目の前の、丸くて形のいい頭へそっと手を伸ばす。普段はサラリと指をすり抜ける黒髪は、汗でしっとりと濡れていた。その髪を梳くよう、何度も手を動かすと髪と同じ真っ黒な瞳がこちらを見る。
「なァに」
「んー」
曖昧に返事したら少しつり気味の目が、ふっと細くなり瞳は柔らかな色を映す。その目元へ指を滑らせると、今度は薄い唇がゆるりと弧を描いた。そのまま唇をなぞった指先は、靖友の指に絡め取られてしまう。
「もしかして誘ってんのォ」
「まさか、さすがにもう無理だって」
「だよなァ、何回か飛びかけてたし」
今度はからかうように口角を上げ、オレの手の甲へ唇を寄せた。ちゅっ、と可愛い音を立て離れた唇は、次にオレの唇へ同じように触れてくる。さっきまでの情事の時とはまるで違う、優しく啄むようなキス。伸びてきた腕にふんわりと包まれ、労るように腰を擦られる。セックスの後の靖友はひどく優しい。普段も充分優しいけれど、こういう時の靖友は壊れ物でも扱うかのようにオレに触れてくる。
「だいじょぶか?」
「へーき、靖友こそ……ほんとはまだシたいんじゃねぇの?」
「そりゃ、……いやガマンする」
「やっぱシたいのか」
くすくすと笑いを漏らすと、靖友はバツが悪そうに目を逸らした。あまり見ることの出来ない靖友の可愛い姿に、胸がきゅんとしてしまうのは毎度のことだ。また靖友の頭へ手を伸ばし撫でると、不満そうな顔がこちらへ向いた。腰へ回されていた手に身体を引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられる。スリッと猫みたいに首元に頭を寄せられ、擽ったさに身を捩った。少しだけ出来た隙間が気にいらなかったのか、靖友は首筋に唇を押しつけてくる。
「んっ」
靖友にとっては、ただのじゃれ合いかもしれない。けれど完全に興奮がおさまったわけじゃない身体は、わずかな刺激にも熱を持ってしまう。
「もう、靖友」
「ン」
「我慢すんだよな」
「ちょっとくらいいいだろ」
「ダメ、ちょっとじゃすまなくなる」
靖友の胸を押しやり顔を覗くと、面白くなさそうな瞳と目が合った。
「わーったヨ」
ふいっと目を逸らし、靖友はオレの肩へ額を押し付ける。その拗ねかたもまた可愛くて、オレの口許はゆるゆると緩んでいく。お互いに求め合い混ざってしまえそうな、どろどろのセックスが好きだ。でも、こうして過ごすふわふわとした時間も同じくらい好き。靖友はもうちょっと遠慮してくれるといいのに。そこまで考えて、ふとした疑問が頭に浮かんだ。
「なぁ、ガマンする時としねぇ時の差ってなんなの?」
本当に純粋な疑問。受け入れる立場のオレは、いつも靖友に翻弄されてばかり。たまに主導権を握ろうとしても、必ず最後は逆転されてしまう。こうして事後に話が出来るか出来ないかは全て靖友次第だ。だから余計気になって尋ねるたら、顔を上げた靖友はなんとも言えない表情をしていた。
「おまえさ、ぶっ飛んでる時って記憶あるか」
「……あんまない」
靖友の言うぶっ飛んでるは、オレがイキっぱなしで意識を繋ぎ止められなくなるやつだ。そういう時は、だいたい目覚めると朝になっている。ただ、自分がすごく乱された記憶だけはあるのが厄介だったりする。そこだけ覚えているのは恥ずかしくてしかたないから、どうせなら全部の記憶がぶっ飛んでくれればいいのに。
「ヤベェんだヨ」
「なにが?」
首を傾げ問いかけると、靖友の瞳は明後日の方向を見てしまった。ふぅーと小さく息を吐いた靖友に、身体を引き寄せられきつく抱きしめられる。
「靖友」
頭を抱えられ見えなくなった顔に、靖友がいま何を考えているのかわからなくなってしまう。耳のすぐそばにある唇が開く気配がして、靖友は小さく掠れた声で喋りだす。
「そん時のおまえ」
「ん?」
「ハンパなくエロいんだって」
耳に届いた靖友の言葉に、一瞬思考が止まる。遅れて顔に熱が集まって、いたたまれなさで靖友の胸に隠れるように顔を押し付けた。
「あの、なんとなくわかった。……から、もういいや」
「自分で訊いたクセになに照れてんだヨ」
「や、だって、そんなん言われると思わねぇだろ」
「エロかわいい、とか?」
そっと身体を離しオレの顔を覗いてきた靖友は、悪戯っ子みたいに笑っている。
「……かわいいは付いてなかった」
一向に引くことのない顔の熱を誤魔化すように口を尖らせると、靖友はいっそう楽しそうに笑う。
「セックスしてる時のおまえ、マジかわいいぜ」
「なっ、に言ってんの!」
「ま、セックスしてなくてもかわいーけどォ」
頭をくしゃりと撫でてきた靖友が、今度はふわりと笑ってキスをくれる。表情もくれたキスも全部が甘くて、ふわふわと蕩けてしまいそう。
「靖友、好きだよ」
「知ってるゥ」
「うん。でも、オレ何回だって言う」
柔らかな色をした靖友の瞳を見つめ、もう一度ゆっくり口を開く。
「やすとも大好き」
あまい、あまい微笑みを浮かべた靖友に抱きすくめられ、耳元で囁かれる。届いたその言葉にオレも靖友と同じくらい、あまい笑みを浮かべるんだ。