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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    恋願う。4
    おかしい…。そろそろるくんが☆くんが男の子だと気付く予定だったのに、思った以上に進みが遅い…。
    次辺りにでも、気付いてくれたら良いのだけど…:( •ᾥ•):

    恋願う。4「かんせ〜! いや〜、我ながら上出来っ!」
    「流石だな、暁山。どこからどう見ても美少女だ…」
    「自分で言うの? それ」

    まぁ、気持ちは分かるけど。ぽつりとそう呟いた寧々に、瑞希がパッと顔を上げる。「寧々ちゃんもしてあげようか?」と、そう楽しそうに問いかけた瑞希に、寧々はそっと首を横へ振った。鏡の前でくるくると回って自分の姿を確認する司をちらりと見て、寧々は小さく溜息を吐いた。

    「わたしはいい。今日は司が主役だし」
    「寧々用にデザインした服もあるが…」
    「それは着てみたい」

    くるりと振り返った司が、寧々の返答を聞いて嬉しそうに笑う。すぐさま隣の部屋へと駆け出した司を横目に、寧々はソファーの背もたれへ寄りかかった。

    「瑞希は、どう思う?」
    「司さんに出来た、モデルの彼氏さんのこと? 司さんが幸せなら良いと思うよ」
    「……まぁ、なんだかんだあいつも楽しそうだけど…」

    隣の部屋の扉をじっ、と見つめ、寧々はもう一度溜息を吐いた。
    同窓会をきっかけに元同級生と交際を始めた司に、寧々は最初呆れていた。お酒の力で告白し朝帰りしたと聞いて卒倒しかけただけでなく、その相手が人気モデルの神代類と聞いて頭が痛くなったのを寧々はぼんやりと思い出す。学生時代、初恋相手にあっさりフラれて長い間傷心していた司を知っている寧々としては、心配なのだ。悪ノリした元同級生が司を女の子にしてしまったのも原因だろう。古い友人として見ても、司はそれなりに可愛らしい顔をしているのだ。贔屓目に見ずとも、司が女装をすれば可愛らしいと分かる。そんな司が、当時女誑しと有名だった男に、その姿で話しかけたのなら、当然この報告も納得出来てしまうだろう。
    寧々は自分用のグラスを手に取って、中身をゆっくりと喉へ流し込む。そのまま、ちら、とリビングの壁に飾られたポスターに映る人気モデルの顔を、じとりと睨んだ。

    「すぐ別れると思ったのに、ここまで続くなんて聞いてないんだけど」
    「順調なら良いと思うけどなぁ」
    「そうだけど、向こうは司が“女”だと思ってるわけでしょ。バレて司が傷付けられるくらいなら、さっさと別れてほしいの」
    「寧々ちゃんって、司さんが大好きだよねぇ」

    微笑ましい、と言いたげに瑞希も寧々の隣に座ってにこにこと寧々の顔を覗き込む。そんな瑞希から顔を逸らした寧々は、赤い顔のままグラスを傾けた。
    そのタイミングで、ばん、と扉を開け司がリビングに戻ってくる。その手に持った服を見せるように寧々へ駆け寄り、「寧々!」と楽しそうな声で彼女を呼びかけた。

    「こっちが春物で、こっちは今の時期に着やすいやつだな!」
    「へぇ、どっちも良いじゃん。この色の生地、結構好き」
    「そうだろう、そうだろう! 寧々の好みに合うと思って選んだからな!」
    「良いねぇ、着てみなよ! 司さんのデザインはどれも人気あるし、お店でもよく売れるんだよね」

    瑞希に背中を押され、寧々はいそいそと隣の部屋へ向かっていく。それを見送った二人は、ソファーに並んで腰を落とし、それぞれの飲み物のグラスを手に取った。

    「あの春物、今からなら間に合うけど、幾つか出す?」
    「あぁ、そのつもりだ。仕事もあるからあまり数は作れんが…」
    「嬉しいな。司さんのデザイン、ボク好きなんだよね」

    にこにこと笑顔でそう言った瑞希に、司も嬉しそうに表情を綻ばせた。
    瑞希と司が知り合ったのは高校生の時だ。あまり人付き合いをしない内気な性格であった司が、たまたま屋上で趣味である洋服のデザイン画を描いていた際、瑞希に見られたことから知り合った。服の作り方を瑞希に教わり、共に趣味の話で意気投合した事から今のように関係が続いている。司経由で瑞希と知り合った寧々も、度々三人で過ごすうちに仲良くなった。
    瑞希は卒業後、ネットを通じて自作の服を販売し、数年後にこじんまりとではあるがアパレル店を開業した。現在は店も改装して当時より店舗も大きくなり、それなりに名前も知られてきている。瑞希の薦めで、司も自作の服をたまに作っては店の隅に置かせてもらっていた。
    口元に手を当てて、「何着作れるか…」と頭の中で考える司をちらりと見て、瑞希はそっと目を細めた。

