ふたりきりの秘密眩しい……
まだ風は冷たいものの日差しの強さは春の訪れを感じさせる2月。
慣れた京都の自宅で御門浮葉が目を覚ますとすぐ隣には寝息を立てている朝日奈唯の姿があった。
昨日の黒橡のライブでは久しぶりに唯が訪れているのがステージから確認できた。
会場が京都というのもあり、いつも以上に音色に感情が漏れてしまった自覚はある。
どれほどのものがそのことに気づいたかはわからない。少なくとも相方は帰り際に意味ありげな視線を送ってきた。
「ん……」
唯が寝返りを打つがまだ起きる気配はない。
音だけでは飽きたらず望むがまま彼女を求めてしまった。自分の中にこんな激情が埋もれていたことに驚きつつも決して嫌な気持ちはしなかった。
もっともそれを受け止めた唯は身体が悲鳴を上げているようであるが……。
「おやおや……」
そのとき浮葉は彼女の首に小さな痣がついていることに気がつく。そう、それはヴァイオリンのエンドピンが長時間当たることでできるもの。だけどそれを逆手にとって昨日その上に刻印を残した。自分たちにしかわからない形でそっと。
すると、唯がまぶたを開き、そして愛くるしい瞳を浮葉に見せる。
「おはようございます……」
やはり昨日の疲れが残っているのだろうか。声には若干気だるさを感じる。
「身体は大丈夫でしょうか」
昨日彼女を労る余裕もなく求めてしまった。その上でこの言葉を掛ける自分は我ながら酷い男だと思う。
だけど、彼女は小さく頭を振る。
「大丈夫です」
そして続ける。
「むしろ嬉しかったです。普段淡々としているように見える浮葉さんがこれほどの感情を見せてくださったのだから」
その言葉を聞いて浮葉は胸に小さな痛みを抱えつつも温かい気持ちで満たされるのを感じる。
「優しいのですね、あなたは」
自分のどんな姿も受け止めてくれる。
そんな彼女だからともに歩みたいと考えてしまうのだろう。
もっとも彼女のその気持ちに頼りきってはいけないのだろうが。
それにしても。
一時は訪れる人がいなくなり寂しくなる一方の屋敷であったが、あの秋の日に唯がここを訪ねてから一気に色づき始めた気がする。
人々の往来も増え、そして庭の木々も活気づいた。
これからも変わり行く季節を唯と楽しむことができるのだろう。
するとそのとき。
「あーーーー!!!!」
すると静寂を破るような叫び声が唯から聞こえてきた。
「いかがされたのです?」
出来るだけ冷静を装いながら唯に尋ねる。
すると、唯は浮葉の首筋を指差してくる。
「首、首です! 首を見てください!!」
唯に言われ、鏡で自分の姿を確認する。
すると、首筋に小さくではあるが鬱血のあとが見えた。俗にいうキスマーク。
昨日唯にそっと刻印を残したとき、「私からも…」そんな言葉とともに首筋にそっとくちびるの感覚がしたのを思い出す。
そのときは跡にならなくて悔しがっていたが一晩経って変化したのだろう。
「ごめんなさい、昨日は雰囲気に呑まれてこんなことしてしまいましたが、写真撮影とかステージに立つときとか困りますよね……」
困っているのはむしろ唯の方だろう。あたふたしている彼女が可愛い。その姿をずっと見たい気持ちもあるが、罪悪感が湧くのも事実。
すると浮葉はひとつのことを思い出す。
「そういえば先日堂本くんにこんなものをいただきました」
そう言いながら手にしたのはタトゥーシール。
唯が残した痕跡の上にそっと貼るとキスマークは見えなくなる。
「これであなたと私、ふたりきりの秘密になりますね」
そう言いながら浮葉は昨日自分がつけた唯のキスマークの上に重ねるかのように口づける。ただし跡が残らないようにそっと。
そんなふたりを祝福するかのように春の日差しが射し込んできた。