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「閣下、先にお風呂いただきました!」
「…ん、おかえり。私もあとで入るよ」
私と茨で暮らす、あるマンションの一室。
今日は2人でオフの日、お互い何も用事も無いので一緒に部屋で過ごしていた。
特別何を話すでもなかったけれど、私たちはいつも自分のしたいことをするだけ。
けれどそうしている間は、私たちは無意識にお互いのそばにいることが当たり前になっている。
それがとても心地良くて、安心するひととき。
茨がお風呂へ行っている間、私は読書を始めた。
ある程度読み進めたところで、戻った茨の声がしたので顔を上げる。
返事をすれば、キッチンへ入った茨が黒と白のマグカップを持ち顔を出す。
「何か飲みますか?」
「…コーヒー、お願いしていいかな」
「アイ・アイ!では自分はー…」
用意してくれたコーヒーを一口飲む。
…美味しい。ほぅ、と息を吐いた。
黒のカップを片手に、途中だった読書を再開する。
「………」
すすっと、茨が私の座るソファになるべく物音を立てないように近付いてくるのを、視界の端にとらえる。
持っていた白のカップに入っていた紅茶を飲んだあと、それをテーブルに置いてから、肩が触れる距離で隣に座り私に体を預けてきた。
ふわり。茨の髪から、シャンプーのいい香り。
「……ふふ」
不意に小さく、注意して聞かないと聞き逃してしまうくらいの小さな笑みが茨の口から漏れる。
そして肩や首にすりすりと寄ってきたり、髪に顔を埋めてきたり。
と思えばぐいぐいと体を密着させ、頭を押しつけてきては、またすり寄る。
柔らかな髪がくすぐったい。つい口元が綻んだ。
「ん、」
なんだか猫みたいだな、と思いつつしばらく好きなようにさせていると、次は本を支える私の片手を取り指を食む。
「ふ……、ぁむ、」
指先を口に含まれ、ちゅう、と吸われる。
わざとらしくリップ音を立てながら、茨は私の指を弄ぶ。
「……ねえ、茨…?」
「ん…、なんでしょう?閣下」
さすがにここまでされては、いくら私でも読書に集中は出来ない。
横目で見遣ると目が合い、含んでいた手を解放してくれて、次いで茨がにっこりと笑った。
…こんなに触れてくれることが嬉しかったから、へんに口を出さずにいたというのに。
交際をはじめて暫く経ったいまも、茨が素直でないのはかわらない。
「……構ってほしいなら、そう言ってほしい」
直球に言ってみる。
すると茨は何食わぬ顔で、
「ふふ。いいえ?読書されるお姿もとっても素敵なので、見惚れていたところです」
そう言ってのける。
「…それは嬉しいけど…あまり悪戯が過ぎると、さすがの私も集中出来ないよ」
「お邪魔してしまっていたのなら、申し訳ありません。しかし自分のことは気にせず、どうぞ読書に集中なさってください」
───出来るものならな。
そう続いた気がした。というか、顔がそう言っている。
してやったり、とも思っているのだろう。
こうなると、私が折れる他ない。
まあそれも、可愛い茨のためだと思えばなんてことはない。
「……うーん。私が寂しくなってきちゃったから、構ってほしいな。茨、いいでしょう?」
「そうなんですか?……仕方ないですねぇ」
本をテーブルに置いて体を茨の方に向け、抱き着いた。
今度は私が茨の胸元にすり寄った。
仕方ない、と言うわりに、嬉しそうな顔をしていて可愛い。
「何を読んでたんですか?」
言いながら、しなやかな指が髪を梳いてくれる。
心地良さに目を細めた。
「…昨日、茨が持って来てくれた考古学の資料。とても興味深い内容のものだったよ」
「おお、ご満足いただけたようで何よりです!まあ、閣下のご要望に100%お応え出来てこその自分ですので、これくらいは当然ですが」
ふふん。茨が得意げに胸を張る。
うん、可愛い。
「…いつもありがとう、助かってるよ」
「いえいえ!他にも遠慮なく仰ってください。この七種茨、閣下のためなら何でもご用意しますし、どんなご要望にもお応えしますから!」
私のために何でもしてくれる茨。
自分で出来ることも増えてきたとはいえ、茨が私のために動いてくれるのが嬉しいから、あれこれとお願いしてしまう。
そして言うたびに、茨は全部叶えてくれる。
…そう、何でも。
「……じゃあ、キスして?」
「はい!…え?あの、それは…」
微笑んでみせると、茨は元気よく返事したのに驚きと恥ずかしさからか、私から目を逸らす。
可愛い。可愛いな。
うっすら赤く染まった頬が、美味しそう。
柔らかな肌に触れていたくてたまらない。
その熱が、茨のすべてが愛おしい。
「…なら、私からしようかな」
「んっ、……っもう、閣下…!」
中々動いてくれないから、我慢出来なくて私の方から何度も啄むように口付けを重ねていく。
それをじれったく思ったのか、ついに茨のほうから深く唇を重ねてきた。
揺れる蒼色が、私をじっと見つめる。
「……あまり、焦らすのはやめてください…」
熱い吐息がかかる。───茨がそう、誘うから。
煽られた私は、震える艶やかな唇を噛み付くようにして貪ることにした。
「…ふふ。焦らしたつもりは、なかったんだけれど。たくさんキスがしたかった」
「う、…まあ、いいですが…」
「…茨は、キスが大好きだもんね」
「!…今日は、随分意地が悪いですよ…」
「…そうかな。そう見える?」
「〜〜っ!」
真っ赤になっちゃった。可愛い。
でも、分かってるよ。
茨、意地悪されるのも大好きだから。
こうしてわざとらしく振る舞うと、素直じゃない茨は何も言えなくなる。
だけど、拗ねてしまう前に。
私の言葉に何かを期待しているような茨に、気の済むまで愛を注いであげるんだ。
終