    「で? 噂の彼氏さんとはどうなの?」
    「んぇ…?!」
    「何度かデートしてるって事は、それなりに進展したんだよね?」
    「……いや、…さすがに、断ったが…」

    身を乗り出すように問いかける瑞希に、司はもごもごと言葉を濁す。
    瑞希も寧々も、司が人生初の告白をしてフられた時のことをよく覚えている。偏見こそなかったものの、同性であればある程度予想もできた結果ではあるが、それでも二人は友人である司に肩入れもしている。早く忘れてしまおうと慰めたのも二人だ。
    そんな司が、十年以上想い続けて漸く叶えた初恋だ。不安もあれど応援もしたい。瑞希は気恥しそうに顔を逸らす司を見つめて、どこか嬉しそうな友人に口元を綻ばせた。

    「大丈夫? もしかして、もう ちゅーとかしちゃったり?」
    「し、していないっ…! て、手を引かれることはあったが、極力触れないようには、している……」
    「え、なんで?! 付き合っているんでしょ?」
    「……あまり触れてしまうと、男だとバレるだろ…」
    「あぁ〜……、司さん、徹底してるなぁ」

    なんとなく察した瑞希は、片手で額を押さえた。
    学校一女性関係が激しいと有名だった 今や人気モデルの神代類を相手に、ここまで『待て』をさせているのは司さんくらいだろう。とぼんやり思いながらも、真面目でガードの硬い友人に安堵した。寧々が心配しているからと少し不安になった瑞希も、司の返答を聞いて安心する。この分なら、バレることも無いだろう。

    (まぁ、バレたとしても、こんな短期間に何度もデートに誘ってるんだから、向こうも本気だと思うけど)

    同窓会の日は参加していないので、瑞希はその夜の司を知らない。けれど、その後司がデートに行くのだと言った日のメイクは瑞希が担当しているのだ。どこからどう見ても可愛らしい司が男だと気付けるはずがないと、瑞希は自信を持って断言出来る。
    今日も最高に可愛くできたと、満足気に司を見やる。リボンと共に編み込んだ髪も、司が自作した服に合わせた化粧とイヤリングも、どれをとっても満足のいく完成度だ。こんな可愛らしい司を見て、『男に興味は無い』なんて二度と言わせるものか、と瑞希は拳を強く握りしめた。
    そんな話をしていれば、隣の部屋の扉が再び開く。中から出てきた寧々の姿に、二人はパッと顔を上げた。

    「……どうかな…?」
    「おおぉ! 似合っているぞ、寧々!」
    「うん。すっごく可愛い!」
    「…そ、そぅ……」

    恥ずかしそうに顔を逸らした寧々は、自身が着ている服が気に入ったようで、くるくるとその場で裾を翻しては司の仕立てた服を見つめた。そんな寧々を満足そうに見つめる司に、瑞希が顔を向ける。「約束の時間は何時だっけ?」と問いかければ、司は時計の方へ視線を向けた。

    「そろそろだな。迎えに来てくれると言っていたが…」
    「迎えって…?」
    「あぁ、この前遊園地に行った日、帰りが遅くなったから……」

    不思議そうな顔をする瑞希に司が説明しようとしたタイミングで、呼び鈴が鳴らされた。インターホンの画面に映るシルエットを見た司は、バッ、とソファーを立ち上がり小走りで駆け寄っていく。通話ボタンを押し、「ど、どうぞ…!」とすぐさま返答した司に、寧々と瑞希は顔を見合せ冷や汗を垂らす。
    セキュリティのしっかりしたこのマンションは、一階のエントランスで部屋番号を打ち込み呼び鈴を鳴らすことが出来る。部屋の主が解錠し、マンション内に入れるシステムだ。そんなマンションの呼び鈴が鳴らされたという事は、司の部屋番号を知っている相手となる。加えて、デートの日に態々宅配便の予定を入れるはずもなく、先程の『迎えに来てくれる』という言葉も思い返せば、今の相手が誰かなど二人には簡単に予想ができてしまった。

    「い、家の場所を教えちゃったの?!」
    「…いや、この前の帰りに、心配だからとここまで送ってもらってしまったんだ…」
    「司さん、ボク達がいない時は絶対絶対絶対ぜーったい、二人きりになっちゃダメだよ?!」
    「…………? …わ、分かった……??」

