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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 146

    ナンナル

    ☆quiet follow

    番。その後のお話。①🎈☆

    長過ぎるので二つに分けます。
    また、予定ですが次あたりで年齢制限入りますのでご注意ください。(制限満たない方の閲覧が出来なくなります(。>﹏<。)💦)
    糖度は高めを目指してますが、☆くんがかなり逃げ腰なのでご注意。

    番。その後。①「足元、気を付けてね」
    「あぁ…」
    「こっちが空いてるよ、おいで、司くん」
    「………ん…」

    ほんの少しの段差も気を遣って声をかけられるのがむず痒い。当たり前の様に二人がけの椅子に座った類が、隣をぽんぽんと叩くものだから、一瞬躊躇ってしまった。離れて座った方が、と思いかけて、思い出す。“もうその必要はない”のだと。それでも緊張しないわけではないので、おずおずと類の隣に腰を下ろした。
    待ってましたとばかりに する、と腰に腕が回され、体が引き寄せられ、反射的に息を飲む。

    「っ、…る、類、いきなりこういうことをするでないっ…!」
    「司くんこそ、せっかくの新婚旅行だと言うのに、よそよそしくされては寂しいじゃないか」
    「ぅ…、そ、れは…そうかもしれんが…」
    「お互いに慣れるためにも、積極的にくっついた方がいいでしょ?」

    にこにこと笑顔の類に、何も言えなくなってしまう。
    上手く丸め込まれた気がしないでもないが、致し方あるまい。新婚ではないが、今回は類と夫婦になってから初めての旅行なのだ。二人きりで、有名な温泉宿に。

    (お互いに、とは言うが、類は全く動揺していないではないかっ…!)

    オレの腰を抱いたままにこにこと笑顔の類に、くしゃりと顔を顰める。
    数週間前、離婚するはずだった類とヨリを戻す事となった。お互いに誤解をしていたということに気付き、もう一度やり直す事になったのだ。宣言通りプロポーズからやり直しをした類は、今まで避けられていたのが嘘のようにオレの傍に居てくれるようになった。入っていた劇団を辞め、オレと同じ劇団に来た時はさすがに驚いたが、最終的に言葉で丸め込まれてしまった。あまりの変わりように、逆に不安になってしまってお互いの知人に相談したが、総じて皆『元からそういう人だから』とあまり驚いていない様子だった。もしや、オレだけが類の事を理解出来ていなかったのだろうか、と少し落ち込みもした。
    今回の旅行に関しても、類が色々と調べて計画を立ててくれたものだ。ゆっくりと温泉に浸かれるよう広い部屋を予約してくれたり、公演終了後の休みに予約をとってくれたりと、オレの為に考えてくれた。その事に関しては大いに感謝している。感謝しているが、昨夜の類の言葉がどうにも頭から離れん。

    『もう待たないから、覚悟だけはしておいてね』

    そう言った時の類の顔があまりに真剣で、その後のおやすみのキスは気が気ではなかった。昨夜は何事もなかったということは、やはり今夜という事になるのだろう。類とヨリを戻した日も、そのような事を言っていたからな。
    つまり、類と夫婦になってからもうすぐ七年となる今、初めて一線を越えるということだ。

    (緊張しないわけがないだろうっ…!)

    夫婦生活を何年もしてきたが、手を繋いだりする事は殆どなく、抱き締められたり、キスをされたのだって最近漸くだ。そう、キスをし始めたのが最近なのだ。六年も放ったらかしだった夫が急に溺愛してきました、なんて状況で、すぐに受け入れられるはずがない。こちとら類に一目惚れしてから一途にも想い続け、離婚を切り出すほど悩んでいたのだ。それなのに、慣れたようにスキンシップをとってくる類がおかしいだろう。

    「司くん、怖い顔をしているけれど、どうかしたのかい?」
    「……………………別に…」
    「……僕と過度にくっつくのは嫌かい?」
    「…そ、そういうわけではないっ…!」

