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    p3neru

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    p3neru

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    注意⚠
    ・単行本未収録話のネタバレを含みます
    ・過去捏造あり
    ・本編終了後、諸々が解決して和解もできた時空のつもりで書いています。あまり出てきませんが天凡も和解済みです
    ・ファ編終了前に書き始めた作品なので描写がおかしいところがあります

    ただただラッキーが幸せになって欲しいという思いで書きました…!個人的な願望がつまりまくっています。

    ラッキーが甘やかされる話おいしいごはんを食べよう


    「ミーミンばっかりずるい!僕もラッキーの部屋遊びに行きたい!」

     きっかけは毎日の習慣となっているレイジロウとの通話の中で、うっかりミーミンが以前寮に遊びに来たことを漏らしたことだった。「次日本に行ったときには絶対遊びに行くから!」と張り切るのをなだめて通話を終わらせたわずか2日後、言葉通りレイジロウは学生寮に現れたのだった。

    「ここがラッキーの住んでる部屋・・・!」

    某テーマパークにはじめて訪れたときと同じ表情で、なんの変哲もない殺風景なワンルームを見回すレイジロウにラッキーは思わず苦笑する。

    「レイジロウ、来てくれてありがとう。でも仕事とか忙しいんじゃないのか?」
    「ラッキーに会うために全部終わらせてきたから大丈夫!しばらく休めるようにしてきたからいっぱい遊べるよ!」

    今日は夜までゲームしてから一緒に寝ようね!とちゃっかり泊まる気でいるキョウダイに笑顔で了承する。自分の部屋に学外の人間が、ましてや大好きなキョウダイが遊びに来るというのはなんとなくこそばゆいものがある。ロックとは何度か互いの部屋を訪れたことはあった。一方で、中学以前の友人とは連絡を取ることはあれど、こうして遊びに来てもらうという経験はあまりなかった。

    「あ、そうだこれ。お土産に買ってきたから一緒に食べよう。」
    「あ、ありがとう…なんかすごそうだけど、これ、どこのお菓子‥?」
    「向こうで偶然見つけたやつだから分かんないや。ほら、星型でラッキーみたいなんだよ!」

    ニコニコと笑うレイジロウが差し出したクッキーは、光沢のある箱に店名のロゴが大きく記されており、庶民派のラッキーにもわかるほど高価そうなものだった。レイジロウは値段をあまり気にしていないようだが、見るからに高そうなお菓子や雑貨をお土産として持ってきてくれる度、身に余る品に緊張してしまう。ともかくこれはちゃんと用意をして食べるべきものだと判断したラッキーは、恐る恐る箱を受け取ると、断りを入れて共用キッチンにお茶を入れに行くことにした。


    ラッキーが出ていった部屋をレイジロウはキラキラとした目で見回す。音上邸の自室と比べるとかなり小さく質素であるものの、ラッキーが暮らしているというだけで、部屋全体がキラキラと輝いているように見えた。あたりを見回しながら歩き回る足になにかに軽くぶつかり、足元を見れば大きな段ボールが無造作に置かれていた。ラッキーが通販でも注文したのだろうかと、なんとなく気になって蓋を開けたレイジロウは中に詰められたものを見てぴしりと固まった。


    「レイジロウごめん、待たせちゃって。」

    湯気が立つ2つのマグカップを載せた盆を持ち、ラッキーは自室の扉を開く。途中、レイジロウの宿泊許可を貰いに行っていたため、思ったよりも時間が経ってしまっていた。

    「レイジロウ…?」

     先程まで興奮していた様子だったレイジロウはこちらに背を向けて床に座り込みピクリとも動かない。流石に待たせすぎてしまったかと焦って近づいたラッキーは、レイジロウの足元にあるものを見つけて固まった。

    「ねぇラッキー、これ、何?」
    「いや、あの、これは…。」

    地を這うような低い声に思わず口ごもってしまう。レイジロウの見ていた箱には、いつものごとく嫌がらせ送られてきた消費期限切れの菓子パンがぎっしり詰まっていた。キョウダイの来訪を予期していなかったラッキーは次のゴミの日にでも処分しようとそのまま部屋に置いていたのだ。

    「ラッキー、もしかしていつもこんなものしか食べてないんじゃ…。」
    「違う!違うから!いつもはほら自分で作ったりしてちゃんと食べて、」
    「でも冷蔵庫にほとんど何も入ってなかったよ‥?」
    「うっ」

    痛いところをつかれて黙り込んでしまう。母親が残した十分な貯金と音上家からの支援があるが、なんとなく必要以上に手を付けることが心苦しく、私生活では節約を心がけて基本的に自炊を行っていた。とはいっても練習等に追われる日々で毎日きちんと食事を用意することは難しく、適当なインスタントで済ませるか、時間のないときは食事を抜いてしまうことも度々あった。そんな食生活を正直に言うわけにもいかず、なんと言い訳するべきかと頭をフル回転させるラッキーにレイジロウは渾身の力で抱きついた。

    「やっぱりラッキー痩せてる!このままじゃ、このままじゃラッキーが骨と皮だけになっちゃうよ!!」
    「れ、レイジロウ、苦し…。」
    「ラッキー死なないで!!!」

    轟音の名に恥じない腕力で締め上げられている現状のほうがよっぽど命の危機を感じるが、今のラッキーにそのことを伝えられる余裕はない。そんなことはつゆ知らず、何かを思いついたような様子のレイジロウはそうだ!と叫ぶと腕を解いてラッキーの肩をつかむ。

    「ラッキー!僕と美味しいもの食べに行こう!!」
    「えっ」


    あれよあれよというままにココレの運転する車に詰め込まれ、ラッキーは高級レストランの前に立っていた。坊ちゃまをよろしくお願いします!というココレの言葉を背に受け、身なりの良いウェイターに個室へと案内される。

    「前は僕の好きな焼肉に行ったから、今日はラッキーの好きなオムライスが美味しいところがいいと思ったんだ。」

     好きなだけ頼んで!と眼前に広げられたメニューを恐る恐る受け取り、横文字の羅列の中からスタンダードなオムライスを見つけて注文する。僕もおんなじのにする!とレイジロウも同じオムライスと追加で数品注文すると、すぐに料理が運ばれてきた。眼前に並べられたオムライスは、濃い黄色の卵に包まれており、特製のケチャップがたっぷりとかかっている。口にすれば、ふわふわの卵と香ばしいケチャップライスが広がり、ラッキーは思わず笑みがこぼれてしまった。レイジロウはそんな様子を嬉しそうに眺めていた。

    「おいしい!オムライス食べるのも久しぶりかも。連れてきてくれてありがとう、レイジロウ。」
    「ラッキーが喜んでくれてよかったよ!うん、ほんとにおいしいね。」
    「…なんか懐かしいな、レイジロウとオムライス食べるなんて。母ちゃんが作ってくれたときのこと思い出すよ。」

