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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    メイテイ28
    サブタイトルいらないかな、と思ったのでメイテイって略しました。お弁当屋さんのお話です( ˇωˇ )
    これはなんと略すと皆さん分かるのだろう…?

    すごい色々混ぜ込んだ感があるけど、私も混ざったな、の気持ち…( 'ㅅ')

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 28(司side)

    ベットの上に寝転んだ状態のまま、ぼーっと天井を見上げる。
    今は何時だろうか。そう思うのに、時計を見る気力さえない。トクン、トクン、と心臓の音がしていて、その音ばかりが大きく響いている。ふに、と指先で唇に触れれば、じわりと顔が熱くなった。

    「……キス…、して、…しまった…」

    言葉にすると、余計に実感する。唇がまだ擽ったくて、胸が苦しい程ぎゅぅ、とした。
    二度目の遊園地。神代さんとの、二度目の観覧車。前に乗った時は、神代さんからクリスマスプレゼントを貰った。その時も幸せで、星空がとても綺麗だったのを覚えている。オレが、役者になりたいと話をしたのも、あの日だったはずだ。お弁当を一緒に食べて、素晴らしいショーも見て、これ以上無いと思えるほど色々な出来事の詰まった日。
    それが全て塗り替えられる程の衝撃だった。

    『これからゆっくり覚えていこうね。僕とのキスの仕方』

    はっきりと神代さんの声で思い出せる言葉に、ぶわりと顔が熱くなる。これから、とはどういう意味だ。まさか、今日みたいに、また、神代さんと、き、キス、することに…。震える唇を手で覆って、きゅ、と目を瞑る。瞼の裏に浮かぶのは、とても近い距離で見た、神代さんの顔だ。綺麗に瞼を閉じてオレに、キス、をした、あの瞬間の…。

    「っ………」

    ぼふ、と効果音がつきそうな程一気に顔が熱くなっていく。心臓がバクバクバクバクと煩く響いていて、呼吸が苦しい。唇が触れた後、ふわりと笑った神代さんはどこか嬉しそうで、その表情を思い出すだけで胸がきゅぅう、と音を鳴らした。脳裏に浮かぶ今日の神代さんは全部心臓に悪い。
    目を瞑っていられず、瞬きすら出来ないほど大きく開く。天井をじっと見つめながら、緩む口元をきゅ、と引き締めた。

    「ぁ、あんな事をされて、意識しないわけがないでは無いかっ…!」

    神代さんは天然の人タラシだ。いくら親しくなったとは言え、き、キス、するなど…。いや、オレが役者志望であり、前に神代さんに『キスの仕方を教えて欲しい』と強請ったからかもしれんが。その時だって、はぐらかされた。大切な人のためにとっておけ、と、そう言っていたではないか。今日は良いと、思われたのか…?

    「……意識、されていると、自惚れても良いのだろうか…」

    少なくとも、あのドラマの最終回の時よりは。
    練習でなら、キスをしてもいいと思ってもらえるくらいには、意識してもらえているのだろうか。それとも、もう少しで高校を卒業するから、子ども扱いをされなくなった、ということか。
    だが、あの時の神代さんは、練習とか、そういう雰囲気ではなかった気がした。

    「…まるで…、恋人に、する、ような……」

    嬉しそうな表情も、優しく微笑むところも、オレの手を握る掌の熱さも、あの、細められた月を思わせる瞳も。今までと大差があるかと問われれば、無いのかもしれない。だが、あの瞬間、オレは確かに、『神代さんの恋人』になれたかのようだった。自意識過剰と言われればそうなのかもしれんが、好きな人にあそこまでされて、舞い上がらずにいられるわけがない。
    ごろん、と寝返りを打って横を向く。ぎゅぅ、と愛用のペガサスのぬいぐるみを抱き締めて、神代さんの名を口にした。胸の奥が、ふわふわとして全く落ち着かない。

    「もし…、本当に、…あのキスが、練習とかではなかったとしたら…」

    からかわれたわけでも、悪戯でも、冗談でもなく、本当のキスなのだとしたら…。
    以前は『大切な人のためにとっておいて』と言った言葉通り、オレを『大切な人』と認めてくれたのだとしたら…。
    神代さんの中で、弟子でも、子どもでも、行きつけのお店の店員でもなく、『天馬くん』として見てもらえているとしたら…。
    あのキスが、親愛や友愛ではなく、本当の意味での『キス』なのだとしたら…。

