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    kino_fic

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    鍾タルワンライ・第八回目【キス】
    所要時間:1h50min

    (!)注意
    ・魔神第1章3幕までのネタバレ
    ・色街の話題が出る

    だってそんな目をするから(鍾タル) 手に届きそうで手が届かないときが一番欲しいと思う。触れられそうで触れられないものに触れたいと思う。焦らされるほどそそられる。人間の欲望はそういう風にできている。あの時、そんな当たり前に気が付かなかった自分が恨めしくて仕方がなかった。
     「公子」タルタリヤは後悔していた。あの日、鍾離先生にキスをしてしまったことに。それもただのキスではない。あの記憶力が良すぎる男に何も残さないようにだなんて馬鹿な配慮をして、水越しに唇を合わせた。今思えば魔が差したの一言に尽きるが、あの瞬間の自分としては、別れのキスのようなニュアンスがあったのだと思う。まったく、相当酔っていたとはいえ女々しいことこの上ない。馬鹿野郎が。明日別れるならまだしも、いつ別れの日が来るかだなんて数日後か、数か月後か、数年後かなんてわかりもしないのに。
     後悔は苦手だ。基本的にすべての自分の行動とその結果については割り切ることに慣れていたし、後悔しないように生きることを信条としている。だから後悔をするなど何年ぶりのことだろう。それほど慣れていないことだった。完全に持て余している。子供の時分ならば、寝て起きればすっかり忘れてしまえたが、今はそうもいかない。寧ろひどくなっていく一方で。
     つまり、有り体に言えば、俺は鍾離先生とキスをしたくて仕方がなかった。それが愛や恋と名のつくものかどうかはさておき、互いに相手を憎からず思っているというのにキスのひとつもできないだなんて、滑稽な話だ。でも知ってしまえば戻れなくなる。俺も鍾離先生も、きっとそれを理解できる程度には利口だったのだ。だから割り切ったふりをしている。
     事故のようにキスをしたあの夜から数日経っても俺たちの関係は何も変わらなかった。相変わらず鍾離先生の出費の多くを北国銀行が引き受けていたし、食事を共にすれば楽しく話しながら杯を傾けた。今この時だってそうだ。だが、今も――無性にキスがしたくてたまらない。
     それが正しいのかそうではないのかの区別など碌にできたものではないけれど、それでも鍾離先生の箸の持ち方が美しいことはわかる。彼は岩港三鮮の皿から松茸を箸で器用につまんで口に運んでいた。いつもの俺なら、いつまでたっても上達しない箸の扱いにあくせくしながら食事をそれなりに楽しめていたはずだ。今はどうだろう。目の前でかたちのよい唇が開いて、食事を口にする。赤い口内、白い歯がちらりと覗く。ただそれだけのなんでもない日常の動作に目が行って仕方がなかった。
     この男はどんなキスをするのだろう。そもそもそういった経験はあるのだろうか。ぎこちなく唇が合わさるのか、それともまるで食事の時のようにきれいに喰らわれてしまうのか。(生憎、俺はそういった経験が皆無に近いのであまり具体的な想像はできたものではないけれど。なにせ興味がなかったものだから。)
     そんな考えに耽っていると、公子殿、と窘めるように呼ばれてしまった。視線を少し上げると眉間に皺を寄せた鍾離先生がこちらを見つめている。そんな露骨に嫌そうな顔しなくてもいいじゃないか。減るものじゃあるまいし。
     大きな溜息と共に、箸は置かれてしまった。
    「あまり、そういう目をするものじゃない」
    「ええ? 先生が手合わせしてくれたらやめるかも」
    「む、……」
     基本的に鍾離先生に求めることがあるとすればそのひとつだけだった。いつも渋って槍を手に取ってはくれないし、今も考えてくれているということは相当の葛藤はあるらしいがきっと首を縦には振らないだろう。
     それに、手合わせがしたい、あわよくば本気で死合いたいと思わないわけではないが、今の己の腹の奥で渦巻いている欲望はそれで発散できてしまうものとは思えなかった。めちゃくちゃにしてもいい、されてもいい。美しく孤高が似合う男を引きずり降ろして、欲望塗れの獣に仕立て上げてやりたい。しのぎを削るのではなく、溶け合いたい。そういう欲望だった。闘争に対するものとは、きっと少しだけ違っている。
     まあ気を付けるけどさ、と折れてやって視線を落とした。たぷんと液体で満たされた、まだ一度も口を付けていない杯のふちに指先を滑らせる。くるり、くるりと指の腹でなぞって気を逸らせるよう努めている、つもり。
    「璃月って色街とかあるんだっけ」
     つまるところ、性欲には性欲を。満たすにはとても足りないものだとしても、同種のものなら渇きを癒す程度にはなるだろうという寸法だ。杯を取って、口を付ける。今日の酒は花酒らしく、ふわりと甘く上品な花の香りがした。
    「なくはないが」
    「いい店あったら紹介してよ。先生が知る店なら変なところじゃないだろうし」
    「それはできかねる」
     顔を上げた。そんなにも、ああいう目を向けられるのが嫌なら別の発散方法を提供してくれたっていいだろうに。そんな抗議の意味を込めて。
     ええ、と思わず声が漏れた。むっつりと引き結ばれた唇はいかにも不機嫌そうである。だが、想起されたのは龍の逆鱗ではなく、不貞腐れた弟だった。あれは、そう、久方ぶりに帰郷が叶ってはしゃぐトーニャに構いすぎて、つい他の弟たちを後回しにしてしまったときのことだったか。
    「断固として断る」
     こうなっては白旗を上げるしかない。頑固さに関しては折り紙付きのこの男をどうにかできる術はとても思いつきそうになかった。
     だったらキスしてよ、と思わず零した。ああ、あれ、キスしてはいけないんじゃなかったか。キスしたくないからあれだけ見ていたんじゃなかったっけか、とか。思考が形を成す前に腕を取られる感覚に気を取られた。いつの間にそこに。ていうか顔近くない。やっぱり先生キス上手いんだ――。浮かんだ言葉は、あれほど焦がれた唇に喰われてしまった。
     ああこれ、どうしようか。開口一番の言葉だけを準備しながら、一度だけで済まないらしいやわらかな感触に目を閉じた。
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    kino_fic

