光の行く末 ED①再会ルートED①~再会ルート
ここは相変わらず空が澄んでいる。エリューシオンに降り立ったアンジュが思ったのはそのことであった。
初めて育成地に降り立ったとき、隣にいたのはユエだった。今思うと結構ひどいことを言われたし、一方で通りすがりの子どもに彼と恋人同士だと勘違いされたりもした。小さな思い出のひとつひとつが懐かしい。
「お父様のことを思い出していたの?」
アンジュに話しかけてくるのは、小さな女の子。そう、アンジュとユエの血を引いた。
髪の毛こそ自分に似て桃色だが、瞳の色はユエを思い出す緑のもの。
性格はユエに似ているのだろうか。どこか誇り高く、諦めることを知らず、そして真っ直ぐだ。
ーこの子がいたからこそ、私は女王としての任務を全うできた。
改めてそう思う。
そして、アンジュはメモを取り出す。確実にそこにいるかはわからない。生きているかもわからない。
ただ、ユエと別れるときに彼から渡された住所。まずはそこに訪れることにした。
ユエが守護聖を退任するとわかってからは怒涛の日々であった。
次の光の守護聖はタイラーが見つけ出し、そして聖地から使者を送って呼び寄せることができた。
一方でアンジュは力のある限り女王を続けることにした。
どんな仕事でも必ず代わりのものはいる。それは女王と言えども同じ。
だけど、引き継ぐときに混乱が生じることは否めない。特に令梟の宇宙はようやく安定したところで今、女王が変わるのは得策ではない。ましてや光の守護聖も変わるとなればなおさら。
レイナは複雑な顔をしていたが納得していた。
そして、ユエも個人の感情としてはアンジュとともに過ごしたい気持ちが大きかったが、女王としてのアンジュの姿が輝いていたこともあり、結果的にアンジュに女王続投をうながすことにした。
そしてそんな最中にやって来た新しい光の守護聖は十歳であった。そんな少年とその家族をどう言いくるめたのか考えたくない。しかし、やはり光の守護聖だからなのだろうか。戸惑いながらも自分の役目を受け止める姿を見てアンジュも、そしてユエも安心した。
アンジュが開催を渋った舞踏会はユエの送別会という形で行われることになった。
体調を見ながらアンジュはユエからダンスを教えてもらった。これで令梟の宇宙内でも、はたまた他の宇宙とも舞踏会を開催しても恥をかくことはない。そんな自信が生まれたのが収穫だった。
ただ、
「俺以外の男が、この小さな手を握るんだな」
ユエがそう切なげに呟いたのが印象的だった。そしてアンジュ自身も自分をエスコートしてくれる人の存在がなくなることを実感し、改めて寂しいと思う。
そして、ユエを無事に送り出した。送る前は泣かないと決めていたが、現実にはそれは不可能だった。瞳から次から次へと涙が零れ落ち、手袋を外したユエの指がそれを拭ってくれる。そんなことももしかすると最後なのかもしれないと思うと余計に涙が出てきた。
そして、アンジュはユエ不在の中で出産し、育児をこなすこととした。
女王という立場上、手伝ってくれるものはいたが、日々成長する娘の様子をリアルタイムで報告できる相手がいないのは寂しかった。
慌ただしく過ぎていく母親と女王の二足のわらじの日々。
しかし、前触れもなく「そのとき」は訪れた。アンジュの体内から女王の力が失われる時が。
本来なら女王はもっと長く務めるものだという。だけど、不安定な令梟の宇宙を安定させたのと、タイラーははっきりと口にしなかったが妊娠・出産をしたことも影響しているのであろう。
歴代の女王よりも明らかに短い期間でアンジュは女王の座から降りることとなった。そして、アンジュはかねてから希望していた通り、ユエが余生を過ごしているエリューシオンに降り立つことにしたのであった。
ユエが去ってから聖地では約5年の月日が流れた。
ここ、エリューシオンではどれくらいの時間が流れているのだろうか。もし、とてつもない早さで時間が過ぎているのであれば彼は生死はおろか、生きていた痕跡すら残っていない。そう思うと気が気ではなかった。
ただ、希望へつながるのはエリューシオンの風景が自分の知っているものと大きく変わりがないということ。
もし時間があまり経過していないのであればユエは生きている。そして、ユエとまた会うことができる。そう思いながらアンジュはプラチナコースト行きの電車に乗った。
女王試験の頃は歩いて移動していたため夜の印象が強いプラチナコーストであったが、昼間のプラチナコーストは家族連れが訪れ、別の意味で賑やかな場所であった。
噴水前の見覚えのあるレストランはちょうどランチタイムが終わったところなのだろうか。店主とおもわしき男性がのんびりと夜に向けて仕込みをしていた。
「お、あんたは……」
大鍋で何かを煮込んでいる男性が店の横を歩くアンジュを見て何かに気がついたらしい。
