みじめなあなた。誰よりも勝利にこだわる勝己にとって『死』は最も忌避すべき、愚かで惨めな敗北であった。
そう、彼にとっては勝つことこそ、疑いようのない至上の命題。
だから勝己は死なない。
勝ち続ける限り、敵を前にして地に伏す運命など、やってはこないのだ。
でもお前は違う。
「テメェは、聖人君子にでもなるつもりか」
ぼんやりとこちらを見つめる出久の柔らかな頬に添えられた勝己の手が、小さく震えている。
その口元から、縋るような祈りの言葉が転がり落ちる。
「――どこにもいくな、いずく」
おまえがいなくなったら、おれは、
そう呟き己を抱き寄せる青年の姿を、出久はどこか遠い世界の出来事のように眺めていた。
いつも横暴なまでに勝ち気な彼の弱りきった姿に、心を痛めるべきだったのかもしれない。しかしながら、出久には最早それだけの機敏を感じ取れる心が存在していなかった。
世界の為に差し出したこの身体。
この世のすべての人にその温かな手が差し伸べられる一方で、『ヒーローデク』が人として重大な欠陥を孕んでいることに、出久は最初から気付いていた。
(だから、僕なんか好きになっちゃだめだって言ったのに)
人間味のあるまともな心が残っている間に、勝己には再三伝えたのだ。
しかし勝己はいつだって、乱暴な言葉で、キスで、出久を黙らせた。
『うるせぇ、だまれ、なにもしゃべんなくそが』
いずれこうなる日が来ると、そこまで考えが至らなかったとでも言うつもりか。
出久は世界の為にその身を犠牲にするが、その『世界』に出久の周囲の人間は含まれていない。
出久を慕う人間が、ぼろぼろに朽ちていく出久に涙し、膝から崩れ落ちようとも、歯車の一部となった出久の歩みは止まらないのだ。
歯車が血で錆び、足が焼き切れるその日まで。
遂に泣き出してしまった勝己の涙の温度を肩口で感じながら、かわいそうに、と出久は漠然とした悲しみを覚えたのだった。