    日本に家族全員で暮らしていた頃、元気だった母手作りのオムライスが食卓に並ぶことがあった。高級店のものと比べれば劣るかもしれないものの、ラッキーにとっては母のオムライスが世界で一番だった。

    「…懐かしいね。母さんがみんなのオムライスにケチャップで色々かいてくれてったけ。ラッキーはいつも自分の名前だったね!」
    「レイジロウはいつもお星さまだったな。」

    まだ器用にケチャップをかけれない自分たちの代わりに、母はいつも目の前でケチャップをかけてくれた。その度、それぞれ思い思いのものをリクエストして描いてもらっていたのだ。ラッキーは自分の名前を、レイジロウはお星さま、ミーミンはマイフェアリー、ファンタは自分の似顔絵、ソラチカは雲や生き物などその時に興味をもっていたものを、シカトは父の似顔絵、そしてドンはモーツァルトやベートーヴェンの楽譜をリクエストし、毎度母を苦戦させていた。
    そんな懐かしくも温かい記憶を思い出して感傷に浸ってしまう。キョウダイとはこうして昔のように話せるようになったが、記憶の中のように大好きだった母のオムライスを食べることはもうできない。ふとした瞬間に母の死を改めて実感してしまうと、拭いきれない悲しみと寂しさがじんわりと胸に広がる。いつの間にか俯いていた顔を上げると、レイジロウが心配そうにこちらを見つめていた。

    「ご、ごめん、急に黙り込んじゃって。びっくりしたよな。あ!冷めちゃう前に早く食べ」
    「ねぇ、ラッキー。」

    慌ててごまかすように言葉を紡ぐラッキーを遮って、レイジロウはまっすぐにこちらを見ていた。そして、戸惑う俺の両手を力強く包み込むように握る。

    「今度は僕がラッキーにオムライスを作るよ。もちろんケチャップでラッキーの名前でも似顔絵でもなんでも好きなものかくから!…母さんのを超えるのは無理かもしれないけど、でもすごく美味しいのを作るから、その」

    食べてくれる?と不安げな眼差しで見つめられる。虚を突かれた顔をしていたラッキーは、やがてじわじわとレイジロウの言葉に実感を持ち始めて、くしゃりと顔を歪めた。4on4のときもそうだったように、一人にしない、味方でいるというレイジロウの言葉は何よりも嬉しくて安心できた。母のこと、ファンタとのことが重なって追い詰められていたあのときも、夕暮れの帰り道に輝く星のように、暗闇に沈んでいたラッキーを照らしてくれた。

    「…ありがとう。俺、レイジロウのオムライス、すっごく楽しみにしてるよ。」
    「うん!!ラッキーのために頑張るからね!」

    笑ってそう伝えれば、向かいのレイジロウからもまた満面の笑みが返される。包み込む手からあたたかな体温が伝わってきて、先ほど感じた冷たい寂しさが溶かされていくような気がした。

    そして後日、音上邸のキッチンにはココレに教えられながら料理に励むレイジロウの姿が見られるようになる。そして練習のためにと大量の卵が届けられたことで毎日食卓に卵料理が並ぶことになったが、それはまた別のお話。



    異種混合オーケストラ


    「ラッキーおはよ~!遊びに来たわよ~~。」

    休日の朝、ぐっすりと眠っていたラッキーは軽快な声で突然起こされた。目を開ければ眼前には新緑のカーテンの中でにこにこと笑うミーミン。驚いてガバリと跳ね起きる。

    「あ、起きた~~。」
    「な、なんでミーミンがここに!?」
    「ラッキーの部屋どこだろ~って、外から探してたら管理人さんが入れてくれたの~!」

    いつかのやり取りを思い出すような会話の後、あ、そうだ~と何かを思いついたようなミーミンは眼前にスーパーで見かけるような袋麺を見せてくる。

    「ジャポンといえば~メンメン!ラッキー一緒に朝ごはん食べましょ~~。」


    「おいしかった~!やっぱりメンメンは最高ね~~。」

    ミーミンの持ってきラーメンで朝食をすませ、ラッキーはいそいそと食器を片付ける。満腹になり満足した様子のミーミンは、床に寝転がってしまった。そんな彼女を行儀が悪いよとたしなめながらも、楽しげな様子に思わず笑ってしまう。

    「そういえばミーミンはなにかうちに用事でもあったの?」

     会ったときから抱いていた疑問を投げかけると、ミーミンは宝石のようにキラキラ輝く瞳を不思議そうに瞬かせる。

    「なんでってもちろんラッキーに会うためよ~~。」

    あ、それとね〜。と、突如立ち上がったミーミンは止める間もなく玄関を出て行ってしまう。しばらくして戻ってきた時には、彼女の体躯よりも大きいリュックを抱えていた。

    「これね〜お土産渡そうと思って持ってきたの〜!部屋に入れるの大変だから廊下に置いといてたの忘れてた〜〜。」

    そう言ってパンパンに中身の詰まったリュックをおろし、中身を並べ始める。リュックからはどこかの民族の仮面にアクセサリー、人形、そして見たことのないようなお菓子など様々な物が続々と出てきてあっという間に部屋がお土産で埋め尽くされてしまう。ラッキーはあっという間に足の踏み場がなくなった床にこじんまりと座りながら、星色の目を瞬かせた。

    「み、ミーミン、気持ちは嬉しいけどどうして急に?」

    世界を飛び回る姉が来日したときに会うことは何度かあったが、こんな風に寮に大量のお土産を持ってくることは初めてだった。

    「だって〜、ラッキーの部屋って物が少ないでしょ〜〜。さみしいな〜って思ったからいっぱいお土産持ってきたの〜~!」

    そう言ってミーミンは輝くような笑みを浮かべる。
     確かにラッキーの部屋は物が少ない。叔母の家に居候していた時には自分の部屋と呼べるようなスペースはほとんどなく、叔母と従兄弟の目も厳しかったため、学校の教材以外の私物はほとんど持っていなかった。寮に入ってからもその癖が抜けずに、必要最低限の家具しか揃えていなかったのだ。

    「私やみんなも遊びにくるけど〜〜、ラッキーはこの部屋に1人で住んでるでしょ〜。だからお部屋が寂しいのはだめよ〜〜。」

    そう言ってミーミンは床に広げたお土産を、手当たり次第に空いた棚やベットに並べていく。アクセサリー類は彼女とラッキーの頭や腕に飾られていった。そうしてあっという間に殺風景だった部屋がたくさんの人形や雑貨に彩られた。

    「だからいっぱい素敵な物を置いて賑やかにしたら、ラッキーも1人の時寂しくなくなるって思ったの〜〜!」

    私ってば頭いい〜!と、ミーミンは首や腕に余るほどつけたカラフルなビーズのアクセサリーをじゃらじゃらと振り乱しながら笑った。色とりどりの輝くビーズに彩られて、異国のお姫様のようにも見えるミーミンの笑顔につられて、ラッキーも綻ぶような笑みを浮かべる。

