祈り「シャイロックはなんで、晶のことを賢者様って呼ぶんだろう」
空の向こう、遠く見える背中をぼんやりと見ていれば、自然と疑問が零れ出ていた。
——私は多分、もう、賢者じゃないと思います。
大いなる厄災を迎撃して暫く、晶が魔法舎で口にした言葉が脳裏によぎる。
賢者、賢者様、賢者さん。彼女を表す役割が一つ消えたことにより、彼女を役割の名で呼ぶひとも減っていった。
それでも何人かは賢者と呼んでいるのをクロエは知っていたが、どこかでそれは、意図があるように思えた。
——俺たち、友達だよ。
頬を伝う涙を目にしたとき、鼻がツンとした痛みを訴えた。
躊躇なくハンカチを差し出したとき、クロエは恐怖を感じなかった。
目の前で静かに涙を零す人がどんな人物か、クロエはもう知っている。
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