春が来た惰眠をむさぼっていたミスラは何かに呼ばれるようにふと目を覚ました。
空にはまだ夕方前だというのにいつにも増して大きく輝いている大いなる厄災があった。
「ああもうそんな時期でしたね」
ミスラはしぶしぶ空間の扉を開くために呪文を唱えた。
テンションは限りなく低い。
毎年毎年襲ってくる厄災。
簡単に押し返されるくせに、このしつこさは何なのだろう。
全員そろっていなくとも勝てるだろうに、昔役目を放り出そうとした時に双子とチレッタに追い回されたことを思い出し、仕方なく今年も厄災と戦うためにミスラは魔法舎の談話室に繋がる空間の扉を開けた。
あくびを噛み殺しながら談話室に踏み込むと一人の男の背にぶつかった。
「あ?ミスラかよ」
目の前の男の姿を見て、ミスラはぱちくりと目を瞬かせた。
それは何年も前に、双子とフィガロに血まみれで引きずり連行されていったブラッドリーであった。
「あなた生きていたんですか…」
「おうよ! 死の盗賊団首領ブラッドリー・ベイン様がそう簡単にくたばってたまるかよ。賢者の魔法使いとして戻ってきてやったぜ」
ブラッドリーは自慢げに笑った。
その顔を見ていつの間にかミスラの眠気は飛んでいた。
それからブラッドリーが談話室に集まった賢者の魔法使い達に自己紹介の名乗りを上げた。
自らをボスと呼べという彼に皆は面食らっていたようだ。
弱いやつらは戦いに不要じゃないかというようなことをブラッドリーが言ったらしい、それを聞いた双子が改めて場を仕切るため、ブラッドリーを含めた全員に語り掛けるように声を発する。
「賢者の魔法使いが全員そろっていることは重要じゃ」
「心配せんでも厄災との戦いは儀式的なものじゃ。今まで戦いで死んだものはおらん」
「ふーん。そうなのか。俺の前に北の賢者の魔法使いやってたやつはどうしたんだよ」
「それはな…」
「ミスラちゃんが…」
ミスラの名前が出て、ブラッドリーがミスラの方に久方ぶりに顔を向ける。
ミスラは機嫌がよくなり、ふふんと笑った。
「そうです。俺が石にしました。厄災との戦いの後だったかな。変に絡んできてうっとしかったんで。あなたがここに来れたのも俺のおかげですね。感謝してください」
「なるほどな、それならてめえにキスしてやりてぇくらいだぜ」
いいなそれとミスラは思った。
前任者にはお気の毒だがなぁとブラッドリーが笑っていると、ミスラが突然頬を掴んで上からのしかかるようにブラッドリーにキスをした。
長々としたディープキスにキャーと西の魔女たちから黄色い悲鳴があがる。
「なにしやがるッ」
ようやくミスラを振り払ってブラッドリーが口を手の甲でごしごしとぬぐう。
「ははは」
ミスラは愉快そうに笑った。
「だってあなたがキスしたいって言ったんじゃないですか」
「言葉通りに受け取るなよ……そうだった、おまえはそういうヤツだったよな」
「あら~ミスラちゃんご機嫌だね」
「ミスラちゃんに春きちゃった?」
「おい、そこのじじいども適当なこと言うのやめろ」
「はい。来たかもしれません春」
「意味わかって言ってんのかよ…」
あきれ顔のブラッドリーを見ながら、今年からの厄災戦は楽しくなりそうだと嬉しくなるミスラであった。
おわり