    心配そうに顔を覗き込まれ、思わず顔をそらしてしまった。類の顔が近いのも、全く慣れん。触れられる手の熱も、甘やかすような声音も全部むず痒い。
    拗ねたような返しをしてしまったオレの反応に何を思ったのか、類がオレの腰から手を離した。ほんの少し体を離す類が、寂しそうに眉を下げて笑うから、反射的に大きな声が出てしまう。
    離れていく類の手を掴むと、類が月のような瞳を丸くさせた。

    「…………それなら、なにか気に障るようなことをしてしまったかい?」
    「……そう、…いうわけ、でも、なくて…」
    「…」
    「……………………い、ままでと、違い過ぎて、…戸惑う…」

    視線が、だんだんと下へ下がっていく。
    自分で言葉にして、なんとなく納得してしまった。戸惑うのだ。違い過ぎて。お互いに避けて避けられてと夫婦らしい事をしてこなかったから、いざ夫婦と言われても戸惑うのだ。それなのに、平然とくっついてくる類があまりにも手慣れていて余計に戸惑うんだ。
    自分の匂いを気にして極力近寄らないようにしていた事もあって、もう気にしなくて良いと分かっていても、隣に座るのを躊躇ってしまう。類は今まで気にしていなかったのかもしれんが、オレにとっては大きな変化なんだ。
    俯いたまま黙るオレの頬に、類の手が触れる。びく、と肩を跳ねさせれば、類がオレの耳の縁にそっと口付けてきた。

    「っ……、だ、から、…そういうのがっ…!」
    「僕も結構、緊張しているんだよ」
    「……は…?」

    どこが。そう言いかけた言葉を飲み込む。へにゃりと笑った類が、もう一度、とオレの頬に口付けてくる。どう見ても手慣れている類に、顔を顰めた。じわぁ、と顔が熱くなってしまって、オレばかりが振り回されている気がする。それがなんだか悔しくて、情けない。
    今までこういう事をしてなかったはずなのに、何故類は照れることも無く出来るのか。そう思うと、やはり経験済なのでは無いかと疑いたくなってしまう。

    「緊張するし、僕だって戸惑う事もあるよ。今だって、君が急に黙ってしまうと、どうしていいか分からなくなるんだ」
    「……そ、れは、…類が…」
    「でも、それでまた君への愛を疑われるような事があったら、…それでまた、君が離れてしまう事があったら、その方が嫌だから頑張りたいんだ」
    「っ…」

    じっ、とオレを見つめてくる類の言葉に、何も言えなくなる。前科があるので、反論が出来ない。今だって、手馴れている類を疑ってしまった自分がいる。だが、やはり戸惑うんだ。ずっとお互いに避けてきて、今更好きだとか愛しているとか言葉にされるのは、戸惑う。
    少し距離の近い類の肩を手で押して、「近い…」と小さく言葉にした。そんなオレの言葉で、類がほんの少し離れてくれて、安堵してしまった。
    こんな調子で、新婚旅行なんて上手くいくのだろうか…。

    「…っ……、…」

    不意に指先に触れた感触に、びくっ、と肩が跳ねる。
    左手に重なる類の指が、確かめるように何度もオレの指の付け根を撫でるものだから、擽ったくて堪らない。滅多に付けないアクセサリーの感触ですら落ち着かないのに、少しキツイ指輪を指先でじっくりと撫でられて、じわりと顔が熱くなる。

    (………何故、そう嬉しそうな顔をするんだ…)

    ちら、と盗み見た類が、オレの指先を嬉しそうに目を細めて見つめていて、余計に落ち着かなくなる。心臓が、ずっとうるさい。そればかりか、こう、きゅぅ、として少し苦しい様な、熱いような、変な感じだ。そんな顔をするくらいなら、結婚する前に渡せば良かったではないか。
    あの日やり直すと宣言した類は、本当にプロポーズからやり直してきた。珍しく休みを合わせると、オレの手を引いて宝飾店に向かい、指輪を選び始めた。籍を入れるだけだからと、六年も夫婦をしていたのに今まで指輪なんて貰わなかったから、なんだか居た堪れなくて、逃げ出したい気分で類に付き合った。やっと決まったそれは値段も高額で、もう目が回りそうで…。
    更にその後、家で類に指輪をはめられている時に衝撃的な言葉を聞いてしまった。

