独り占め「はくしゅんっ」
くしゃみをした次の瞬間、熱い湯船につかっていたブラッドリーが飛ばされたのは西の魔法使いが多く集うパーティ会場だった。
西の国の魔法使い達は突然現れた全裸の男に引くこともなくわっと群がった。
「やあ君!いったいどこから現れたの?」
「なんて美しい肉体だ。まるで古代都市の彫刻のようだ」
「まあ凄い傷跡!」
「おい!勝手に触んな!!」
べたべたと体を触る手を引き離そうとしたブラッドリーの手に誰かがシャンパンの入ったグラスを握らせる。
一目見て上物と分かったブラッドリーは反射的にそれを飲んだ。
「あ? うめえじゃねーか」
「そうだろうそうだろう! 我々の出会いと素晴らしい酒に乾杯!!」
「おいおい!こぼれる」
ブラッドリーに群がる人々はどんどんと増え、パーティの主催が用意したストリップショーか何かと勘違いした客がブラッドリーにチップを渡そうとして、挟む場所がないので口にくわえさせようとした。
ブラッドリーのこめかみがピクリと動く。
「てめえらいい加減にしねえと…」
人々を薙ぎ払うための呪文を唱えようとした瞬間、見知った魔力の気配と呪文が聞こえた。
「アモレスト・ヴィエッセ」
ブラッドリーの姿が現れた時と同様に掻き消えた。
彼に群がっていた人々は驚きさらに騒ぎ出す。
「一体彼はどこに」
騒然とする人々の注意をひくように、ミルクティの髪色の男が頭上を指さす。
「ああ、ほら見てください。あそこにきれいな蝶が…彼が変化した姿でしょうか」
黒と白の羽をもつ美しいアゲハ蝶が見上げる人々の頭上を優雅にぐるりと一周し、その後窓に溶け込むように光って消えた。
それを見て人々は満足しパーティ会場の方々へと散っていった。
後には大きなふわふわの毛並みの猫を抱えたラスティカが残った。
「やあブラッドリー大丈夫だったかい。くしゃみで飛んできたのかな」
「にゃー…」
「おっと失礼」
ラスティカが小さく呪文をとなえると猫にされたブラッドリーがため息をつくようにいった。
「ひでえ目にあったぜ…」
「お疲れのようだね。僕がこのまま会場の外までお連れしましょう」
そう言ってラスティカがブラッドリーを正面から抱え直そうとした時、ブラッドリーの毛並みのどこからか、数個の小物がころりと落ち床に散らばった。
それは豪華な石のついた指輪や高級腕時計だった。
「おや?これは」
ラスティカがブラッドリーの顔を覗き込むと猫の彼はふんと横を向いた。
「あいつらがはした金で俺の体を触ってこようとするからさ、俺様はそんなに安くねーっての」
人々にもみくちゃにされながら、彼らが身に着けた宝飾品をすったらしい。
イラついて手癖でとったようなものだった。高級ではあるもののブラッドリーのコレクションに加えるほどのレア度は無い。
ラスティカは魔法で宝飾品たちをふわりと浮かせ手に取ると、通りすがりのウェイターに落とし物ですと渡した。そしてブラッドリーを胸にもたせ掛けるように抱えて背を撫でながら出口へと移動する。
ラスティカの容姿に大きな柔らかそうな毛並みの猫。
すれ違う人達がラスティカに話しかけようとするも、彼は気づかないふりをして広い会場を颯爽と横切っていった。
ブラッドリーは大人しくラスティカに抱かれている。
二人は会場を出て人気のない廊下に到着する。
陽が差し込んでくる窓辺によって、ラスティカはブラッドリーの背を撫でた。
「おい、いつまで撫でまわしてるつもりだ」
それまで大人しくしていたブラッドリーが前足をつっぱねてラスティカから離れようとする。
「すまない。あまりにふわふわで気持ちがよくて」
「だから俺様の体は安くねーっての」
ブラッドリーはするりとラスティカの腕から抜け出す。
そして魔法を解除しようと呪文を唱えようとしたところに先にラスティカが呪文を放つ。
「アモレスト・ヴィエッセ」
ブラッドリーは人間の姿に戻った。ラスティカが用意した服を着て。
ふわりと上等な毛皮のコートが最後にブラッドリーの肩にかかる。
それはさきほどまでの猫の姿を思わせる黒と白の毛皮。
「これは」
「裸のままではまたくしゃみをしてしまうからね」
「ふーん。ま、俺様の体を独り占めした対価として受け取ってやるよ。だが、まだまだ足りねぇな」
ブラッドリーはニヤリと笑う。
「上等な酒とメシ。せっかく西の国まで来たんだ。てめえなら俺様を満足させられる店にエスコートできるだろ。それとも俺様よりあのパーティの連中のほうがいいか」
「まさか! 君をまだ独り占めできるなんて光栄です」
そういってラスティカはブラッドリーの腰に手を回して目の前の窓を魔法で開け放つ。
二人はひとつの箒で西の街の空へと飛び出した。
おわり