女体化した三ツ谷が八戒にドッキリを仕掛けようとする話ある日突然三ツ谷は女体化した。
なんで女になったのか、元に戻るのか、初めこそパニックを起こしたものの、しばらくして収まった。嘆いていても仕方ない、現状を楽しもう。そう思い直したのだった。
そして、そう思った途端、閃いた。
実は三ツ谷は東卍時代の弟分に手を焼いていた。前々から三ツ谷の事を尊敬してやまないと、兄のように慕ってくれている可愛い弟分。と言えるかもしれないが、とにかく悪ノリが好きで、三ツ谷の事で誰にでもマウントを取るので困っている。曰く、
「タカちゃんにはオレがいるよ」
「タカちゃんに何かあったらオレが護る」
「タカちゃんはマジイケメン」
「タカちゃんの悪口を言う奴は許さない」
「タカちゃんの仇はオレが討つ」
等々。タカちゃん、タカちゃん、タカちゃん、タカちゃん、タカちゃん………
会うたびに、タカちゃんタカちゃんと煩くて頭を抱える。
普段は温厚なのに、三ツ谷のコトになるとムキになったり強気になって周りに喧嘩を売るし、マウント取るし、また三ツ谷本人には褒めまくるので、恥ずかしいし、煩いし、スルーする事も多いが、つい諌める場合もある。
三ツ谷がお世話するときは大人しくても、後から怒涛のように褒め殺しにくる時もある。
自分はタカちゃんの事をよく分かってるし、いつでも味方、ピンチの時はオレが護ると豪語するが、本当に実行するか疑問なところがある。三ツ谷の方が喧嘩が強いので、逆に護る始末にかる場合も。とはいえ、当たり前のようにすぐ傍にいる存在で、手が離せない時など、頼み事をすると快諾するし率先して手伝ってくれるので、頼りになるのは確かである。
だけど、『うっせぇ』と思うことの方が多いかもしれない。
そんな厄介な八戒に、三ツ谷はイタズラ心が芽生えたのだった。
(女になった今、こっちも八戒に悪ノリしてやる!)
と、ナゾにやる気満々になった三ツ谷は、案外お茶目だったりする。
八戒は本気で三ツ谷を尊敬してるし褒めても、おちょくってると勘違いされるのだった。
三ツ谷は今一人暮らしをしているが、八戒も徒歩10分ほどの距離に住み一人暮らしをしている。かねてから姉の柚葉が煩いからと一人暮らししたがっていて、ようやく叶ったのだった。パーちんの不動産屋に紹介れて借りた、高3男子の一人暮らしには広すぎる2LDKで、「タカちゃん、泊まって」としつこく迫られたが、望みを叶えることにする。
最近ガラケーからスマホに変えた三ツ谷は、慣れない手付きで八戒にチャットを送った。
三ツ谷【今日ひま?】
するとすぐ返事が返ってきた。
八戒【暇だよ。たとえ用があってもタカちゃんの為に開けるよ。タカちゃんが電話じゃなくてチャットで連絡してくるなんて珍しいね。オレに会いたくなっちゃった?】
長文打つは時間が掛かるし面倒なので簡潔に返事をすることにする。返事には反応せずに用件だけ伝える。
三ツ谷【ああ】
八戒【今週会ってないから寂しかったんだね。きゃー、タカちゃん、かわいすぎっ!!】
三ツ谷【家にいるの?】
八戒【いるよ。ウチに来るの!?】
三ツ谷【泊まりたい】
八戒【えーーっ、まさかのタカちゃんからのお誘い!?タカちゃんってば大胆っ!】
三ツ谷【17時くらいにお邪魔してもいい?】
八戒【勿論大歓迎だよ!うわー、今日は特別な記念日だ。タカちゃんが泊まるっ、オレはついに××卒業しちゃうとか!?どうしよう、涙が出るくらい嬉しいよ、あーだけど心の準備がっ!タカちゃん、オレはすごく幸せだよっ!】
三ツ谷【じゃあまた】
三ツ谷の短めの文よりずっと長い文の返事は、三ツ谷の返事より早いくらいで、大興奮している八戒の勢いの凄さに圧倒されつつ、チャットを終了した。
