【冰秋】クリスマスの夜に本編にはまるで出てこない現パロ設定 ~冰秋編~
(※読まなくてもそう問題ないですが、前提程度に)
★洛氷河(20代前半)
17歳の時に大学受験のため雇われた家庭教師の沈清秋(当時大学3年生)と初めて出会い一目惚れ、初恋を捧ぐ。尊敬の念を込めて「師尊」と呼び、懐く。
志望大合格の際に告白するが玉砕。その後もめげずにアタックし続けるものの軽くかわされる。大学在学中に起業した会社が波に乗り急成長、現在注目株のベンチャー企業となった。
その後、セクハラに遭い退職した沈清秋を半ば強引に自身の会社に引き入れる。(ちなみにセクハラしていた元上司はその後まもなく行方知れずとなった)
共にいる時間が増えたことを追い風に、熱意と顔の良さと泣き落としで見事初恋を成就させる。現在は沈清秋とのハッピー同棲生活を満喫中。
年末年始は温泉に行きたがっていた沈清秋のため、露天風呂の付いた一棟まるごと貸し切りの最高級温泉宿を予約した。
紗華鈴をはじめとした部下たちには、年末年始の期間中は洛冰河・沈清秋両名に対して絶対に仕事の連絡をしてこないようにと脅して……念を押している。
★沈清秋(20代後半)
21歳の時に家庭教師のアルバイトで受け持った洛氷河に熱烈に懐かれ、その後何度も愛を告白されるが軽くあしらい続ける。
大学卒業後は新卒で入社した会社で有能な営業として働いていたが、上司が変わった際にセクハラを受けるようになる。しばらく我慢していたもののついに我慢の糸が切れ、上司を殴った挙句退職。
次の就職先を探さなくちゃな~と思っていたところ洛冰河に「是非私のところで一緒に働いてください」と熱望され、とりあえず次の仕事が決まるまで、少しの間ならいいか……と了承。
転職当初は元々いたメンバーからは社長のコネで入社かとあまりいい顔をされなかったものの、その後沈清秋自身の能力の高さと何よりワンマンだった洛冰河をうまく宥め操れるのが彼しかいないと分かり一転して引き留められ、結局やめられないまま社長秘書的なポジションになる。(もっと上のポストを用意されそうになったが、責任が重すぎて嫌だと断固拒否した結果、妥協策でそうなった)
目下の不安は、年末年始の温泉旅行の準備の際に洛冰河が宿泊日数に対し明らかに過剰な量の避妊具をいそいそと用意していたこと。
果たして仕事始めに自分の腰と尻は無事でいられるのか、今から怖くて仕方ない。
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トントン、と控えめなノック音がまた聞こえた。
この部屋に入ってから早十五分、何度も聞いたその音は返事をしないこちらを気にする様子もなく、早く出てくるよう急かすこともしない。ただ、少しの間を置いて等間隔に聞こえてくるそれはドアの向こうにいる男の“絶対に逃がしはしない”という堅固な意志を示していた。
(これは、どれだけ待たせても諦めないだろうな……)
恐らくこの十五分間ずっとドアの前に張り付いて待っているのであろう男の、自分に対する執着の強さとしつこさは長年の付き合いでよく知っている。そんな相手と我慢比べをするなどまったくの無駄、不毛な行為の極致だ。それならこれ以上引き延ばしたところで意味はないと、仕方なくため息混じりの声を返す。するとすぐさまこちらの声より数倍大きな弾んだ声が聞こえてきた。
「師尊、お着替えは終わりましたか? 着心地などはいかがでしょう。サイズは合っているはずだと思うのですが」
「あー……そう、だな」
たしかにサイズは合っている。上質な生地を使っているのか着心地もいい。ただ、その高級そうな布地で作るものとして、このデザインは到底釣り合ってはいなかった。
「よかったです。では、私ももう部屋に入ってよろしいですか?」
「ま、待て。その……心の準備をさせてくれ。せめてあと五分……いや、三分でいいから!」
「分かりました。ではお待ちします」
語尾にハートでもついていそうな声で、ドアの外の恋人――冰河は従順に答える。ほんのわずかなりとも猶予を持てたことに安堵しつつ、姿見に写った自分の姿を改めて見返し苦いため息を漏らす。
(冰河の奴、本当なんでこのデザインにした さすがにいい年した男がこの格好はきっついだろ……!)
今自分が身につけているのは赤いサンタの帽子と白いもこもこの襟元の赤い上着――ここまで見れば比較的オーソドックスなサンタクロースの姿だ。しかし下半身に視線を落とせば、何故か太ももの高い位置まで深くスリットの入ったタイトなロングスカートがある。少し体を動かすたびに真っ赤な布地の合間からちらちらと素肌の白が覗くのがなんとも恥ずかしい。三十路近い男の生足など我ながら見ていて楽しいものではない。
(なんで女装なんだよ! っていうかこれ明らかに既製品じゃないよな? このどこもかしこもぴったりなサイズといい布の感じといい、絶対にオーダーメイドだよな 何やってんの冰河マジで!)
