お題:おねだり。たいみつワンデイ大寿と三ツ谷はひっそりこっそり仲良くて、ある日、外で飲食を共にしたあと、大寿は三ツ谷を初めて自分の家に招くことにした。
嬉しそうに付いてきた三ツ谷だったが、玄関前で、ハッとした顔をした。大寿は特に気に留めず、鍵を挿してドアを開けた。
「さあ、上がれ」
「……やっぱ、いいワ」
「は?」
玄関まで来て帰るという三ツ谷。
タワマンのエレベーター内では嬉しさのあまり笑顔が零れてしまう、そんな様子だったのに、急に何か重大なことに気づいて、気が変わったようだ。それがなにか分からないが、随分と勝手ではないか。三ツ谷のことだから何かしら事情がありそうだが、急すぎて「そうかならまたな」にはならない。
実は数日前から三ツ谷を招くことに決めていて、心待ちにしていたので、心が追いつかない。
「急ぐのか?妹のお迎えを思い出したのか?時間は取らせないから、コーヒーくらい飲んでいけ」
「……っ、ごめん。すごく嬉しいけど、遠慮しとく。じゃあ、また……ッ、」
いつもと違う下手くそな笑顔を浮かべ踵を返そうとしたので、考えるより先に腕を掴んだ。
「なぜ気が変わった?」
「ホント悪ぃ。どうしても上がれないことに気付いて……」
何がどうしてもなのか皆目検討つかないが、やんわりと断りつつも、絶対に上りたくないの硬くなさが伝わってきた。
「きちんと理由を話せ」
「んだよ、言いたくないのに言わせる気か」
理由は隠したいようで、三ツ谷は苛立ちを見せた。普段は温厚で、人が困っている時に自ら進んで手を差し伸べる奉仕精神を持ち合わせている三ツ谷だが、絶対譲らない頑なさも持ち合わせていて、一旦こうと決めたら梃子でも動かない。たとえ、大寿が部屋に入ってくれとねだったとしても、考えを変えそうもない。
どのみち、大寿は長男ゆえの性格か、上手く甘えることができず、三ツ谷におねだり出来ない。
嫌がっているが、部屋に上げる気満々だった大寿は納得いかず、腕を振り払われないよう力を込めると、三ツ谷はギロッと睨んできた。
大寿だって、無理強いをしたい訳ではない。
せっかく、ダチと呼べる存在ができたと思っていたのに、三ツ谷は一定の距離を保ちたいのだろう。
「チッ、オレは、家に上げたいと思うくらい、オマエに心開いてるのによ」
三ツ谷が言いたくない理由が分かった気がする。
「テメェは、オレを信頼してねぇから、家に上がりたくないんだろ」
「……ッ、」
「家でふたりきりになったら何されるか分からねぇよな。鍵閉めて逃げれないようにして、襲われるんじゃねえかって、警戒してるんだろ」
自分の過去の行いを顧みれば、そう思われても仕方のないことだった。みな大寿の元から去っていった。当然の報いだが、孤独になった大寿に気さくに接してきた三ツ谷に、変わったヤツだと呆れつつ、次第に魅力を感じるようになってしまった。
気が合うし、親しくなったものの、三ツ谷はなにも自分を全肯定しているわけではない。機嫌を損ねたら、容赦なく暴行してくると思っているだろう。
「ッ、違う、ホント違うからッ!そんなこと、思ってるワケねぇだろッ!」
しかし、三ツ谷は大寿の確信を否定した。
やるせ無い気持ちを吐露した大寿だったが、三ツ谷は慌てふためいて、大寿以上にやるせ無さそうな感情を露わにして言葉を続けた。
「誤解させちまったな……オレだって、ホントは大寿くん家に上がりたいし、招かれてすげーテンション上がった。だけど、今日だけはどうしてもダメで……また招いてくれないかな?オレ、大寿くん家に上がりたいんだ」
それは、三ツ谷からのおねだりと捉えて良いのだろうか。三ツ谷もまた長男で、甘えることが苦手なのに懇願するのは、余程のことなのだろう。
思わず掴んでいた手を離すと、逃げるどころか、しがみついてきた。
ぎゅっと服を掴まれ、皺になっているが、怒るような状況ではない。三ツ谷を抱きしめたくなるも、そういう慰めは望んでいないだろうし、行き場を失った腕が宙を彷徨う。
それにしても、なぜ理由を告げられないのだろうか。
「三ツ谷……急いでるわけではないんだな?」
「……うん。でも深い事情があって…」
「実はオマエ、女で、月のものにあたっているとか?」