    「……オレ、を、…好き、だと…想って、してくれていたら…?」

    じん、と唇が熱くなった気がした。
    言葉にしてみれば、じわじわと体が熱くなって恥ずかしさに居た堪れなくなっていく。そんなことあるはずがないと分かっている。分かっているが、思い浮かぶ神代さんの表情と言葉に、否定がしづらくなっていく。
    何度もメッセージをくれたり、遊びに誘ってくれたり、オレの料理が好きだと言ってくれて、オレのお弁当が食べたいと言ってくれて、オレと一緒に住みたいと言ってくれた。距離だって近くて、隣を歩く時は手を繋がれて、頭を撫でられたり、抱き締められたり、この前は、トイレでとても近い距離で数十分一緒にいて…。一緒にいたいとか、オレの食べる姿が好きだとか、触れたいとか、落ち着くとか、会いたかったとか、そんな、まるで恋人にでも言うかのような事ばかり神代さんはオレに言うじゃないか。その度に意識させられて、勝手に舞い上がって、もっともっと神代さんを好きになって…。

    「こんなっ…、オレが特別だと言われているような事ばかりで…」

    胸が苦しくて、じわりと目頭が熱くなっていく。思い返せば、思わせぶりなことばかりされてきた。これでもしオレが女性だったなら、もっと前から勘違いしていたかもしれん。神代さんに『愛されている』と、思ってしまっていたはずだ。
    分かっている。神代さんには心に決めた人がいて、オレのこれは単なる自惚れに過ぎないのだと。分かっているのに、神代さんにキスをされた事がどうしようもなく嬉しくて仕方がなかった。駄目だと分かっているのに、今だけは、オレといる間だけは、と願ってしまう。
    オレを選んでほしいと、思ってしまうんだ。

    「……………か、んちがい、して、いいと、…言われたからな…」

    あの握手会の日に。勘違いしそうになる、と言ったら、『していい』と言われた。結局、あの言葉の意味をはっきりと教えて貰えたわけではない。そうではないが、そう意味だと、捉えてもいいだろうか。神代さんに婚約者がいるという噂を一度抜きにして、全て、オレを特別なのだと言ってくれていると。

    「……オレを、…好き、だと…想って、もらえている、と…」

    そう、勘違いして良いだろうか。
    今までの事、全て『そういう意味』でされたのだと。
    じわりと胸の奥が熱くなって、抱き締めたぬいぐるみに顔を埋める。今だけでいい。幸せな今日だけの勘違いでいい。あの有名な噂も、神代さんの指輪の事も全部忘れて、少しだけ夢を見させてほしい。神代さんと、両想いなのかもしれないと。ほんの少しだけ、そう思わせてほしい。

    「…………っ、…」

    じわぁ、と広がる熱に、唇を引き結ぶ。
    甘く囁かれる声音も、腰に回される大きな手の熱も、優しく笑いかけてくれる所も、心臓が壊れてしまいそうな程ドキドキして、好きだ。頭を撫でながら褒められると、頑張ろうって自然とやる気が出る。食べている時に、とても楽しそうにオレを見つめる神代さんの表情は、心臓に悪い。店に来てくれる時、オレを見つけた時のあのパッと雰囲気が和らぐ所とか、躊躇いなくマスクや眼鏡を外して顔を見せてくれる所も、特別な気がして好きだ。手を繋いでもらえるのも、恥ずかしいがとても嬉しい。ドラマや映画でかっこいい神代さんを見る度に、あの夜の光景が浮かぶんだ。神代さんが、忙しい中助けに来てくれた、あの時を。優しく勉強を教えてくれる所も、沢山連絡をくれる所も、野菜が嫌いだったり片付けが苦手だったりする少し可愛い所も、全部好きだ。
    胸の奥に溜まった『好き』が、溢れて止まらない。もしこの想いを全て打ち明けたら、どんな顔をするのだろうか。
    喜んで、くれるのだろうか。もし、そうだとしたら…。

    「………ど、うすれば、いいんだ…」

    ぎゅぅ、とぬいぐるみを更に強く抱き締めて、身体を丸める。胸が、きゅぅ、と甘い音を鳴らして、苦しくて仕方ない。心臓はもう爆発寸前で、息が上手くできない。だと言うのに、苦しさよりも歓喜が勝る。脳裏に浮かぶ神代さんの嬉しそうな表情に、一層胸の鼓動が大きく跳ね上がった。

    「…嬉し過ぎて、……どうにかなりそうだっ………」

    今だけの幸せな勘違い。そう分かっているのに、見て見ぬふりをしてきた自分の想いが溢れて止まない。ずっと、『違う』と否定して塞いできた。特別など有り得ないと。そんな事あるはずが無いと。そう信じようと押さえ込んできた。本当は、ずっと前から感じてきていた想い。
    神代さんの特別になれるんじゃないか、と、期待してしまっていた自分の想い。