    二人の言葉の意味を理解しきれていない司が、首を傾げる。
    突如として増した不安感に、二人は顔を見合せた。いくら司が男といえ、今は女装して相手に会っているのだ。何かあってからでは遅い。向こうは司を“女性”と思って接しているのだから。危機意識の無い司を ちら、と見た二人は、盛大にため息を吐いた。
    そうこうしている間に、部屋の前のインターホンが押される。ピンポーン、と鳴り響いたその音に、司はその場でわたわたとし始めた。自身の服を確認し、瑞希と寧々に「変ではないか?!」と確認する。先程とは違い赤くなったその顔がまた、司の緊張を表している。
    そんな司を見た寧々は、使命感にも似た何かを感じ、玄関の方へ足を向けた。

    「ちょっと、わたしが出てくる」
    「な、何故だ?!」
    「敵情視察」

    ずんずんと玄関へ向かっていく寧々に、司は呆気としてしまう。そんな司を「まぁ、まぁ、」と宥めながら、瑞希は心の中で寧々にエールを送った。
    玄関の扉の鍵を開け、寧々はそっと扉を開いた。陽の光を背に現れたのは、司の部屋のポスターで何度も見た顔だ。大人っぽく髪を軽くまとめ、キャスケットとマスクで顔を隠す類は、玄関から出てきた寧々の顔を見て目を瞬く。

    「えっと…」

    司が出ると思っていた類は、ちら、と部屋番号を確認してからもう一度寧々を見た。司とは似ても似つかない髪色に、愛想笑いを浮かべる。「こんにちは」と挨拶をすれば、寧々はじとりと類を睨むように見た。

    「なにか御用ですか」
    「天馬くんに会いに来たのだけど、ご在宅かな?」
    「………司は準備中なので、もう少しお待ちください」
    「そうなんだね。えっと、君は天馬くんのお姉さんかな?」
    「違います」

    困惑する類に、寧々は低い声音で淡々と返す。じとりと品定めするような視線を向ける寧々を、類も見返す。
    司とはまた雰囲気は違えど、可愛らしい容姿の女性だ。類が今まで遊びで付き合ってきた女性達とも違う雰囲気の女性。司も新鮮な反応で面白いが、この子も面白そうだ、と類はまじまじと寧々を見る。その視線にぞわりと背を粟立たせた寧々は、サッ、と扉に体を半分隠した。
    あからさまな警戒心を向ける寧々に、類がにこりと笑顔を向ける。

    「か、神代、くんっ…!」
    「……!」
    「司…」

    大きな声で類の名を呼んだ司に、類が顔を上げる。振り返った寧々は、司の顔を見てほんの少し眉を顰めた。
    赤い顔でそわそわとする司が、瑞希に背を押されて前へ踏み出す。小走りで近寄ってきた司をまじまじと見つめていた類は、ハッ、と我に返りにこりと笑顔を向けた。

    「あまりに可愛くて、一瞬誰かわからなかったよ」
    「っ……」
    「今日も宜しくね、天馬くん」
    「…ぁ、あぁ……」

    類の笑顔に顔を赤らめた司が、ふいっ、と顔を背ける。
    ショルダーバッグのストラップを強く握りしめ、予め用意していた靴を履く。扉の前で待つ寧々の方へ顔を向けると、「行ってくる」と一言そう言った。寧々と瑞希は司の家の合鍵を預かっているので、帰る時はそれを使って施錠すれば良い。付き合いもそれなりに長く、お互いに気心が知れている。こういう状況も珍しくはないので、何も言わずとも伝わっていた。

    「暁山も、また連絡するな」
    「うん。行ってらっしゃい、司さん」

    ひらひらと手を振る瑞希に、司が笑顔を向ける。そんな司達のやり取りを見ていた類は、ほんの一瞬顔を顰めた。

    (ぁ…)

    玄関の扉が閉まるのを目で見送って、瑞希がホッと息を吐く。鍵が外から閉められ、扉の向こうから「だ、大丈夫ですっ…!」という司の大きな声が聞こえてきた。どうやら二人でなにか話しているのだろう。瑞希は司がとても緊張していたのを思い出して、くすくすと笑った。

    「司さん、嬉しそうだったね」
    「……」
    「あの様子なら、心配いらないんじゃないかな」

    想像よりも仲が良さそうだったと安堵する瑞希の隣で、寧々は怪訝な顔を扉へ向け続ける。一瞬見えた類の顔が、寧々はずっと引っかかっているようだ。司を見る類の、不服そうな表情が。

    「……やっぱり、別れさせた方が良い気がする…」

    ぼそっ、と呟いたその言葉に、瑞希は首を傾げ寧々に近寄った。

    ―――
    (司side)

