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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    にょつ。🎈☆︎︎ ♀。9

    ここまで。終わり方が変なのは、私がまとめるのが苦手だからです。終わらせ方分からなくなりました。
    お付き合い、ありがとうございました(*' ')*, ,)

    にょつ。9(司side)

    「父さん、お願いがあるんだ」
    「なんだ?」
    「…昔断ってしまった婚約の話なのだが、もう一度考えてはもらえないだろうか?」

    目を瞬く父さんをじっと見つめれば、その目が細められる。ふわりと笑った父さんは、「どうしたんだ?」と問いかけてきた。怒っている様子も、責めている様子もない。ただ、優しく問いかけてくれている父さんに、自然と肩の力が抜けていく。

    「あの日、オレから断ってしまったが、やはりまだ類が好きなんだ。学院でも色々な者と関わってみたが、他の誰かでは嫌なんだ」
    「………彼は、王位に興味はなかったと思うが…?」
    「無いだろうな。類は、地位に惹かれてオレに取り入ろうとするような奴ではない。だが、興味がないからこそ、類が傍にいると安心するんだ」

    類がオレに関わるのは、地位が目的では無い。女性と知られてからあからさまに態度は変わったが、素行不良も直って今ではオレより成績がいい。以前程、類が色々な女性と会っているという報告もない。昔から馴染みのある御令嬢とは会っているが、それくらいだ。宣言通り、オレ以外に贈り物をしていなければ、お茶に誘う素振りもない。本当にオレだけと、示してくれている。
    ならば、それを信じてみたい。

    「勿論、類が断るなら潔く諦める。だから、もう一度考えてはもらえないだろうか」

    黙ったままオレを見る父さんを、じっ、と見つめ返す。
    断られる可能性も覚悟の上だ。国を背負う覚悟を、今から類に持てとは言えない。だがもし、オレが良いと言ってくれるなら、オレの為ならと頷いてくれるなら、オレは類が良い。類の隣にいたい。

    「司からこのまま話がなければ、こちらからもう一度提案しようと思っていたところだ」
    「! …なら……!」
    「彼の父親とは、そのつもりで話をしていたからな。すぐにでも良い返事が来ると思うぞ」
    「遅くても構わないから、…類の意思をしっかり確認してほしいんだ」

    安心したような表情で頷いた父さんが、使用人を呼んだ。婚約を申し入れる文をすぐに用意してくれて、それが類の家宛てに出された。
    その一連の流れをそばで見ながら、いつもより早く鼓動する心臓を手で押える。何故か緊張してきてしまった。類は、この申し入れをどう思うのだろうか。どんな反応をするのか。明日以降、類と顔を合わせた時、どんな顔をしたらいいのか。以前のようにオレを追いかけてくるだろうか。それとも、珍しく照れて素っ気なくされるだろうか。オレがそうならないように気を付けねばならんな。
    類と顔を合わせると考えるだけで、こんなにもドキドキしてしまっているのだから。

    「………喜んでくれたら、嬉しいな…」

    小さく呟いた声が父さんにも聞こえていたらしく、この後からかわれたのはまた別の話。

    ―――

    「落ち着いたかい…?」
    「………っ、……、…」

    ぐす、と鼻を鳴らすオレを抱き締める類が、穏やかな声で問いかけてくる。
    申込んでからの数日は、特に変化はなかった。いつ話が切り出されるのかと そわそわしてしまい、オレの方が挙動不審だったかもしれん。そうして漸く変化が現れたと気付いた時にはもう、類に避けられていた。挨拶をしてもあっさり離れていってしまうし、話しかければ用事があると逃げていく。その原因があの申入れだと気付くのに時間はかからなかった。
    予想はハズレ、類は喜びもしなかったのだ。そればかりか、オレを避けるようになった。それだけで、あの縁談が類にとって迷惑なものだったのだと気付かされた。

    (……断りたかったのなら、断ればよかったんだっ…)

    拗ねたように心の中で悪態をつけば、また涙が溢れてくる。
    王家からの申入れは断わり辛いと知っていたから、“類の意思を尊重する”と伝えたんだ。類にその気がないのなら、はっきりと断ってほしかったから。それなのに、返ってきた返答は色良い返事で、オレは勝手に期待してしまった。面倒な地位よりも、オレを選んでくれたのだと。オレのために、全てを背負う覚悟を決めてくれたのだと。期待して、少し恥ずかしく思いながらも類と顔を合わせたのに、いきなり避けられ始めたのだから、たまったものではない。最初は照れているのかもしれんと自分に言い聞かせたが、日が経つにつれてそうではないと気付かされた。
    そうして類の真意を確認するために追いかけて、その結果今に至るわけだが、もう全く意味が分からん。

    (キスをしろと言ったり、泣かないでほしいと言ったり、勝手にキスしたりしてくるくせに、縁談はこちらから断ってほしいと言うし、類が何を考えているのか全く分からんっ…!)