    「………っ、…好き、だ…」

    ぽつりと零れた言葉が、胸に落ちる。明日には、全部『勘違い』にする。想い人のいる神代さんに、勝手に『片想い』をし続ける諦めの悪い行きつけのお店の店員になるから。
    今だけは、この幸せな夢のまま眠ってしまいたい。

    「…神代さんが……、…類、が、好きだ…」

    呼んでしまった名前が、一人きりの部屋に消えていく。羞恥で居た堪れなくなってしまい、オレはそのまま強く目を瞑った。

    ―――
    (類side)

    「お待たせ、寧々」
    「…………………………………」
    「次は雑誌の取材だったね、早速行こうか」
    「……………………」
    「……寧々?」
    「………………………あんたがやる気あるの、すごい怖いんだけど…」

    じとりとした目で見てくる幼馴染に、笑顔を貼り付ける。
    あの遊園地の下見から二週間ほど経った。寧々の宣言通り、天馬君には合わせてもらえていない。お休みの日の勉強会も月曜日の朝も水曜日も会えていない。唯一制限はされていなかったので、メッセージのやり取りは続けている。ただ、天馬くんからの返信が少しぎこちない気がするのは、気の所為なのかな。寂しい思いをさせてしまっているのかもしれないと、そう思う度に彼に会いたくなる。けれど、社会人として、なんとかそこは耐えてきた。
    今は、寧々が沢山引き受けた仕事をひたすらこなして、早く休みを貰えるように頑張っているところだ。今まで見せたことがないほどのやる気を出して、一つひとつをこなしている。どうやら寧々はそれがお気に召さないようだ。彼女は最近、ずっとこの不服そうな顔をしている。

    「あんたの事だから、『天馬くんが足りないよ』とか言って、そろそろ音を上げるかと思った」
    「ふふ、正直、彼に会いたくて仕方ないのだけど、今会えば手が出てしまいそうでね」
    「…………もう三つくらい仕事、引き受けようかしら」
    「ちょっと寧々、いくら僕でもこれ以上は無理だよ」

    ふん、と顔を背けた寧々に溜息を吐く。
    彼を泣かせてしまった事を、彼女は根に持っている様だ。僕としても、彼を泣かせるつもりはなかった。恥ずかしそうに、けれど、嬉しそうにはにかむ天馬くんを予想していたから、尚のことだ。あの時、目の前で泣き出した天馬くんに、どう声をかけていいか分からなくなってしまった。何か嫌な事があったという訳でもなさそうで、静かに涙を流し始めた彼の手を、黙って握ることしか出来なかった。
    不謹慎かもしれないけれど、驚いたような表情でぼろぼろと涙を流す天馬くんを見て、綺麗だと思った。一つひとつの涙がキラキラしていて、宝石のように見えた。繋いだ手に力を入れれば、彼も握り返してくれる。それが、どうしようもなく嬉しかった。

    (…本当に、あのまま連れて帰ってしまえれば良かったのだけどね……)

    一度では、全然足りない。
    たった一度した、触れ合わせるだけのキスを思い返して、苦笑する。期待するかのような瞳で見上げる彼は、とても可愛らしかった。逃げずに受け入れてくれた事が嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。繋いだ手の温もりも、触れた唇の柔らかさも、琥珀色の瞳に映る余裕のない自分の表情すら覚えている。彼を怖がらせたいわけではないから、ゆっくり進むつもりだったのだけどね。あの状況で、抑えられるはずもなかった。ずっと、彼に触れたくて仕方なかったのだから、これくらいは許してほしい。

    「せっかくなら、もっとゆっくり触れていたかったかな」
    「………類、最低…」
    「無理強いはしていないのだから、許してほしいな」
    「卒業まで待つって言ってなかった?」
    「待つよ。けれど、愛おし過ぎる恋人を前にお預けばかりでは我慢もきかないからね。多少は目を瞑ってほしいかな」

    にこ、と寧々に笑いかければ、溜息を吐かれた。まだ学生の天馬くんにこれ以上無理はさせられない。けれど、恋人として彼に不安を感じさせるくらいなら、少しくらい手を出す事も許してほしい。出来ることなら、今すぐにでも彼の全てを僕のモノにしてしまいたいとさえ思っているのだから。それを抑えるために、少しくらいは大目に見てもらわないとね。

