尚六ワンドロ・ワンライ 第22回お題「後朝」 明かりも持たぬままに、夜の闇を潜り抜けて歩く。道中人に見つからないように、草を踏む音にも気を付けて歩く様は、散歩と言い張るには些か厳しい。増してやここは自分の庭院ではない。完全なる不法侵入というやつだったが、尚隆は歩みを止めなかった。
僅かに軋む音をさせながら、漏窓から目的の房間に入り込むことに尚隆は成功した。ところが間も置かずに六太が姿を現した。他でもない、この房室の主は六太である。無論彼が居ることに不思議はないが、夜半を過ぎての訪問――それも無断での――を出迎えられるのは、尚隆には予想外だった。すでに眠りについているものと思っていたからだ。
実際、既に牀榻に居たのを起き出してきたのか、六太は被衫の上に一枚上掛けを羽織っただけの格好をしている。手燭を携えてこちらの房間に来たのは尚隆が入り込むのと同時、物音を聞きつけてやって来るには些か早かった。
「起きていたのか」
いつもの調子で明るく、しかし夜の静寂に紛れるように声を落として尚隆は尋ねた。六太はひとつ欠伸を噛み殺して、手燭を卓子の上に置いてから言った。
「近付いてくる王気がしたから。……こんな時間に何やってんだ?」
「夜這いに来た」
「は……?」
尚隆の言葉が聞き取れなかったのか、あるいは意味が分からなかったのか、六太は間の抜けた声を上げた。尚隆は六太に大股で歩み寄り、一歩の距離に近付いたところで片膝をついた。
「六太」
名を呼ばう。戸惑った顔を下から見上げて視線を合わせる。いつものように、自信に溢れた笑みを浮かべて言葉を続ける。
「海賊崩れを王に選んだお前の落ち度だ。どうか諦めてくれ」
震える小さな手を掴んで、尚隆は自分の方に引き寄せた。
漏窓から溢れる月明かりが、眠りに落ちた六太の横顔を柔らかく照らす。無体を強いた相手の表情が今は苦痛に歪んでいないことに尚隆は安堵した。僅かな光に反射して淡く光る鬣を梳くように指をすべらせる。しばらく牀榻に腰掛けたまま、あどけない寝顔を眺めた後、尚隆は徐ろに立ち上がった。
身支度を粗方終えたところで、髪を纏める紐が見当たらない。牀榻の周りを見渡して、六太の手に握られているのがそうだと気付く。そっと抜き取ろうとしたが、思いの他強く握られていて、逡巡ののちそのままにしておくことにする。代わりに、六太が使っていた帯を拝借する。
――衣衣、その言葉が浮かんで、尚隆は可笑しくて笑った。厚顔甚だしい奴だと、自嘲する。どうしようもない奴だ。一方的に奪っておきながら。
おかしくて、どうしようもなく笑いが止まらなかった。
おわり