    「ありがとう、ミーミン。」

     そう言って極彩色のビーズの中で笑うラッキーの笑顔は優しくて、愛らしくて、嬉しくて、色んな気持ちがあふれるような気がして、ミーミンは思わずぎゅっと彼を抱きしめた。

    「わっ、どうしたのミーミン?」
    「なんでもな〜い!ラッキーはかわいいわね〜〜。」

    星型の頭をわしゃわしゃと撫で回しながら、力いっぱい弟を抱きしめれば、おずおずと温かい手のひらが自信の背中に回される。それがまた嬉しくて抱きしめる腕の力を強めると苦しいよミーミン、と苦笑まじりに言われた。
    しばらくそうして抱きしめあっていると、突然ミーミンがそうだった〜〜と叫んで体を離した。

    「お土産まだあったの忘れてた〜〜。」

    そう言って、だいぶ萎んだリュックからぽいぽいと少なくなった中身を取り出す。ラッキーが彼女の背後から覗くと、そこには弦楽器、打楽器、笛など様々な種類の、見たことのないような民族楽器が並べられていた。

    「色々あって面白そうでしょ〜!ピアノじゃないけど、ラッキーと一緒に演奏してみたいと思って持ってきたの〜〜。一緒に弾きましょ〜!」
    「うん、もちろん!」

    どこまでも自由なミーミンに思わず笑みを浮かべながら答えれば、ミーミンも嬉しそうに破顔して、手元にあった楽器を手渡してくる。
    そうして始まった2人だけの演奏会は、おもちゃ箱をひっくり返したかのようにしっちゃかめっちゃかな様相を呈していた。最初は、それぞれ思い思いの楽器を選んで、たまに互いの楽器を交換しながら演奏していたが、途中でマイフェアリーとも遊ぶ〜と言って、ミーミンがキーボードを取り出してから様子が一変した。彼女の演奏から飛び出したリボンと妖精があちこちを飛び回り、ラッキーにちょっかいをかけたり楽器の間を跳ね回りながら遊びだす。民族楽器で奏でられていた異国のリズムの中にミーミンのピアノが混ざったことで、あっているようなあっていないような、なんとも不思議で形容し難い旋律が生まれ、それがおかしくて2人で声をあげて笑いながら演奏を続けた。
    気がついた時には時計の針は何周もしていて、部屋は夕日に照らされてオレンジ色に染まっていた。時計を見上げたミーミンが、メロリと夜に会うという約束を思い出したことで、慌ただしく演奏会は幕を閉じることとなった。

    「本当にこれ全部置いていくの?」
    「ラッキーにあげるって言ったじゃない~。これでお部屋も寂しくなくなったわね~!」

    殺風景さが見る影もなくなった部屋を見回しながら聞けば、しぼんだリュックを背負ってミーミンが楽しそうに笑う。

    「あの楽器も置いていくから~、また演奏しにくるわね~。」

    弾むような足取りで玄関に降り立ったミーミンは、くるりと振り返ると整えられた美しい指をラッキーの指に絡ませた。そのまま肩口に顔を寄せられ、温かい体温とふわふわとした髪が頬に触れる。

    「ラッキーが寂しくなったら私を呼んでね~~。そしたらまたいっぱい演奏して笑いましょ~~!」

    今日は楽しかったわ~!と間近で嬉しそうに声が跳ねる。俺もだよと返したラッキーは微笑みながら、ひだまりのような体温を伝える手のひらを握り返した。


    ちなみに後日、部屋を訪れたロックはそのあまりの変貌ぶりに絶句することになった。



    思い出の中の匂い


    「ファンタってさ、大人っぽいよね。」

    休日の昼下がり、長い脚を投げ出してベットにもたれかかるファンタの姿をまじまじと見つめてラッキーがつぶやいた。


    ファンタが主催するイベントにたまたま参加することが決まり、打ち合わせのためにと、2人はラッキーの部屋に集まっていた。イベントと言っても、関係者だけで行われるような小規模のもので、当日の確認を行えば早々に打ち合わせが終わってしまい、なんとなく2人でだらだらと他愛のない話をしながら過ごしていた。

    「今更気づいたのかよ。もっと褒めてもいいんだぞー。」

    急に投げかけられた褒め言葉に、ファンタは目をぱちくりと瞬かせた。けれども流石に慣れている様子で、すぐにニヤリと笑うといつもの調子でからかい始めた。その自信満々な態度に少しムッとして眉を寄せる。不満を表すように少しだけ睨みつけるが、その視線はすぐにファンタの逞しい体躯に滑っていく。

    「なんだよそれ。でも俺達の中で一番でかいし、筋肉もついてるし…。」

    羨ましい、とほんの少し拗ねたように呟く。
    キョウダイ達は皆、モデルばりの体型をしているが、中でもファンタはとにかくずば抜けて大きい。テレビで成長した姿を見慣れているつもりだったが、実際にこうして会ってみて、その背丈が自動販売機とそう変わらないと気づいた時には思わず真顔になってしまった。加えて日頃から鍛えているのか、その身長に見合った筋肉がしっかりとついている。よく着ているタンクトップから引き締まった腹筋やラッキーの倍はあるだろう太さの二の腕が覗くたび、同じ日に生まれたキョウダイなのにどうしてこんなにも差がついたのだろうと考え込んでしまう。
    そんなことを思いながらしげしげとファンタの筋肉を見つめていたが、ふと、先程から返事がないことに気づいて顔を上げると、ラッキーを黙って見ていたファンタと視線がぶつかった。その瞳になぜか剣呑な光が見えて、見すぎて怒らせてしまったかと、体がこわばった。

    「…誰かになんか言われたのか?」
    「いや、そんなんじゃなくて、ただ…その…ファンタと並んだ時にさ…」

    たまたまSNSで見かけた投稿。遭遇を喜ぶファンのコメント共に載せられていたのは、ファンタとその隣に立つラッキーを写した写真だった。ラッキー自身そこまで身長が低いわけではないが、ファンタと並んでしまうとどうしても相対的に小さく見える。加えて、外見に気を使うファンタは普段から大人びた服装をしているため、隣に立つ自分がどうにも子どもっぽく見えるように思えて、ずっと気にしていたのだ。それこそファンタと会う時にはシークレットブーツを買おうか真面目に検討するほどには。
    そんな悩みを正直に伝えるわけにもいかず、口籠もるラッキーを見つめていたファンタは、一つため息をつくと、不意に立ち上がった。