「……んなはずあるかッ!」
特攻服の前を開け、勇猛果敢に挑んできた男気溢れるヤツが女なワケないか。
ふざけているようだがそれは違う。
妹たちの母親代わりの三ツ谷には母性的な一面もあり、中性的な顔をしてるから、ありえなくはないかと思ってしまったのだ。だが、仮にそうだとしても、上がるのを断る理由にはならないか。重くて辛いなら別の日に会おうとするはずだ。
なぜ今日だけはダメなのか、理由が気になりすぎる。
「三ツ谷、せっかくここまで来たのに、帰るなんて言うなよ。手土産がないと言うなら、全く気にしないからな」
「……手土産がないから上がれないってのも、違う……」
「とにかく、泣いているオマエをそのまま帰すわけにはいかねぇ。何もしねぇから、少し部屋で安んでけ」
「……泣いてねぇし」
涙声だし、服が濡れてるのが分かるんだが、三ツ谷はあくまで認めたくないようだ。
「とにかく、家に上がって、落ち着いてから帰れ」
「あっ、ちょっ、だから、無理だって…ッ!」
三ツ谷を担いでドアを開け家の中に入ると、降ろせと暴れ出した。
強情だなと思うが、大寿も負けないくらい強情だ。
理由をきちんと説明すれば、帰しただろう。しかし、理由を告げず、泣くだけでは納得できない。涙が出てしまうくらい三ツ谷は本当は大寿の家に上がりたいのだ。なのに何が原因で諦めざるを得ないのか。素直になれと、強引になってしまう。
三ツ谷が大寿に力で敵うわけがなく、肩に担ぎながら靴を脱がすと、穴の開いた靴下が目に入った。
◇
「すまん三ツ谷、許せ」
すっかり拗ねた三ツ谷は、部屋の隅で膝を抱え顔を埋めて座ったまま、口を聞いてくれない。
「ほら、コーヒー淹れたぞ。一緒に飲もう。いい加減機嫌なおせ」
コーヒーの芳ばしい香りにも反応せず黙ったままだ。どう機嫌を取ればいいか分からず、大寿は頭を抱えた。
「……だから、嫌だったんだ」
ポツリと、微かに嘆きが聞こえてきた。
どう接するのが正解か分からず、下手に刺激しないように無言で隣に座っていると、こんと、三ツ谷の頭が腕に触れた、
まだ不貞腐れてるようだが、少し落ち着いてきたようで、甘えるように凭れかかってきた。
「すげー、恥ずかしい。忘れて」
「……ああ、分かっている」
今後靴下のことで弄ったら、絶交されそうだ。
肩を抱くと、嫌がることなくじっとしている。
綺麗な横顔からは感情が読み取れず、瞳は昏く何も映してないようで、長い睫毛はしっとりと濡れていて重たそうだ。
それにしても。と大寿は思う。
三ツ谷は物を大切にするタイプだろうが、それとは違う。きっと新しい靴下を買う余裕がないのだろう。三ツ谷家はシングルマザーで、子どもが3人いて、経済的に苦労していることくらいは知っている。
三ツ谷はヤングケアラーで、妹のお世話をしたり家事を手伝っていて、おそらく洗濯も担当していて、母親は三ツ谷の靴下に穴が開いてること自体知らないのだろう。
穴が開いても、買ってとは言えないのだろう。遠慮して、おねだり出来ないのだろう。
裁縫が得意だから、妹たちのならば直しただろうが、自分のは放置か。忙しかったり余裕がなく、自分のことは後回しなのかもしれない。それでも大寿に会おうとするのは、自惚れたくなるというもの。
靴を脱がなければ分からないから、穴が開いた靴下を捨てずに履き続けていた。気持ち悪くても、慣れるしかない環境といえる。大寿と外で会うだけであれば問題なかったのだろう。
タイミング悪く穴が開いている靴下しかなかった。だが靴を脱ぐことはないと大寿と会い、すっかり忘れていたが、家に上がる直前で気付いて、頑なに拒んだ。そういうことだろう。
それにしても、そんな事情だったとは、少しも気付いてやれなかった。
(母親にねだれなければ、オレにねだってくれればいいものを)
靴下くらい、幾らでも買ってやる。天然繊維がいいなど生地に拘りがあるのならばそれでいい。値段など気にしない。他にも欲しいものがあれば買ってやる。しかしそれは大寿のエゴであり、三ツ谷のプライドを傷つけてしまう事になるだろう。買ってやると言っても断るだろうし、友人から施しを受ける気は更々なく、おねだりすることはなさそうだ。