    話がしたいならキスをしろ、などと言われ、どれだけ困惑した事か。オレの想いが試されているのだと思って、恥ずかしいのを我慢してキスもしたというのに、『何をしてくれたんだ』と怒られる意味もわからん。しろと言ったのは類ではないか。
    抱き締めてくるくせに、離れたくないと言うくせに、オレをその気にさせるようなことばかり言うくせに、何故オレでは駄目なんだ。
    言いたいことが沢山あり過ぎて言葉が止まらなくなったオレに、類はあっさりとキスまでしてきた。落ち着かせるためならキスなんて簡単に出来るのか。オレは、あの一回でいっぱいいっぱいだったというのに。その慣れている感じも悔しくて、情けなくなってくる。
    そうしてまた泣き始めたオレを、類は抱き締めながら宥めてくれた。『ごめんよ』と謝って、頭を撫でていた。オレの気持ちに応えられないという、類なりの意思表示に聞こえて、余計に泣きやめなくなった。そうしてサボってしまった授業が一つ終わりかけとなり、漸く気持ちが少し落ち着いてきたところだ。

    「……ねぇ、天馬くん。確認させてほしいのだけど」
    「………………………なんだ…」
    「何故だか先程の言葉を聞いていたら、君の婚約相手は僕の様に聞こえてくるのだけど、気の所為かい?」
    「…………は…?」

    困ったように眉を下げてへらりと笑う類に、目が点になる。
    意味がわからん。全くもって分からん。何故今更そんな事を聞くんだ?! 他に誰がいる?! オレにキスまでさせておいて、今更なんなんだ?! それなら、今までの会話もなんだと思っていたんだ?!
    いや、もしかしたら、これも類の体のいい断り方なのかもしれん。知らなかったで通して、やはり無かったことに、と断るつもりなのだろう。でなければ、相手を知らぬまま受け入れたりしないだろう。

    「もういいっ…! お前なんか知らんっ!!」
    「答えてよ…! 君が自分で選んだ相手って、僕だったのかい?」
    「他に誰がいると言うんだっ?!」

    類の腕の中から抜け出そうとするオレを更に強く抱き締めてくる類に、大きな声が出た。何度も何度もオレばかりが一方的に類を好きなのだと思い知らされる。女性が相手なら誰でもいい類に、まんまと期待して告白しフラれた馬鹿はオレだ。そう返せば満足か。この女誑しっ!
    なんだか腹が立ってきて、身動き取れない代わりに類の背をできる限り叩く。早く離せ、と意味を込めてバシバシと叩けば、更に類の腕に力が入った。ぐぐぅ、と背が仰け反るほど体重をかけられ、ほんの少し苦しくなってくる。ぺたん、とその場に座り込んだ類に合わせ、オレもその場に座らされた。

    「……それって、本当…?」
    「先程からなんなんだ?! そうだと言っているだろう?! オレを馬鹿にしたいのか?!」
    「…だって、…まるで君が、僕を好きだと言っているように聞こえるから」

    何故か、泣きそうな声音だった。
    ぎゅぅ、と強く強く抱き締める類に、息を飲む。ずっと、類が好きだった。類に避けられるようになってからも、類が好きな気持ちは消えなかった。皮肉にも女だと知られてから あからさまに類の態度が変わって困惑もしたが嬉しくもあったんだ。やっと見てもらえたのだと。そうして期待して、類に婚約を申し込んだ。
    受け入れてもらえたと思ったのだが、そもそも類はオレの想いにすら気付かなかったということか…?

