特別な日(たいみつワンウィーク作品)今、目の前に柴大寿がいる。
青筋は浮き出てないものの、眉間には軽く皺が寄り、仏頂面で明らかに不機嫌そうだ。無言な彼の威圧感に気圧されはしないが、オレ、何か怒らせるようなことした?と心が騒めいてしまう。大寿くんは大富豪の家の長男。彼の弟の八戒とは兄弟のような仲とはいえ、抗争後仲良くなった大寿くんに気安く接しすぎて、知らず知らずに失礼な態度を取ってしまっていたかもしれない。オレの家庭は裕福ではなく、住む世界が違うから、度々苛つかせてしまってるのかもしれない。
今日は初めて大寿君に誘われてとても嬉しくて浮かれてたけど、オレの想像と違った。専門学校の課題とバイトで忙しくて、最近大寿君に連絡できなかった。いつも連絡するのも誘うのもオレからで、大寿くんは応じてくれるし、会えば楽しく過ごせてると思っていたものの、大寿くんから積極的に誘ってくれることはなく、オレが連絡しなければ疎遠になってしまう仲なのかなと寂しかった。大寿くんは会社を経営して、仕事が凄く忙しそうで、迷惑かなと連絡し辛くなってしまったのもある。だけど、大寿くんから連絡が来て、オレに会いたいのかな?と嬉しくて、なんとしても会いたいと、バイトのシフトを代わってもらい、今対面で座ってるのだけど…。
食事しようと連れて来られた原宿にあるイタリアンレストランは、普段オレが選ばない店。照明は落ち着いていて大人な雰囲気を醸し出していてとてもオシャレだ。重厚なアンティークの内装、天井には見栄えがする大きなシャンデリアや、デザインに見惚れる数々の照明、大きな赤いカーテン、店内を彩る華やかな飾り、センスの良い絵画や置き物、とにかく派手で、ゴージャスな店内に圧倒された。パーティーが行われてもなんらおかしくない。普段着の入店に萎縮するも、ドレスコードはないようだ。大寿くんも普段着。普段着とはいえ、ロックな感じでスゲー決まってる。日本人離れした恵まれた体躯、手足が長くて何を着てもサマになりそうだ。海のさざなみのような髪は派手だし、大寿くん自身がとにかく目立つのだ。
大寿くんはコース料理を予約していた。様々なパフォーマンスをしてくれる店のようで、目の前で炎が立ち上がる中、調理をするのを見て野生が呼び起こされる感覚がした。カッケーし、肌に感じる熱にも興奮して、オレもやりたくて、この店で働きたくなってしまった。他にも、店員さんが運んできた料理の蓋を取ると白い煙が溢れ出てきて、その場で蓋を揺らすと、料理一面に広がった白い煙が霧散して、綺麗に盛り付けられたステーキが姿を表したのにも感動した。好奇心から食欲も湧く。
演出に驚いて感嘆すると、大寿君はそんなオレを見て満足げに笑った。オレの姿がガキっぽいのか、時に吹き出しそうなのを我慢して、必死に笑いを堪えてるときもあって、ちょっとムッとなった。でも、ふざけ合っていた時のことを思い出して、ふっと和むのだった。
「三ツ谷、美味いか?」
気まずい雰囲気だったけど、大寿くんも和んだのか、普通に話しかけられてドキっとした。
「うん、スゲー美味いし、こんな店来たことないから、何もかも新鮮だよ!」
「そうか、それは良かった」
ふっと笑った大寿くんは、静かに食べ始めた。
料理はどれも舌が唸るほど絶品で、盛り付けも何もかも素晴らしくて、だけど、オレが大喜びしてるとき見せる、大寿くんの顔が何よりもオレを高揚させた。宝石のような琥珀色の瞳が、蜂蜜色のべっこう飴のように変化していく、そんな甘い瞳で見つめられ、とろけそうになる。普段の鋭い金の眼光とのギャップにやられてしまう。どちらも最高にゾクゾクするのだけど。
店員さんが、浅いグラスになみなみと注がれたカクテルを運んできた。赤は大寿くん、オレンジはオレのようだ。
店員さんが手に持った、銃口があるような黒い機械をカクテルに向けて放射すると、液体の上に、白くて丸い物体が現れた。ぷるるんとしていて可愛いくて、「すげー」「かわいい〜!」と子どものようにはしゃいでしまった。
店員さんが、「ぜひ指で割ってみてください」と促して、オレは「一緒にやろうよ」と大寿くんに声かけて、一緒に突くことになった。
突いた途端、白い煙が広がった。
「えっ!?すげー!」
大寿くんも一瞬目を丸くしたものの、知っていたのか、感動するオレを見て嬉しそうにまたあの笑顔になった。ヤバい、心臓が持たないかも知れねぇ。
店員さんは、サービス精神からか、また白いぷるるんを作ってくれた。
大寿くんはこんな凄い店を何で知ったのだろう。高そうな店だけど、お金を多めに持ってきたから大丈夫だろう。
特別な日にサプライズするために予約する店なのかもしれない。だけど今日は特別な日でもなんでもない。
美味しい料理とサプライズの演出とアルコールで緊張が解けて和んできた。それは大寿くんも同じようだ。
「大寿くん…怒ってたよね。オレ最近忙しくて、大寿くんも仕事が忙しいそうだなと誘えずじまいで、このまま疎遠になっちまうのかなと思ってたけど、会いたくて仕方なかったし、誘ってくれてスゲー嬉しかったよ」
オレは改めてお礼を言った。しばらく会えてなかったけど、オレたちはまだ仲良く接することが出来そうで、酒の力を借りて、普段言わないことも言えそうだ。
「怒ってねぇよ」
大寿くんは赤ワインを飲んだあと呟いた。
「でも…なんか仏頂面だし、苛々してたろ?怖くねぇけど、話しかけ辛かった」
「それは…最近会ってなかったからか」
指摘されたくないことを指摘されたのか、大寿くんはバツが悪そうにボソリと呟いた。
「三ツ谷からの連絡が途絶えて…ようやく仕事が一段落ついたからか、気が付いたらオマエのことばかり考えるようになっていた。忙しいのだろうと思ったが、会わない間、オマエがオレ以外の人間と楽しそうに笑っているのかと思うとな…。オレに連絡寄越さねぇで、他の誰かを誘ってるのかと思うと、段々腹が立ってきて、ムカついて苛ついて……オマエに好意を抱き始めていたが、転じて、嫌いになっちまったかと思ったな」
「……大寿くん」
酒の力を借りて本音を漏らしてるのか。
オレが連絡しなかったから、不安になって不機嫌になってしまったのか?
