8五条夫婦と両親の狼狽えっぷりといったらおかしかった。
全員が家に帰る事を説得しようとしたが私は頑として譲らず、自分の腕の中ですやすやと眠る悟を見て「悟は私が守る」と高らかに宣言した。
しかし私は来年小学生になる。私は小学校に通う事も楽しみにしていた。そこで、平日は家に、金曜の夜から日曜日の午後までを本家で過ごす事で納得した。悟は泣かなかった。
私には4人の親と、弟ができた。
実の両親をお父さん、お母さんと呼び、五条夫婦をパパ、ママと呼ぶようになった。
本家にいる間、楽しく過ごしていただけではなく、呪力を学んだり、自分の力がどんなものなのか、制御可能なものなのか、実験のような事も繰り返しやった。相変わらず「呪力0!」と太鼓判を押されていたので、私が使った力がなんなのか分からず術式名もつかなかった。また、あの時以来発動することもなかった。
ただ、ママが教えてくれた事によると、私が大人たちをぶっ飛ばした時
「確かに実の内側から光が溢れて丸い何かに包まれた」らしい。そしてその丸い何かに近づくと跳ね返される、と。
私には呪力が無いから全く見えなかったが、あそこにいる全員が呪術師なので見えていたはずだ、と。
老害の事はずっと嫌いだったが、実験の時には必ず現れ、時々話しかけてきた。そんな時は必ずパパかママが側にいて目を光らせていた。
呪術師の力は人々を守り助けるものだが、大きい力は驚異にもなる。悟も含め、実の未知の力は場合によってはとても危険なものになるから我慢して協力して欲しい、と老害に言われてからは実験中に現れても気にしなくなった。
彼も五条家を守る人間として必死だったのだ。
悟はかわいかった。
ママと一緒にお風呂に入れたり、パパとはおむつ交換の早さを競った。
家に帰れば両親に甘え、小学校に通い、普通に暮らした。
初めての授業参観日には親が4人来た事により、しばらくはクラスで腫れ物扱いを受けた。担任の男性教師はあきらかに戸惑っていた。申し訳ないことをした。この時悟は髪の毛や瞳の色が人目につかないようにと蓑虫のようにされていたのには笑った。
私は4人の親からたくさんの愛を注いでもらって成長していった。
ちなみに悟が最初にしゃべった言葉は
「みのる」
だった。
パパとママは落胆した後、爆笑した。
「悟はどれだけ実が好きなんだ」
悟はすくすく成長した。
天使のような見た目の悪魔だった。
どこで覚えてきたのか最初の一人称からして「俺」だった。
歩き始めて私の後をついてまわるまでは良かったが、拙いながらも言葉を話せるようになると小さな嫌がらせのようないたずらを仕掛けるようになった。
靴のなかにだんごむしが山盛りに入れてあったり、布団の中にヘビのおもちゃを仕込んで私の肝を冷やさせた。その度にパパとママにこっぴどく叱られていたが悟にはどこ吹く風といったところだった。そして、転んでケガをしてもどんなに怒られても涙一つ見せない可愛げのない幼児になった。
私が小学校三年生で9歳、悟が3歳の冬だった。
私はインフルエンザに罹ってしまった。高熱を出してインフルエンザと診断されたのがたまたま金曜で、悟が生まれてから初めて本家に行けない週末だった。私はインフルエンザにたっぷり苦しみ、翌週はまるまる学校を休んだ。体力も落ちてしまっていたし、大事をとってその週末も本家に行かなかった。万が一悟に染つしたらかわいそうだとも思ったからだ。
その土曜日、ママから電話があった。
「ずっと休んでていいから来てくれないか」と。
ママの狼狽えて憔悴しきった声にただ事ではないと、母は私を連れて本家へ向かった。
悟は泣いていた。
そして、怒っていた。
一枚の畳の上に力なくへたりこみ、無言で、碧い目を目一杯見開いて、その碧い瞳から次々に涙を溢しながら「私に」怒っていた。
一枚の畳の上、というのは比喩ではなく、その畳の周りには本当になにもなかったのだ。あったものがなくなっていた、というのが正解か。
悟の術式が暴走していた。