    「………好きでなければ、…父さんに頼んでまで婚約なんか取り付けなかったっ…」
    「っ…」
    「…好きでなければっ、いくら贈られたとしても あんなあからさまなドレスは着たりしないっ!」
    「……そ、…かぁ…」

    じわぁ、と肩口が濡れた気がして、目を瞬く。強く抱き締めてくる類の顔は見えないが、何故かオレより大きな体が震えていた。止まりかけていた涙がぼろぼろと零れて、震える手でもう一度類を抱き締め返す。
    ぐす、と鼻を鳴らす声が聞こえた気がして、オレも鼻を啜った。

    「……………どうしよぅ…、今、とても君にキスがしたい…」
    「………っ、すれば、いい…」

    消え入りそうなその声に、オレも小さな声で返す。
    震える手が背を離れ、ほんの少し体が離れた。漸く見えた類の顔は、いつもより少しかっこ悪い顔をしている。頬を片手で包むように触れられ、きゅ、と強く目を瞑った。心臓がドキドキして、類が近付く気配を感じたかと思えば、頬に口付けられる。予想が外れたというか、期待を裏切られた気がして気恥ずかしくなった。

    「ぉまっ…、また…! …んぅ……」

    抗議しようと顔を上げた瞬間、言葉が遮られる。類の顔が目の前にあって、というより、視界が類でいっぱいになっていて、一瞬訳が分からなくなった。唇に触れる柔らかい感触と熱に、息を飲む。
    すぐに離れたそれが、もう一度重なって、反射的に目を瞑った。胸の奥が じわぁっと熱くなって、溶けてしまいそうだ。心臓が苦しい程煩くて、涙が滲む。
    そっと熱が離れていくのに気付いて目を開ければ、月色の瞳に赤い顔の自分が映っていた。

    「…君が、婚約すると聞いて、…もう誰が相手でも良いかなって、自棄になっていたんだ」
    「………オレが相手では、不服なのかっ…」
    「君が相手だなんて知らなかったんだ。知っていたら、花束でも持って会いに来ていたかな」
    「……似合わんな」

    そうかもしれないね、と笑う類に、肩の力が抜けていく。
    嫌われていたわけではなかった。ただ、知らなかっただけで。いや、そもそも自分が婚約する相手を聞かずに受ける者がいるのか。それはつまり、オレ以外の誰かが先に類に婚約を申し込んでいたら、その者と先に婚約していたかもしれないということだ。そうならなくて本当に良かった。
    はぁ、と一つ息を吐けば、類の指先が頬に触れる。じっ、とオレを見るその瞳に、きゅ、と唇を引き結んだ。

    「けれど、君にはずっと嫌われていると思っていたから、夢でも見ているかのような気分だよ」
    「……オレを嫌いになったのは、類の方だろう…」

    オレに触れる類の腕を掴めば、類が黙ってしまった。
    些細な嫉妬で、類に怒鳴ってしまった。それ以来、類に避けられるようになって、こんな風にもう一度、類に触れられるとは思っていなかったんだ。一方的に追いかけてるオレを、類は散々避けていたから。だから、いつかは諦めなければならないと、ずっと考えていた。
    だがあの日、類に秘密がバレて、全てが変わった。ずっとオレを避けていた類がオレの事を見てくれるようになって、オレがずっと欲しかった言葉をくれた。
    紛い物の優しさに惑わされまいと思いながらも、本当に嬉しかったんだ。

    「毎日のように会いに来ていたくせに、会いに来なくなったっ…、類に避けられて、あの日の謝罪すら出来なかった…」
    「……そう、だったね…、逃げて、ごめんよ」
    「ずっと不機嫌で嫌な顔ばかりしていたくせに、急にオレの事追いかけて来るようになって、困惑もしたんだからなっ…! 振り回されたせいでオレの頭の中に類の事ばかり浮かぶんだぞ?!」
    「……………それは、なんと言うか、…嬉しい、かな…」

    へにゃりと笑う類に、「馬鹿…!」と呟きながら類の膝を叩いた。
    こちらは毎日毎日類の事で悩まされていたのに、喜ぶな。どうやって仲直りしようかと悩んだ日々を返せ。その悩みが吹っ飛ぶ程いきなり追いかけ回されて、もう気持ちがぐちゃぐちゃだったんだ。
    オレの事を特別扱いするように、学院への送迎や贈り物までしてきた。成績が良くなければ嫌だと言えば、あっさりとオレを抜かして一位になってしまった。賭けの賞品にデートに誘われたし、何故かずっと距離も近くて、諦めるつもりでいたのに余計に諦められなくなった。
    考えれば考えるほど、気恥しさと納得しきれないもやもやで、つい眉間に皺がよってしまう。睨むように類を見れば、嬉しそうに表情を崩して顔を寄せてくる。

