私もこの部屋ですのでダメだ、眠い。眠すぎる。今日の任務では呪力をほぼ使い切ったし頭も使いまくったし終始神経を張り詰めさせていた。どうにか無事祓除完了した今、もう眠くて眠くて仕方がない。現場からさほど遠くないホテルに今日の任務の同伴者である七海と歩いて向かう。最低限の荷物しか入れてないキャリーケースがとてつもなく重く感じる。ダメだ、気を引き締めろ。……同伴者が七海だけというのも気が緩む原因だ。仕事仲間からプライベートな関係、それも何度も文字通り寝た相手に切り替わったこの男がいるせいでさらに眠い。七海の低い声が今は子守唄のように聞こえてしまう。仮にも好きな男の声だというのに全く目覚まし効果がない。補助監督がいないからチェックインは自力で行わなければいけないのに、どうしても会話にタイムラグが出来てしまう。『私がまとめてチェックインします』の声に甘えてロビーのソファに沈み込む。ああこれやばい。寝そう。いやさすがにいい歳こいた大人がこんなとこで寝るなんて……。起きろ……。起きなきゃ……。
「……チェックイン出来ましたよ」
「!……ん、……あー……ありがとう」
「荷物持ちましょうか」
「あ……うん、よろしく……」
今日は部屋入ったらすぐにシャワーを浴びて寝よう。スキンケアも最低限で良い。絶対に即シャン即寝。部屋のドアを開けて、私のキャリーケースを引いてきてくれた七海の目を見る。
「荷物ありがとう」
「いえ。私もこの部屋ですので気にせず」
「あ、そう。じゃあまた明日……は?」
「一室しか取っていません」
「…………」
一室。つまり七海もこの部屋に泊まるということ。今日は繁忙期のせいで補助監督のいない任務。ホテルの予約すらも術師任せになるのはよくあることだ。それを七海に丸投げしてしまった私のせいなのだろうか。
「もう一部屋空いてないか聞いてくる」
「一部屋で良いでしょう。経費削減にもなります」
「経費削減とか関係ない。本当に眠いから。今日は出来ないから」
「一部屋に泊まるイコールセックスではないでしょう」
「いや七海はセフレじゃん……」
「とにかく中へ」
セフレがどうこうの話を廊下でするのは躊躇われて、言われるがまま部屋に入ると寝具らしい寝具はダブルベッドが一つしかなかった。こいつ、本当に、この……。
「ドスケベ……」
「抱くとは言ってませんが」
「第一領収書どうすんの。一部屋分しかないじゃん」
「原本を見るのは伊地知君だけですよ。金額しか記録には残りません」
「いや金額が一部屋分ならバレるでしょ」
「並みのビジネスホテルの二部屋分くらいの値段はしますよここ」
「経費削減になってないじゃん!」
おっと、と言うように口元を覆う七海にツカツカと近付いて頬をぎゅうと抓る。このやろう。任務先で何考えてんだ。誘ったことある私が言うのもなんだけど。……あんまり人のこと言えないか。手を放してわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「今日はもう指一本触んないでよ」
「今触っていたのは貴女ですが」
「指一本触んないで」
「キスは」
「ダメに決まってるでしょ、馬鹿じゃないの」
「明日は昼過ぎチェックアウトの予定ですが」
「だから何」
「……」
「先シャワー浴びていい?」
「どうぞ」
七海と最後にしたのは一週間程前だ。同じベッドに入ったら最後、どうなるかなんて目に見えている。二人きりの宿泊任務で期待がなかったわけじゃないけど、今日はもう寝たい。予想以上に疲れすぎた。シャワーさえ先に浴びてしまえばこっちのものだ。急いで髪の毛を乾かしてベッドで眠ってしまえば流石に手出ししてこないだろう。フラつく足と狭い視界で急いでシャワーを浴びて、急いでスキンケアとドライヤーをあてる。
しかし……七海はシャワーがとても速かった。
ホテル備え付けのドライヤーがとても弱かったのかもしれない。スキンケアとヘアドライを済ませるより早く七海がバスルームから出てきた。しかし七海もドライヤーを使う。ドライヤーを渡してすぐ明日の支度を済ませてしまえば……。……しかし七海はヘアドライすらも速かった。