オレから連絡しないと会えない関係で、オレの一方的なものかと不安になってたけど、大寿くんもオレに好意を寄せてくれていたのか。
そう思うと、怒ってる大寿くんが、可愛らしく感じてきた。
「待っていてもオマエから誘ってこなそうだし、会って確かめたくて誘った。オマエは以前のようにグイグイこないし、距離が遠くなったのを感じて苛っときて、だがこうして一緒に居るとやはり凄く嬉しくて、テメェのこと、凄く好きだと分かったのがな……ムカついたんだよ」
大寿くんは、また険しい顔になった。顔だけ見ると怖いけど、言ってることは……。
凄く好きって……。
友情だろうけど、なんだかくすぐったくて、照れて、顔の内側が熱くなってきた。
「大寿くんはオレのこと、どーでもいいのかと思ってた」
「んな訳ねーだろ!」
なんだかスゲー嬉しくて、泣いてるような笑ってるような顔になってるかもしれない。
大寿くんは続けた。
「オレからも誘いてぇとずっと思ってた。オマエと交流するようになって孤独感がなくなって、内心ではオマエのこと猛烈に渇望していた。だがオマエが積極的に交流してくるから甘えていた。本当はオマエに必死なのバレたらダセェだろ。だから、気のない振りしてたんだよ……はぁ〜…言っちまった。意地張って結局暴露してダセェな」
大きな溜息を吐いて頭を抱える大寿くん。耳が赤いのは酔ってるから?
オレはさ、オレの方こそ必死だと思ってたよ。
「大寿くん、オレは最近、ダセェのもいいと思ってるよ。人間味あるし、それに、必死な大寿くん、すげぇカッケーよ」
それに、心が揺さぶられる。
オレは手を伸ばして大寿くんの大きな手に触れた。すると、大寿くんはオレの手を取って、テーブルの上で優しく握ってきた。そのぬくもりに、ハートまで温かくなってくる。
金の双眸に真っ直ぐに見つめられる。彫刻に整っている精悍な顔立ち、熱を持った瞳の中にオレが居て、オレだけしか映してないようで、ドクンドクンと心臓の鼓動を大きくなるのを感じる。
「今のオレは、人生で一番カッコ悪ぃ醜態晒してる自覚があるんだが」
「大寿くんこと、カッコ悪いなんて思ったことねぇよ。でも大寿くんにとってオレはダサいだろうし、本当はオレと会いたくねぇのかも、迷惑かけてるのかも、一方的な片想いかなと臆病になってて、今日誘ってくれてすげー嬉しかった。ありがとう」
破顔した。
オレの想いがどのくらい伝わるか分からねぇけど、ありったけの愛を込めたつもりだ。
友愛だけではない想いも。
「……三ツ谷。ったく、テメェってやつは……ッ、」
……また怒らせちまったようだ。
「ここが店じゃなかったら、キスしてたからな!」
〜〜ッ、大寿くん、そんなこと言う?
キスより先に、キチンとした告白が告白が先だと思うけど。
揶揄ってるんじゃねぇよな?
キスって……友としてだけではなく、恋愛感情で好きと思っていいんだよな?
「じゃあ、この後、大寿くんの家に行っていい?」
「──ッ、覚悟しとけよ」
「……もっと夢中にさせてやるよ」
オレは余裕そうに笑った。
本当は余裕なんて全然ない。既にオレが大寿くんに夢中だ。
食事代は大寿くんの奢りだった。割り勘でいいと言っても、オレがオマエを誘った。オマエと食べたくて店を予約したと頑なで、今は揉めたくなくて、次はオレが奢ると、今回は甘えることにした。大寿くんは頼られて満足げだし、たまに甘えてみるのもいいかもしれない。奢られてもいいと思えるくらい、心許してるんだからな。
今日は特別な日でもなんでもない。
だけど特別な記念日になった。
そして、大寿くんの「愛してる」という愛の言葉や熱烈なアプローチの数々に少し戸惑ってしまうオレもいた。
だけどオレもこれからは自分の気持ちを抑えないで済む。オレも、愛してるよ大寿くん。
【おしまい】