    「ん…、っ…、…ゃ……」
    「ねぇ、天馬くん。先程からずっと気になっていたのだけど…」
    「…っ、ん…、…く、すぐったぃ、から、…やめっ…」

    ちゅ、ちぅ、ちゅぅ、と態とらしく音をさせてキスしてくる類に、余計顔を顰める。逃げないよう ぎゅぅ、と抱き締めてくる類の胸元を両手で ぐぐーっと押し返そうとすれば、類がオレの耳の縁を唇で食んだ。びくっ、と肩が跳ね、「ひゃんっ…?!」と情けない声がオレの口をつく。体の力が抜けて へなりと背を丸めると、類が耳元で「天馬くん」ともう一度オレの名を呼んだ。

    「僕の事、『類』って、呼んでくれるんだね?」
    「っ……?!」
    「『神代』と呼ばれていた気がしたのだけど、今までも時折『類』とたまに呼んでくれていたし、もしかして、普段から名前で呼んでくれているのかい?」
    「な、なんっ……」

    甘やかすような優しい声音に、ぞくぞくっ、と背が震える。
    そういえば、確かに『類』と呼んでしまっていた。普段は気を付けていたが、気が動転すると上手く隠せなくなる。類に『天馬くん』と呼ばれるのが寂しくて、類と仲直りしたくて、繋がりを断つのが怖くて、『神代』と極力呼びたくはなかった。だが、自分から友だちではないと宣言しておいて、更に類があからさまに『天馬くん』と呼ぶ中、『類』と呼びづらくなってしまった。類の居ないところでは名前で呼んでいたせいで、気を抜くと『類』と呼んでしまうんだ。
    それに気付かれていた事に、ぶわりと顔が熱くなる。

    「……天馬くん、さっきからずっと顔が赤くて可愛い」
    「っ、…る、類が突然、『天馬くん』と呼び出したからだっ…! 咲希の事は変わらず『咲希くん』と呼ぶくせに、オレだけ急に他人のように扱うからっ…!」
    「ごめんよ、寂しい思いをさせてしまったんだね…」
    「さ、ささ寂しくなどないっ…!!」

    図星をつかれてしまい、つい大きな声が出た。
    余裕綽々な類の態度が悔しい。一人だけ情緒を乱されている自分が情けない。一度気持ちを落ち着ける為にも離れたいのに、類が全然離してくれん。そればかりか、腕の力が段々と強くなるものだから、余計に逃げられなくなる。
    もぞもぞと体をよじって何とか抜け出そうとするオレの頬に、もう一度類が口付けてきた。

    「“司くん”」
    「っ……」
    「……久しぶりだと、なんだか少し恥ずかしいね」

    ほんのりと頬を赤らめた類が、へらりと笑う。すぐ近くから聞こえた自分の名前に、胸が きゅぅ、と音を立てた。息を飲むオレに構わず、類が練習する様に何度も「司くん」と名前を呼んでくる。その度に心臓が大きく跳ね上がり、顔が熱くなっていった。ぎゅ、としがみつくように類の胸元へ顔を押し付けて服を強く握り締めると、不思議そうに類がオレの髪を撫でてくる。

    「司くん、どうかしたのかい?」
    「…………死んでしまう…」
    「死なれては困るなぁ」

    くすくすと笑う類は、きっとオレが真っ赤な顔をしているのが見えてしまったのだろう。嬉しそうに笑う類に、前髪を軽く払われる。ちぅ、と額に口付けられ、もう限界だった。
    へな、と類に寄りかかる形で力が抜けてしまったオレを、満足そうに抱き締める類はそのままやりたい放題だ。贈られる沢山の“好き”も、“口付け”も無抵抗で受け入れて、その度に嬉しさと気恥しさで叫び出しそうになった。

    数十分後、彰人が確認の為に中に入ると、全く動けなくなっているオレと御満悦な類を見て、何かを察したらしく そっと部屋の扉が閉められた。
    助けを求めたのにも関わらず主を見捨てた護衛に、帰宅後 半ば文句のように父さんへ報告したのはまた別の話である。(結果、事情を察した父さんにからかわれたのも別の話)

    ―――
    (類side)