    「よし、今から買い物いくぞ。」
    「え?何で急に」

    トレーナーを羽織ってさっさと支度を整えるファンタは、戸惑うラッキーを見下ろしていたずらっぽく笑う。

    「かっこいいファンタ様が、ラッキーくんに色々見繕ってやるよ。」


    「これで服は大丈夫だろ。じゃ、次こっちなー。」

    連れられるまま街へ出て洋服屋だけですでに3軒、ファンタの選ぶ服を試着してはまた新しい服に着替えての繰り返しだった。店員とファンタの間では聞いたこともないようなファッション用語が飛び交い、普段そこまで服にこだわらないラッキーはもう何が何だか分からず、途中からされるがままになっていた。会計の金額に気が遠くなりながらもどうにか買い物を終え、紙袋を抱えて外に出た頃には、ラッキーは謎の疲労感に襲われていた。そんなラッキーとは対象的に、ファンタは涼しい顔で次の目的地を指し示す。

    「まだ行くの!?」
    「当たり前だろ、俺みたいに身だしなみに気を遣わないとモテないぞー。」
    「余計なお世話!」

    そんな軽口をたたきながら、腕を引かれて次の店へと連れて行かれる。せめてこれまでファンタが払った服代を返させてほしいという、ラッキーの切実な訴えは黙殺された。


    連れて行かれた先は、ファンタも利用するという香水専門店だった。今度こそは自力で選ぼうと意気込んだラッキーであったが、試したテスターが二桁に近づいたところで、だんだん鼻がおかしくなり、今嗅いでいる香水が何の匂いなのかも判別しづらくなってきた。そこで流石に見かねたファンタが店員と2、3言会話し、おすすめされた商品を変わりに試し始めた。

    「お、これなんかいいんじゃねーの。」

    順にいくつか試していたファンタが、ピンときたように一つの瓶を手に取る。シンプルなガラス瓶の中では透明な液体が揺れ、照明の光を受けてキラキラと輝いていた。ラッキーも回復してきた鼻で試してみれば、ふわりと控えめだが清涼感のある花の香りがした。
    その香りをどこかで嗅いだことがあるような気がして、匂いを頼りに過去の体験を辿っていけば、一つの思い出に行き当たった。

    「気に入らなかったか?」

    ファンタの声で意識が現実に引き戻される。顔を上げれば、頭上の顔が急に呆けたラッキーを訝しそうに見つめていた。

    「ううん!すごくいい香りだと思う。その、ちょっと昔のこと思い出してさ。」
    「昔のこと?」
    「うん。ほら、子供の頃、一緒に庭で花を摘んでいったことがあっただろ。あの時の花の匂いに似てるなって思って。」
    「よく覚えてるな匂いなんて…。あー、確かに言われてみればこんなんだったよーな。」

    もう一度香水の匂いを嗅いだファンタは、過去の光景を思い出すかのように目を細める。同じようにラッキーももう一度試してみれば、暖かな陽の光が差し込む庭の光景が目の前に蘇った。
    遠い春の記憶。二人が庭で遊んでいた時、きっかけは忘れてしまったが母に花をプレゼントしようという話になった。それぞれ思い思いに野花を詰んで、選んだ花を互いに見せあうと、ファンタはオレが選んだ花が一番カッコイイと笑い、ラッキーも少し呆れながらファンタの花を褒めた。そうしてできた即席の花束を持って、これならきっと喜んでもらえると、二人して肩を組んで母のもとに向かった。予想通り、というかそれ以上に母は2人のプレゼントを喜び、優しい手でラッキーとファンタの頭をなでて、抱きしめてくれた。
    あの時から10年の断絶を経て、2人の関係は大きく変わり、暖かく2人を抱きしめてくれた母も逝ってしまった。それでも紆余曲折を経て、またこうしてファンタと話す事ができて、隣に立てることがラッキーにとってはたまらなく嬉しかった。そんな思いで2つ上の兄の顔を見上げていれば、ふと視線があって微笑まれた。

    「すいません、これにします。」
    「あ、流石に自分で払うよ。これ以上は悪いし…。」
    「いいから、気にすんな。」

    いつの間にかファンタはカードを取り出してさっさと会計を済ませてしまう。申し訳なく思いながらも、その手慣れた様子に、普段から慣れているんだろうなと呆れと羨望の混じった目を向ければ、視線に気づいたファンタにわしゃわしゃと頭を撫で回された。
    そうして一通り買い物を終えた頃には日もすっかり傾いていて、いい時間だからついでに夕飯を食べていこうと言う話になった。

    「あ、そうだラッキー、これもやるよ。」
    「ありがとう…、なにこれ?」

    ファンタのマネージャーの車での移動中、ラッキーは薄紫の液体が入った小さなビンを手渡された。

    「香水のアトマイザー。喜べよ、俺も使ってるやつだからお揃いだぞー。」
    「はいはい」

    呆れ混じりに返しながら蓋を開けると、たしかにファンタと会うときに嗅ぎ慣れたのと同じ香りがした。華やかで大人びた、まさに兄のイメージにピタリと当てはまるようなその香り。使いこなせるか不安に感じながらも、ラッキーは内心、お揃いという言葉に少し浮かれていた。
    昔はキョウダイでお揃いの持ち物を持っていたこともあったが、ラッキーが音上ではなく園田になったときに手放さなければならなかった。離れて暮らすようになってからテレビで初めてキョウダイたちの姿を見た時、揃いのアクセサリーを見つけたあの時、もうキョウダイの中にラッキーの居場所はなく、繋がりも絶えてしまったのだと突きつけられたような気がした。
    あれから様々な困難を経て、今では、完全に元通りとはいかずとも、こうして笑って言葉を交わせるようになり、キョウダイたちも揃いのアクセサリーを身につけることは少なくなった。それでも、凡才に対する罰なのだと言い聞かせることで受け入れようとした、あの深い悲しみと絶望が入り混じった感情をラッキーは完全に忘れ去ることはできなかった。
    周りをよく見ているファンタのことだから、そんなラッキーの思いを何処かで察して、この“お揃い”をプレゼントしてくれたのだろう。

    「…嬉しいよ、ありがとうファンタ。」
    「おーよ」

    ラッキーが僅かに震える声でもう一度感謝を伝えれば、わざとらしくそっぽ向いたファンタがなんでもないように答える。

    「優しいオニーサマに感謝するんだな。」
    「オニーサマって…、俺たち七つ子だろ。」
    「世間的には俺のが兄貴だろ。」

    そんな他愛のない言い合いが可笑しくて、どちらともなく顔を見合わせると子供の頃のように笑った。



    あなたの音を独り占め

    「久しぶりラッキー、遊びにきたよ。」
    「急だね!?まぁでもいらっしゃい、遊びに来てくれて嬉しいよ。」

    これといった予定もなく、のんびりと部屋で過ごしていた日、突如インターホンが鳴らされたかと思えば、画面にはニコニコと笑うひとつ上の兄が映っていた。最初は驚いたが、ミーミンの突撃訪問を定期的に受けていれば、キョウダイの突然の来訪にも流石に慣れてくる。部屋に上げて、多めにストックしているお茶を用意すれば、ありがとう、とソラチカが微笑んだ。