    『本当は、ずっと渡す予定で用意もしていたのだけど、勇気が出なくてね…』
    『………用意、して、って…?』
    『あ、君に確認せずに買ってしまったから、サイズも一回り小さくて、使えないから…!』
    『なっ…、もう一つあるのか?!』

    目を丸くするオレに、類は恥ずかしそうに一度部屋へ行くと、今日行った店とは違う宝飾店の紙袋を持って出てきた。中から出てきた小箱に収まる対になった指輪に頭を抱え、類ともう一度話す羽目になったのだ。
    オレがこの結婚を望んでいないと思っていた類は、指輪も結婚式も迷惑だと考え、遠慮していたらしい。それを知らず、逆に貰えなかった事でオレは類に望まれていないのだとずっと思っていた。次々に見つかるお互いの過ちに、なにも言えなくなる。
    結果、新しく買ってもらった指輪はチェーンに通して首に。六年前に類が用意してくれていた指輪の方を、オレは薬指にはめている。サイズは少しキツいが、外さなければそこまで支障もない。

    (……類の触り方、が…落ち着かん…)

    ずっと指輪と指を撫でられて、そわそわしてしまう。視線を横へ逸らせば、余計に触れられる感触を感じてしまって、駄目だ。耐えきれずに手を握りしめて自分の膝上へ退却させれば、類の残念そうな「あ…」、という声が聞こえた。その子犬のような声に、じわりと胸の奥が熱くなる。隣の席で類が落ち着きなさそうにこちらを見ているのさえ伝わってきて、オレまでそわそわとしてしまう。
    ちら、と隣を見れば、目が会った瞬間類の表情が綻ぶものだから、もう駄目だった。きゅぅ、と甘い音を鳴らす胸に、唇を引き結ぶ。

    「…ん……」

    そっと類の方へ左手を差し出すと、嬉しそうに類がオレの手を取る。ぎゅ、と手が握られて、オレはすぐに顔を逸らした。耳まで熱い気がして、類の顔が見られない。

    (………す、きだなぁっ……)

    気恥ずかしくて絶対口には出来ないが、胸の奥から今まで以上に想いが溢れて堪らない。それを誤魔化すように、オレは寝たふりをした。

    ―――
    (類side)

    (可愛い…)

    丸い頬に触れたくなって、つい指先で触れてしまう。むすぅ、と眉を寄せて顔を顰める司くんは、なんとも不服そうだ。けれど、その顔すら可愛らしくて堪らない。抱き締めてしまいたい衝動を必死に抑え込み、彼の方へ体を寄せた。
    宿に荷物を置き、軽く外を歩こうと提案すれば、彼は二つ返事で頷いてくれた。手を繋いでのデートは拒まれなくて安心したけれど、それ以上はあまりお気に召さないようだ。朝からずっと不機嫌そうに顔を顰めている司くんは、まだ僕に笑いかけてはくれない。緊張しているのだと思う。それから、彼が言ったように、戸惑っているのだろう。そんな彼に顔を逸らされたり、離れようとされると、ほんの少し寂しく感じてしまう。けれど、その度に赤くなった耳や項が視界に映って、堪らない気持ちになる。
    嫌だと思われている訳ではなさそうだ。ただ本当に、慣れていないだけで、僕を嫌っているわけではない。それが分かるだけで、不思議と安心できて、愛おしさが募っていく。

    (触れたい…もっと、司くんが僕のモノなんだと実感したい…)

    項に刻まれた噛み跡や、薬指にはまる銀の輪では足りない。僕が好きだと言ってほしい。もっと笑ってほしい。司くんの方から『触れてほしい』と強請ってくれたら、どんなに幸せか。
    ふんわりと鼻孔をくすぐる甘い匂いに目を細めて、司くんの腰に手を回す。びく、と肩を跳ねさせて、「類…?」と戸惑うように僕の名を呼ぶ司くんに、お腹の奥が熱くなるのを感じた。

    「もっとこっちに寄って」
    「っ、…ぉ、まえ…人前でなにを考えて…」
    「…これくらいは許してよ。せっかくのデートなんだから」
    「だから、こんな人通りの多い場所でするのは…嫌だっ…」