三ツ谷は文字を打つのが遅いし、電話の方が早くて便利だけど、女体化して声が完全に女になってしまったので断念した。
(さてと……)
鏡で自分の顔を確認した。
女だったら、こういう風に成長したのだろうかと息を飲む。あるいはルナマナが成長したらこんな姿になるのだろうか。もしかすると自分の方が色っぽいかもしれない。
鏡の中の垂れ目の柔和な女性を客観的に見れば、可愛さの中に色気が漂う美少女だった。
軽く化粧をした方がより八戒を誘惑できそうだが、実家ではないので母のメイク道具を借りられない。家にあるメンズ化粧水と薬用リップを使用した。肌は元々色白だけど、男の時よりきめ細かく滑らかな気がする。唇は薄桃色で潤いがあり、しっとりぷるぷるしていて、口角が上向きで魅力的だ。虹彩の範囲の広い瞳は可愛く優しげな印象を与え、瞳を縁取る長い睫毛は程よい量で上品な印象を与えている。
男の時も甘いマスクだった三ツ谷だが、女体化して笑顔の破壊力が増している。
柔和な魅力で周りをうっとりさせる女性の中身が男性なんて誰も思わなそうだ。
(八戒でもオレだと気付かないかもしれない)
面影はあるものの小柄になり、見た目は骨格から違うし、声も高くて女性そのもので、にわかに三ツ谷とは思わなそうだ。
先程チャットでやりとりで約束したのは17時。これからお泊まりの準備して向かえば14時くらいに着くから、三ツ谷が訪ねて来たとは思わないだろう。女体化した際に、肩ほどの髪の長さが更に10センチほど伸びたのもあり、ヘヤアイロンで緩やかに巻いて、ヘアクリームを塗って整えながらヘアスタイルを変えると、ガラッと印象が変わり、より女性らしく変化した。
問題は服装だ。生地はあるものの作る時間はなく、簡易なブラジャーだけ作って、小さめのTシャツを着て、更に薄手のパーカーを纏った。シャツだけだと胸が目立つので分かり難くしたかった。
一泊の準備をして、いざ出陣。
(これは一種のドッキリだな)
日頃の仕返しではないけど、女の姿で弄ったら、どういう反応をするか知りたい。また正体を明かしたら驚くだろうか。純粋な八戒を揶揄う事になるが、三ツ谷の内面は純粋な好奇心が占めている。三ツ谷は悪戯な笑みを浮かべながら目的の家を目指して軽快に進むのだった。
◇
八戒はオートロックの新築マンションに住んでいる。鉄筋コンクリート造で、気密性や防音性に優れている。セキュリティも優れていて、リビングも部屋も広く、家賃を聞いて目玉が飛び出そうになった。螺旋階段のある家は高いから断ったようだが、それでも三ツ谷の借りている部屋と桁が違う。親の金のようだが改めて裕福な家のご子息なんだなと、暮らしの格差に愕然とした。
エントランスに入り、オートロックの操作盤で8※※と部屋番号を押して八戒にドアを開けてもらおうと思ってハッとした。
部屋にあるモニターで訪問者を確認するはずで、女になった三ツ谷の姿を見て不審がって『開錠』を押さず『通話』で尋ねてくるだろう。
どうしようと逡巡していると、八戒が引っ越してまもない頃、家の中に鍵を忘れてエントランスに入れず困った時の話をしていた事を思い出した。
「管理人さんのいない時間帯で、連絡した管理会社に対処法として教えてもらった暗証番号※※※※を押したら開いたんだよ」
と言っていた。その4桁の数字は語呂合わせになっていて覚えていたのでダメ元で入力してみた。すると見事開いたのだった。
三ツ谷は八戒が自分を弄ってきたらスルーしたり、うっせーと一掃するものの、悩みや相談や普通の会話は親身になって聞く。だからこそ、マンション内に入れたのだった。しかし悪用する気はない。今回は八戒にイタズラ…ドッキリを仕掛けるために勝手に入ったのだ。