    「か、神代くんっ…」
    「何かな?」
    「少し離れてくれませんかっ…、さすがに、近い…」

    手を繋ぐのを断ったら、何故か腰に手を回され体を寄せられてしまった。ふわりと香る香水の匂いに、ぶわっと顔が熱くなる。
    冬で良かった。セーターやコートで、体格が多少誤魔化せるはずだ。夏の薄着では、こんな風に触れられれば直ぐに男とバレただろう。神代に触れる体の右半分が熱い。両手がバッグのストラップから外せず、緊張で体がどんどん固くなっていく。
    誰か助けてくれ、と心の中で念じながら、なんとか少しでも離れようと試みる。が、余計に強く抱き寄せられ、叶わなかった。

    「こんなに可愛らしい天馬くんから離れたら、他の男に取られてしまうよ」
    「取られませんからっ…!!」
    「だぁめ。諦めて、僕の彼女らしく腕の中に収まっていてね」
    「っ〜〜〜…!?」

    するりと腰を抱く手がコートの上を滑り、お腹の方へ回される。より一層体が神代に近付き、あまりの状況にじわりと涙が滲んだ。好きだった相手に求められる嬉しさと困惑、恥ずかしさと戸惑いで頭の中はパニックだ。すれ違う人達の視線に、かぁああ、と顔がさらに熱くなり、唇をへの字に引き結ぶ。
    キッ、と睨むように神代を見上げれば、一瞬目を丸くした神代が片手でオレの髪をひと房掬うようにとる。お腹に回される手がゆっくりと下へ滑り、コートの上から太腿を撫でられた。
    じっ、とオレを見下ろす月のような瞳にとうとう耐え切れず、思いっきり息を吸う。

    「神代っっ…!!」
    「………」
    「こ、こういうのは不健全だっ…!」
    「……、…すまないね…」

    大きな声でそう言えば、片手で耳を押さえた神代が、パッ、とオレから手を離す。思わず大きな声を出してしまったせいで、一気に周りの視線がオレたちに集まってしまった。立ち止まる人達の目に、慌てて神代の腕を掴んで引く。
    照れ隠しにしては可愛くないことをしてしまった。いや、神代が恥ずかしげもなく公衆の面前であんな事をするのが悪いのだが…。もしかしたら、これが普通なのだろうか…? いやいやいや、それにしてもオレの心臓が持たないのだからもう少し距離の詰め方を考えてくれ。
    注目する人達が減ってきて、漸くホッと息をつく。もう大丈夫だろう、と足を止めて神代の腕を離せば、その手が神代に掴まれた。ぐっ、と手が引かれ、体が神代の方へ一歩近付く。

    「天馬くん、ごめんね。まだ怒っているかい?」
    「んぇ…ぁ、いや……」
    「あまりに君が可愛くて、不安になってしまっただけなんだ。許してくれないかな…?」
    「…ゆ、許すも、なにも……」

    申し訳なさそうに眉尻を下げる神代の顔に、息を飲む。
    恥ずかしかったというだけで、怒ってはいない。求められるのは、素直に嬉しかったんだ。ただ、状況が状況だから、距離が近いのは困る。
    断るタイミングを逃し続け、神代とのデートも三回目だ。男だとバレずに、『神代とはもう会わない』と言わなければならないのに、中々言い出せずにいる。それもこれも、神代がやたらと距離を縮めようとしてくるからだ。夢なのではないかと思うほど、神代はオレに好意があるかのような台詞を口にする。そんな事は無いと分かっているが、どうしたってその言葉を信じてしまいたくなるんだ。そうしてぐずぐずとこの関係から抜け出せなくなっている。

    (今日こそは、言わねば……)

    もう会わないと。神代は人気モデルで、本来なら女性と気軽にデートなんてしていいやつでは無い。案外バレないから、という神代の言葉通り今のところバレてはいないようだが、それもいつまで続くか分からん。事が大きくなる前に、終わりにした方がいいはずだ。
    それなのに、いざ神代を前にすると、言葉が出なくなる。

    「気付いているかい? 天馬くん」
    「…んぇ……?」
    「後ろにいるあの男性、先程からずっと天馬くんの事を見ているんだよ」
    「は…??」

    ほんの少し顔をオレに近付け、オレの後ろの方へ目を向ける神代が、小さな声でそう言った。顔を上げれば、掴まれた腕を滑るようにして移動する神代の手が、オレの手首に触れる。ゾクッ、と背が震え、息を飲んだオレに、神代はにこりと綺麗に笑った。