    「それで、今日はどうしたの?」
    「ラッキーの顔を見に。最近みんな面白いことをしてるみたいだね。」

    ソラチカがじっと見つめる先にはミーミンの持ってきた謎のお面や、ファンタがプレゼントしてくれた香水の瓶が置かれている。この部屋もキョウダイの贈り物のお陰で最初の頃よりもずいぶんと物が増えた。

    「あぁ、この香水とか、ミーミンのお土産のこと?」
    「うん。それに、レイジロウも最近よく料理の練習をしてるから。」
    「レイジロウ仕事忙しそうなのに…、後で無理しすぎないでって言っておかなきゃ…。」

    ここ最近の音上邸では毎日のようにオムライスの試食が行われ、味を変え焼き方を変え朝昼晩3食オムライスが出されることもあるが、ソラチカは特にその事には言及せず、笑ってとラッキーを見つめていた。

    「だからね、俺もラッキーにプレゼントを用意したんだ。」
    「ソラチカも!?気にしなくていいのに…。」
    「俺がやりたくて用意したんだから気にしなくていいんだよ。ほらラッキー、手を出して。」

    言われるがままに手を差し出せば、何かの鍵を手渡される。最初は何かのキーホルダーかと思ったが、どうやら本物らしい。頭上にハテナマークを浮かべるラッキーは、微笑みを浮かべるだけで一向に説明する様子のないソラチカに問いかける。

    「ありがとう、…ところでこれ、何?」
    「鍵だよ。」
    「いや、そうなんだけど何の、」
    「ラッキーに部屋を買ったんだ、その鍵。」
    「へや……、部屋!?」

    驚きのあまりラッキーは思わず鍵を投げ出してしまいそうになる。ここ最近キョウダイ達が色々気にかけてくれていたのは分かっていたが、流石に部屋は予想外すぎる、というか貰ったところで持て余す気しかしない。目の前のキョウダイは慌てふためく彼を見てふふふと面白そうに笑うと、立ち上がった。

    「せっかくだから今から見に行こうか。」
    「ちょ、色々とちょっと待ってソラチカ、」
    「安心してよ、部屋にはピアノも用意しておいたから。」
    「何も安心できないけど!?」

    部屋とピアノ、プレゼントのスケールの大きさと予想される金額に固まるラッキーの手を、体温の低いソラチカの手が優しく引いた。


    そのままソラチカに案内されて連れて行かれた先は、一等地に立つマンションだった。ただでさえ状況が飲み込めず、マンションを見上げて恐れ慄くラッキーの腕を弾いて、ソラチカはマイペースに進んでいく。オートロックのロビーを通り抜けて、磨き上げられた廊下を歩く、道中でソラチカが何か設備について説明していたような気もするが、緊張でいっぱいのラッキーの耳には入ってこなかった。
    そうして案内された部屋は寮の部屋とは比べ物にならない広さだった。居候していた叔母の家もかなり広かったが、それと同じ、いやそれ以上かもしれない、何だか眩暈がしてきた。

    「家具は元からついてるし、見てきた通りセキュリティも万全だから安心して。」
    「ソ、ソラチカ、せめてお金半分出させて……。」
    「言ったでしょう、俺がしたくてしてるんだから気にしないで。」

    申し出をすげなく断られて項垂れると、頭上からくすくすと楽しそうな笑い声が降ってくる。いくらキョウダイとは言え、いやだからこそ流石にタダでは貰えないと、細められた空色の瞳に訴え掛ければ、しょうがないとでも言いたげに兄が口を開いた。

    「そんなに気にするなら、俺がこの部屋の合鍵持っててもいい?」
    「もちろんだよ!というか、ソラチカが買ったものだし…。」
    「それは気にしないで使ってよ。」

    ソラチカの言葉に、固まっていたラッキーの表情が安心したように砕けるのがなんだか面白くて、いっそう楽しげに頬を緩ませた。ひとつ下の弟は、こちらの言動一つで表情がコロコロと変わるので見ていて面白い。

    「楽しみだよ、ここは空港にも近いから、日本に来た時にはいつでも遊びに来れるね。そうだ、ラッキーはまだ卒業後住む場所決めてないでしょう。折角だからここにしなよ。」
    「あ、うん、ソラチカが言うならそうしようかな…。」

    弾んだ声で語りかけるソラチカが、何をそんなに喜んでいるのかは正直よく分からないが、まぁ楽しそうならいいかと申し出を受け入れる。そうすればその顔がますます綻んで、用意したピアノも見に行こうと、手を引かれた。

    「ここがピアノ部屋。防音もしっかりしてるところだから、何時でも弾いて大丈夫だよ。」

    案内された部屋は予想通り広く、中央には大きなグランドピアノが置かれていた。なんだかもう色々とすごすぎると、ラッキーは緊張のあまりこわばった笑みで頷くことしかできない。ソラチカはそんな弟の様子を面白そうに見つめながら、これは知り合いにもらったものだから気にしなくていいんだよと、声をかけた。
    つるりとした光沢のある表面を軽くなでて蓋を開ければ、二人が慣れ親しんでいる88の鍵盤が姿を現す。古い型のため少々年季は感じられるが、綺麗に手入れされており、埃一つ見当たらない。調律もきちんとされているようで、袖をまくったソラチカの白い指がラの鍵盤を数回叩けば、耳馴染みのある音が聞こえてきた。そのまま他の音へと指を動かすソラチカの背をラッキーはなんとなく見つめていた。

    「寮生活だと弾ける時間も決まってるだろうから、練習したい時いつでも使いなよ。」
    「いいの?意外と時間が限られているから、コンクール前とか困ってたんだ。」

    音高の寮とはいえ、共同生活の場である以上、なるべく夜半の練習は控えなければならない。コンクール直前など、どうしても練習したいときは運の住む合宿所に赴いていたが、寮から遠いためなかなか気軽には足を運べない。そのため、寮からも近いこの場所で練習ができるというのは、ラッキーにとってありがたい話だった。嬉しいと率直に伝えれば、微笑みが返される。

    「俺も嬉しいよ、ここに来ればいつでもラッキーの演奏を聞きに来れるね。」
    「そう言われると緊張するなぁ…。でも、」
    「うん?」
    「…ソラチカが聴きたいのは俺のピアノじゃないだろ?」