    ぐぐぐっ、と僕の腕を掴んで離れようとする司くんに、なんとなく意地になって離れまいと強く腰を引き寄せる。一層頬を膨らませて不服そうにする彼は、僕を睨むように見た。
    そんな反抗すら可愛らしいと思ってしまうのだから、末期かもしれない。きゅ、と唇を引き結んで、逃げようとする司くんのお腹へ両腕を回した。

    「ひぅっ…?! る、類っ?!」
    「人前が嫌なら、お部屋に戻っても良いのだけど、どうする…?」
    「っ…………」
    「今僕と二人きりでいるより、もう少しデートした方が、司くんも落ち着かないかい?」

    逃げないようしっかり抱えて、彼の耳元で内緒話をするように声を小さくして問いかける。
    ぴく、と肩を跳ねさせた司くんは、それ以上何も言わなかった。それはそうだ。朝からずっと緊張しているのに、今宿の部屋で僕と二人きりになれば更に緊張するだろうから。あまりに緊張しすぎて、近寄るだけで涙目になるところまで容易に想像出来てしまう。そうならないよう、少しでも緊張を解きたいだけなのに、上手くいかない。

    「僕らが番だと周りも察するよ。お部屋に戻るまで手は出さないと約束するから、ね…?」
    「…………………き、キス、は…やめてくれ…、それに、近いのも…困る……」
    「………善処するよ」

    薄らと涙を滲ませて、震える声が返ってくる。
    正直、この位の距離感は高校生の時であれば当たり前だったと思う。ただ、彼と籍をいれてからの六年間は顔を合わせて話す事だって少なく、お互いに距離をとっていた所もある。いくらやり直したとはいえ、いきなり恋人らしく、といかない彼の気持ちも分からなくは無い。僕が悪かった所もあるから、無理強いは出来ないけれど、まだまだ先は長いなぁ。
    はぁ、と気付かれないよう小さく息を吐いて、司くんから両手を離す。一歩下がって距離を取れば、震える手が僕の方へ差し出された。

    「…司くん?」
    「………る、類に、腰、とか…触られるのは、変な気分になって落ち着かないが……、手は、繋ぎたい…」
    「っ……」
    「……だ、から…手、だけ……離さないで、ほしい…」

    ちら、と僕の顔色を伺う司くんに、胸が きゅぅう、と苦しくなる。
    こういう所だと思う。こういう、突き放しておきながらデレてくる所とか、本当に可愛い。妥協点を作ってくれる所も、不安そうに僕の顔色を伺う所も、愛おしい。僕の事を好きでいてくれているんだって、実感させられる。
    今すぐにでも抱き締めてしまいたい衝動に駆られて、ゆっくりと重たい息を吐き出した。溜息と勘違いしたのだろう、びくっ、と肩を跳ねさせた司くんが一歩後ろへ後退った。そんな彼の手をすぐに掴んで、ほんの少し僕の方へ引く。緊張で固くなる司くんに、精一杯優しく微笑んで見せた。

    「怖がらせたくは無いから、あまり可愛い事は言わないでね。僕も結構、余裕がないんだ」
    「ぇ……、ぁ…」

    視線が逸れて、司くんが戸惑ったように眉を下げる。そんな彼の手を引いて、歩き出す。今立ち止まっていたら、もっと触れたくなってしまう。頭を冷やすためにも、気を紛らわせないと。ゆっくり着いてきてくれる司くんに安堵して、予め調べておいたお店の方へ真っ直ぐ向かう。
    もし許してくれるなら、宿に帰り次第触れさせてもらおう。正面から司くんを腕の中に閉じ込めて、あの甘い匂いを思いっきり堪能したい。泣かさない程度に、けれど、キスは何度でもしたい。

    (……逆効果だったかな…)

    隣を歩く司くんに触れられないなら、我慢する分更に余裕がなくなりそうだ。
    もう一度小さく息を吐けば、それに気付いた司くんに泣きそうな顔をされてしまった。

    ―――
    (司side)

    (…溶かされる……)