    「彼だけではなく、すれ違う男性たちの殆どが、皆天馬くんを見てるんだよ」
    「…なに、言って……」
    「それだけ今日の君は魅力的なんだ。目を離した隙に、他の男に横取りされてしまうのでは無いかと不安になる僕の身にもなっておくれ」
    「っ……」

    掌に、神代の指が触れる。思わず手を払うと、泣きそうな顔がオレへ向けられた。そんな神代の顔から目を逸らし、両手を握り締める。
    オレに視線が集まるなんて、有り得るわけが無い。きっと、変装していてもカッコイイ神代に視線が集まっているだけだろう。全て神代の勘違いで、その内、オレが少し離れただけで神代が女性に絡まれてる、なんて状況に…。
    そこまで考えたところで、不意に手が引かれた。ぴったりと掌が重なっているのを見て目を瞬くオレに、神代が困ったように笑う。「これだけでも、許しておくれ」と、そう言って手を引かれ、何も言えずに唇を引き結んだ。

    (…何故、こんなにも胸が苦しいのだろうか……)

    嘘をついているから? 男だとバレたら、きっとまたフラれるのだろう。『騙すなんて最低だね』と、軽蔑されるかもしれん。分かってはいるが、こんな風に神代と手を繋ぐことが出来て、名を呼ばれて、笑顔を向けられて、嬉しくないはずがない。
    例え、その言葉が本心ではなくとも。

    (ずるいな…オレは……)

    あと少しだけこの時間を続けたいと、どんどん欲張りになる自分にそっと息を吐いた。

    ―――
    (類side)

    (つまらない映画だなぁ…)

    ぼんやりと大きなスクリーンに映し出された映像を見ながら、溜息を吐く。今話題の、女性が好きな恋愛ドラマが映画化した作品。ヒロインは人気女優で、俳優の方はついこの前も話をした若手の後輩。彼がこういう役を演じるとは思わなかったけど、かなり良い演技ができていると思う。今度これをネタにからかってみよう、なんて思いながら隣へ目を向ければ、真剣に画面を見つめる天馬くんが居る。
    相変わらず平らな胸と、露出の少ない服装。けれど、デザインはとても可愛らしい。いつもと違ってリボンを編み込んだ髪型も印象が違って良い。眼鏡越しに見える大きな瞳が戸惑い勝ちに揺れる様を見るのも、結構気に入っている。

    (友だちのレベルも高かったな)

    彼女を迎えに行った時、他に二人女性がいた。きっと友人なのだろうね。姉妹ではないと言っていたし。大方、僕とのデートに向けて、友人にコーディネートをお願いした、というところだろうか。毎回目を引く彼女の可愛らしい服装も、彼女達のお陰なのだろう。相談相手のセンスがいいのかな、デートを重ねる度、新しい姿の彼女に目を奪われてしまう。

    (……今日も、あまりに可愛らしくて、一瞬誰かわからなかった…)

    他の子も可愛いと思って見ていたはずなのに、天馬くんが僕に声をかけてきた瞬間、彼女以外視界に入らなくなった。気合いの入った髪型も、彼女の雰囲気がガラリと変わってとても良い。こういう可愛らしいアレンジは、結構好みなのだと思う。気恥しそうに僕へ声をかけた時の表情も、来るものがあった。正直、手を繋ぐだけに留めたことを褒めてほしい程に。まぁ、それですら彼女は緊張するようだけど。
    男慣れしていないとは思っていたけれど、同い歳でここまで恋愛経験のない子も珍しい。早めに手を付けてしまいたい所だけど、先程の彼女の様子を思い返してみても、まだ早いのかもしれない。
    けれど、長期戦になれば、さすがに えむくんがうるさそうだ。

    (…断れない雰囲気をつくって、無理矢理にでもホテルに連れて行ってしまおうかな)

    いい加減考えるのも飽きてきた。茶番はこれくらいにして、やる事やって終わらせてしまうのもいいかもしれない。仕事に支障が出るのは困るけれど、天馬くんなら他に言いふらすことも無いだろうしね。
    あぁ、けれど、泣かれるのは少し困るかな…。

    (彼女に泣かれてしまうと、調子が狂うんだよね…)

    悪い事をしている気分になるというか、強引に押し進めようとしていた気力が削がれるというか…。彼女が『嫌だ』と泣くなら、もう少し待ってあげてもいいか、なんて気分にさせられる。何故なのかは分からないけれど…。
    それに、恥ずかしそうに俯いたり、戸惑った表情はよく見せてくれるけれど、あまり笑った顔を見せてはくれない。緊張したような愛想笑いは見るけれど、そういうのではなく、彼女のもっと自然な顔が見たい。例えば、この前の時のように、キラキラと瞳を輝かせていたあの顔とか…。
    じっ、と隣に座る天馬くんを見つめていれば、彼女は不意に僕の視線に気付いて顔を上げた。不思議そうに首を傾げる天馬くんに、にこりと作り笑顔を向ける。

