春が来た2年に一度の大いなる厄災襲撃の日
戦いの夜に向けて、賢者の魔法使い達が中央の国にある魔法舎へと集まっていた。
北の国以外の魔法使い達はすでに談話室に揃っていた。
その談話室の扉をバンと開けて一人の魔法使いが現れた。
顔に大きな傷のあるその男は部屋をぐるりと見回すと賢者の元へとズカズカとやってきた。
「てめえが賢者か、俺様は北の魔法使いブラッドリー・ベインだ。俺様を召喚するとはなかなか見どころのあるやつだな。手下にしてやってもいいぜ」
ブラッドリーは賢者の肩に腕を回して親し気に腕をたたく。
賢者は突然のことに目を白黒させている。
「こらブラッドリー!賢者ちゃんを困らせるでない」
ブラッドリーを追いかけるように現れた北の双子が賢者からブラッドリーを引き離す。
「?うっせー双子だぜ」
まとわりつく双子をブラッドリーがうっとおしそうに押しのけていると、談話室の中央にミスラの空間の扉が現れ、そこからのっそりと進み出たミスラがブラッドリーの背にぶつかった。
「あなた生きていたんですか…」
「おうよ! 死の盗賊団首領ブラッドリー・ベイン様がそう簡単にくたばってたまるかよ。賢者の魔法使いとして戻ってきてやったぜ」
ミスラとブラッドリーの会話に周りの魔法使い達がざわざわと小声でささやきだす。
ブラッドリーってやっぱり… あの死の盗賊団の…?
それを聞いたブラッドリーは机の上にダンッと片足を乗せて全員の注目を集めると、堂々とした名乗りを上げた。
「俺様が泣く子も黙る死の盗賊団首領、北の魔法使いブラッドリー様だ。俺様が賢者の魔法使いになったからには、てめえら大船に乗ったつもりでいりゃあいい! 俺のことはボスと呼べ」
力強い声と共にブラッドリーの魔力があふれて突風のように部屋を吹き抜けた。
その場にいた北の魔法使いとシャイロック以外の年若い魔法使いたち全員が身をこわばらせる。その時、
「アドノポテンスム!」
ブラッドリーが早口で呪文を唱えた。
ブラッドリーの呪文を聞いて中央の魔法使いモブリーは石にされるッと思わず腕で頭を覆い固く目をつぶってしまった。
しかし恐れた衝撃は訪れず、恐る恐る目をひらくと、ブラッドリーが頭を掻きながらスタスタと談話室の端へと足を向けるのが見えた。
「おいおい、ばあさん大丈夫かよ」
そこには南の魔法使いが卒倒して倒れる寸前のまま、ブラッドリーの魔法で空中に止められていた。
ブラッドリーは老婆に見えるその南の魔法使いをよっと両手で抱えると、談話室のソファーへ運んだ。
運ばれる途中で気が付いたらしい老婆がありがとうねと声を発する。
先ほどブラッドリーからあふれ出た魔力にあてられて失神してしまっていたらしい。
「あんたみたいな魔法使いが厄災との戦いで役に立つのか?ここで休んでた方がいいんじゃねーの?」
ブラッドリーはやりすぎたというようなバツの悪い顔をしていた。
老婆とブラッドリーの様子を見て、モブリーたち身をこわばらせていた魔法使いのみなもほっと息をはいたのであった。
双子が改めて場を仕切るように、ブラッドリーを含めた全員に語り掛けるように声を発する。
「賢者の魔法使いが全員そろっていることは重要じゃ」
「心配せんでも厄災との戦いは儀式的なものじゃ。今まで戦いで死んだものはおらん」
「ふーん。そうなのか。俺の前に北の賢者の魔法使いやってたやつはどうしたんだよ」
「それはな…」
「ミスラちゃんが…」
ミスラの名前が出て、ブラッドリーがミスラの方に顔を向ける。
「そうです。俺が石にしました。厄災との戦いの後だったかな。変に絡んできてうっとしかったんで」
ミスラは座っていたチェアから立ち上がり、ブラッドリーの目の前に立つ。
「あなたがここに来れたのも、俺のおかげですね。感謝してください」
ふふんとミスラは笑った。
ミスラとブラッドリーのとあるひと騒動があった後、食事の用意が出来たと世話係の人間達に呼ばれ、全員が食堂に移動した。
各国ごとに用意されたテーブルの上には豪華なフルコースが全員分並べられている。
一見テーブルにあふれるように食事が用意されているかのようだが、皿の一つ一つが大きくしかも給仕をせずともよいように、前菜からデザートまですべての料理がすでにテーブルに配膳されている。
人間たちは、では我々はこれでと一目散に退散していった。よほど魔法使い達と同じ建物にいるのが怖いらしい。
「はあ、これっぽっちじゃ腹がふくれねぇよ。大人しく魔法舎にくりゃたんまりご馳走にありつけるっていったのは誰だ」
「我らじゃな。我らにはこれだけで十分じゃ」
双子はお互いに食べさせあいながら、満足そうに笑う。
「俺には全然足らねぇよ」
ブラッドリーが自分の分のメイン料理をニ、三口で腹に収めて不満そうにフォークを皿に投げ出す。
それを見ておずおずと声をかけてくるものがあった。
「よかったら、私がなにか作りましょうか」
それはブラッドリーにソファーに運ばれた魔女だった。
「ばあさん!あんた料理作れるのか!」
「ええ、南の家庭料理でよければですけど」
「肉がいっぱい喰いてぇ! よしミスラ行くぞ!」
「はあ?急になんですか」
「おまえの空間移動魔法で中央の市場に行くんだよ。おまえだって食い足りないだろ」