「三ツ谷、どうしたら許してくれる?」
「……許すも何も、大寿くんは悪くない。そんなの分かってるのに、ずっとぶすくれて、オレの方こそ、ごめん……」
「……三ツ谷。オマエだって、悪くねぇだろ」
三ツ谷を帰したくなくて、何が何でも家に上げようとして、恥ずかしい思いをさせてしまったのは大寿だ。なのに謝る三ツ谷をそっと抱き寄せた。日本人離れした体躯の大寿と比べると随分と小柄な三ツ谷が、いつもより小さく見えて、守ってやらないとと、庇護欲が沸き上がってきた。
静かに時が流れていく。
コーヒーは冷めてしまっただろう。
しばらくこのままで。
◇
後日。
恋人になった大寿と三ツ谷は、大寿の家で寛いでいていい雰囲気になった。
「三ツ谷、そろそろいいか?」
「……ダメ」
今度はピンと来た。
「分かったぞ。パンツに穴が開いてるんだな」
「──ッ」
思わず声に出てしまった。
かつてショックを与えて傷付けてしまったのに、つい、うっかりと。
三ツ谷は真っ赤っ赤になって立ち上がった。
「ばっ、バカっ!穴がなんて、開いてねぇしっ!」
大寿くんといつでもエッチしてもいいように、穴が開いてるパンツは絶対履かねぇ。と聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。
証明したいのか、ズボンのベルトを外し脱ぎだした。
「ほら、穴なんて開いてねぇだろ!」
たしかに穴は開いてない。
だが。
恋人のそんな露出度の高い姿を見たら、ムラムラするだろ。
「なら問題ねぇな。ズボンを脱がす手間が省けた」
「えぇっ、ちょっ、た、たいじゅく……ッ、ま、まだ、は、早いからっ、わっ、やっ、アぁっ、あぁんッッ!」
部屋に甘い嬌声が響き、ハートが飛び交った。
♡
更に時は流れて。大寿と三ツ谷の仲はより深まり、今や同棲している。
「大寿くん、オレ、勝負パンツ欲しいんだけど」
三ツ谷が上目遣いで可愛くおねだりしてきた。大寿の方がかなり背が高いから、必然的に上目遣いになるのだが。
ついに買って欲しい物をおねだりするようになったと思うと感慨深いが、
「は?」
聞き間違いだろうか。
最近ガラケーからスマホに買い換え、ネット検索を覚えた三ツ谷は、羞恥心はどこに行ってしまったのか、アダルトなショップの商品を見せてきた。
「ねえ、これとか露出度高いし、セクシーじゃね?オレに履いてほしいだろ?オレ買い方分かんねぇし、会員登録して買って」
男物のパンツだが、レースが使われ、隠すつもりがあるのかと疑うほど露出度が高く、透けていて、性欲を刺激するデザインばかりで目を疑った。
「何言ってんだテメェ」
ピキンピキンと額に青筋が浮かぶ。
可愛い恋人のおねだりであれば、文句ひとつ言わず何でも買ってやるつもりだった。
そもそも三ツ谷のおねだりはレアなのだ。
しかし、これは応じられない。
「えー、買ってくれないの?ケチ」
整っているものの厳つい顔が険しさを増す。
ケチとはなんだケチとは。
こんなの買ってもらいたいのかよと逆に問いたい。
「……勝負パンツはオレに内緒で買うべきだろ」
「あ、そうか。サプライズ感ねぇよな。でもオレ、ネットショッピングいまいち分からねぇんだよな」
店で買うのは恥いから無理。あー…エッチな下着で大寿くんを誘惑したかったのに。
と、三ツ谷は残念そうだ。
大寿だって、可愛い恋人のセクシーな姿は見たいに決まっている。
「なら三ツ谷が作ればいいだろ。デザイナーだからお手なものだろ」
口角を吊り上げて挑発する。
「さすが大寿くん、その発想はなかった!」
三ツ谷は手をポンと叩いて感心した。
「オレを虜にするパンツを作って履いてくれよ」
琥珀色の瞳を飴のように蕩けさせて囁く。凛々しくも厳しい恋人が稀に見せる甘さに蕩けた三ツ谷は、目元を仄かに紅く染めた。
「それって、おねだり?」
「ああ、そうだな」
「任せてっ。早速スケッチしねぇと!」
意気揚々と自室に駆け込む三ツ谷。
天才デザイナーの頭には、既に幾つかのデザインが思い浮かんでいるようだ。
その後、大寿は度々セクシーすぎるパンツを履いた恋人に惑わされることになる。
【おしまい】