    「観ていていいよ」
    「…か、みしろ、…くん…?」
    「僕は、映画よりも君を見ていたいだけだから」
    「んぇ…?!」

    僕の言葉で、ぶわりと彼女が顔を赤らめた。それに気を良くして、手をそっと伸ばす。彼女の膝の上で揃えられた手に触れ、固く握られた指先を一本づつ解いていく。掌を滑らせるようにして合わせ、指と指を絡めて握る。一気に固くなった彼女の体を ちら、と見てから、唇を彼女の耳元へ寄せた。

    「好きだよ、天馬くん」
    「…ひぅっ……」

    小さな悲鳴をあげた天馬くんが、信じられないと言いたげに僕を見る。
    恋愛映画になんて初めから興味は無い。僕はただ、彼女が僕を意識さえすればそれで満足だ。“僕に愛されている”と勘違いして、雰囲気に流され身を任せてくれるのを待っているだけ。僕からの“好き”に、彼女が熱に浮かされ頷く様が見たいだけ。その為に、こんな回りくどい事をしているんだ。
    僕に溺れた彼女を抱いて、僕から“終わり”を突き付けるその瞬間の為だけに。

    (映画どころでは無くなって、僕を意識すればいい)

    繋ぐ手の熱も、肌を掠める髪の擽ったさも、鼓膜をそっと揺らす声も、全て君を意識させるには充分でしょ? 少し身を乗り出せば、キスだって出来てしまう距離だ。僕の言葉でその気になって、天馬くんの方から誘ってくれれば話も早い。上映中は薄暗くて、周りの目も気にならないでしょ? 態々端の席を選んだのも、君のためだよ。だから、欲を出して僕を手に入れてご覧。

    (そうしたら、忘れられない一夜にしてあげるから)

    赤い顔で画面から顔を逸らせずにいる天馬くんが、必死に唇を引き結んで小刻みに震えている。もう一押し、とばかりに彼女の耳へ口付ければ、震える唇が「んっ…」と可愛らしい声を発した。
    きゅ、と両目を瞑って顔を俯かせる天馬くんの手をそっと引き、その手の甲へ唇を落とす。ぴく、と肩を跳ねさせた彼女は、恐る恐る瞼を上げた。

    「…ぁ……」

    何か言いたげに動いた唇が、また きゅ、と引き結ばれる。その様子を じっと見つめていれば、彼女は顔を僕の方へ向けた。涙の膜を張る瞳が微かに揺れ、僕を映す。赤く染まった顔と、何かに耐えるような表情。よく知っている、僕へ向けられる熱の篭った瞳。
    それで良い。そのまま、僕が欲しいと素直になればいい。ここまでお膳立てしたのだから、あと少し勇気を出して手を伸ばしてごらん。そうしたら、この勝負は僕の勝ちだ。
    そわそわとする気持ちを表に出さないよう、表情を取り繕う。そうして黙って見つめていれば、天馬くんが顔をふいっ、と横へ背けてしまった。

    「………帰る…」
    「…ぇ……」

    手が振り払われ、上着を手に天馬くんがそっと席を立った。彼女を通路側にしたのが仇となり、天馬くんはそのまま早足に階段を駆け下りていく。僕も慌てて立ち上がり、彼女を追いかけた。上映中の為、名前を呼んで呼び止めることが出来ない。ほんの少し身を屈めて通路を横断し、彼女は逃げるように扉を出ていった。天馬くんを追い掛け扉を出ると、彼女は早足にロビーの方へ行ってしまう。

    「天馬くんっ…!」

    走って追いかけ、難なく追いついた彼女の腕を掴むと、天馬くんは僕の手を振りほどこうと手に力を入れた。「離せっ…!」と僕を見ずにそう言った彼女の声は、何故か震えている様だった。
    係員と目が合ってしまい、逃げるように彼女の手を引いてロビーを抜ける。タイミングよく開いたエレベーターへ彼女と一緒に乗り込んで扉を閉め、適当な階のボタンを押す。
    それでも逃げようとする天馬くんの手を掴んだまま、彼女を壁際に追い込み、逃げられないよう反対の手を壁について退路を塞いだ。顔を見せようとしない彼女は、そこで漸く抵抗するのをやめてくれた。