「まあそうですね」
「よし!決まりだ。ばあさんはついてこい。他にも荷物持ち…」
ブラッドリーが食堂を見渡す間に、ミスラが呪文を唱えて扉を出現させる。
「よければ俺が!」
中央の魔法使いがばっと手を上げる。
隣に座っていた同じ中央の男がびっくりしてよせよと腕を引っ張るも、ミスラの扉をくぐれるなんてこの先ないかもしれないぞと手を挙げている男が興奮気味に言うと、それもそうだな!ともう一人の男も荷物持ちとしてついていくことにした。
食堂がにわかに活気づく。
いつもであれば双子以外の北の魔法使いとはなるべく関わりを持たないように、目をつけられないようにと警戒している魔法使い達が、ブラッドリーが作る雰囲気によって恐る恐るではあるがコミュニケーションを取ろうとする空気になっていた。
機嫌のよいブラッドリーは、残りのメンツに向けて食いたいもんあったら言えよ、双子の奢りだぜと言う。
双子もやれやれと言いながらもブラッドリーに金貨を渡す。
西の魔女たちは中央の流行りのデザートが欲しいと飛び跳ねた。
「おい、そこの東…の魔法使いか。てめえは何もいらねぇのか」
「僕は別に…」
帽子を目深にかぶったその魔法使いファウストは断ろうとしたあと、まあワインがもう少しあれば嬉しいがと言った。
彼がちらりと目をやったワインクーラーには2本程度しか冷やされていない。
「宴会に酒はつきもんだ。樽ごとかっぱらってきてやるよ!」
「いや、そこまでは…っておいかっぱらうってなんだ? 聞いているのか!」
ファウストの言葉を無視して、ブラッドリーはミスラたちをひき連れて扉をくぐっていった。
「やれやれ騒がしい男じゃ」
「ブラッドリーがきて魔法舎の空気が華やかになりましたね」
シャイロックがキセルの煙をふうとはきだして艶やかに笑う。
「そうかな、うるさいだけだと思うけど」
ファウストが帽子を触りながらため息をついた。
あなたが食堂で話す姿を久しぶりに見ましたとシャイロックがほほ笑むとファウストはふんと目をそらした。
大いなる厄災の光で星までが霞む夜更け。
オーエンは箒を魔法舎に向けて飛ばしていた。
もうすぐ厄災との闘いに向かう時間だ。
最近のオーエンは出発時間ギリギリに魔法舎に向かうことが増えた。
北の魔法使いにおびえる中央や東の魔法使いたちをからかうことが面白かったのに、近頃正義の味方ごっこに目覚めたらしい双子に邪魔されるようになったからだ。
何が善なる魔法使いだとオーエンはふんと彼にしてはめずらしく鼻をならして魔法舎の敷地へと箒を下降させた。
食堂の窓の近くに寄った時、今まで聞いたこともないような楽し気な笑い声が聞こえてきた。
箒に乗ったまま食堂の窓を魔法で開けて乗り込む。
いつもは各国でテーブルに分かれて気まずい緊張の空気に包まれている魔法舎の食堂が、中央にいくつかのテーブルを集めてそれを全員が囲んで座り、大皿の料理とともに酒を飲んでまさに宴会といった感じで騒いでいた。
「よー、オーエン遅かったじゃねーか」
ワインのグラスを掲げて白と黒の髪をもつ男が空中に留まるオーエンを振り仰ぐ。
「なんでおまえがここにいるんだよ。ブラッドリー」
「なんでって賢者の魔法使いになったからに決まってんだろ」
「俺のおかげですけどね」
ブラッドリーの隣でミスラも機嫌がよさそうにグラスを片手にブラッドリーの肩に腕を乗せる。
その腕をうっとうしそうに肩から落としてブラッドリーはオーエンに言った。
「残念だったな。もう少し早く来てればてめえの好きそうな菓子もあったんだがな」
「はあ?むかつく」
オーエンはブラッドリーとミスラの間に割り込むように着地し、ブラッドリーの手からワイングラスを奪って飲み干した。
ブラッドリーは怒ることもなく肩をすくめた。それを見てオーエンが口を開こうとしたところで双子がみなに声をかける。
「そろそろ時間じゃな」
「おーし、いっちょやってやろうじゃねーか。行くぞてめえら!」
ブラッドリーが立ち上がり魔道具の銃を掲げて鬨の声をあげると、多くの魔法使いが呼応しておうと拳を上げた。
「ブラッドリーちゃん勝手に仕切らないでくれる?」
双子はブーブーと文句をいいつつも楽しそうだ。
周りの魔法使い達もいつもよりも闘志がわいているようだ。
「へぇ新人がずいぶんとえらそうじゃない」
ひとり茅の外となっていたオーエンがブラッドリーの気を引こうと嫌みを言う。
「こまけぇことはいいじゃねーか。さっさと終らせて祝勝会といこうぜ」
「いいですね。また市場に扉つないであげてもいいですよ」
「……お菓子もあるなら僕も参加してやってもいいけど」
「あなた、いつもは戦いが終わったらすぐに消えるじゃないですか」
「おまえたちだけで楽しんでるのむかつく」
ミスラとオーエンはブラッドリーを挟んで無意識ににらみあう。
スノウとホワイトはそれを見て目を丸くする。
「あららオーエンちゃんにも春きちゃったの? 無自覚っぽいけど」
「もっと平和なラブバトルなら見たいんじゃがな。あの三人だと…」
「春というより嵐ですね」
シャイロックが面白そうに笑った。
厄災と戦いながら、来年はもっと早くきてやってもいいなと考えるオーエンであった。
おわり