    「それより、寧々、時間は大丈夫なのかい?」
    「………早く行くわよ」
    「そうだね」

    まだ何か言いたげな様子の寧々が、僕に背を向ける。そんな彼女の後ろをついて行き、駐車場の車に乗り込んだ。シートベルトをしっかりつけて、スマホに目を向ける。通知は何も表示されていない。ロックを解除して、慣れたメッセージアプリを開くと、一番上に天馬くんの名前が出てくる。
    彼とのメッセージ欄を開くと、昨夜の『お休みなさい』という文字が目に入った。

    「……変な顔してないでよ」
    「そんな顔はしていないのだけどね」
    「天馬くんに会いたい、って顔に書いてあるじゃん」
    「ふふ、彼の話をしていたら、声が聞きたくなってしまってね」
    「どうでもいいけど、取材でまた変な事答えないでよね」

    寧々からの信用は、どうやら失ってしまったようだね。
    メッセージ欄を眺めながら、小さく息を吐いて苦笑する。寧々が昔からの幼馴染だから、僕のことをよく分かっているのか、それとも僕が顔に出しやすいのか…。まぁ、相手が寧々だからだろうね。スマホの画面を消して、それをアームレストのドリンク入れへ置く。
    車の窓から外を何となく見る。平日の昼間は人の通りも疎らで、親子連れやスーツを着た男性がちらほらと見える。今頃天馬くんは学校だろうか。メッセージを送ったら、驚かせてしまうかな。バイトが終わる時間に合わせて送ろうか。今日は何て切り出そうかな。そんな風に考えていれば、車が地下へ入っていく。撮影スタジオのあるビルの駐車場に車が停められ、寧々がエンジンを切った。僕もシートベルトを外して、車を降りる。

    「私は挨拶に行ってくるから、類は先に控え室に行って準備しててくれる?」
    「うん、分かったよ」
    「くれぐれも、一人でふらふらとどっかへ行って迷わないようにね!」
    「気をつけるね」

    そう言い残して、寧々は先に奥へ向かっていく。予め聞いておいた控え室は、確か六階だったかな。エレベーターを探して、ボタンを押す。ゆっくりと下がってくるエレベーターを待っていれば、ピン、と高い機械音の後に扉がゆっくりと開いた。中へ入って、六階のボタンを押す。ゆっくりと閉まる扉。小さな駆動音と、体が浮遊する感覚に、口元が緩んだ。なんとなく、天馬くんと乗ったジェットコースターを思い出してしまう。彼は絶叫系も好きだと言っていたっけ。隣で楽しそうに笑う彼を思い出すと、胸の奥が温かくなる。次は水族館や映画にも行ってみたいかな。キラキラした瞳で集中して見る彼の表情は、簡単に想像出来てしまう。そんな彼の横顔を、僕は沢山見てみたい。他の誰でもない、僕の隣で。
    ピン、と機械音がして、はたと意識が戻される。六階についたようで、一歩踏み出した。すれ違う人に挨拶をしながら控え室の方へ向かう。僕の控え室は、確か右手側八番目の部屋だったかな。

    「…ん……?」

    自分の控え室を探していると、通路の奥で声が聞こえてくる。女性の声の様で、何となく顔を上げると、見覚えのある少女が手を振っていた。共演者の、確かアイドルの子、だったかな。僕と目が合った彼女が、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。そんな彼女を見て、にこりと愛想笑いを張りつけた。共演者と揉め事はなるべく起こしたく無いので、無視もできない。面倒な人に見つかったな、と内心で溜息を吐くと、彼女は目の前まで来て足を止めた。

    「こんにちは、神代さん!」
    「こんにちは」
    「今日は撮影ですか?私は今丁度終わったところで」
    「お疲れ様です。僕はこれからなので…」

    目の前で楽しそうに笑う彼女に、当たり障りのない言葉で返す。あの雨の日の打ち合わせ以来極力避けていたのだけれど、何故寧々が居ない時に会ってしまうのか。身を乗り出して距離を詰めてくる彼女から後退り、一定の間隔を開けるよう心がける。
    あまり長居をしても良くないので、早々に話を切り上げて別れよう。そう思っていた僕の後ろから、誰かに背中を強く押された。

    「…ぇ……」
    「きゃっ……!」

    体が前へよろけて、彼女とぶつかる。足が何かに引っかかり、バランスが崩れて前に傾く。そのまま、何故かドアの開いていた部屋の中へ、二人で倒れる様に入ってしまった。キィ、と鈍い金具の音がしたかと思えば、バタン、とドアが勢い良く閉まる。ハッ、として顔を上げたのと同時に、カチャ、と鍵のかかる音がした。