まさか自分の知らないうちにこんなものを用意されていたとは思いもしなかった。「これを着ていただきたいのです」と綺麗にラッピングされた包みを笑顔で差し出されたときからなんとなく嫌な予感はしていたが、ここまで気合いの入ったものだと相手の本気度が垣間見えて正直怖い。
(あ~~~~! この格好で冰河に会いたくねえなあ~~~~~~)
しかしそう思った瞬間、無情な音を立ててドアが開いた。どうやら自分で言った猶予の三分はもう過ぎてしまったらしい。思わずドアに視線を向けて、そこに立つ冰河とまっすぐに視線が合った。
「あ……」
羞恥と情けなさに今すぐしゃがみこんでしまいたかったが、こちらが反応するよりも素早く駆け寄ってきた冰河に強く抱き寄せられる。
「ああ、師尊……! やっぱり思った通り、とてもお似合いです……!」
(うっそだろ、本当に似合うと思うか 三十路の男の女装だぞ 正気か)
しかし冰河は心の底から本気のようで、うっとりとこちらを見つめる瞳は熱く、涙まで滲んでいる。
「布にもこだわった甲斐がありました。数種類の赤があってどの色にするか数日悩んだのですが、師尊の肌の色にはやはりこの色が一番映えますね」
「ということはやはりオーダーメイドなんだな! こんなくだらないことで職人さんの手を煩わせるんじゃない!」
「くだらなくなんてありません。師尊に一番似合うものをご用意するのは私の責務です」
「そんな責務は本職の方にもっと費やせ。というか……こら、さりげなく太ももに触ってるんじゃない!」
抱き寄せられた瞬間から何かくすぐったいと思えば、スリットの合間から覗いた太ももを大きな手のひらが撫でている。慌てて冰河の手の甲を指でつねり上げると撫でる動きは止まったものの、手は太ももにとどまったままで離れる気はないらしい。
「申し訳ありません、無意識に……。スリットから覗く足があまりにも魅惑的で、つい手が伸びてしまいました」
表情こそ申し訳なさそうに眉を下げているものの、太ももに触れているのとは反対の手はゆっくりと背中から腰へと下りていっている。その触れ方は愛撫の際の動きによく似ていてぞくりと肌が粟立つ。
「ぁ……っ」
情けない声が漏れてしまい、慌てて唇を引き結ぶ。少しでも威厳を保とうときつく冰河を睨みつけたが、返ってきたのは愛情を全面に湛えた甘いまなざしだった。
「本当にとてもお似合いです……。こんな美しいサンタクロースをこの腕に抱いている私はきっと世界で一番幸せ者ですね」
「……っ、サンタクロースは子どもの元に来るものだろう。とっくに成人した男が何を言ってる」
「ふふ、確かに本物のサンタクロースは今頃世界中の子どもへのプレゼント配りに忙しいでしょうから、私の所へは来てくれないでしょうね。ですが私は本物のサンタよりも師尊が来てくれた方が嬉しいです。……ところで、こちらのサンタさんもプレゼントはくださるのでしょうか?」
「ふん、勝手に私をサンタにしておいてプレゼントまでねだるのか? 随分欲深いな」
「そう言いつつもきちんと全て着てくださるところがお優しいですよね」
「それは……着ないとそなたが泣くかと思って」
初めて出会った頃からもう何年も経っているというのに、相変わらずこの男の涙には滅法弱い。
恥ずかしさと気まずさでぼそぼそと答えれば冰河の笑みがより深くなったので、形のよい鼻を二本の指でぎゅっとつまんでやる。
「笑うんじゃない。そもそも、プレゼントは一年よい子にしていたらもらえるんだぞ。そなたはいい子だったのか?」
「私は今年も頑張って仕事をしましたよ。師尊が年末年始は温泉でゆっくりしたいとおっしゃったので仕事納めも数日切り上げましたし、宿も最高の場所を予約しました」
「う……」
確かに、何の気なしに呟いただけの自分の希望を叶えてくれようと今月の冰河の仕事の追い込みは本当にすごかった。おかげで会社全体で年末年始の休みが増えて、自分自身は何もしていないにも関わらず他の社員からは「沈さんのおかげだ」と非常に感謝されてしまった。それを考えれば……まあ、プレゼントの一つや二つあげても悪くはないのかもしれない。とはいえ、だ。
(冰河の欲しがるプレゼントなんて、一つしか思いつかないんだよなあ……)
自分で言うのも恥ずかしいし自惚れが過ぎると思われるかもしれないが、彼が欲しがるものなんて自分以外に思い浮かばない。そもそも欲しいものがあれば何でも自分で手に入れられるほどの財も力も持っている冰河だが、あまり物欲といったものは持ち合わせていない。持っているのはただこちらへの“欲”だけだ。様々な色の欲を混ぜ込んで向けられる想いはとてつもなく重く大きいけれど、それにたじろぎこそすれ負担には思えないのだから自分も大概絆されている。
「……随分と大きい子どもだな。一体何が欲しいんだ?」
こんな問いかけは愚問であるとお互いに分かっている。冰河の瞳が細められ、こちらの腰を抱く手にわずかに力が込もった。
「それはもちろん、」
続く言葉は重なった唇の合間に消え、無言の要望を伝えるように熱く舌先が絡んだ。