    「…ねぇ、何故逃げようとするんだい?」
    「………ぉ、……私は、…神代、くんの期待には、応えられん…」
    「……僕が焦り過ぎたのなら、謝るよ」

    ふるふると左右へ力なく首を振る天馬くんが、手の甲で目元を擦るのが見える。
    また、泣かせてしまった。その事実に、胸の奥がざわざとして落ち着かなくなる。いつもなら、相手を泣かせたくらいで動揺なんてしないのに、何故天馬くんに限ってはこうなのだろうか。最終的には彼女を泣かせるつもりで近付いているのに、こんな事で動揺するなんて変だ。
    それなのに、どうすれば彼女が泣き止むだろうかと、必死に考える自分がいる。壁についた手をそっと彼女の頭に置き、恐る恐る髪を撫でた。

    「君には、笑っていてほしいな。好きな子に泣かれては、悲しいよ」
    「……もう、いいっ…」
    「…天馬くん?」

    御機嫌を取ろうと顔を覗き込めば、彼女は涙で濡れた瞳を僕へ真っ直ぐに向けた。キッ、と睨むように僕を見る彼女は、僕が掴む手を振り払った。

    「無理に“好き”だと言わないでくれっ…! オレは、これ以上神代の期待には応えられんっ…!」
    「………天馬、くん…?」
    「…言わねばと思っていたんだ…。もう、二人だけで神代には会わないっ…」
    「……なに、言って…」

    バレた。
    天馬くんに、僕の計画が全て気付かれてしまった…? 適当に彼女と付き合って、その気にさせた後フって後悔させるという僕の仕返し。それが、気付かれた…?
    ド、ド、ド、ド、ド、と今までにないほど心臓が早鐘を打つ。どう誤魔化せばいいのだろうか。いつもなら、いくらだって言い訳が浮かぶのに、何故か思うように頭が回らない。涙を流す彼女に胸の奥が痛む気がして、そっと顔を逸らした。
    ここで終わりたくないと思うのは、まだ目的を達成していないからだろう。逃がしたくない。

    「…連絡先はしっかりと消すから安心してくれ。世間に言いふらすつもりもない」
    「………天馬くん、僕の話を聞いてよ。全部誤解で…」
    「お前を好きだと言ったのも、全て無かったことにしてほしい。…もう、神代に会いたくない」

    タイミング悪く、エレベーターがどこかの階に止まった。ポーン、と音をさせて扉が開くと、そこは駐車場のようだった。俯いたまま動こうとしない天馬くんは、ポケットからスマホを取り出すとアドレス帳を開き始める。その画面が見えて、咄嗟に彼女の手を掴んだ。

    「か、神代…?!」

    ぐっ、と強く掴んだまま腕を引き、エレベーターから降りる。駐車場は薄暗く、人も少ない。殆ど人が来ないだろう端の方へ彼女を引っ張り、大きな柱へ彼女を押し付ける。
    戸惑う彼女からスマホを取り上げ、僕はそのまま彼女の顔を上へ向かせ無理矢理唇を押し付けた。

    「……っ、…ふぁ、……な、に、して…、っ、ん…」

    顔を背けて逃げようとする彼女を押えつけ、再度唇を塞ぐ。
    正直、何も考えていなかった。こんな事で彼女を引き止められるとも思っていない。言い訳になるとも思えない。それでも、逃げられるくらいなら、逃げられないようにしてしまいたかった。
    呼吸を奪うように強く唇を重ね、彼女の腰へ手を伸ばす。僕の方へ引き寄せ、重ねた唇を ぢぅ、と強く吸った。ぴく、と肩を跳ねさせた天馬くんは、赤い顔のまま瞳を瞼の裏へ隠してしまう。力の抜けた彼女の手がぶらん、と落ち、急に僕の方へもたれかかってくる。それを受け止めるようにして抱き締め、唇をそっと離す。彼女は肩で息をしながら、涙の滲む瞳で僕をぼんやりと映した。

    「…っ、ぅ、……く…」

    ぼろ、ぼろ、と彼女の瞳が涙の膜を厚くさせる。大粒の涙が溢れ落ち、堪えきれない嗚咽が彼女の口をつく。両手で顔を覆った天馬くんは、僕の目の前で泣き始めてしまった。そこで、ハッ、と我に返り、慌てて彼女を抱き締める。

    「あ、ごめんっ…、…泣かないでおくれっ…!」
    「……す、好きでもないのにっ…、キスなんか、するなぁっ…」
    「…っ……、そ、れは…」

    彼女の言葉に、ドキッ、とする。心臓が冷えていくような感覚に、無我夢中で天馬くんを抱き締めた。
    “好きだ”と言った言葉が嘘だと、彼女にバレてしまっている。それなら、ここまでだと割り切って、今すぐ彼女を残し帰ればいいはずなのに、このまま一人にさせたくないと思ってしまっている。
    泣き止ませるための上手い言い訳が思いつかなくて、抱き締めた天馬くんの背を優しく撫でて宥めた。