    その言葉に、ぴしり、とピアノに向き合っていたソラチカの背が固まった。神と称されるキョウダイの瞳がまっすぐにラッキーに向けられる。感情を読み取りづらいその目に、困惑が浮かんでいるような気がして、ソラチカでもそんな顔をするのかと内心少し驚いた。
    優しく有りたいと望んだ凡才は、自分の中にある天才を認めることができないまま目的を失ったことで、意識の奥底へと封じられた。しかし友人たちやキョウダイの尽力のおかげで天才と凡才は互いに向き合う機会を得て、ようやく互いを認められるようになった。
    そうしてラッキーは天才と凡才のどちらかだけではない、新しい選択肢を選ぶことができた。今でもラッキーの中に天才はいて、互いに気が向いたときに交代している。ソラチカが聞きたいのは天才の演奏であって、凡才の自分の演奏を聞いてもしょうがないのではないか、という思いからの問いかけだったが、ここまで動揺されるのは予想外だった。
    そんなラッキーの思惑に気づいたのか、僅かに表情を歪めたソラチカは小さくため息を吐くと、戸惑うラッキーを見据えて口を開いた。

    「…誤解をさせてしまったみたいだけど、俺は今のラッキーの演奏も面白いと感じているし、素晴らしい演奏だと思ってるよ。」

    最高の未知を教えてくれた彼との日々がソラチカにとっての一番であることに変わりはない。けれど、天才と凡才を内包して新しい未知を見せた現在のラッキーの演奏も、夜空で輝く星のように、何にも代えがたいものだと感じていた。

    「天才の君の演奏はもちろん最高に未知で素晴らしいものだけれども、俺は今のラッキーの演奏も好きだから、聴かせてほしいと思ってるんだ。」

    青空をそのまま閉じ込めたような瞳がまっすぐにラッキーの瞳を見つめてくる。真剣に訴えてくるその目から瞳をそらすこともできずに、なにか答えねばと口を動かそうとした。ソラチカが自分の演奏をそんな風に捉えているとは予想もしていなかったラッキーは、嬉しいような恥ずかしいような感情でいっぱいになり、結局照れたように下手くそな笑みを浮かべることしかできなかった。

    「…ありがとう。ソラチカに楽しんでもらえるように練習頑張るよ。」
    「今のままでも十分素敵だよ。でも、これからのラッキーの演奏も楽しみにしてる。そうだ、久しぶりに連弾しようか。」
    「うん、“ぼく”とも話せるといいな。」
    「そうだね、楽しみだ。」

    誤解がとけたからか、心なしか安心した様子の兄は、ピアノの前に置かれた椅子に腰掛け、空いたスペースをポンポンと叩く。呼ばれるままに腰掛ければ、嬉しそうに微笑まれた。そのまま演奏の準備をしていると、ふと思いついたようにソラチカが耳元に口を寄せた。

    「ねぇラッキー、お願いがあるんだけど」
    「なに?」
    2人きりにも関わらず内緒話をするような距離を不思議に思いながらも、その「お願い」が気になってしまい、耳を傾ける。
    「この部屋でラッキーの演奏を聴かせるのは俺だけにしてね。」
    「え、いいけど…、どうして?」

    その不思議なお願いの意図を聞いても、兄はふふふと意味深げに笑うだけで何も返さない。ラッキーはやっぱりソラチカの考えていることはよくわからないなと苦笑した。



    薔薇を一輪


    抜けるように青い空、日本とは違う汗ばむような乾いた空気、肌を焼く強い日差しに手のひら越しの目を細めた。

    夏休み、ラッキーは帰省するというミーミンに誘われてイタリアの音上邸を訪れていた。日本から飛行機で12時間、ようやく今朝到着したラッキーはキョウダイたち、特にレイジロウからの歓迎を受けた後に荷をおろし、邸宅を見て回っていた。
    日本に家族全員で暮らしていたときの家も広かったが、現在の音上邸はその倍はあるのではと思うほど広くて大きい。豪奢な装飾や、数多くのピアノが置かれた部屋を見て回っていたラッキーは、邸内をあらかた回り終えて庭へ出ていた。邸宅の周りに広がる庭は美しく整備されており、新緑の葉や色とりどりの花々が日光を受けて輝いていた。よく手入れされた植物たちを眺めながら散歩している中、庭木の間にひときわ目立つ銀色を見つけて足をとめる。それが長らく会っていなかった弟の後ろ姿だと気づいたときには、自然とその方向に歩きだしていた。

    「シカト!」
    「…なんだ、ラッキーか。」
    「久しぶり、元気だった?」
    「別に、普通だけど。」

    振り返ったシカトは面倒くさそうに眉をしかめる。相変わらずのそっけない返事に思わず苦笑を浮かべた。眼の前の弟はさっさとここを立ち去りたいとでも言いたげだったが、ふと何かに気づいたように視線をラッキーへと向ける。そのまま頭の先から爪先までじろじろと見つめると、ニヤリと笑った。

    「しばらく見ない間に身奇麗になってるじゃん。」
    「あぁうん、これはファンタが」
    「知ってるよ。さっき玄関でレイジロウが騒いでたじゃん。」
    「聞こえてたんだ…」

    一番に出迎えてくれたレイジロウは、ファンタがプレゼントした服を見るなり「ファンタばかりずるい!」と羨ましがりながらラッキーに抱きついた。一方でマンションの話を聞いたファンタは「部屋ってお前…」と若干引きながら苦言を呈し、ソラチカはそれを笑って受け流して、ミーミンはその様子を仲良しね~と気楽に眺めていた。万力ばりの力で抱きしめてくるレイジロウを落ち着かせるのは大変だったなと、今朝の出来事を思い出してラッキーは遠い目をした。

    「あれだけ騒げば聞こえるに決まってるじゃん。まあでもいいんじゃない、あのみすぼらしい格好で父さんの視界に入られるよりかはマシ。」
    「ははは…、父さん俺の服なんて見ないと思うけど…。」

    邸内を歩いている途中、ラッキーはたまたま楽音と出くわしていた。過去のトラウマじみた思い出から思わず固まるラッキーに対して、楽音は感情のない瞳で一瞥した後、何も言わずに去っていった。父がどう思っているかは分からないが、歓迎もされなかったが追い出されることもなかったということは、とりあえず滞在は許されているのだろう。

    それにしても、とラッキーはシカトを見て思う。来日することも少なく、父について回ることの多い弟とこうして二人きりで話すのは本当に久しぶりだった。思わずまじまじと見つめていると、訝しげに見上げられた。

    「何?そんな目で見ても、他の奴らみたいに僕からお前にあげるものはなにもないけど。」
    「いや、そんなつもりじゃ、ただ久しぶりに顔見れて嬉しいなって思っただけで、ほんと期待とかしてないから!」
    「…あっそ。」

    誤解を解こうと必死に言葉を並べるが、「期待とかしてない」と言った途端、なぜかより不満げに顔をしかめられた。何か怒らせるようなことを言ってしまったかと更に焦るラッキーを無視して、シカトはこちらに背を向けてしまう。

