RGB幸せは小さいほうがいい。その方が、俺の両手でも守りやすいから。
金曜日の朝。初夏の雲一つない青空に白い煙がたなびく。
今日で虎杖悠仁は、言葉通り天涯孤独となった。幼いころに両親を亡くし、それから不器用ながらも男手一つで育ててくれた祖父を見送り。残されたのは、ボロボロだけど一人で住むには広すぎて、一人で住むには思い出に押しつぶされそうになるくらい静かな家。
「はあー……。これからどうすっかなぁ」
高校一年生、十五歳の少年が一人で背負うには、重すぎる現実だった。
* * *
「なら私と伏黒、今日あんたんち泊まるわ」
「は?」
祖父を見送ってから二回目の金曜日の放課後。
クラスメイトの伏黒と釘崎と、久しぶりに三人で放課後を過ごす。高校に入って出会った二人とは、初めて会ったにも関わらず妙に馬が合った。一緒にいることが当然だったようにしっくりくる。
「今日はスタバの新作が出るからついてきなさい!」といつも通りの傍若無人ぶりを発揮した釘崎に、駅前の店舗に強制連行される。三人で放課後を過ごすのは実に二週間ぶりだ。祖父が亡くなったあとの諸々の手続きで虎杖の予定が合わなかったこともある。
「私はこれが飲みたいから、あんたたちはこれかこれね」と豊富なメニューの中から勝手に二択に絞られ、甘いものが苦手な伏黒が顔をしかめる。反論するのも面倒なので、せめて甘くない方を、と伏黒が選び、いつもなら「えー! 俺違うのがいい!」とわーわー騒ぐ虎杖が今日は静かだった。らしくもない様子に、不審に思った釘崎が嫌がらせとして勝手に激甘トッピングを追加するものの、特にコメントもリアクションもなく「釘崎に任せるわ。俺先席とっとくね」と釘崎にお金を渡し一人立ち去ってしまう。
――これは異常事態だと、残された伏黒と釘崎は顔を見合わせた。
一人がけのソファ席に釘崎が、向かいのソファに伏黒と虎杖が隣同士に並ぶ。いつもの三人の座り方だ。
しばらくは釘崎が今日あったことなどを話し、それにレパートリーの少ない相槌を返す伏黒だったが、飲み物にも手を付けず、空返事で心ここにあらずな状態の虎杖に、もともと短気な釘崎が噛みついた。「おい虎杖」と一言声をかけたものの返事を聞くこともなく、正面のテーブル越しに手を伸ばし迷いなく虎杖の胸倉を思い切り引き寄せ、勢いよく前後に揺らす。
「うぉお!! 何なに急に!?!?」
「うるせーー! いい加減うっとおしいんだよ!! これ見よがしに落ち込みやがって!察してチャンはやめろや!!!」
「待って待ってなにが起こってるのか俺ついていけてません!!」
「らしくねえうじうじした態度が腹立つんじゃ!!」
「困る!!」
「……釘崎落ち着け、人が見てる」
いきなりの出来事に慌てる虎杖の悲鳴などガン無視し、釘崎は最初からフルスロットルの怒鳴り声を浴びせる。止めることもなくしばらく静観していた伏黒だったが、周囲の客の注目が集まっていることに忠告をすると、釘崎は「チッ」と大きく舌打ちをこぼし、ボリュームを抑えた。代わりに威圧感が増した低い声で、釘崎は虎杖をさらに引き寄せる。
「オラ何があったか吐けや」
「え、なに、この格好は継続なん??」
「……うるさいのは迷惑だから止めただろ」
「やさしさの方向性の違い! 胸倉掴まれてるこの光景も迷惑でしょーに!」
「あーーもううるさいわね、離せばいいんでしょ」
再度舌打ちを放ち乱暴に襟元から手を離した女王は、ソファに足を組み不機嫌な顔でズズズと大きな音を立ててフラペチーノを吸い上げた。「俺が悪いの……?」と呟きながらも胸元が解放されてほっとし席に座ったのもつかの間、次は隣からの尋問が始まる。
「それで、何があった」
「えーっと、伏黒……?」
「早く言え」
「いや、だから別に、」
「変に誤魔化したりしたら締め落とす」
「元ヤン出てるってぇ……」
釘崎に比べれば冷静な聞き方だが、圧は強い。
暴力的で言葉は悪いものの、二人が虎杖を心配した上での言動だということは痛いほど伝わってくる。ぐしゃぐしゃになった襟元を直すと、誤魔化さずに、でもできるだけ軽く伝えることに努めて言葉を発する。
