あ、またや。
払暁に目が覚めた直哉は、ゆっくりとした動作で上半身を起き上がらせ「すん」と鼻を啜った。
目の奥からあふれ出てきそうな涙をギュッと堪えると、鋭い哀感が胸に突き刺さる。深く息を吐いてから立ち上がり、スウェットからランニングウェアに着替え部屋を出た。
「さむっ」
冷えた空気が鼻から入り込み、肺を冷やす。
朝食の準備をしている女たちがおはようございますと頭を下げてくるのを全て無視し、ダルいなと思いながら裏口へ行き、ダルいなと思いながらシューズを履き、ダルいなと思いながらストレッチをし、ダルいなと思いながらランニングを始めた。Bluetoothのイヤホンからはテンポの速いクラシックが流れている。
最初の10分はゆっくりとしたペースで走り、体が温まってきてからはどんどんペースを上げていく。汗でおでこにくっついた前髪を振ってどかし、目からあふれ出てくる汗も一緒に袖で拭う。30分ほどで屋敷へ戻り、シャワーを浴び着物を着て味の薄い朝食を食べ車へ乗り込み仕事へ向かう頃には、涙を流していたことなんてすっかり忘れていた。
起床時、どうしようもない悲しい気持ちに襲われるようになったのはここ半月ほどのこと。
初めのうちは涙だけだったが、段々と心臓が締め付けられるような感情に支配されるようになっていき直哉は困っていた。しかしこんな情けない症状、医者にも兄弟にも相談することなんてできない。解決方法を見つけることも出来ていなかったが肉体的な痛みではないし時間が経てば収まるので大丈夫だろうと放置していたのだ。