アンジュがキョトンとしながら見つめ返す。
「前にユエさんと来ていた……!」
聞き覚えのある名前を聞いてアンジュの心が弾むのを感じる。
そして、その呼称が様ではなくさんであることがより一層希望につながる。
「ユエのことを知っているのですか!?」
アンジュははやる気持ちを抑えられず、思わず走り出す。ただし、隣にいる娘がついていける限界ギリギリのスピードで。
そして、大通りから一歩入った路地に入り、メモに書かれている住所に向かう。
「ここね……」
見上げると『弁護士事務所』と書かれた看板がある。
先ほど会った男性の話ではユエはこの街に住んでいて、弁護士として活躍しているらしい。聖地で過ごしていたときとある意味変わらない真っ直ぐな彼っぽいと思ってしまう。
ただ、本当に自分が行ってもいいのか。今さらながらそんな不安がよぎる。もしかすると、彼はここで新しい生活を見つけたかもしれないのに。
入るべきか、もう少し様子を見るべきか。
そう考えてしまい、ドアをノックできなきでいると、後ろから聞き覚えのある、そして懐かしい声が耳に入ってきた。
「よお」
アンジュはおそるおそる振り向いた。その時間が永遠にも感じられる。
するとそこにいたのは金髪に緑の瞳を持つ男性の姿であった。ただし、自分の記憶よりもいくばくか年齢を重ねていたようであるが。
「ユエ……」
思わず彼に抱きつきそうになるアンジュであるが、隣には娘がいるはやる気持ちを何とか抑える。
「俺の娘か……」
何も伝えていないがユエは事情を察したらしい。
そして最初は緊張する様子を見せていた娘であるが、ユエの笑顔でほぐれたのだろう。すぐに笑顔を見せる。
宇宙のために犠牲にしてきた家族の団欒。ようやくそれを取り戻せると実感しながらアンジュは再会の時を噛み締めた。
「ユエ、聖地にいたときよりカッコよくなったね」
「まあ、退任するときにたんまりと生活費をもらっているとはいえ、ここでは基本的に食い扶持は自分で稼がないといけないからな」
夜、ユエが暮らしているという石造りのアパルトマンに連れていってもらう。
いつかアンジュたちと暮らせる日が来ることを想定していたのであろうか。一人暮らしにしては多い部屋数を見ながらそう思う。
そして、昼間から思っていたことを口にする。
「でも、思っていたよりも年齢が変わらなくて意外」
正直、ユエとはもっと年齢が開くかと思っていた。
親子で済めばまだマシで、生きて会えるかどうか不安ですらあった。ユエの話によるとエリューシオンでは十年のときが流れていたらしい。聖地と二倍しか変わらないという事実に驚く。
すると、ユエが考え込みながら話す。
「たぶん、お前、無意識に時間をコントロールしていたんだろ。だから女王の退官が早くなったんじゃねーのか?」
そう言われて思う。
女王ができることのうちのひとつに時間のコントロールがあるということに。
自分でも気づかなかったけれど、ユエと会いたい気持ちがそうさせたのかもしれない。
そして、それが結果として女王としての自分の力を削ぐことになった……
個人的感情で宇宙の時間を操作したことに罪悪感を覚える。そして、そんな自分だから女王にふさわしくないと宇宙から見放されたのかもしれない。
それにしても。昼間思ったひとつのことを口にする。
「ユエ、驚いていなかったね」
確かに自分との再会を多少は驚いていたが、どこか確信しているような雰囲気だった。
すると、ユエが天井を仰ぎながら口を開く。
「数日前に『光』が変わったからな」
ああ、そうか。
その言葉を聞いてアンジュは納得する。
女王の力も守護聖の力も直接降り注ぐことはない。とはいえ、その大元である女王や守護聖が変わると何らかの形で影響を及ぼす。既に守護聖ではなくなったとはいえ、ユエは気がついたのであろう。アンジュが女王でなくなり聖地から去ったことを。
「よく眠っているな……」
夕食のあと、こっくりと寝落ちした娘の髪を漉きながらユエがそう呟く。
父親の不在、そして目まぐるしく人が変わる環境。やはり彼女にとって聖地はどこか落ち着かない環境だったのだろう。そして、ようやく安心して暮らせる場所を見つけたのだろう。
すやすやと寝息を立てる娘の様子を見てそのことを実感する。
「今日の空気はなんだかくすぐったい感じがするな」
ユエの言葉にアンジュもこっくり頷く。これは聖地にいる守護聖たちからの自分の再会を祝した贈り物なのであろうか。空気がどことなく柔らかい気がする。
「ええ、そうね」
ふとそのときアンジュのくちびるにそっと柔らかいものが触れてきた。
それはユエからのねぎらいにも思えるし、彼が待ち望み、自分も願っていた日々が始まる合図のようにも思えてきた。
ようやく役目を終えて自分たちの幸せを追い求めることができる。これからはずっと。
きっと長い夜になることを感じ取りながら、アンジュはその感触を堪能していた。