結局同じタイミングでベッドに沈むことになってしまった。わざとらしくベッドの真ん中に寝転ぶ七海を無視して端に寄って壁を向き『おやすみ』とだけ呟くと同じ言葉が少し丁寧に返ってきた。暗い部屋。柔らかいベッド。ロビーで少し手放した睡魔が一瞬で寄ってくる。ギシ、とベッドを軋ませて七海も寄ってきた。『触らないで』と口にすれば思ったより冷たい言い方になってしまって少し後悔。指一本触れず『抱き締めるだけ』と囁く七海の唇は耳元に寄せられていて、危うくスイッチを入れられそうになる。私は今日はもう寝たい。鉄壁の意志表示としてもぞもぞと壁に寄った。
「断る」
「どうして」
「信用出来ない」
「同じベッドにいるのに」
「じゃあ七海ソファで寝てよ」
「断ります」
「もう本当に眠いから、……また今度ね」
「……」
深い溜息を吐いた七海が頬にキスを落とした。触るなって言ってるのにこの男……。でも大人しく引き下がったから目を瞑ってもう寝よう……。
ぶる、と震えて目が覚めた。寒い。掛布団を足で挟んでいたらしい。慌てて足を布団に突っ込むものの、寒さを通り越して少し痛い……。外は真っ暗。きっとまだ深夜だ。ごろんと寝返りを打つと仰向けに眠る七海の姿があった。この光景にもすっかり見慣れてしまった。七海と同じベッドに入って普通に眠れるようになるよ、なんて学生時代の私に言っても七海に言ってもきっと全く信じないだろうな。ホテルの予約を丸投げにしたとはいえ、あまりにも露骨な予約をしてきた腹いせに冷えた足を堅い足にそっと宛行うとぎゅ、と眉間に皺が寄った。うわ、七海暖かいな……。これならすぐ眠れそう。ずいずいと這うようにして隙間を埋めてぺたりと七海に寄り添うと、その暖かさに思わず笑みが溢れた。脚の間に足をねじ込んで、振り返って私の枕を取ってふと顔を見ると寝ていたはずの七海とパチッと目が合って危うく悲鳴を上げるところだった。
「足、冷たいんですが……」
「悪い男に嫌がらせしてんの」
「ちゃんと言うことを聞いて抱かなかったのに……」
もぞもぞと四半回転した七海が私をぎゅうと抱き締める。暖かい。やはりこの男は暖房器具に最適だ。『足出して寝てたから冷えちゃって』と言ってみたけれど、なんだか言い訳のようにも聞こえる。寒さを口実に密着するなんてカップルみたい。好きな男とカップルみたいなことを出来るのは、幸せなのか生殺しなのか。
「暖めて……」
七海が深く息を吸った。柔らかくて暖かくて、息を吸ったことでさらに膨らんだ大胸筋にむにゅうと顔を埋める。ああこれならすぐに眠れそう、と気分良く目を閉じたのにするすると熱い指が身体を這う。顔が埋まって幸せだった大胸筋が離れて、今度は逆に私の首筋に七海の顔が埋まった。はみはみとくすぐったい力加減で食まれて身体の芯がピリピリと刺激される。なんで。
「……あ。……違う。違うから。暖めるってそういうことじゃなくて」
「いいえ暖めます」
「くっついてたら暖かくなれるから」
「もっと効率的に暖まる方法を知っています」
「効率の意味知ってる?」
「キスして良いですか」
「ダメってば」
聞いているのか聞いてないのか、輪郭をなぞるように一つずつキスが落とされていく。服の下にするりと潜り込んだ手が肌を伝う。
「お願い、寝かせて」
「寝かせません」
「明日移動中に寝ちゃうからやめて」
「レイトチェックアウトなのでゆっくり寝ましょう」
「……もしかしてゴム持ってきてるの?」
「勿論」
「スケベ」
「私は今日を楽しみにしていましたが、貴女は違いましたか」
いつの間にか覆いかぶさっていた七海が愛撫の手を止めて真っ直ぐ見下ろしてくる。いつもなら反射的に否定する口は、妙に真剣な瞳に射抜かれて動けない。ただムッと一文字に唇を結んで何も言えなくなっている私の頭をするりと撫でてストンと唇を落とした。ふに、と柔らかく合わさって世界からスンと音が消える。するすると動いて柔らかく食む唇にどんどん熱が募っていく。下唇をちゅうと吸って離れた七海は幸せそうに目を合わせるから怒るに怒れない。怒るけど。
「ダメって言ってるんですけど……」
「そうですね」
「なんでそんなキスばっかり……」
「したいものは仕方がない」
ばか、と紡ぐ前にまた唇を塞がれる。また愛撫が始まったので抵抗を諦めてされるがまま鳴いた。