    繋ぐ手の指先から、ゆっくり伝わる熱で溶けてしまいそうだ。気付くと強く感じる類の匂いも、オレへ向けられる熱を帯びた視線も、甘やかすような声も、オレの中で熱になってどんどん増していく。類は約束通り手を繋ぐだけに留めようとしてくれているというのに、それでもやはり胸がいっぱいになるほどオレには余裕が無い。ただ手を繋いで街を歩くだけなのに、逃げ出してしまいたくなる。
    辺りが薄暗くなり、『宿へ帰ろう』と言われてしまえば余計にそう思ってしまうのも許してほしい。心の準備なぞ、何日あっても足りない。

    「司くん、こっちだよ」

    綺麗な宿の中を、類がどんどん進んでいく。繋ぐ手を引かれてしまえば、迷子にすらなれない。歩調を緩めて距離をとることも出来ない。いつもより少し早く感じる類の歩調に合わせて必死について行きながら、逸る心臓を手で押える。ほんの少しの“怖い”という気持ちと、ここからどうなるのかという“不安”と“期待”でぐちゃぐちゃだ。
    ぎゅ、と強く手を握り締められ、類の手で胸が掴まれたような錯覚を起こす。

    (な、れないっ……、類が相手だというのに、緊張で、吐きそうだ…)

    ぐちゃぐちゃな気持ちが、気持ち悪さに変わる。嫌悪感とは違う。ただ、慣れなくて怖いんだ。類の匂いが、体温が、すぐそばに居ると感じる度緊張で固くなる。オレばかり意識しているのも不安で堪らなくなる。
    ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえて、ハッ、と顔を上げた。いつの間にか借りている部屋に着いてしまっていた。ゆっくりと扉が開き、類が先に中へはいる。それを見ていれば、繋ぐ手が引かれた。

    (…………こ、わい…)

    足が、石になったかのように重たい。指先からゆっくりと温度が消えていくかのような感覚に陥り、呼吸が浅くなっていく。くん、と手を引かれ、何とか足に力を入れた。
    一歩前へ出れば、そのまま部屋の中へ体が勝手に向かっていく。

    (………怖い…)

    顔が上げられなくて、前を歩く類の足元をじっと見つめるしか出来ない。部屋の中が暗く見えて、怖くなった。
    類と二人きりになるのが、怖い。甘やかされるのが、怖い。オレを見る類の顔が、怖い。こんなにも優しくされては、次に興味を失われた時の反動が恐ろしい。『好きだ』と言われる事に慣れてしまったら、今までよりも耐えられなくなる。
    やたらと触れたがる類の言動は嬉しい反面、もし幻滅されるような事があれば立ち直れない、と怖くもなる。

    「…司くん?」
    「………」

    そっと、手が引かれる。伺うようにかけられた声に、びくっ、と肩が跳ねた。足が震えてしまって、進めない。あと2歩ほど進めば、扉が閉まる。そうなれば、本当にこの空間に類と二人きりとなってしまう。そんな事初めてではないのに、今は怖くて堪らないんだ。家に居る時とそう変わらないのに、“いつもと違う事が起こるかもしれない”という前提があるからこそ怖くなる。
    手が震え始めた事に気付き慌てて類から手を離そうとすれば、逆に強く握り締められた。強く手が引かれ、体が大きく一歩前に出る。バランスが崩れて前に倒れかけたオレを、類が受け止めた。類の胸元に顔を押し付ける形になってしまい、思わず固まってしまう。さぁあ、と血の気が引いていくのが分かって、咄嗟に「す、まん…」と口から謝罪の言葉が出た。
    繋ぐ手が解かれて、背中に類の腕が回される。たったそれだけで、大袈裟な程体が大きく跳ね上がった。

    「………やめておくかい?」
    「っ………」
    「…無理に進めたいわけではないから、気が乗らないなら、君の気持ちに整理がつくまで待つよ」
    「……」

    宥めるように背を優しく撫でてくれる類に、じわりと涙が滲んだ。ずっと好きだった甘い匂いも、この優しい声も、好きだ。大好きなんだ。戸惑うし、緊張もしてしまうが、手を繋ぐのも、キスをされるのも、嬉しい。オレに触れたいと言ってくれる事も、本当に嬉しいんだ。それと同じくらい、類を失うのが怖い。
    ぎゅ、と類の服を掴んで、顔を押し付ける。類の甘い匂いに、胸の奥が きゅぅ、と音を鳴らす。