「いやぁ……実はさぁ、じいちゃんが死んじゃって。俺、親も親戚もいないから、いわゆる天涯孤独になっちゃったな~ってちょっと参ってただけ」
たはは、と頭を搔きながら困ったように笑う虎杖に、今度は伏黒が噛みついた。
「いつの話だ!!」
「えっ、に、二週間前……」
「なんでそういう大事なことを何も言わずに一人で抱え込むんだお前は!!」
「ご、ごめーーーーん」
いつもは冷静沈着にツッコミをする伏黒のめったに見ない姿に、虎杖だけでなく釘崎も目を丸くして驚く。
「伏黒落ち着け。あんたがそこまで荒れるのってレアね」
「……悪い、取り乱した」
「まあ珍しい物見れたしいいわ。んで虎杖、あんたはいっちょ前に一人で悩んでんじゃないわよ筋肉ゴリラ」
「釘崎はなんでこんな当たり強いの……」
「ァ?」
「ひぇっ」
「反論するんじゃねえ。お前は俺たちに言わなかったことを反省しろ」
「ハイ」
会話がひと段落ついたところで、集まった周囲の視線に虎杖が手を合わせぺこりと小さく頭を下げる。それから二人にはご心配をおかけし申し訳ありませんデシタと深々と丁重に謝ることで、二人の溜飲はようやく下がった。
「まったく……。で、今あんた、あの家に一人でいるってこと?」
「そ~。無駄に広いからさあ、夜とか結構怖いんだよね」
「ふーん」
木造の家だから家鳴りもすごくてさあ~と愚痴をこぼす虎杖に、「じゃあさ、」と釘崎が続けた言葉が、冒頭の発言だった。
「なら私と伏黒、今日あんたんち泊まるわ」
「は?」
藪から棒に発せられた釘崎からの言葉に、虎杖は目を丸くして驚く。
「えっなに急に!」
「いいじゃない、今日は金曜日だし。思い立ったが吉日っていうでしょ。喜べ虎杖、今日はタコパよ」
「ええ~? すごく自然に言うけど俺の意見は?」
「いや、虎杖。俺は鍋がいいと思う」
「あれっ、伏黒?」
止めてくれると思っていた伏黒もあっさり乗っかり、さらに会話はヒートアップしていく。
「アレンジ豊富なタコパの方がいいでしょ」
「鍋もアレンジできるだろ。それに鍋の方が野菜もたくさんとれて健康だ」
「はぁ? タコ焼きにも野菜入ってますし~。タコは栄養満点なんだっつーの。海の八本足だぞ」
「それただのタコの説明だろ。別名みたいに言うな」
家主の虎杖はそっちのけに伏黒と釘崎は何パをするかもめている。何を言っても俺の声は届かないんだろうな、と諦めながらも、虎杖の口元には自然と笑みが浮かんでいた。驚きはしたものの、嫌な気持ちが全く浮かんでいないことを自覚している。いつの間にか議題は変わり、次は朝食はパン派かご飯派かで揉める二人を見ながら、忘れ去られていた原型を留めていないフラペチーノを口に含むと、
「あっっっっま!!!!!!」
と店内に響き渡るほどの今日一の声量で叫んだ。「なにこれ甘すぎなんだけど!!」とぎゃーぎゃー騒ぐ虎杖に、「うるさい!」と釘崎と伏黒は同時に怒鳴る。しばらく無言でお互いを見つめ合うと、それから三人は思い切り噴き出した。
さすがに騒ぎすぎたと反省した三人は、苦笑いをする店員に「すみませんでした!」と謝るとそそくさと店を出る。夕方とは言え、夏の空はまだ高い。夕日に溶けつつある道を歩きながら、「じゃあな」と交わす挨拶を「また後でな」の言葉に変えて三人は帰路についた。
それから虎杖は五十メートル三秒の俊足でただちに家に帰ると、着慣れたパーカーに着替え、休憩することもなく掃除を開始する。ここ最近は掃除もさぼりがちだったことに、片隅にたまった埃を見て初めて気づいた。
しばらく夢中になって掃除をしていると、「虎杖~!」と釘崎のよく通る声が外から聞こえた。時計を見ると別れてからまだ一時間ほどしか経っていない。慌てて玄関を開けると、私服に着替えてお泊りセットを持った二人が立っていた。
「二人とも準備早くね?」
「男の支度なんてこんなもんだろ」
「私は潔いのよ。まあ忘れてたら取りに帰るわ」
「ははっ、おっけー」
伏黒は白Tシャツに黒のスキニーパンツといつも通りシンプルなモノトーンでまとめ、必要最低限のものしか入っていないであろう薄いトートバッグを持ち、釘崎は紫のハイネックのノースリーブワンピースの上から白色のカーディガンを肩にかけ、パンパンに膨れたボストンバックを抱えている。対照的な二人の荷物の量を見て虎杖は笑うと、さらりと釘崎の荷物を手に取り、「どーぞあがって」と二人を招き入れた。