    「天馬くん、デートしよう?」
    「…何を馬鹿な事を言っているんだ?」

    しらっとした態度でそう返されてしまって、思わず泣きそうになる。そんな間違った事を言われた時のような反応をしないでほしい。せっかく幼い頃の初恋が実ったのだから。
    天馬くんと晴れて婚約者同士となったのが二ヶ月程前の事だ。あの日、家に帰って父さんに確認をしたら王家からの婚約の申し入れだったとハッキリ教えられ、自分が確認もせず話を聞いていたのを反省した。避けたことも含め散々泣かせてしまった天馬くんにも翌日謝罪し、婚約を正式に結ぶ際には国王夫妻にも頭を下げた。天馬くんは終始恥ずかしいのか目が合わなかったけれど、それでも僕の隣にずっと居てくれたので嬉しかった。
    婚約は結んだけれど、彼女が成人を迎えるまでは世間的には皇太子殿下のままなので、今まで通り友人として彼女と一緒に行動している。周りは少し驚いていたけれど、二週間もすれば慣れたようだ。

    「恋人になったのにデートの一つも出来ないなんて寂しいじゃないか。せめて一緒にお茶くらいは……」
    「…お前はまだ皇子教育が残っているだろう。成人の儀まで日がないのだから、遊ぶ暇などないぞ」
    「皇子教育って、本来なら十年以上かけて学ぶものだよね?! それを後二年で覚えろって…」
    「…本来なら類もオレと共に幼少期から受けるはずだったのだから仕方ないだろう。それに、類の親父さんが一般教養に混じえて少しづつ学ばせてくれていたお陰で半分以上履修出来ていると聞いたぞ」
    「それは、そうかもしれないけど…」

    淡々としている天馬くんに、肩を落とす。
    王族である天馬くんを花嫁として貰うという事は、僕が次期国王になると言うことと同義となる。必然的に王族になる為の教育を受けなければならない。それも、彼女の成人の儀までに。
    本来王族は幼い頃から婚約者が決まっていることが多いので、皇子教育も早い内から行われる。国王夫妻の子が女児なら尚のこと。ただ、天馬くんの場合は、婚約が決まるのが遅くなってしまったから、皇子教育も急いで履修する必要があるわけで…。

    (……あれ、そういえば、何で僕は一般教養と一緒に皇子教育を学んでたんだっけ…?)

    彼女の言葉を思い出して、目を瞬く。
    天馬くんと喧嘩してから、僕は彼女を避けてきた。その前に彼女と会っていたのは、側近候補としてだとずっと思っていたけれど、それなら皇子教育を受ける必要はない。それに、以前父さんが『一度断られた縁談』と話の中で言っていた。確か、あれは天馬くんから婚約の申し入れを受けた時だ。そのタイミングで言われたということは、“断られた”という話と“天馬くんからの婚姻の申込み”の話が少なからず関わっているという事になる。
    急に黙った僕の目の前で、天馬くんも不思議そうな顔をする。こてん、と小さく首を傾げた彼女が、「どうかしたのか?」と問いかけてきた。

    「…皇子教育を必要とされていたということは、僕は天馬くんの婚約者候補だったのかい?」
    「あぁ、そういえば、類は知らなかったな。初めての顔合わせの時にオレは知らされていたぞ」
    「え」
    「他にも候補はいたらしいが、父さん達の仲が良かったことと、オレが類とすぐ仲良くなった事で決まったんだ」

    あっさりと説明され、思わず唖然としてしまう。
    もしかして、順番が後になっていたり、少しでも天馬くんの機嫌を損ねていたら、今のこの状況もなかったってことになるのだろうか。天馬くんは誰とでもすぐに仲良くなってしまうから。
    うぅーん、と顔を顰める僕に天馬くんは、「まぁ、その後フラれて白紙に戻ったが」と続けた。その言葉を聞いて、咄嗟に彼女の肩を掴む。

    「フラれたってどういう事…?!」
    「そ、そのままの意味だ…。類が突然、『好きな人が出来た』と、言ったから……」
    「…………ぇ…」

    思わず出かけた言葉を飲み込む。
    “好きな人が出来た”と言った僕の言葉で、婚約自体が白紙になった? それって、僕がその言葉を彼女に言わなければ、変わらず婚約者として彼女と一緒に居られたということ? その前に、フラれたってどういう事? 僕に好きな人がいたからって、“フラれた”なんて事になるの? だって、その言い方は“断られた”とか、“無かったことになった”とかではなく、天馬くんが“フラれた”と感じたって事になるから……。
    目を丸くさせる天馬くんが、ほんの少し視線を逸らした。どこか居心地悪そうな、そわそわとした様子で「近い…」と文句を言う彼女に、ごくん、と喉を鳴らす。