    「…………………す、きだ…」
    「………うん。僕も、司くんが好きだよ」
    「…………好き、だから…怖い…」
    「……」

    震える声をなんとか押し出せば、背を撫でる類の手が止まる。オレの言葉を待つように黙ってしまった類に、一瞬息を止めた。が、止まるわけにはいかないと、もう一度息を吸う。怖くて、手も足も震えが止まらない。それでも、『怖い』と拒絶するだけで終わりたくない。

    「……………き、らわれるのが、怖いんだ…」
    「……それなら、次はどうすれば伝わるかな…? 君以外との連絡先でも消してしまう?」
    「そ、そういう事では無いっ…! ただっ…、……ただ、…オレに自信がないだけで…」
    「………ふふ、自信家の君らしくない発言だね」

    くすくすと笑う声が聞こえてきて、むっ、と顔を顰める。“愛され続ける”事に、自信なんて持てるわけが無いではないか。一時は浮気されたと信じて落ち込んだ時期があったというのに、それを無かったことにも出来ないのだから。
    重たい妻でいたいわけではない。類がオレ以外の連絡先を消したからと言って、それで自信が持てるわけでもない。そんな事をされたら、余計に不安になる。あからさまな愛情表現では、その場しのぎの嘘のようで、信じられない。
    ふむ、と小さく呟いた類が、オレの背から腕を解いた。

    「失礼」
    「んぇ……、わっ…?!」

    しゃがんだ類の腕が膝裏に触れ、そのまま体が持ち上がる。ぐらりと揺れ、慌てて類の首に手を回してしがみついた。するりと靴が脱がされ、類が部屋の中へ入っていく。
    ドクン、と心臓が大きく跳ね、息を詰めた。駄目だ。今は嫌だ。まだ、怖い。一気に感情が膨れて、唇を引き結ぶ。
    部屋の扉が開かれると、綺麗なお座敷部屋がそこにはあった。テーブルの周りに座布団が敷かれていて、隅の方に持ってきた荷物がある。

    「とりあえず、座ってお茶でも飲もうじゃないか」
    「…………ぁ…」
    「何度も言うけど、君が嫌なら僕は絶対に手は出さないから。そんなに泣かないでほしいな」
    「…ん……、っ…」

    ぼろ、と溢れた涙を拭うように、類がオレの目元に口付けてくる。予想した展開にならなかったことに安堵してしまって、あからさまに体の力が抜けた。へな、と類に体を預ければ、類は窓際の大きな椅子にオレを抱えたまま腰を下ろす。そっと頭を撫でてくる類の手が優しくて、胸の奥がほんの少し温かくなる。
    その手に一瞬躊躇ってから触れれば、頭を撫でていた類の手にオレの手がとられた。

    「………キス、が、したい…」
    「ふふ、お易い御用さ」
    「……慣れるまで…、この不安が消えるまで、付き合ってくれるか…?」
    「勿論。その為のやり直しなのだから、いくらでも頼っておくれよ」

    ちぅ、と額に口付けられ、咄嗟に目を瞑る。肩に力が入ったオレに、類が小さく笑った気がした。ちゅ、ちぅ、ちゅぅ、と瞼や鼻、頬と順に口付けられる。何度も触れる類の唇の感触に、心臓の鼓動が増していく。触れてこない唇が、やけにソワソワとしてしまい、固く瞑った瞼をそっと上げた。ちら、と伺うように類を見れば、優しく細められた瞳と目が合った。
    あまりに綺麗な顔に見惚れた一瞬を狙って、ちぅ、と唇が塞がれる。

    「っ…」
    「もう一回」
    「…ん……」

    頬を包むように触れる手で上を向かされ、もう一度唇が重なる。触れるだけのキスは一瞬で、けれど「もう一回」と類が告げる度に何度も重ねられる。きゅ、と唇を引き結べば、下唇を指の腹で撫でられ耳元で「力を抜いて」と甘い声でそう言われてしまう。類の声に抗えず唇を開けば、また柔らかい唇を重ねられる。
    じわぁ、と熱が身体の奥から広がっていくような感覚に、目を瞑った。ちぅ、と瞼にキスをする類が、優しく頬を撫でてくる。『しっかりと見て』と言われているかのようで、唇を引き結んだ。