「へ~綺麗にしてるじゃない」
「さっきダッシュで掃除したんだよ」
「急かせて悪いな」
「いや、全然だいじょーぶ!」
「家に友達が泊まるの初めてだからなんか照れんね」と照れ笑いを浮かべる虎杖に、伏黒と釘崎も照れ臭くなった。
物珍しそうにきょろきょろする二人を和室に通し、冷蔵庫から冷えた麦茶を用意するためキッチンに引っ込む。「できた嫁かよ」「だな」と二人はこっそり呟いた。
最近は一人分の生活音しか響かなかった家に、二人分の温度と音が巡る。祖父と二人で暮らしていた時も、虎杖の会話に時たま相槌を返すかじっとテレビを見るばかりだったから、今みたいなにぎやかな光景は初めてで。来客用のコップに注いだお茶を二人に差し出し、ふと窓の外を見ると、日が暮れてきた空の下、風に揺れる洗濯物が目に入った。
「あっ! 洗濯物干しっぱだった! お茶飲んで待ってて!」
「「お~」」
「別にそんな慌てなくていいわよ」と声をかけたものの、俊足で消えた虎杖に届いたかは不明だ。「家壊れるぞ」とミシミシ鳴る床に二人で笑った。
出されたお茶も飲み終わり、手持無沙汰になった釘崎が「家に和室とかないから新鮮だわ」と畳を撫でながら呟くと、少し隙間が空いている襖が目に入る。
「こういう隙間気になるのよね」と身を乗り出し閉めようと襖に手をかけ、その奥にあるものに気づき動きを止めた。急に押し黙った釘崎を不審に思った伏黒が近づき襖の奥を見て、息を呑んだ。――この家の中で、一番新しくて綺麗なものを見つけてしまったから。
「……あいつ、この二週間どんな気持ちでいたのかしら」
「……一人で全部耐えてたんじゃないのか」
消えかけた線香の煙と丁寧に生けてある花の奥に、不愛想にこちらを見つめる虎杖の祖父の写真が飾られた仏壇を見て、二人は静かに呟いた。
「馬鹿ね」
「大馬鹿だ」
しんみりとした雰囲気を割くようにどたどた、と慌ただしい音が二階から降りてくる。慌てて襖を閉じたと同時に、虎杖が「お待たせ~!」と顔を覗かせると、向かい合って座っていたはずの二人が襖の前で不自然に横並びに座っていることに気づく。
「あれ~~~二人ともくっついて何してたん?」
「くっついてないわよ別に」
「ふうーーん」
「にやにや笑ってんじゃないわよ」
「腹減ったし早く買い出し行くぞ」
「二人して誤魔化してんな~。おし、じゃあ買い物行くか~」
にやにやと締まりのない顔をして笑う虎杖を両サイドから軽く殴る。がっしりと筋肉がついた両腕にはダメージなんて与えられていないのにも関わらず、大げさに痛がる虎杖に二人は笑う。
そして、この子供を一人にしておきたくないな、と思った。
安くて品質もいいと地元民から人気のスーパーに着くと、夕食の買い出しのピーク時間は過ぎていたため、店内の客はまばらだった。カートを押す虎杖を真ん中に挟み、わいわい三人で食材を選ぶ。「そういや結局今日は何にするん?」と何気なく聞いた虎杖の言葉が、再戦の合図だった。
「お泊り会といえばタコパでしょ。伏黒、ここはレディーの言うことを聞きなさい」
「いや、お泊り会といえば鍋パだ。釘崎こそ大人になれ」
「なに言ってんのよ。普通学生のお泊り会っていったらタコパは避けては通れないでしょ」
「鍋も当てはまるだろ」
「も~~~」
険悪ながらも内容はとても平和な口論を繰り広げる伏黒と釘崎を、会社帰りのサラリーマンや、品出し中のスタッフが微笑ましそうに見ていることは露知らず、間に挟まれた虎杖は呆れながら
「もー。今日はタコパで、明日の夜に鍋パすればいいじゃん」
と気軽に口に出して我に返る。俺、普通に土曜日も泊まってもらうつもりで話したけど、二人が泊まるのは今日だけだった。思わず口をつぐむ虎杖だったが、二人はまるで気にも留めることなく「確かにそうね」「そうだな」とすんなりと納得する。
「じゃあ日曜日は虎杖の好きなものでいいわよ」
「ああ」
