとは、ここに来てからそんなにたくさんの時間を一緒に過ごしたわけではないが、食事の時間など機会があればそれなりに会話はした。初めてネロの料理を食べたとき、すごく褒めてくれて、ネロはそれがとても嬉しかったのだが、仲良し夫婦と言われるほど親密な仲とも言い難い。なにせまだ一度も一緒に寝たこともないくらいなのだから。
「ネロ様からお誘いしてはどうでしょう?きっと喜ばれますよ」
カナリアはニコリと花が咲いたように笑った。
まあ、祭りに誘うくらいならいいかな。後で話をしてみよう、と思いながらネロは夕食作りを再開した。
ネロから誘ったらブラッドリーはあっさり了承してくれたので、二人で祭りが行われている広場にやって来た。一応、王族であることがバレないように質素な服装で、簡単な変装をしてきた。
祭りは今日から1週間行われる。街の中心の祭壇には絶えず火が灯り続け、その祭壇を中心としていくつもの屋台が並んでいた。
煮詰めた葡萄酒や羊の腸にひき肉を摘めた食べ物、暖かいスープもある。基本的に春の国では菜食中心で、肉料理自体が珍しいため、肉料理を見るたびにネロはどんな風に出来ているのか興味津々であった。
「おい、あんまりキョロキョロしてるとはぐれるぞ」
一緒に歩いているブラッドリーに遅れをとり慌てて後を追いかける。やっと追い付いたが今度は精巧な造りの木彫りのオーナメントを見つけてまたしても足を止めて見入ってしまった。
屋台に夢中になってふと気がつくと傍にブラッドリーの姿がない。ネロが屋台に気を引かれているうちに見失ってしまったみたいだ。
辺りをキョロキョロと見回してみると、少し先に白黒頭を見つけた。駆け出そうとしたが人が多くて近づけない。
呼び止めるために声をかけようとしたところでネロは口を噤んでしまった。いつもブラッドリーのことを呼ぶときは、なあ、とかあんた、としか呼んだことがないのでそういえば名前を呼ぶのは初めてかもしれない。
ブラッドリー、なんて呼んだら周りの人に王子がいると気付かれてしまうだろうか?一応、お忍びで来ているわけだし。
どうしよう、と考えているうちにブラッドリーとの距離が離れていってしまう。焦ったネロはとっさに大きな声で叫んだ。
「……ブラッド!」
人混みに紛れて遠ざかりそうだった白黒頭が声に反応してこちらを振り返った。一心ビックリしたような顔をした後、ほっ、と安堵した表情になり、人を掻き分けながらこちらに向かってくる。
ネロの元にやって来たブラッドリーは怒っているのか恥ずかしがっているのか微妙な表情をしていた。
「…だからはぐれるって言っただろ」
「ごめん…」
ネロはしゅん、と眉を下げる。その様子を見たブラッドリーは、「まあいい。ほら、いくぞ」と言いながら右手を差し出してきた。ネロが首を傾げていると、焦れったくなったのかその手でネロの左手を取られてぎゅっと握られる。そのまま人混みの中を二人は手を繋いで進んでいた。
誰かと手を繋いで歩くなんて初めてではない。それこそ幼いルチルの手を引いて散歩をしたことなど数えきれないほどある。しかし、その時とは全く違った感覚に、ネロの胸のドキドキは止まらなかった。
ブラッドリーの大きな手がネロの手をぎゅっと包み込んでくれる感触が、心地よいような浮き足立つような不思議な気持ちだった。
さっきまであんなに周りの屋台が気になっていたのに今は繋いでいる手が気になってしょうがない。
いろんなお店を回ってお土産を買って城に帰った。帰るまで手は繋がれたままだった。
後日、祭りの最中に仲良く手を繋いでデートしていたブラッドリーとネロの様子は街中の人に目撃されており、二人は本当に仲のいい夫婦だ、と評判になっているとカナリアから聞いたネロは顔から火が出るほど真っ赤になってしまったのだった。