ちなみに八戒の家の鍵は合鍵作成不可なものだ。
中央のエレベーターに乗って八戒の部屋に向かう。各部屋にルーフバルコニーがある立派なマンションは、なんとエレベーターが斜めで、いつも不思議な気持ちになる。
まだ安心はできない。問題はこれからで、玄関は当然鍵が掛かっているだろうし、インターホンを押せば、やはりモニターで姿を確認されるだろう。女性だと警戒して開けてもらえない可能性が高い気がしてきた。
どうしたものか、インターホンを鳴らし、咄嗟に姿が見えない場所に移動、不信がって八戒がドアを開けたらすかさず侵入。それは可能か、脳内シミュレーションを試みる。
(いや、悪戯や不審者だと警戒してドアを開けないだろう)
玄関前でどうしようか悩む。
女体化でも、男の時と変わらない見た目で、胸や性器だけ女性に変化するタイプの女体化なら良かったとしみじみ思った。それならば、八戒は三ツ谷の姿を確認したら会話なしで開けてくれ、容易に部屋に上がれはずだ。
いつもの三ツ谷と思って接する八戒の前でパーカーを脱ぎ、胸の膨らみがあるのを見せたら、さぞ驚くことだろう。そちらの方が、難易度が低い状態でイタズラできただろう。
どうしたものかと考えあぐねていると、玄関に八戒がいるのか、鍵を取るような靴を履くような微かな音が聞こえてきた。
(家を出るのか!?)
チャンスでだ。
おそらく、最初で最後のチャンス。
三ツ谷は、出かける八戒がドアを大きく開いた瞬間忍び込もうと、ドアノブ側の壁に背をつけてチャンスを伺った。
ドクンドクンドクン。
心の臓が早鐘を打つ。
緊張による過剰なストレスで汗が止まらない。八戒の家に忍び込む任務があるというのか、スパイというより、犯罪者だ。
ほんの遊び心では済まされないのかもしれない。のんびりした八戒でも、さすがに見知らぬものが不法侵入したら警察に突き出すだろうし、大事にならない事を祈るばかりだ。
女体化して、突発的に八戒に会いたいと思ってしまった。もっとキチンと計画を練るべきだった。何を急いでいたのだろう。今更後悔しても遅い。
微かな音を立てて玄関のドアが僅かに開いた。
三ツ谷の住むアパートの握り玉式のドアノブとは違う、持ち手が縦長の形状のオシャレなプッシュプルハンドルタイプのドアノブだ。
何も知らない八戒は、すました顔でいつも通り家を出る。
「ウワッ!?」
八戒が完全に出て、侵入できるスペースが出来たのを狙って、瞬発力のある三ツ谷は脇を通り過ぎた。
「ええっ、誰!?」
急に現れた不審者を捕まえようと八戒の長い腕が伸びる。寸でで躱した敏捷性は変わっていない三ツ谷は、大きめのサンダルを脱ぎ捨てて、廊下を駆け抜けてリビングに向かった。
「待って!?泥棒!?」
動揺した叫び声が聞こえてきた。
泥棒だったら見つからないように忍び込むだろう。
リビングで行き止まり。後は窓を開けてルーフバルコニーに向かうしかない。八戒が追いかけてくる。すぐさま隠れられる場所を見つけないといけない。
「えっ、女の子ッ!?」
後ろ姿の不審者を視界に捉えた八戒が驚きの声を上げた。女子だと気付いたようだ。
緊張が走るも、動きが止まったのが分かった。おそらく、フリーズしていて、不審者を捕まえようと手が伸びてくることはない。
本当に泥棒ならば、本人の目の前で悠々と金品を物色することができる。それだけではなく、証拠隠滅のために殺害することだって可能かもしれない。流石に身の危険を感じたら動くだろうか。しかしそんなこと検証する趣味はない。
(悪い女子が犯行に及んだらどうするんだ?)
