熱に浮かされるこんな心臓に悪い日になるとは思わなかった。
相棒に誘われた秘境巡りにたまたま先生とかち合って(というよりも元々旅人が俺と先生を同じ日に誘ったらしい)、先生が来るなら無茶してもいいかなとか思ってたんだけど。
「先生、なんか調子悪い?」
「いいや?公子の気のせいではないか?」
「なんか…うーん…いつもと違う気がするんだよね…」
自分の戦士としての観察眼と直感でそう思った。なんと言うか…いつもより元気が無いように見えた。
あとなんか、顔が赤い…ような…
「分かった、先生熱あるでしょ」
「熱?確かに今日は少し暑いが…」
「えっ?今日は寧ろ寒く感じるくらいだよ…?」
最近璃月に留まっている相棒にも今日の璃月は寒く感じたらしい。
季節の変わり目、少し前まで近かった太陽は離れていて肌寒くなっている時期。ご飯も美味しく感じる秋の季節だ。今年の璃月は気温差が激しいらしく、今日寒くても明日は暑い、なんで日もあるくらいだ。今日は昨日より寒い日だと聞いていた。
「先生、ちょっと頭貸して」
「ん?なんだ?」
「はいはい、ちょっと触りますよー」
手袋を外して先生の額に手を添えた。冷たかったのかびっくりしたのか、先生は身体を震わせる。
「うわ、めちゃくちゃ熱いじゃん!先生こんなのでよく平気な顔してたね?!」
「嘘、公子がそんなに言うってとんでもないよ。鍾離先生帰って寝た方がいいよ!」
「えっ?相棒俺の事どんな目で見てるの?」
「日頃の行いじゃないか?鍾離、無理して来なくていいんだぞ!」
「いや、本当にいつもと変わりがないんだが…」
そうだ、この人凡人一年目なんだった。
あーあ、という目で相棒とその隣でふよふよと浮いているおチビちゃんと目を合わせた。お互い察してしまった。悲しきかな。これは誰かが引っ張っていかないと駄目だな。
「あー…相棒。秘境はまた今度誘ってくれる?俺はこの非凡人を家に届けて寝るまでベッドに縛り付けないといけなくなったから」
「いいよ、無理して行く必要も特に無いから。公子、鍾離先生の面倒お願いね」
「頼んだぞ公子、鍾離に手を出したらダメだかんな!」
「ねえ俺本当にどんな目で見られてんの?」
あまりにもあまりな事を言われてしまったが先生を任せてくれるので信頼はされてるんだな、と思うことにした。
?が浮いてる顔の先生を引き摺りながら相棒と別れる。
「ね、先生。家に薬はある?風邪薬でも解熱剤でもいいけどさ」
「薬?」
「あ、無さそうだね。不卜盧に寄ろうか。先生もう少し頑張れる?」
「何を頑張るのかは知らないが不卜盧に行くならば着いていくが」
「先生が飲むものだからね?自分は関係無いですみたいな顔してるけどわかってる?」
「俺には必要無いと思うが」
「本当に凡人になろうとしてる…?」
不卜盧で薬を買って先生の家に帰ってくる。凡人とは言ってるけど何が効くのか分からないから先生に薬を選んでもらったけれど、不卜盧でのやり取りですらちょっとふわふわしていた。早めに切り上げて来てよかった。熱が上がってきているのか傍から見ても体調が悪いです、みたいな状態だ。
顔が赤くて息もいつもより少し乱れてて、情事の時を思い出してしまったので見られたくないがために早足で街を歩かせてしまった。余計に体調を悪くさせてしまった気がする。
「はい先生、服脱いで」
「何故だ。旅人の秘境を蹴ってまで俺と閨に入りたかったのか」
「違いますけど?!先生は今から寝るの!!」
「やっぱり寝るんじゃないか」
「違う!!先生が!体調が!!悪いから!!!寝るの!!!!」
「俺は体調など悪くないが」
「俺宇宙人と話してんのかな?」
宇宙人じゃなくて神様だったんだけど…いやいや…
これは大分キてるな、いつもは酔って熱に浮かされたとしてももう少し話が通じていたと思うんだけど。
あーだこーだ言う先生をベッドに叩きつけて寝る準備してて、と言い聞かせて水を取りに向かう。
相棒に秘境に誘われていたので今日は丸一日空いている。このほっとけない恋人の面倒は十分に見れる。
水を取って戻ってきた俺が見たのはベッドの縁で頭を抱えている先生だった。
体調が悪化したのか、と慌てて先生の傍に駆け寄る。
「先生、大丈夫?気持ち悪い?」
「…身体が熱い…」
「やっと自覚した?鈍すぎなんじゃないの…」
「これが発情期なんだろうか…」
「待って待って待って」
「身体が…熱くて…頭もふわふわする…」
「うん、熱出してるからね」
「熱…という事は…やはり…」