虎杖の予想を軽く超えて当然のように日曜日の夜ご飯まで一緒にいるつもりの二人に、目を丸くし、そのあと爆笑する。そんな虎杖を二人は胡乱な目で見ながらも、三人での買い物は愉快に続いた。
「三日間お世話になるから当然でしょ」と買い出しした食材の費用を、遠慮する虎杖を押しのけ釘崎と伏黒が払う。持ってきたエコバックからあふれるくらいの食材を食べ盛りの高校生三人組が揃えばこんなもんかと納得した。三人で買い出しするのが楽しくてついつい調子に乗ってしまったのは否めない。祖父と一緒にいたときよりも量が多い食材に、虎杖は何度目かの笑みをこぼした。
家に帰ると、早速タコパの準備に取り掛かる。手際よく食材の準備をする虎杖に、「ここは任せた」と早々に料理担当から離脱した釘崎と伏黒は、食器を用意したりたこ焼き機に油を敷くと、今はもうやることがないとテレビをつけてバラエティを見て笑っている。完全に家主よりリラックスしている姿を見て虎杖は苦笑しながらも、具材を切り終えて二人の元に近づく。
「めっちゃ辛いやつ作っちゃろ~。ふふ、ロシアンたこ焼きよ!」
「目の前でやったら丸見えじゃないのか」
「……ここは今から虎杖ゾーンよ」
「なんで!」
「さっき甘いの食べてたから口直しよ。ありがたく受け取りなさい」
今度は「かっっっっら!!!!」と叫ぶ虎杖に、二人は遠慮なく爆笑した。
変わり種を作ったり、ホットケーキミックスでデザートを作ったりと粉や食材が尽きたあとも、とりとめない話をして笑いの絶えない食卓を囲む。テレビの音はもはやBGM代わりで誰一人として見ていない。仲のいい友達と食べるごはんはおいしくて幸せだなあ、と思った。
炭水化物の摂取で膨れたお腹をさすりながら、三人は上を見上げてしみじみ呟く。
「あ~~お腹いっぱい。このままだと寝落ちしちゃうわ……」
「俺も~~。あ、風呂入れたからどっちか先に入ってきなよ」
「え、いつの間に?」
「タコパがひと段落してだべってるとき」
「気が利きすぎ」
「嫁だ嫁」
「?」
「あんたたち覗くんじゃないわよ」
「誰が覗くか」
「ゆっくり入りな~」
伏黒の意見を聞くことなく一番風呂に釘崎が向かう。脱衣所に入ると、片隅にきちんと畳まれて用意されたバスタオルが目に入ると、釘崎から思わず大きい独り言が飛び出した。
「あーーー。一家に一台虎杖が欲しい」
お風呂上り、いつもの髪型じゃない伏黒に指をさして爆笑し殴られた虎杖は、カラスの行水か?という速さで風呂から出る。
「はやっ! あんたちゃんと洗ってるでしょうね」
「当たり前だろ虎杖を迎えたのは、床に広げられた人生ゲームとカードゲームの類。釘崎が家から持ってきたというそれらに、虎杖は目を輝かせた。その反応に満足した釘崎は声高々に宣言する。
「夜はこれからよ野郎ども!!」
「応!!」
それから朝まで遊びつくした三人は自然と寝落ちをし、起きたのは土曜日の昼だった。朝食はあんなにもめていたのに、昼食はなんでもいいという二人の意見に合わせ、虎杖がさっとオムライスを作ると釘崎は写真を撮り、伏黒はなぜか拝んでいた。
土曜日は伏黒の要望通り鍋パをし、日曜日の夜は虎杖がずっとやりたかったピザパをした。どこに出かけるわけでもなく、ゲームをしたり、映画を見たり、なぜか知らないが三人で怖い話をしたり。
それからというものの、釘崎と伏黒は毎週家に泊まるようになった。最初はテスト勉強だの新しいゲームをするだのと理由をつけて泊まっていたが、しばらくすると暗黙の了解で金曜日に集合するようになる。どちらかが用事があっても、どちらかが欠けることはなく、三人で過ごす。
あまりの頻度の高さに心配になったため、「釘崎と伏黒の家族は心配しねーの?俺はうれしいけどさ」と虎杖が聞いたことがあった。それに対し二人は苦虫を嚙み潰したような顔をし「平気」と答える。釘崎の両親は「変な男の家で毎週外泊をしているのじゃなければいい」と言い放ち、伏黒の両親は「友達と遊ぶことなく家にこもってばっかりだった息子が毎週出かけるなんて!」とそれは喜んだという。そして両家族とも口を揃えて「それに虎杖だし」と容認した。虎杖の評判のよさは、周囲では折り紙つきだった。