    「あ、待ってシカト!」
    「ここにいて。」
    「へ?」
    「動いたら許さないから。」

    振り返ってそう言い残すと、くるりと踵を返して庭木の間に姿を消してしまう。
    取り残されたラッキーは、やはり何かまずいことを言ってしまったのだろうかと悩みながらも、弟の剣幕に押され、追いかけるわけにもいかず座り込んで待つことにした。

    本当に戻ってくるだろうかと不安になり始めた数分後、足音とともにシカトが再び姿を見せた。何か声をかけねばと慌てるラッキーを遮って、その眼前に拳を突き出す。その手には一輪の真っ赤な薔薇が握られていた。

    「あげる。」
    「えっ、あ、ありがとう!」
    「別に、ラッキーが物欲しそうな目してたから恵んであげるだけだし。」

    そう言ってシカトはまたそっぽ向いてしまう。受け取った薔薇は、今しがた摘んできたのかみずみずしく日光を受けて輝いている。美しく真紅に染まった花弁からは芳しい香りがした。棘の抜かれた薔薇を見つめていると、そう言えば前にも同じような出来事があったことを思い出した。

    「なぁ、昔俺が熱出して一人で寝込んでたことあっただろ」
    「はぁ?何急に?」
    「あの時枕元に薔薇を持ってきてくれたのって、」
    「知らない。」

    ラッキーの言葉を強引に断ち切ったシカトは、くるりとこちらに背を向けてしまった。その反応は思い出の中の幼い彼と全く同じで、思わず笑みを浮かべるれば、何ニヤニヤしてるの、と睨まれた。

    思い出したのはまだ幼かった頃の出来事、熱を出して寝込んでいたときのこと。
    他のキョウダイたちに移したら大変だということで、ラッキーは一人個室に隔離されていた。その時はまだキョウダイと一緒にいるのが当たり前で一人ぼっちに慣れていなかった、そこに発熱の苦しさも重なって、しんとして静かな個室で心細く寂しい思いをしていた。そんな時、熱で朦朧としていたラッキーが目覚めると、枕元に一輪の薔薇が置かれていた。置かれてから時間が立っていたのか薔薇はすこししおれていたけれど、誰かがこれを置いていってくれたという事実が、自分は一人ぼっちではないのだと言われているような気がして嬉しかった。
    きっとキョウダイの誰かが置いたのだろうと、回復した後に聞いて回ってみたが、全員が知らないと首を振った。シカトにも当然そのときに聞いていたが、同じように知らないと言ってそっぽ向かれてしまった。ちょうど、今と同じような顔をして。

    「シカトって優しいよね。」
    「知らないって言ってるでしょ。」

    弟はしつこいと言いたげに眉を歪める。10数年越しに送り主がわかった喜びと、自分のために薔薇を摘んできてくれたことが嬉しくて、ラッキーはどうしても顔がふにゃりとにやけてしまった。
    あのときの薔薇は熱が引くまで握っていたからすぐに萎れてしまって、幼いラッキーは大泣きすることになった。今度はなるべく長く、大事に飾っておこうと、手の中の薔薇を慎重に持って、シカトをまっすぐに見つめる。

    「今度は大事にとっておくね。」
    「…どうせすぐしおれるよ。」
    「そしたら押し花にする!」
    「はぁ?なんでそこまで」
    「だってシカトがくれたものだから。」

    だから大切にしたいんだと、灰色の瞳を見据えて答えた。
    大切なキョウダイの中のたったひとりの大切な弟。そんな弟からのプレゼントはシカトにとっては取るに足らないものであっても、ラッキーにとっては宝物のように思えた。

    「…ウザ、好きにすれば。」

    そう言って今度こそシカトは背を向けて去っていった。その表情をうかがい知ることはできなかったが、銀髪の間から覗いた耳はうっすらと薔薇と同じ色に染まっていた。



    音上ドンの音楽教室


    うららかな昼下がり、ラッキーは音上邸の長い廊下を歩きながら、目当ての人物を探していた。キョロキョロとあたりを見回していると、どこからかピアノの音とファンタジーが現れる。音を頼りに進んでいけば、大きなピアノ部屋に行きついた。

    「ドン!練習中にごめん、今いいかな。」
    「かまわないぞ、ラ、ラ、…ラッパー。」
    「ありがとう。あと俺の名前はラッキーだよ。」

    名前を訂正しながら、相変わらずの様子に思わず笑ってしまう。演奏の手を止めたドンは不思議そうな顔でこちらを見つめていた。

    「その、ドンさえ良ければなんだけど、俺の演奏見てほしいんだ。人の意見が聞きたくて…。」

    近くに控えたコンクール、課題曲はこれまでよりも難易度の高い曲だった。寝る間を惜しんで暗譜とアナリーゼを行って、なんとかミスすることなく弾けるようにはなったが、どうにも演奏に何かが足りていない気がする。ひとりで楽譜と向き合って考え込んでみれば、だんだんと煮詰まってしまい、客観的な意見を求めて音楽家にも詳しいドンの元を訪れたのだ。

    「いいぞ、聞かせてくれ。」
    「本当に!?ありがとう!」

    仕事で忙しいだろうから断られても仕方がない、そう思っての申し出だったが、意外にもすんなり承諾してくれた。

    「通しで一度演奏してみてくれ、気になった点は後でまとめて指摘しよう。」
    「うん、お願い。」

    ドンが譲ってくれた椅子に座り、鍵盤に向かい合う。直ぐ側からの視線をひしひしと感じ、ラッキーは思わず緊張で体がこわばらせる。集中するために目を閉じて一度大きく深呼吸をすると、眼前の鍵盤に手を伸ばした。


    「…ごめん少し休憩していいかな。」
    「む。そうだな、一息つくか。」

    練習すること3時間近く。長時間集中した反動で、ラッキーは目が回るような心地がした。楽譜から目を離しても、まだ視界で五線譜が踊っているような気がする。
    ドンの指導は子どもの頃と変わらず、いや、それ以上に厳しかった。

    「ふむ、悪くはないがこの曲はもっと……、もう一度弾いてみてくれ。」
    「この章節は作曲家の苦悩を現したパートだ。もっと表現を…」
    「悪くない。だが、時代背景を考えると…」
    「むぅ、いっそ作曲家の母国語で解釈し直してみるべきか…」

    といった具合で、演奏の細かい点まで3時間みっちりと指摘された。だがお陰で、最初の頃よりもだいぶ満足の行く演奏ができるようになったと思う。
    自分の中の天才の力を借りれば、ここまでやる必要はなかったかもしれないが、練習を通して一つずつできることが増えていく感覚がラッキーは好きだった。それでもドンがいなければここまで上達できなかっただろうなと、兄のしかめ面を見上げる。