    DONE鍾タルワンライ・第十四回目【抱擁】
    所要時間:1.5h

    (!)注意
    ・魔神第1章3幕までのネタバレ
    ・先生のケツを狙うような言動をする公子
    空いた隙間に綺麗に嵌まるものだから(鍾タル) 公子殿、と唐突に名を呼ばれて手が止まった。外しかけた神の目に指を添えたまま、視線だけを男に向ける。なんだ、気が変わりでもしたのだろうか。
    「俺を抱いてくれないか」
    「えっ、いいの?」
    「……待て。性行為の話ではないぞ」
     露骨に目を輝かせた俺にすかさず否定が入った。まるで俺が非常識なことを言ったかのような胡乱な目つきに逆に言い返したくもなってくる。今このタイミングで言うそっちの方が悪いんじゃないだろうか。肉体関係を持っている男二人。いつも性行為に及ぶ鍾離先生の自宅の寝室で「抱く」といえば連想するべきものはひとつに決まっているのに。
     なぁんだ、と肩を竦めた。どこかで断るのが面倒になってきたり、変な気を起こしたりしてその気になってくれやしないかと何度か戯れに持ち掛けたことはあった。だが、一度も承諾を得たことはない。何がそこまで拘るのかはよくわからない。無理矢理とか、何かしらの手段を用いることは考えなかったわけじゃないが、後が怖いので実行したことはなかった。強者に挑むことは好きだが負け戦がしたいわけではないので。
    1944

    kino_fic

    DONE鍾タルワンライ・第十二回目【ピアス】
    所要時間:1h+15min

    (!)注意
    ・魔神第1章3幕までのネタバレ
    未必の故意など知らずに笑う(鍾タル) 習慣というものは当人の自覚よりもずっと執念深く居座り続けるものだ。毎日の何気ない行動は、日々塗り重ねられて自分という存在を形成する。他国で盛んな油彩の絵画がそれに近いのかもしれない。それは何千年でも、二十年かそこらの歳月でも大きくは変わらないだろう。
     公子と性行為に及ぶことがひとつの「習慣」となってから暫く経つ。感情を伴わない即物的な欲求を正面からぶつけられたので、応えただけ。それだけの関係であり、特別、公子に対して何らかの感情を抱いているわけではなかった。向こうもそう変わりはないはずだ。単に都合が良いだけの利害の一致。――だが、好きな部位がひとつだけあった。
     彼の耳が、どうにも好ましい。赤朽葉色の髪からのぞく、雪国の人間らしい白い肌。武人としては勲章であり、戦士たる証とも言える傷痕は彼の身体の至るところに残されているが、耳にはひとつとして残されていない。唯一、左耳にぽつりと小さな穴が開いているだけ。平時は耳飾りによって隠されたそれを目にしたことがある人物はそう多くはないだろう。それが行為のとき、興奮すると薄く朱が差す。裸体を晒されるよりもずっと、それが淫靡で仕方がないように思われた。
    1821

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