二人の私物が、虎杖家にどんどん増えていく。持って帰るのが面倒だからだと最初は言っていたが、時間が経つにつれ最初から虎杖家用に購入したものも増えていく。洗面台に並べられた高いスキンケア用品、漫画しかなかった本棚にできた文庫本スペース、減りが早い冷蔵庫の中身、途中までセーブされたマルチプレイ用のゲーム、ノリでお揃いで買った食器やパジャマたち。
――もう虎杖は、寂しくなんかなかった。
高校三年生の春。例にたがわず駅前のスタバに強制連行され、今度は各々が選んだ飲み物を口にしながら三人で集まる。三年間同じクラスで、毎週のように泊まり、買い物や遊園地にも一緒に行く。高校生活を振り返ると、もはや三人でいないときがないくらい同じ時間を過ごしてきた。そんな関係も、卒業が近づくにつれて終わりが見えてきた。
虎杖は進路を決めかねていたが、伏黒と釘崎はともに地元を離れた大学を目指している。虎杖が大学に進学する十分な資金を祖父は蓄えてくれていたけれど、余裕があるわけではないし、特に学びたい分野もなかったので就職するという選択肢も残していた。
三人で毎日のように顔を合わせる日常ももうすぐで終わりかあと、どうしようもないさみしさをこらえてまた無言になる虎杖に、今度は原因が分かっている二人。そして釘崎が伏黒を見ながら顎でくいっと虎杖の方をさすと、はあ、とため息をつきながら伏黒が言った。
「虎杖、三人で住まないか?」
「……は?」
「ええええ、それはさあ、えええ」
「なによ。あんた一人でここに残って何するつもりだったのよ」
「あー……パチ屋のおっちゃんに仕事紹介してもらおうとしてた」
「なら上京してもいいじゃない。私と伏黒もバイトするし、家賃や光熱費もみんなでするわよもちろん」
「でも、俺んち
自分の進路をそう簡単に決めるな、と祖父には怒鳴られそうだけれど、虎杖にとって、伏黒と釘崎は家族同然だった。それは、家族仲がうまくいっていない釘崎にとっても、もうすぐ結婚が決まっている姉と二人暮らしだった伏黒にとっても同じだった。
そうして、お泊りではなく、一緒に暮らす生活がスタートしたのだった。
「釘崎も伏黒も、彼氏とか彼女ができたらどうするん…」
「結婚前提じゃないと同棲なんてしないわよ」
「右に同じ」
「じゃなくて、なんか勘ぐる人とかもいそうじゃん…」
高校生のときあまりにも仲がいい三人に対して、そういう下世話な噂を流す人たちもごくたまにいたものだった。傷つくことはないにしろ、人目を気にするのは鬱陶しい。
「男女がいたらすぐ恋愛に結び付けるやつらってほんとくだらないわよね。まあこんな美女相手だとしょうがないけれど。虎杖、伏黒。残念だけど、告白されてもあんたたちをそういう目で見ることはないから諦めて頂戴」
「それだけは絶対にないから安心してくれ」
「あはは、俺も」
「お前らそこに正座しろ」
(中略)
「あはは、元気だね~。僕は五条悟。君は?」
「虎杖悠仁っす」
「悠仁ね~よろしく」
伏黒の遠い親戚だという人と出会ったのは、上京して一ヶ月ほど経ったころだった。
(力尽きた)
一緒に暮らしている植物トリオ。お互いがお互いのことを一番大事で家族同然。恋愛感情はなし。そんな中、五条と出会って猛烈にアプローチをかけられる悠仁。
今までドクズな恋愛しかしてこなかった五条は、とりあえず金持ちアピールでもしときゃいいだろとちらつかせる
「僕の家で一緒に住めばいいじゃん」
「えーそれはちょっと……」
「なんで?」
「なんでって……。今の家が気に入ってるし」
「最新のキッチンだから料理しやすいし、家にシアタールームあるから映画も快適に見えるし、お風呂も広いよ。駅から直結だから雨にも濡れないし」
「あはは、すげえ~」
誰もがすごいと喜ぶ条件を提示すれば、予想通り虎杖も同じように褒めてくれる。それに気を緩めたのも束の間、その相貌は凍り付く。
「でも俺、別にそういうの望んでないんだよね。狭いキッチンで試行錯誤しながら料理するのも好きだし、映画も、風呂も特に不満ないし。雨はまあ傘さしてダッシュすれば気にならんし」
「あと、今は三人で暮らすのがめちゃくちゃ幸せなんだよね!」
おわれ