光の欠片「ユエ、今週も同行してくれてありがとう」
土の曜日に女王候補が行っている視察。
ここ最近、ユエは毎週のようにアンジュからの誘いを受けているが、今週も予想通りというべきなのだろうかユエに同行の依頼がやってきた。
彼女と過ごしていると楽しく心が弾むような感じがする。そして断る理由もないため、ユエは快諾する。
アンジュの希望でふたりはプラチナコーストに行くことにする。
「綺麗な街だな」
移動が徒歩のため到着したのは夜であったが、整った街並みを街灯の光が照らし出し、優しく包み込んでいる様子が美しいと思う。
「うん、この街は光と炎と風の力でできているから、ユエのおかげでもあるんじゃないかな」
アンジュのその言葉にユエは否定する。
「いや、違うだろ。俺たちの力は大陸に直接影響を及ぼすものではない。それに、どのサクリアをどれくらい送ろうか考えているのはお前だ。だからこの街はお前が作り出したものだぜ」
ユエのその言葉にアンジュは驚いたようであったが、少しするとはにかむのが見えた。
「ありがとう。褒めてもらえると嬉しいね」
親しくなってきたからだろうか、時々見せるようになってきた笑み。
それを見ていると心が弾むような、切なくなるような不思議な感情になると知ったのは最近のこと。
するとそのとき、アンジュが何かを見つめていることに気がつく。
視線の先にあるのはアクセサリーショップ。
店の雰囲気からすると高価なものではなく普段使いできるものを中心に扱っているようだ。
「入ってみたいのか?」
「うん……」
「じゃ、入ろうぜ」
「え、いいの?」
迷いを見せているアンジュにユエは力強く頷く。
「ああ。まだまだ時間はある。それに気分転換になるならいいだろ」
店内に足を踏み入れるとそこには小さいながらも金色や銀色に輝くアクセサリーが並べられていた。
このような場には慣れていないためどのように振る舞っていいのかわからない。
だけどアンジュはそうではないのだろう。初めてくるであろう場所にも関わらず慣れた様子で店内をまわっている。
そしてあちこちを見て回り何か気になったものがあったのだろう。足を止めて食い入るように見つめている。
そこにあるのは銀色のリングに小さな宝石がついた指輪であった。
宝石のピンクの淡い光が彼女の髪と合っているのが印象的だった。
「今日の思い出に俺が買ってやろうか?」
思わずユエはそんな提案をしてしまう。
「え、いいの?」
「ああ、お前、慣れないことをしているにも関わらず頑張っているし、それにこの街がここまで成長したという記念にな」
本当はもっと深い理由がある。ただ、今の自分にはそれが見えない。だから自分に理解している感情を伝える。
「ありがとう、ユエ」
そう自分に微笑みかけてくる彼女がかわいい。そう思うのは確かな感情だった。
アクセサリーショップを出てふたりで歩き始める。
アンジュは「せっかくだから」と言って右手薬指に指輪をはめている。
小さいながらも存在感を放つその指輪にドキリとしてしまう。
すると広場の中央にある噴水にたどり着いた。
「ずっと歩きっぱなしだろ。座らねーか」
ユエの提案にアンジュが頷く。
ふたりとも話すことはなくただ噴水を眺めている。
水の音は心地よく、そして水量の変化に伴い色が変化していく様子を綺麗だと思っていた。
その雰囲気を楽しんでいると隣にいるアンジュが口を開く。
「私、女王になるね」
その言葉に驚きアンジュの顔を見ると、彼女は自分の方ではなく空を見上げていた。街灯に隠れて見えるのはわずかではあるが、たくさんの星が煌めいている空を。
「女王になることは私の使命だと感じているし、それに女王が誕生することでユエの負担も少しは減らせるでしょ?」
「ああ、そうだな」
そう答えながらユエは少し前にアンジュにこぼした愚痴を思い出す。宇宙の均衡を保つために奔走しているが、女王不在による不都合は既にあちこちで顕在化している。
確かに女王の存在は必要であるし、それがアンジュならどんなにいいのだろうと思っていた。彼女とは気が合うし、何と言っても一緒にいて心地よい。
ふとユエはそのとき、先日サイラスに忠告されたことを思い出す。
『女王は恋をしてはいけない。そんな不文律があるのをご存知でしょうか』
彼がなぜ自分にそのようなことを話してきたのかもわからない。そして、それを思い出したのがなぜ今なのかも。
いつ生まれたのかわからず、そして歴代の女王が遵守してきたため、それを破ったものの末路は誰もわからない、そんな不文律。ただ、なぜか今その存在が妙に気になる。
「ユエ、どうかしたの? やっぱり私じゃ不安?」
隣にいるアンジュが心配そうにしながら自分を見つめてくる。
「いや、すまない。全然そんなことないぜ。むしろお前が女王になってくれれぱ俺も心強いぜ」
首座の守護聖としては彼女が女王になる。それが一番望んでいること。
だけど、その奥にある個人的感情としては、彼女が女王になることを寂しく思う自分もいる。それがどのような感情から来るものなのか今はまだわからないけれど。
「せっかくだからもっと楽しもうぜ。女王になったらこんな風に気楽に視察なんてできねーしよ」
そう、女王になれば彼女は尊い立場ゆえ、今のように気軽に出歩くこともできなくなる。
こうして一緒に歩き、一緒に笑えるのもきっと今のうちだけ。
「うん」
そう言ってアンジュは立ち上がる。そのとき目に映るのは先ほどユエが買った指輪。
わずかではあるものの、街の光を浴びて反射する様子がいつまでも心から離れられないでいた。