思わず心配になってしまった三ツ谷。
それより今のうちだ。八戒がフリーズしている今、ピンチを切り抜けられる状況になった。顔を見られないように気をつけながら、横を通って帰ることができると、踵を返した。
(!?)
八戒の表情が気になって顔を見てしまった。
結論から言うと、八戒はまだフリーズしてなかった。
不安げに揺れる深い青の瞳はじっとこちらを見ていて、一瞬だけ目が合うと、微かに瞳が大きくなり、身体が少し動いていた。
八戒はフリーズすると完全に固まるのでフリーズではなく、警戒して様子を伺っているようだ。本当は捕まえたいが、女性だから触れたくないし、近づきたくないのだろう。
部屋の空気が張り詰めている。
慌てて顔を逸らした三ツ谷は、身体の震えを抑えるように両腕で自分の身体を抱きしめた。漠然とした恐怖で身の毛がよだつ。
八戒が自分に向ける、こんな顔が見たい訳ではなかった。元より八戒に危害を与えるつもりはなく、ここは何もせず、退こくべきか。
そう思ったが、当初の目的を思い出した。
八戒は確かにまだフリーズしてない。だけどそれは女性が近付いてきてないからだ。近づいたらどうなる?恐怖で完全に石になってしまうのではないだろうか。何も反応しなくなった八戒の前で、パーカーを脱いで、より緊張させてから種明かしをする。八戒は信じないかも知れないけど信じさせる。目の前の正体不明の不審者が、女性になった三ツ谷だと知って、八戒はどう反応するだろうか。
八戒は女性を前にするとフリーズしてしまうが、その女性に慣れると平気になる。三ツ谷と八戒は、三ツ谷が小5、八戒が小4の時に出会った。同時に三ツ谷の妹のルナとマナにも出会った。妹たちはまだ幼かったから初めから平気だったけど、たとえフリーズしたとしとしても、もう慣れて普通に接することが出来ているだろう。
では、急に女体化した三ツ谷に対してはどうだろうか。
いくら小学生からの付き合いとはいえ、突然女性になった三ツ谷には慣れず、フリーズしてしまう可能性だってあると予想している。
自分を慕う弟分で遊んでいいのかよと迷うものの、好奇心には勝てない。
試してみようかと、ゆっくりと近づこうとした時、ズボンのポケットにしまっていた携帯がピッと短い音を立てた。
八戒に分からないように後ろを向いて、携帯を見た。
三ツ谷は後から振り返ったとき、よくこんな状況で携帯を確認したなと、ツッコんだのだった。
八戒【タカちゃん、助けて】
!?
それは、八戒からの助けを求める声だった。
心臓が貫かれたような衝撃を受けた。
(……兄貴、失格だろ)
自分を兄のように慕う、弟同然の八戒を苦しめている。
軽い気持ちで、八戒が驚いたあと、三ツ谷だと明かすつもりだった。反応を楽しむのが目的で、常日頃の悪ノリの仕返しのようなものだし、罪悪感など湧かないと思った。
なのに、自分がとても最低な人間に思えて震える。
三ツ谷【どうしたの?】
バレないよこっそり返事を送ると、八戒のスマホが鳴った。
八戒【家のリビングに知らない女子がいる】
三ツ谷【なにかされた?】
八戒【まだ。後ろ向いていて動かない。何しに来たか分からない。近づいてきたらどうしよう】
とても胸が痛い。
三ツ谷【出てけと凄めば出てくんじゃね?】
悪いことをした。出てけと言われたら、何もせずに帰ろうと思った。
八戒【声が出ない。タカちゃん、今すぐ家に来てくれない?】
ハッとなった。
きっと、仕掛けているのが自分でなければ、悠長に質問などせず、すぐさま家を飛び出し、助ける為に八戒の元に向かっただろう。
三ツ谷【ごめん、向かう】
八戒【ありがとう。玄関の鍵は掛ってない。オートロックは※※※※を押せば開くと思う。待ってるね】
会話はそこで終わった。
三ツ谷は項垂れた。後悔の雫が一滴床に落ちた。
信頼を裏切ってしまった。
合わせる顔がない。
八戒は、三ツ谷がもうじき助けに来ると安心しただろう。なのに10分過ぎても助けに現れない。いつまで経っても来ない。その間ずっと不安で、怯え続けることになる。
(もう終わらせよう)
嫌われようとも、それは自業自得だ。
携帯のやりとりを見せれば、不審者が三ツ谷だと信じてくれるだろう。
意を決して振り返ると、同時にフローリングを進む足音がした。
!?