    「……司くん」
    「んっ…、……っ、…」

    甘やかす様な声に、ぞくぞくぞくっ、と背が震える。だが、類にキスされるのを見ているのは、なんというか、恥ずかしいんだ。心臓がドキドキし過ぎて破裂してしまう。
    弱々しく首を左右へ振れば、頬に触れていた手が離れていく。横腹に類の両手が触れ、そのまま体を持ち上げられた。「わっ…」と思わず声がこぼれて、瞼が上がる。類の膝の上へ向かい合う形で座らされ、少し高い目線から類を見下ろす体勢にさせられてしまった。呆気とするオレに、類がまたキスをしてくる。
    ちゅ、ちぅ、ちゅ、とまた繰り返される触れるだけのキスに、ぎゅぅ、と目を強く瞑った。

    「ひぅっ…?!」
    「……ね、司くん。あまり意地悪されてしまうと、僕も寂しいよ?」
    「い、意地悪って……!」
    「逃げないで、ちゃんと僕を見てほしいな」

    する、と太腿を撫でられて、反射的に裏返ったような声が出た。態とらしく眉を下げて寂しそうな顔をする類に、きゅ、と唇を固く引き結ぶ。
    そんな事、出来るはずがない。キスだけで精一杯なんだ。心臓は煩くて、顔がこれ以上ない程熱い。類の顔を見ているなんて、とてもでは無いが出来そうにない。
    じっ、とオレを見る類の瞳から視線を少し逸らせば、ゆっくりとその綺麗な顔が横へ傾いた。寂しそうな顔に、胸が きゅ、と苦しくなる。

    「好きだよ、司くん」
    「っ……」
    「言葉だけでは信じてもらえないなら、僕の顔を見ていてよ。きっと堪らなく君が好きって顔をしてると思うから、…君の目で確かめて」
    「……んっ…」

    ちぅ、ともう一度唇が重なる。ドキドキする心臓の音で、周りの音が何も聞こえない。キスをする時にそっと目を瞑る類の顔があまりに綺麗で、言葉が出なくなる。自分は目を瞑るくせに、オレには見ろと言うのか。薄く開いた唇から熱が離れると、途端に寂しく感じてしまって駄目だ。ぎゅ、と胸元で手を握り締めると、類がその瞼を上げてふわりと微笑んだ。
    きゅぅ、と、胸の奥が音を鳴らす。

    (……………だ、めだ…)

    月のように輝く瞳が、オレだけを映す。オレが愛おしいのだと、宝物を見るようなその顔にくしゃりと顔を歪めた。じわりと涙が滲んで、下唇を噛む。そっと頬を撫でられ、もう一度唇が触れた。
    伏せられた瞼が上がると、へんにゃりとその顔が緩む。類の瞳が、緩く弧を描く唇が、ほんのり赤く色付いた頬が、優しく微笑むその顔が、オレに『大好きだ』と告げてくる。

    (………し、んでしまぅ…)

    胸が、きゅぅ、きゅう、と音を鳴らして苦しい。
    そんな顔をされては、耐えられん。ぼろ、と溢れた涙が柔らかい唇で受け止められ、また優しく口付けられる。『好き』が自分の奥底から湧き上がってくるような感覚に、堪らず目を強く瞑った。顔が熱い。胸が苦しいのに温かくてどうしていいか分からん。類の手が優しいせいで、余計わけが分からん。

    「司くん、愛しているよ」
    「…っ、はぁ……、んっ…」
    「大好き。もう二度と不安になんてさせないから、沢山僕の想いを受け取っておくれ」
    「………ん…」

    涙の膜でぼやけた視界でも、綺麗な類の顔がしっかり映る。映ってしまう。耐えきれずに目を瞑れば、それは許さないとばかりに瞼に口付けられた。仕方なく瞼を上げれば、その度に類と視線を交わせては優しくキスをされる。何度も向けられる“愛おしい”と全面に滲ませたその顔に、眉尻が下がった。

    (……こんなの、慣れるわけがないっ…!)

    終わらない類の愛情表現から逃げ出せないオレを助けてくれたのは、ここから三十分程 後に届いた夕飯の知らせだった。
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