加賀棒茶は本当にお勧めです 人が溢れる、広いのに狭い土産物売り場の一角で、真剣に菓子を吟味しているイケメンが一人。
クールな、と形容される容姿だとは一応納得はしてるが、その中身は頑固な直情型。異議は認めねぇぞ。
もうすぐ別れの時間だというのに、その目はオレじゃなく両手に持った菓子箱に注がれている。
キンツバと福うさぎ、眉根を寄せ、かれこれ五分は悩んでいた。
手持ち無沙汰なオレは、両腕を後頭部に回してぼんやりその横顔を眺めていた。
「分からない…どっちが喜んでくれるか…」
母ちゃんにか?
だったら加賀棒茶にしとけ。あれはハズレないから。
「…分かった。そうしておく」
素直にオレの意見が通ったことに少し驚く。
そしてあいつは手に持った二つの菓子箱と茶の袋を持ってレジへ向かっていった。…て、結局全部買うんかよ!
久しぶりの邂逅だったが、昨日の昼に到着したあいつは今日の便でとって返す。まともに会瀬できたのは一晩だけ。
あいつも忙しいから時間が少なかったのは仕方ない。分かってる。わざわざオレの家業の休みに合わせて会いに来てくれたのも感謝してる。往復の足代だってバカにならない。
…分かってる。
あいつは何も言わないが、行動の全てでオレに対する好意を表してくれていた。その大きさに気づけないほど鈍くない。
だからこの一分一秒を大事にしたいんだけどな。
レジでカード決済をしている背中を軽く睨んだ。
最後まで見送るために料金を払ってホームまで付いてきた。
横ではなく縦に並んで、無言のままオレたちは乗車口に向かって歩く。
足取り迷わず進んでいく綺麗に切り揃えられた後頭部は、オレが今足を止めても気づかずに行ってしまいそうだな。
ついでに目に入るのは高い天井を支える太い樹木のような柱たち。施された金箔の輝きは今日はなんだか鈍い。
「ツラヌキ」
無言だった背中がやっとオレを呼んだ。
すぐに返事をするのは癪だったから、少し間を開けて、何だよ、と多少ぶっきらぼうに返す。
「ほら」
何でもないように綺麗な紙袋を渡された。これさっきそこで買ってたやつじゃねぇか
「土産だ…その、ご家族に」
「…は?」
意味を図りかねて我ながら間抜けな声が漏れる。
さっきの土産物売り場での光景がフラッシュバックした。
真剣に悩んでたのは、オレの家族に喜んでもらいたいから?
何のために?
…そんなの、明明白白じゃねぇか!
何だか急に視界が明るくなった気がする。
話は読めたぜ!と元同室の口癖をパクってバシバシ背中を叩いてやったら「痛い」と文句を言われた。頬が緩んでるから照れ隠しなのは一目瞭然だ。
「今度はオレが会いに行ってやるからな」
「…分かった。案内は任せておけ」
紙袋を受け取ったオレの手を、あいつの手がそっと触れて離れていく。
別れの言葉なんてオレ達にはいらない。
2号車4番A席
ちょうどホーム柵の透明な面から車内が伺える。
ホーム柵と窓ガラス、二枚の壁に挟まれちゃいるが、ちゃんとお互いの喉奥にあるものは見えているから問題ねぇ。
おっとそうだ。今度、ノドグロ食わせてやっからよ。すんげぇうめぇから楽しみにしてろよな。
と、口パクで言えば、全く伝わらなかったのか少し慌てた様子でスマートフォンを取り出していた。
その慌てぶりが何だか愛しい。
手振りで言われる。LINEで伝えろって?
まったくもって、やなこった。
そうこうしてる内にゆっくりと進み出したから、最後に直で見えたのは、あいつの「あ」と言いたげな間抜け面だった。
まさしく「あ」っという間に走り去った頼もしいE7を笑いながら見送って、元来た通りに改札口へ降りていく。
オレの好きな四字熟語は天涯比隣だ。
別れの後だというのに、やけに軽い足取りで手に下げた紙袋を鳴らした。