伝説の木の下で とある一軒家、この世に不足しているものはないといわんばかりの綺麗な女子学生がお世話係の男に話し掛けていた。
陽光を帯びた雪原のような髪に透き通るような白い肌。紫水晶の宝石を填めたような瞳をした少女が白髪の多い執事と共に住んでいる。
父親の仕事の都合で良家の子女が通う学校に彼女は短期で編入していた。
明日は最後の登校日。帰宅し、部屋を引き払えばこの世の中には彼女はいなくなる――。この学校の資金が裏組織に流れている。その証拠を掴むため、チェズレイはレスリーという学生に、モクマは執事になって学校へ潜入した。まさか女子学生になるとは思わなかったモクマも日が経つに連れて大分チェズレイのすがたに馴れた。
モクマの淹れたコーヒーを飲みながらチェズレイは今日あったことを話す。
「潜入している学校で高校生の好きそうな話が」
「どんな話だい?」
「学校の外れにある木でおとこのこから告白されて恋愛成就したカップルは永遠に幸せになれる、と」
「俺も聞いたよ。伝説の木の話」
「迷信とは思いますが可愛らしい話ですね。私も明日で転校ですが」
タブレットを開き、モクマのもとへチェズレイがデータを送付する。今回の調査で明るみになったものばかりが羅列していた。
「この様子だとなんか言いたそうだね」
微笑みながらチェズレイが話した。
「転校も近付いてきたからか靴箱に手紙が。最後の日にあの木の下に来て下さいが何通か来ているのですよ」
「まあ、お前さん頭もいいし可愛らしいからねえ」
告白されたのは今回ばかりではない。転入してから何度告白されたのだろうか。モクマが迎えに行く度見掛けた気がする。
「誰かと恋仲になってしまいますよ?」
「嫌だ」
素直にモクマは吐露する。
「嫌だといわれましてもねェ……」
困りましたねェと言いながらもチェズレイは口角を上げたのだった。
予定通り最後の日を迎えた。
短期で編入したレスリーさんが今日で最後だと噂となったのだろうか、彼女の靴箱には何通かの手紙が置かれていた。生徒会長、大企業の御曹司、政治家の息子……、事前に調査して何の問題もない子供達だった。
最後の授業を終える。短い間とはいえ、出来た学友と別れを惜しむ。
「レスリーさま、忘れないでくださいね」
「新しいところにつきましたらお手紙くださいね」
涙を流す友と別れ、外れにある大木へと向かう。
そこにはもう幾人もの男達が彼女のために道を開け、待っていた。
「僕と付き合ってください!」
「苦労させません!」
幾人もの手がレスリーに伸びる。
彼女にとって誰の手も取るつもりはなかった。彼女にとってとる手はひとつのみ。
見目麗しい学生達の間から小柄な男が歩いてくる。白髪交じりの執事を見るやお呼びでない、まだ迎えるのに早いとの声が発せられる。
「レスリーさま」
執事の白い手袋が外され、鍛えられた指が露わになり、レスリーの前に差し出される。
「俺と共に歩みませんか」
事情を理解できない男子達から後ろから年齢差が、執事がなにを、お呼びでないという声が発せられる。その声をかき消すかのように女子から邪魔しないでくださる! の声が飛ぶ。
「私との指切りの約束を覚えてくださったのですか」
何も言わずモクマは首を縦に振った。
その返事に勢いよくレスリーがモクマに抱き付くと、モクマは一歩も動かずに彼女を抱きしめた。
「嬉しい。あなたとしか……」
小さくモクマの耳にチェズレイの声音が聞こえる。
執事と仕えるべき主とのラブロマンスに女子達がうっとりと二人を眺める。この学校の伝説のように、障害を越え、永遠に幸せになれるようにと願いながら。
「それではご機嫌よう、皆様」
レスリーと執事が二人一緒に立ち去った。幸せを周囲にばらまきながら、それはまるで嵐のような出来事だった。