    「ドンはすごいよな、昔からいろんなこと教えてくれるよね。」
    「む、そうだったか。」

    答えるドンはわかっていないような顔をしていて、きっと覚えていないんだろうなと苦笑した。どこまでも作曲家たちへの敬意と演奏にストイックな長兄は、凡才のラッキーの演奏をしっかりと聞いて、いつも何時間も練習に付き合ってくれた。

    「うん、すごく勉強になったよ。俺ももっと色んな曲を弾きこなせるよう、練習しないとなぁ…。」

    暗譜に作曲家たちや音楽への知識をつけるなど、まだまだやるべきことはたくさんある。努力を続けないと、と改めて思うラッキーを見て、ふむ、とドンは考え込むような仕草をした。

    「…自分のお下がりでよければ、使ってない楽譜があるが、いるか?」
    「え、いいの?」

    願ってもない申し出に目を丸くすれば、ドンはもちろんかまわないと頷いた。

    「ファンタジーランドにも部屋を片付けるよう言われていてな、心苦しいが、少し楽譜を整理しなければと思っていたのだ。」
    「じゃあ…お言葉に甘えて…。」

    そう伝えれば、ドンの寄せられた眉間のシワが僅かに緩んだ。


    こっちだという燕尾服の背に着いていけば、“ドン”と彫られたネームプレートがかけられた扉の前に行き着いた。

    「おじゃまします…、わ、すごい、本がいっぱい!」

    部屋に入った途端、インクと古い紙の独特の匂いがする。室内には足の踏み場もないほど書籍と楽譜が積み上げられていた。どれもピアノと作曲家に関する書籍ばかりで、中には天井にまで届くほどに高く積まれているものもある。間取りは以前入ったレイジロウの部屋とそう変わらないだろうに、大量の本のせいかかなり狭く感じた。作曲家と曲の理解を何よりも大切にする長兄のことだ、きっとこの本の全てに目を通しているのだろう。

    「本当にドンって勉強熱心だよね…。」
    「まだまだ、偉大な作曲家たちを理解するには勉強不足さ。…あったぞ、これだ。」

    楽譜と本の山を丁寧にかき分けて、ずんずんと進んでいたドンは一つの山の前で足を止める。そこには練習曲から有名な曲まで、数多くの古びた楽譜が積み上げられていた。

    「こんなに!?貴重そうなものもあるのに、いいの?」
    「かまわない。このまま処分されるよりもラ…、ラザニアの演奏に生かされる方がいいだろう。」

    両手いっぱいに受け取った楽譜は、使い込まれた跡があり、空白にはびっしりと几帳面な文字で曲についてのメモが残されている。楽譜の端々からドンの曲に対する姿勢がうかがえて、ラッキーは改めて大切に楽譜を抱え直した。

    「本当にありがとう、ドン。俺もっと練習してドンや皆に負けないくらいのピアニストになるよ。」

    そうしてピアニストとしてもっともっと成長すれば、いつかはドンに自分の名前を覚えてもらえる日も来るのかな、なんてことを考えてラッキーは笑う。そんな弟を見て、ドンもふっと頬を緩めた。

    「あぁ、楽しみにしている。自分ももっと精進しよう。さて、練習の続きを…」
    ぐーー、と言葉を遮るように突如異音が部屋中に響き渡る。む、と眉をしかめたドンは自身の腹に手を当てた。昼過ぎから練習し始めて、時刻はもう夕方を指していた。
    「…その前におやつを食べるか、ライターもどうだ。」
    「いいの?いただこうかな。」

    あと俺の名前はラッキーだよ、と軽く訂正を入れながら並び立って部屋を後にする。ピアノの話をしながら歩き出す2人を、陽光が暖かく照らし出していた。
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    p3neru

    DONEソ→凡←天
    ⚠若干ですがソラ天要素があります
    両手に星薄闇に包まれた部屋の中、窓を叩く小雨の音に混じってピアノの音色が静かに響く。
    部屋の中央では、2人の少年がグランドピアノに向かい合っている。そんな彼らを包み込むように薄雲が漂い、空中には複雑な模様の惑星が浮かんでは揺れている。やがて、2つのファンタジーは徐々に境界を失って混ざり合っていき、この世のものとは思えない光景が室内に広がっていった。演奏の手はを止めずに頭上の惑星を見上げたソラチカは、この家に訪れた大きな変化を思い返していた。
     うるさいほど蝉が鳴いていたあの日、ソラチカは待ち望んだ彼との対面を果たすことができた。父に連れられたラッキーはソラチカを見るなり頬を赤く染めて、嬉しそうに微笑んで名前を呼んだ。そんな彼にペンダントを手渡せば、ますます顔をほころばせて、両手で大事に握りしめていた。それから時間の許す限り2人でピアノを弾いて、帰りの飛行機の中ではたくさんおしゃべりもした。キョウダイたちと対面したとき、レイジロウやファンタは酷く動揺していたような気もするが、あまり気にはならなかった。ラッキーが正式にデビューした後も、暇さえあれば2人で過ごすことが多い。一緒にピアノを弾いて、おしゃべりをして、時には外に出たりもして、長い間暗闇に閉じ込められていた彼は知らないことも、やりたくないことも多かったようだけれど、ソラチカはそんな彼の世話を焼くことも楽しかった。ようやく出会えた君は最高の未知を見せてくれた。演奏会でもその圧倒的な未知を持って、人々の視線をたちどころに奪ってしまう。17年もの間見つけられることもなく封じられていたファンタジー、劇薬にも等しい彼の演奏を一番近くで聞くことのできるこの時間がソラチカは好きだった。
    3171

    p3neru

    DONE注意⚠
    ・単行本未収録話のネタバレを含みます
    ・過去捏造あり
    ・本編終了後、諸々が解決して和解もできた時空のつもりで書いています。あまり出てきませんが天凡も和解済みです
    ・ファ編終了前に書き始めた作品なので描写がおかしいところがあります

    ただただラッキーが幸せになって欲しいという思いで書きました…!個人的な願望がつまりまくっています。
    ラッキーが甘やかされる話おいしいごはんを食べよう


    「ミーミンばっかりずるい!僕もラッキーの部屋遊びに行きたい!」

     きっかけは毎日の習慣となっているレイジロウとの通話の中で、うっかりミーミンが以前寮に遊びに来たことを漏らしたことだった。「次日本に行ったときには絶対遊びに行くから!」と張り切るのをなだめて通話を終わらせたわずか2日後、言葉通りレイジロウは学生寮に現れたのだった。

    「ここがラッキーの住んでる部屋・・・!」

    某テーマパークにはじめて訪れたときと同じ表情で、なんの変哲もない殺風景なワンルームを見回すレイジロウにラッキーは思わず苦笑する。

    「レイジロウ、来てくれてありがとう。でも仕事とか忙しいんじゃないのか?」
    「ラッキーに会うために全部終わらせてきたから大丈夫!しばらく休めるようにしてきたからいっぱい遊べるよ!」
    20094

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