浮葉様誕生日創作日差しは強いものの風は涼しさの中に冷たさを感じつつある十月の終わり。
彼女に会いたい。
そう思いながら御門浮葉は紅葉で色付く京都の町を散策する。
少し前に出会ったスターライトオーケストラ。
全員が楽しく演奏している姿が印象的であり、その中心にいるコンサートミストレスの朝日奈唯はその名の通り演奏中は誰よりも輝いていた。
彼女の姿をひと目でも見たい。
そんな感情が少し前から浮葉の中に生まれていた。その感情が何から来るものかはわからない。ただ彼女と過ごす時間のひとつひとつが大切である。そう御門は実感していた。
今日は宝ケ池近くで練習すると話していた。
今から行けば間に合うだろうか。そんなわずかな希望を胸に浮葉は歩を進めた。
すると宝ケ池が近づくにつれ、ヴァイオリンの音色が漏れてくるのが耳に入る。
木々によって姿は隠されているが間違いない。これはここ最近自分をとらえてやまない音色、スターライトオーケストラのコンサートミストレスの、朝日奈唯の音色だ。
胸がほんのわずかに高鳴ることを意識しながら浮葉は少しだけ歩を速める。
すると視界の端に唯の姿が目に映った。
だけど、その姿はいつもの輝かしい姿ではなく、どこか憂いを帯びた瞳をしていた。
「ここのソロと管楽器の掛け合いのバランスが納得できなくて……」
なるほど。聴きながら浮葉は納得する。
コンミスの席で聞こえるバランスと聴衆に聞こえるバランスは音響などの関係で異なるものである。
ただしそれを確認するには毎回メンバーを集める必要がありかなり大がかりになるのが予想された。
何か他にいい方法はないものか……
そう考えた浮葉はひとつの考えが浮かぶ。
「父の遺した本でも読みましょうか」
すると唯は先ほどまで沈んでいた表情を明るくして答えてくる。
「本当ですか!?」
頷く彼女はひとつしき違わないと思えないほど純粋で可愛らしくさえ映る。
早速御門は唯を自宅に案内し、父親が遺した蔵書が集められている部屋に案内する。
決して簡単な内容ではなかったが、やはりコンサートミストレスとしての経験ゆえなのであろうか彼女なりに内容を噛み砕いたようであった。
「早速ヴァイオリン弾いてもいいですか?」
「ええ。でしたら、庭で弾いてはいかがですか」
御門が頷くと唯は簡単にチューニングを行い、楽器を構える。
そこから響く音色は庭中に広がり、そして空高くに広がっていくのを感じる。
それはまるでここにはないオーケストラの響きをも含むようにすら感じる。
その音に見惚れていると御門の耳にひとつの声が入ってくる。
「ありがとうございます。御門さんのおかげでヒントを見つけることができました!」
迷いが消えた顔で唯は弓を掲げ、御門の方を向いている。
自分が感じたように彼女の迷いが晴れているように思われた。
そのとき御門の中にひとつのイメージが広がるのを感じる。
いつかまたこの家に活気が戻る。
そして目の前の唯がその中心であったり、時には自分の隣にいること。
そんな光景を想像してしまう。
するとひとつの声が耳に入る。
「御門さん、どうしたのですか?」
今自分はどのような表情をしていたのであろう。
目の前の彼女に気づかれないことを願いつつ、心の中で否定する。
「叶わぬ夢ですから」
これから自分を待ち受けるのは安穏とは程遠い環境。
そして避けることの出来ない数々の別れ。
でも、もし自分の歩む先に彼女と交わる道があるのであれば……
そんな浮葉の心の内など知らず紅葉は秋の空をひらひらと舞っていた。