    「“フラれた”って事は、…天馬くん、その頃から僕の事、想ってくれていたのかい?」
    「んぇ…?!」
    「もしかして、あの日怒っていたのも、嫉妬してくれたから、とか?」
    「っ、……」

    じわぁ、と徐々に顔が赤くなる天馬くんに、胸の奥がきゅぅ、と音を鳴らす。彼女のこの反応は、紛れもなく“肯定”なのだろう。赤くなった顔を僕から逸らして椅子を立ち上がった司くんは、机上の書類を掴むと適当にとんとんとそれを揃え始めた。「少し席を外すぞ」とあからさまに逃げようとする彼女の手を掴んで、もう一度椅子へ座らせる。
    驚いた顔で僕を見る彼女に、緩んでしまいそうになる口元を引き締めた。

    「……その頃から変わらず…ずっと僕を好きでいてくれたのかい?」
    「ッ…、し、仕方ないだろうっ…! 大きくなったら結婚するんだと紹介されて、…は、初めて見た笑顔が…、あまりにきらきらして見えて………、ぉぅじさま、みたい、だと……」

    え、可愛過ぎないかい。
    恥ずかしそうに顔を逸らして、もごもごといつもの彼女らしくない小さな声で弁明する様が、あまりにも可愛らしく見える。以前なら、凛とした男性にしか見えなかった男装姿も、あの日を境に愛らしい女性にしか見えなくなってしまった。短い髪でも充分愛らしいのは、彼女の瞳が大きいからだろうか。それとも、少し幼さの残る顔立ちのせいか。
    皇太子殿下として皆の期待に応えようと日々努力し、真面目で明るく浮いた話のない誠実な人だと女性に人気の彼女が、『王子様』に憧れを抱いていたなんて。その“理想の王子様”の様に彼女の目に映っていたのが、僕だなんて。

    「だ、だがっ…、オレは類に一目惚れして 類のお嫁さんになるつもりでいたというのに、お前がいきなり『好きな子が出来た』などと言うからっ…!!」
    「…あんな風に怒ってしまうほど、君は傷付いてしまったんだね…」
    「当たり前だっ! それより、類はもう“初恋の相手”とやらは見つけたのか?! 色んな女性を口説いて遊び歩いていたが、オレは絶対に浮気など認めないからな!?」
    「ふふ、その心配はないから安心しておくれ」

    恥ずかしさに耐えきれず声量を大きくして話題を変える天馬くんに、つい小さく笑ってしまった。
    僕が女性と話をしている時に よく彼女が割って入ってきていたのも、僕が他の女性と一緒にいるのが嫌だったから、という理由だったりしないだろうか。サボる度に僕を呼びに来てくれていたのも、参加しないと分かっていながら舞踏会やお茶会の招待状をくれるのも、全てそれが理由なら、なんて可愛らしい事か。
    今だって、自分で言いながらも宝石のような瞳が涙の膜を張ってきらきらとしている。ほんの少し下がる彼女の眉に、胸の奥がより一層甘い音を鳴らした。
    そっと彼女の頬に片手を添えて、ほんのり丸い頬に口付ける。態とらしく ちゅ、とリップ音を鳴らせば、彼女の顔が沸騰するのではないかと思うほど赤く染まった。

    「っ〜〜〜…!?」
    「あの頃の僕が一目惚れしたのは、この国で一番可愛いお姫様さ」
    「…んっ…、……お、オレは可愛くない姫で悪かったな…!」
    「おや、伝わらなかったのなら、今から答え合わせといこうじゃないか」

    この部屋に僕ら以外の他に誰もいないのを ちら、と軽く確認する。こうなったら、目の前の少し鈍いお姫様に理解してもらえるよう、頑張る必要があるだろう。僕がどれだけ愛していたのか、を。どこかムスッとして不機嫌な天馬くんの顔に口付けながら、彼女の好きな所を一つひとつ言葉にしてあげよう。髪も瞳も声も表情も、全てが愛おしいのだと。僕が何の為に女性と話していたのかも。

    「覚悟しておくれよ、“司くん”」
    「……ひぅ…」
    「二度と君が勘違い出来ないほど、しっかりと教えてあげるから」

    赤くなった耳元でそう囁けば、司くんは声にならない声を上げ、石のように動かなくなってしまった。
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