どこからきて、どこへ逝くのか”前から思っていたのですが”
と、ポップの師匠たるマトリフの元へ見舞いと称して、その住処たる洞窟をパプニカの女王レオナが訪れたのはマトリフの寿命ももう尽きようかどうかという頃だった。
常に付き従う三賢者も席を外し、そのパートナーたるドラゴンの騎士も側にはいなかった。完全なる非公式の場といえた。
「もし、あなたが知っているのなら知りたいのです」
「なにが?」
「ポップ君の出生のことです」
駆け引きもなくレオナは本題を投げかけた。
「ポップ君は貴方の弟子ですが、あなたは違和感をもったことはないんでしょうか?」
「違和感ねぇ…例えば?」
「例えば貴方が何日もかけて編み出したはずのメドローア。あれを1日で、いいえ1回見ただけで構造を理解し相殺したこと。敵の禁呪法に近い大呪文を人でありながら習得していること、その他にも推挙に暇がない」
そう言い切ったレオナは黙ってしまったマトリフをもう一度見つめ、そして眉根をわずかに下げる。
「あなたの心配はよくわかります。紛れもない私の国の臣下が貴方にしたことは謝罪しようも変えようもない。ポップ君に同じことが起こる事を心配するのは当然です」
「…そりゃあ、お前さんのせいじゃねえよ」
「でもだからこそ私は知っておきたいのです」
マトリフの横たわるベッドの脇に据えた簡素な椅子に座ったレオナは膝の上の拳をぎゅっと握りしめた。
「力ある者が迫害されることがないように。私の夫やポップ君を守るために」
あなたの亡くしたあとに彼が迷わないように。
そう言われてはマトリフには選択肢は1つだけしかなかった。
弟子の出生について、マトリフには思い当たる節がある。
マトリフがギユータを飛び出すよりも前。
弟弟子のまぞっほが先にギユータを逃げ出していた。可愛がって目をかけていただけにショックだったので良く覚えている。
そして今はもう閉じられた元のギユータの民しか知らない事がある。
まぞっほには年の離れた小さな妹がいた。
黒髪で黒目がちな、あまり兄には似ていない可愛らしい妹で、歳が離れた兄を慕っていつもついて回っていた。
兄に似ていないのは、その才能においてもで年端もいかないうちから膨大な魔法力をもっていた。これはマトリフと、その師匠たるバルゴートと娘のカノン、一部の幹部しか知らないことだった。
これまでギユータで生まれた者の中でも群を抜く魔法力、その才能を伸ばすべく、まだ分別もつかぬうちから魔法使いとしての修行を始めようかと言っていた、その矢先にまぞっほは里を逃げ出したのだ。
常々まぞっほには逃げ出し癖があったので里では「ついに逃げ出したか」と言われていたが、マトリフは違う考えだった。
妹を連れていった。
妹をそんな小さな頃から修行の場に置くのを彼は常々反対していたのだ。
「まだ小さな子供じゃないか!」
妹はまだ野で遊び、笑い、人生の楽しみ美しいことを知ることの方が大事なんだとマトリフに食って掛かったほどだ。
そしてまぞっほは妹を連れて逃げ出した。
大戦の終盤で思わぬ再会を果たしたかつての弟弟子に聞いたことがある。
妹はどうしたと。
「妹はベンガーナの孤児院に預けてそれきりだ」
里を逃げ出した自分は全うに生きられるような人間じゃないし、魔法力をもっていても契約は1つもしていなかった妹は、魔法使いとして生きるより普通の娘として育った方がよいと。
孤児院に預けて近隣の村の子供に恵まれなかった夫婦が里親に決まったあとは行方も知らない。
ギユータの里に居た頃のような自虐を匂わせる侘しそうな顔をして、まぞっほは以降は妹について語ることもなかった。
そこで初めて、マトリフは思い当たったのだ。
弟子のあの人ならざる力の源について。
マトリフが初めてポップに会った時。
マァムには「こんな弱そうな魔法使いは見たことがない」と言ったが、それは事実でもあり、だがそれだけでもなかった。
どこか遠い昔にあった事があるような懐かしい面影を見ていたが、その時はそれが何か分からなかったのだ。
ポップはまぞっほの甥でギユータの血族かもしれないとマトリフは思いはじめた。
あの膨大な魔法力、センス、並の魔法使いではないとメドローアをを習得した頃から出生については調べていた。
血から来る才能に加えて竜に血を与えられていることも何か関わっているかもしれない。
人から外れた力を持つものを人は時として良しとはしない。
その時、どうやって守ってやったら良いかのか、まぞっほのように追い詰めずに逃げ出さずに済むようににしてやれるのか、マトリフは考えていたのだが答えはでなかった。
だが、己の寿命はつきそうなこの時になって、やっとその想いを引き継ぐ人が自ら己のもとにやってきた。
これは好機。
ポップを、周り巡って彼女の夫を守るために。
マトリフは目の前の聡明な女王レオナに、その秘密を打ち明けることにした。
「これは俺の推測だがな…聞いてくれるか」
女王よ、俺の弟子をどうか俺の死後守ってやってくれ。
それが出来るのは、たぶんあんたしかいないんだ。