「おや、フラウロス。キミ、出かけたんじゃなかったの……」
か、とアンドラスは最後まで聞けなかった。
なにせ唇を塞がれたので。
彼の手が、アンドラスの肩越しにソファの背もたれを掴まえる。むに、と軽く押し当てられる、少しカサカサな唇の感触。
「……」
「…………???」
思わず持っていた本を取り落とした。近すぎて表情はまるで見えない。わかるのは目を閉じていることだけ。前髪がかかる。影がかかる。くっつけあってふれあうだけの、彼にしてはめずらしい区分のキスだ。漏れ出る吐息からお酒の味はまだしない。
たっぷり一分ほど経って、軽いリップ音と共に解放された。
なんだろう。離れていく彼の唇を目で追いながら、ぼんやりとアンドラスは考えを巡らせる。いつニヤニヤと笑い出してもおかしくない表情が今日は静かで不思議な気持ちだ。別に悪戯をしかけたわけではないらしい。意識してした行為かすら怪しかった。ただそこにあったからした、みたいな。
俺の唇が。
じゃあもっと、と。
期待に薄く開くと、ばちりと気怠げな視線と目が合う。
「…………ねえ、」
「おいフラウロス、忘れモンあったかー!?」
誰かが呼んだその声に、フラウロスはフッと顔を上げた。彼の膝が下り、ソファの座面が元の形に戻る。それからフラウロスは、おおとかああとか返事をすると、面倒そうにガシガシと頭をかいた後くるりと踵を返して出ていってしまった。
残されたアンドラスは少し考えて、本を拾って、でもあまり読む気にもなれず指先で唇をなぞりながら早く帰ってきてくれないと困るな、と思った。
続きが楽しみだった。