    (…僕らしくない……)

    女性なんて、みんな一緒だ。誰が相手でも構わない。面倒くさくなったら、別の女性と遊べばいいだけだった。代わりならいくらでもいる。天馬くんにしたのは、ただの暇潰しだったのに。
    目の前で泣く天馬くんの顔を覗き込んで、額を触れ合わせる。またキスをされると思ってか、天馬くんは僕の口を手で塞ぐと逃げようと暴れ始めた。それを押さえ込むようにして抱き締め、「もうしないから」と咄嗟に口にした。

    「君が望まないなら、もう何もしないよ」
    「…っ、……嘘だっ…!」
    「君が逃げないと約束してくれるなら、僕も君の許しが出るまで君に手は出さないからっ!!」
    「ッ…」

    自分で何を言っているのか分からなかった。
    勢いのまま、彼女を引き止めることだけを目的に言葉が口をつく。天馬くんが泣くほど嫌だと言うのなら、無理矢理襲うような真似はしない、と。そう言ったのだと自分の言葉を理解したのは、天馬くんが呆気と僕を見つめた時だった。僕の言葉が信じられないと、目を丸くさせて僕を見つめる彼女に、「だから、」と言葉が続く。

    「もう少しの間、僕の彼女でいておくれ」
    「………、…」

    ね? とダメ押しのように首を傾げて問いかければ、彼女は少しの間考えてからゆっくりと頷いてくれた。
    逃げるのをやめたのか、ほんの少し僕の方へ体重がかけられる。ふわりと香る甘い匂いは、天馬くんの匂いだろうか。悪くないその匂いにそっと目を伏せ、彼女の体を一層しっかり抱きしめた。予想以上に細い体は、心配になってしまう。こんなにも流されやすく、簡単に相手を信じてしまう。そんな天馬くんが、心配で仕方ない。

    「……だが…、オレは…」

    何かを言うか悩む様子の天馬くんが、僕の服を強く掴む。
    気が動転しているのか、口調を取り繕うのを忘れているようだ。相変わらず男のような話し方に、つい口元が緩んでしまう。ぽん、ぽん、と軽く彼女の背を叩いて宥めながら、「天馬くん」と名を呼んだ。
    そっと顔を上げた天馬くんの方へ、取り上げたスマホを手渡す。両手で受け取った彼女は、目を瞬くともう一度僕の方へ顔を向けた。

    「とりあえず、近くのカフェでお茶でもどうかな?」
    「……ん…」

    こく、と頷く天馬くんに安堵して、腕の力を抜く。一瞬躊躇ってしまったのは、きっと、彼女がまた逃げ出すかもしれないと不安になったからかもしれない。
    予想は外れ、彼女は落ち着いたのか逃げずに体勢を立て直して、僕から顔をそっと逸らした。手に持ったスマホをしっかりと握って、緊張気味に。
    それに苦笑して、ゆっくりと彼女へ手を差し出す。目を瞬く彼女は、僕の手を見て首を傾げた。あまり強引に事を進めようとすれば、また泣かせてしまうだろうから、今は天馬くんに合わせてあげないと。

    「君と手を繋ぐのは、許してくれるかい?」
    「………それくらい、なら…」
    「ありがとう」

    そっと僕の手を取る天馬くんに安堵して、優しくその手を握る。大丈夫、時間はまだあるのだから。長期戦になる事は望んでいなかったけれど、この際致し方ない。今更、彼女を逃がす気はないからね。
    下へ下がってしまったエレベーターの呼び出しボタンを押して、隣に並ぶ彼女を ちら、と盗み見る。肩に力が入る程緊張する天馬くんは、僕と手を繋いでいるにも関わらず一歩分距離を取っていた。警戒だけはされているのだと知れて、先は遠いな、と再認識させられる。

    (まぁ、待つと言ったのは僕だから、約束は守らないとね)

    あと一ヶ月や二ヶ月くらいなら、感の鋭いマネージャーもなんとか誤魔化せるだろう。先程の彼女の言葉の意味も確認しなければならないけれど、今日はもうこれ以上拗らせるわけにはいかないから、また次のデートまでお預けかな。なんとかこの関係を繋ぎ止められただけでも良しとしよう。早まって手を出しては逃げられる、というのも、覚えておかなければね。
    そんな事を考えながら、彼女と繋ぐ方の手に力を入れた。絶対に逃がさないと、そう想いを込めて。

    (…本当に、僕らしくないな……)

    彼女にバレないよう自嘲して、扉の開いたエレベーターに彼女と乗り込んだ。
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