食堂の名物 がやがやと、賑わいすぎるお昼時。
どの学科も昼休憩の時間は変わらないから、総人数に対して小さな食堂はごった返している。
午前の作業が長引き、出遅れてしまったため、空いている席など見つかりそうもない。
我が校では、学食の相席は当たり前な風習だというのに、一人分の空きすら見当たらない。
先に席を確保できるかどうか確認してから注文するんだった。
アツアツの湯気をはなつ大盛担々麵が両腕に重くのしかかる。いつも頼んでる丼系ならそこら辺の段差に座ってでも食べられたのだが、これはテーブルに置かないと食べずらい。
うろうろしながら、隈なく目を走らせてると、奥の方になぜか相席されていないテーブルがあった。
六人掛けのテーブルに二人しか座っていない。
ラッキーだ。
席を探している他のライバルにとられないうちにと、足早に近づく。
対面ではなく横並びに座っていたのは、ツナギ姿とラフな大学生らしい服を着た二人組。
対面でないなら別枠同士か?とも思ったがそれにしては距離が近い。並びはツナギの右隣にもう一方、だ。
ツナギ君は、ああ見覚えがある。工学部のエンジン工学科の奴か。名前は知らない。
ゆったりとしたツナギ姿でもわかる、スタイルの良さ。あと無駄に顔の良い彼は構内でも有名である。
大学デビューだとかで、ファッションを無理して勉強している奴らに、結局は素材なんだと現実を無慈悲に突き付けてくる代表だ。
別の学科だから詳しくは知らないが、見かけだけでなく中身も非常に優秀らしい。同サークルで彼と同学科の先輩が言うには、教授とタッグを組んで次の何やらのエンジン開発のために大学側から費用をせしめたとか。おかげで研究室に籠ることになって、一週間家に帰れてないと…え。なんだそのダークさ。
噂ではハードでロックな研究室出身の奴らは、社会進出した方が逆に温く感じるらしい。
いやいやいや、今から社畜根性身に着けてどうする、とその時には大いに突っ込んだ。
話がずれたが、そんな彼の隣にいるのは、良い意味で普通の学生だ。
人懐こそうな笑顔で、学食名物の大盛カレーを口に運びながら、絶えず何かをツナギ君に話し続けている。
それを楽しそうに頷いているツナギ君の雰囲気に、これなら相席も大丈夫だと自分はそのテーブルに着いた。
「ここいいかな?」
マナーとして一声かける。
蒼と琥珀の瞳が一斉に自分に向けられた。
「いいですよ」
とニコニコ返してくれる蒼くん。対して…ん?ツナギ君、なんか眉を寄せて明らかに嫌そうだな。
まあ担々麺をたべるせいぜい10分くらいは我慢してもらおう。ここは共通の場所なんだから。
自分は蒼くんに短く礼を言うと、ツナギ君に構わずラーメンをすすり始めた。
ずるずる、ずるずる、とすする音の合間に、二人の会話が耳に入ってくる。
「ああそうだ、シン。今週末一緒にいられないのはどうしてだ」
「フィールドワークで箱根に行くんだ。黒曜石で作られた矢じりが出土することがあるところをさ、いろいろ教授と見て回る予定で」
「…教授って、あの独身の?」
「そうそう。歩く辞書かっていうくらいに色々知っててさぁ!本当一緒にいて勉強になることばかりで」
「…俺と一緒にいるときより楽しいか?」
「は?」と、これは自分の声だ。
ツナギ君の明らかに拗ねている口調に驚いて箸が止まる。呟きが小さすぎて彼らには届かなかったことが幸いだ。
「なーに。アブト。焼きもち焼いてるの?」
「当たり前だ」
当たり前なんだ!?
「せっかく一緒に過ごせると楽しみにしてたんだが」
「う~ごめん…夜にはアブトの家に行くからさ。お酒買っていくから、朝まで飲もうよ」
「なにを?」
本気で拗ねていたわけではなかったらしいツナギ君が一変、からかうような口調で蒼君の頬に掛かった髪を左手でどかす。
??? 自分の頭は疑問符でいっぱいだ。え、今の流れからして酒以外に何かあるのか?
ちらちらと横目で伺ってると、
「…何を飲ませてくれるの?」
あれ、蒼君の表情が変わった。健全を絵にかいたような容姿だったのに、目元を赤らめて挑発するように流し目で微笑んで…。
なんか見てはいけないものを見てる気分になるのはどうしてだ?
昼休みの食堂だぞ? わいわいガヤガヤな空間だぞ?
そういえば、なぜこんなにも二人の会話が聞き取れているんだ。
周りは学生でひしめき合っているというのに。
自分はそっと周囲を見回す。…このエリアだけ異様に静かだ。この二人の周囲が一切会話…どころか息すら潜めている。食事も極力音を立てていない。大体が女子だ。
もしかして…聞き耳立ててる?
「さあ、なんだろうな」
なんかエロい親父の台詞みたいなことを、イケメンが堂々と言っている。
「もう、いつも変な方向に話もってくなよな」
「おまえこそ乗ってくるくせに。ほら、カレーまだ残ってるぞ」
「…食べにくいんだけど」
「なら外すか?」
「それはだめ」
何でだろう。自分も麺をすする音が気になってきた。しかも味がしない。担々麵なのに。
自分はちらりと不自然にならないよう細心の注意を払ってツナギ君を盗み見る。
ツナギ君の前には空になった蕎麦の器があった。
蒼くんはまだ食べているのに。
そういえば、彼らの片手が見当たらない。蒼君の左手、ツナギ君の右手。
なぜ、彼らは横並びで座っているのか。
その答えが判明した時、自分は残りを急いで掻っ込んで、テーブルを立ち上がった。
ここのテーブルが空いていた理由が分かってしまった。
あとから聞いた話では、構内では色んな意味で有名な二人組らしかった。
今後、どんなに席なかろうと、彼らの相席だけは選ぶまい。
二人の空気に充てられて、担々麺さえ甘くなる超常現象を味わいたくなったのなら話は別だが。