「とりあえず先生、薬飲んで寝ようか。話はそれから聞いてあげるから」
とんでもない事を言い出した先生の話を打ち切って薬と水を持たせた。何がどうなったら発情期なんて考えになるんだ?ていうか先生発情期があるの?それはそれで見たい気持ちはあるけど。
流石に体調の悪い恋人に無体を強いたい訳でもないのでその辺の話は熱が下がって正常な時の先生に聞きたい。
「くすり…」
「そ、もう早く飲んで寝ちゃお。そしたら少しは楽になるから」
「発情抑制剤…?」
「嘘でしょ先生…そこまで頭が回ってないの…」
さっき買ったものだよこれ…なんなら俺が払う所めちゃくちゃ見てたじゃん…やっぱり早く寝かしてしまおう、と薬を飲むのを待つ。
ちびちびと水だけ飲みはするけど、薬を口に入れようとしない。
「どしたの先生」
「飲みにくい…」
「あー、熱の時って水飲みにくいときあるね…とりあえず口に入れるだけでもしない?」
「うん…」
うん、うん、て。なんかもう頭が爆発しそう。
俺と先生は恋人同士で、俺は先生がめちゃくちゃ好きなんだけど。恋人の舌足らずでぼやぼやしてる所見たらどう思うと思う?可愛いって思っちゃうんだよ。普段きっちりかっちりしてる人だから尚更ギャップがすごい。俺の心臓に悪いので早く寝て欲しい。もう無理やり飲ませた方がいいのでは?と俺も熱に浮かされ始めた頭で考える。
コップに入れた水が半分頃になってから口に薬を入れて飲み込んだ先生はベッドに押し付けた時よりも大分…その…ヤラし…いや…エロ…いやなんでもない…とりあえず先生が普段しないような顔をしていた。
コップの水を最後まで飲んだ先生によく出来たね、と頭を撫でてあげると甘えるように擦り寄ってくる。えっ可愛い…嘘でしょ…やめてよこれ以上理性を壊すようなことしないで欲しい。
「先生、そういうのは…普段の時にしてね…」
「公子の手は気持ちがいいな…」
「そういうのをね、今するのはやめて欲しいな…」
だめだ早く寝かせないと俺も熱が出る。もしかして本当に熱が出てるんじゃなくて発情期なのでは?とか考え始めてしまう。頭を振ってまだギリギリ残ってる理性を正常に戻した。
コップを貰って先生をベッドに寝かせて布団を掛けてあげた。おチビちゃんに釘まで刺されているんだ、しっかりしなければ。
「公子…」
「なあに?」
「あつい、のに、さむい…」
「熱があるって事だよ。凡人の事また一つ分かったね」
「そうか…熱が出る、というのは…こういう、感覚なのか…」
「そーそー、だから良く寝て食べて、元に戻してあげようね」
昔姉弟にしてあげたように、布団の上から心音を奏でてやるようにぽす、ぽすと叩く。
心音に似た振動で眠気を誘われたらしい先生は、不安そうな顔でこちらを見る。
「公子は…」
「ん?先生の面倒見てあげるためにここに居るけど?」
「おれの…」
「そ、先生の」
「そうか…」
うつらうつらとしながら、ふにゃりと頬を緩ませた先生はめちゃくちゃ可愛くて、
「えっ、」
次の瞬間には寝ていた。
「………何、今の…」
今の表情は何?それは、どういう感情で、どういう意図で?
ああもう、先生から叩きつけられた熱でおかしくなってる!
顔が赤いのが分かってしまうくらいには熱くて仕方ない。
そんな顔しなくったって、
「先生を置いてどっか行くわけないじゃん…」
ぽろりと口から出た言葉に驚いた。
俺はスネージナヤの軍人で、先生は璃月の神様で、いつか離れるのは分かりきっている事なのに。
「いや、それとこれとは別…だし」
そうだ、今ここから離れるのと何時か璃月から離れる事は別だ。自分の口から出た言葉に、先生で浮かされた熱で乱された情緒は更にぐちゃぐちゃになってしまった。
考えるのをやめよう、と頭を振る。それは今考えることじゃない。
先生に目を向ける。息を乱しているが起きている時より苦しそうではなくて少し安心した。
額に手を置くと相棒といた時よりも熱が上がってるのが分かった。理性を飛ばして犯すような事をしなくて本当に良かった。ちょっと危なかった、この借りは熱の下がった先生にお礼として返してもらおう。
「覚悟しててよね、先生…発情期とか、聞きたいことは沢山あるんだから」
先生が起きた時の為に、食料も確認しておこう。木桶と、タオルと、あとそれから?
姉弟の看病をした時のことを思い返しながら、必要な物を思い返す。
あれもこれも、と考えながら寝室を出た。
その後ろで、先生の手が空を掴んで「公子」と俺を呼んだのは気付けなかった。