ピクッとして一歩後退ってしまった三ツ谷。
八戒は一歩進んでいたので、ふたりの距離は変わらないまま、ふたりの動きが止まった。
「……ひょっとして、タカちゃん?」
先に沈黙を破ったのは八戒だった。
いつもより眉尻が下がっていて、不安気な表情のまま、また一歩、一歩とゆっくりと近づいてくる。
三ツ谷は返事をせず、八戒が進むのに合わせて、一歩、一歩と後退る。
ドンっと音を立てて、背中が窓ガラスに当たった。
「くっ、来るなっ!」
退路を断たれた三ツ谷は思わず叫んでしまった。
情けない。
先ほどまで、自分から八戒の方に近づいて、正体を明かそうとしたくせに、すっかり怯んでしまってこのザマだ。
いつも三ツ谷に忠実な八戒だが、三ツ谷の静止を聞かずに近づいてきた。
「タカちゃんだね」
「──ッ」
「確信はなかった。だけど、近づける。女性だよね、でもやっぱりタカちゃんだ」
1メートルないくらいの距離まで近づいてきた。
藍色の瞳の奥に強い意志が見受けられ、三ツ谷は固唾を飲んだ。
「……フリーズしないの?」
「オレがタカちゃんにフリーズするわけないよね」
「ッ……!」
八戒が優しい笑みを見せたので、三ツ谷はドキッとした。
怒ってないようで安堵するも、遠慮せずに責めてほしい気持ちもある。
それにしても、なぜバレたのだろう。
「ありえないだろ……女、なんだよ?」
「はは、認めないの?」
「だって……声が違うだろ。顔も、背の高さも、何もかも…変わってしまった」
「確かに外見が変わったね。初めは突然の不審者に驚いたし混乱したし、すぐに気付かなくて、怖がらせてしまってごめんね」
謝られて三ツ谷は困惑した。
謝るのは自分の方だし、怖がらせたのも自分の方で、八戒は何も悪くないのだ。
「オレに助けて欲しくて来たんだよね。いつも助けて貰ってるのに、肝心な時に助けられない。いつも相談に乗ってもらってるし、オレに力になれることがあれば何でも言って。困ってるよね、相談に乗るよ」
失望しないのか。
なんでそんなに優しい言葉を掛けてくれるのか。親身になってくれるのか。
三ツ谷の頭の中には嬉しさと安堵と自責と罪悪感でぐちゃぐちゃになった。
「……オレに、そんな資格はない」
「何言ってるの?資格なら充分備わってるよ。オレはいつもタカちゃんに甘えてるし面倒かけてる。タカちゃんも、オレに甘えていいし、もっと頼ってほしい。頼りにならないかもしれないけど、助けになりたい。オレはいつだって、タカちゃんのそばにいたいんだ」
「…………」
三ツ谷はなんて返せばいいか分からなくなって、黙り込んでしまった。
八戒はそんな三ツ谷の肩を優しくポンっと叩き、背に腕を回して優しく抱き寄せた。
ふわっと、芳香剤の良い香りがした。
三ツ谷は大人しく身を委ねた。
「……女なのに、触れられるの?」
ずっと抱かれたままなのも気恥ずかしくて、三ツ谷は八戒に質問した。
「うん、タカちゃんだもん」
「こんな長々と、ハグできるなんて……」
「ふふ。女の人に初めてハグしちゃった」
「………」
再び訪れる沈黙。
「予定より随分早く会いに来たんだね。そんなに早くオレに会いたかった?」
今度は八戒から話しかけて来た。
囁き声で問いかけて来て、耳に吐息が触れてピクッと肩が跳ねた。
「ちげーし。オレは八戒を騙そうと、揶揄いに来たんだ……嫌なヤツだろ、本当にすまなかった……」
「うん、ビックリしたけど怒ってないよ。タカちゃんがオレにはツンデレなの分かってるからね」
嬉しそうに笑みをこぼす八戒に、ぎゅっとされたので、胸が高鳴って、否定する言葉がどこかに吹っ飛んでしまった。
「……オマエ、なんで怒らないの?そんなにオレに優しいの?助けたいの?」
前々から気になっていたことを訊いてみた。少しは素直になったのかもしれない。
「それは今さら言うまでもないよね。タカちゃんのことが大好きだからだよ」
「………」
「当時、オレの世界に救いなんてなかった」
「?」
「だけど、救いの手が差し伸べられた。幼い妹ふたりの面倒を見ていたタカちゃんが、オレを止める為に手首を掴んだ。その時を境にオレの世界が変わったんだ。こういうのを運命の出会いって言うんだよね」
「………懐かしいな」
「オレは、タカちゃんに救われたんだよ。タカちゃんはオレの天使だよ」
「…………」
褒めすぎだと思う。三ツ谷は当然の事をしただけだった。
「タカちゃん、オレはタカちゃんの全てを肯定するよ」
「タカちゃんはオレの太陽なんだ」
八戒の抱擁が愛し気なものに変わり落ち着かない。友愛以上のものを感じるからだ。
「……八戒、そろそろ離して」
「えー、もっとぎゅっとしてたい」
三ツ谷としてはいい加減勘弁願いたかった。調子が狂ってしまうのだ。
渋々離れたので、三ツ谷はすかさずファスナーを下ろしてパーカーを脱いだ。
「暑い。ハンガーに掛けていい?」
「! *△×○&@#♀……ッ」
目を見開いて意味不明な言葉を発した八戒は、その場で固まってしまった。
(ごめん、悪気はなかったんだけど……)
思えば、パーカーを脱ぐとTシャツ1枚で、胸があるのがよく分かる。
先ほど抱きしめた時に触れていたけど、その時は気にならなかったらしい。
八戒が固まったのは一瞬で、真っ赤っ赤になった八戒はパーカーを掛けてくれた。
微妙な空気になりつつも、ソファーに座って話をすることになった。
「そういえば八戒は出かけるところだったよな。何か予定があったんだろ、出かけなくていいの?」
今更ながらに気付いた三ツ谷は申し訳なく問うた。
「あー…そういえば、タカちゃんが泊まるから、来る前に夕飯をテイクアウトしようかなと、あと……夜の準備も……」
「夜の準備?」
「……持ってなくて。買った方がいいよね。お腹痛くなるようだし、衛生的にも……」
「…………っ」
何が言いたいのか分かってしまった。冗談だとばかり思っていた。最も、今もなお揶揄っているのかもしれないが。
「ちょっと落ち着いたら一緒に買いに行こうよ。タカちゃん、女の子になっちゃったから、絶対に必要だしね」
「〜〜っ」
八戒がこれ以上喋らないように、口にガムテープをグルグルと巻き付けたい心境になった。
「……なんで、オレだって分かったの?」
「ははん、気になる?」
八戒がしたり顔になった。
「早く話して」
「……実は割とすぐにあれ?って思ったんだよ。だって、脱ぎ捨てられたサンダルはタカちゃんのサンダルそっくりだし、パーカーやズボンもタカちゃんが着たり履いてるの見たことあるし、髪の長さや髪型は違うけど、銀髪のままだし。極め付けは振り向いた時に確認した左耳のピアス。いつもと同じ、タカちゃん愛用の十字のフープピアス」
「うっ、」
間抜けすぎて、ぐうの音も出ない。
「それに顔は面影があるよ。たくさん証拠あるけど、女の子になるわけないかなと、顔が似ている女子に物を盗まれた可能性も捨てきれないかなと、最終確認でタカちゃんに連絡したんだよ。困惑してたけど、半ばタカちゃんだと確信してたから、オレもちょっとイジワルだったかも」
三ツ谷は愕然とした。八戒は尚も続けた。
「タカちゃんにチャット送ったタイミングで女性の携帯が鳴って女性は携帯取るし、その後、タカちゃんに返事をすると女性の携帯が鳴るし、やり取りのたびに鳴るから、いくら鈍感なオレだって、女性はタカちゃんだと確信したよ」
「あぁぁぁ〜、恥ぃ〜、穴があったら入りてぇ〜……」
「ああっ、タカちゃん、気を確かにっ」
絶大なダメージを受けた三ツ谷は、八戒に慰められるのだった。
「タカちゃんって、賢いのにどっか抜けてて可愛い〜」
「ー…もう嫌だ。今すぐオレを滅茶苦茶にしてくれっ」
恥ずかしすぎて、ボコボコにされ、何もかも忘れてしまいたい気分になった。
「ッ、タカちゃんって、ホンット!……分かった、夜ベッドの中で、滅茶苦茶にしてあげるね」
「今すぐがいい」
じっと八戒を見つめると、八戒が唾液を嚥下する音が聞こえてきた。
「参ったな……早くシて欲しいのは分かるけど、そんなに急かさないで」
それからしばらくして、八戒はひとりで買い物に出かけた。
三ツ谷はお詫びに夕飯を作るときかず、冷蔵庫の食材を使って夕飯を作ることになったからだ。
八戒は料理に挑戦するつもりで買ってきたものの、買うだけで満足してしまって、そのままになっていた。確認したら高級肉の消費期限が今日までで、勿体無すぎるので、三ツ谷が料理すると申し出たのだった。
八戒が帰宅して、早めの夕飯を一緒に食べて、いろいろと相談に乗ってもらった。
姉の柚葉が着なくなった服を貰うと申し出てくれたが、妹や姉のような女子とはいえ、柚葉の服を着るのはまだ抵抗があったので断った。幸い三ツ谷はデザイナーを目指していて衣装作りが好きなので、自分で服を作ることにした。ただ、そのうち柚葉に事情を話して、いろいろと教えてもらいたいとは思う。
元に戻れる保証はないし、そのうち、八戒や柚葉に秘密で仲良くしている兄の大寿にも、元東卍の友人たちにも話す時が訪れるかもしれない。
八戒は思いの外頼りになるんだなと、成長を嬉しく感じた。
そして夜。
八戒の部屋以外にも、柚葉が訪れた時のための部屋があり、そこにベッドもあるのだが、女性が寝ているベッドに寝るのは避けたいと、ソファーを借りて寝ようとしたが、八戒のベッドは広いからと、八戒に猛プッシュされて一緒のベッドで寝ることになった。
確かに八戒のベッドはクイーンサイズで、ふたりでも問題なく寝れそうだ。流石柴家で、高級なベッドは寝心地抜群で、シャワーを浴びた後、ゴロゴロして感触を確かめていると、緊張した表情の八戒に床ドンされた。
そして、キスされて、あれよあれよと言う間に服を脱がされて、本当に(性的に)滅茶苦茶にされてしまった。とはいえ、キチンとゴムを付けて避妊してくれたが、なんというか、ガッツいていた。
まさか弟のような存在の八戒に抱かれるとは思ってなかったし、八戒が裸の女性にこんなこと出来るなんて想像もしてなかったが、八戒は確かに男なんだ。と感じてしまって、身体中が火照ってしまった三ツ谷だった。
そして自分も嫌悪感を抱くことなく八戒を受け入れることができ、戸惑いつつも、男のときには抱かなかった愛情で、丸ごと包み込むことにした。
こうして女になってしまった三ツ谷と八戒の、新たな関係が始まったのだった。
【おしまい】