    (…やられた……)

    小さく舌打ちして、急いで起き上がる。予想通りドアは開かなかった。ガチャガチャガチャ、とドアノブを動かすも、ビクともしない。真っ暗な室内は、物置なのか空気が埃っぽい。とりあえず電気を付けようと壁に手を伸ばすと、後ろから彼女が抱き着いてきた。
    ぞわりと背が粟立って、嫌悪感に眉を顰める。

    「真っ暗で何も見えないっ…」
    「……今電気を探すから、離れてくれるかい?」
    「か、神代さん、私、暗いの怖くて…」
    「大丈夫だから落ち着いて。探しづらいから離してくれないかい?」
    「で、でもっ、………」

    ぎゅぅ、とお腹の辺りに回された手に力が入れられる。強く抱きついてくる割に、手は震えている様子がない。泣きそうな声は演技だろうか。背中に感じる重みに、小さく息を吐いた。
    なんとも雑な演出だ。演者の演技も拙くて、嫌気がさす。僕ならもっと危機的状況を作り上げるし、閉じ込め方もこんなお粗末な形にはしない。演者もこれでは、同情すら出来ない。せめてもう少し感情を込めてくれないと。

    (……これが天馬くんとなら、喜んで慰めるのだけれどね)

    はぁ、ともう一度溜息が零れた。彼なら、離れないでと言っても離れてしまうのだろうね。邪魔にはなりたくないから、と。例え怖くても必死に耐えてくれるだろう。申し訳なさそうに服の裾を指先で摘んで、離れたくないと態度で示して。イライラとした気持ちが、彼のことを考えるだけで薄れていく。
    今すぐにでも仕事を投げ出して、彼に会いたい。会って、正面から天馬くんを抱き締めて彼の温もりを感じたい。このゾワゾワとした嫌悪感を、彼に上書きしてもらいたい。

    「……あった…」

    パチ、と見つけたスイッチを押す。けれど、室内の電気はつかない。どうやら壊れているらしい。それにまた苛立ちが募る。後ろで抱き着く彼女は更に僕へ体を寄せてきていて、嫌悪感に眉を顰めた。いっそ引き剥がしてしまおうか。

    「神代さん、どうしましょう…!」
    「落ち着いて。電気は壊れているみたいだから、マネージャーを呼んで開けてもらおう」

    背中に顔を押し付ける彼女に、苛立ちを隠してそう返す。ズボンのポケットへ手を伸ばしてスマホを探すけど、何故か見当たらない。おかしいな、と何度か触って確認した所で、寧々の車に置いてきたのだと気付いた。まさか今日に限ってスマホを置いてくるとは。額を抑え、他の打開策を考える。多分彼女に連絡をさせたら、面倒なことになりそうだ。かと言って、他のスタッフに見つけてもらっても結果は同じだろう。寧々に見つけてもらうのが一番安心だけれど、彼女がいつ戻ってくるかも分からない。暗闇に目が慣れてきたとはいえ、動きづらいこの状況では脱出方法も上手く探せない。

    「やっぱり一度離れてくれないかい?」
    「嫌ですっ…!神代さんがいてくれないと、怖くて…」
    「壁の所で座って待っていてくれればいいから。とりあえず、部屋の中を見て回りたいんだ」
    「た、助けが来るまで、傍にいてくださいっ…」

    腕を解こうとするも、全然離れようとはしてくれない。このままでは、いつ出られるのかも分からないな。仕方なくドアの方へ向かっていき、耳をつけた。廊下で人の歩く音が小さく聞こえる。この扉を開ける様子は無さそうだ。今音を立てれば気付いてもらえるだろうか。ただ、この状況を見られては騒ぎになってしまうし…。かと言ってこのまま長時間二人きりでいることの方が危険だね。

    (…仕方ない、か)

    もう一度溜息を吐いて、強くドアを叩く。ビクッ、と背中に抱き着く彼女が音に驚いて体を震わせた。「神代さん…?!」と名前を呼ばれたけれど、無視してドアを何度も叩き続ける。「誰か開けてくれませんか!」と大きな声でそう言うと、彼女は一層強い力で抱きしめてきた。ドン、ドン、と何度もドアを叩いて、大きな声で呼びかける。
    もし外にいるのが鍵をかけた奴だとしたら、開けてくれないのだろうね。手が少し痛くなってきた辺りで、ドアの向こう側が騒がしくなってくる。どうやら気付いてもらえたらしい。

    「もしかして、類?!」
    「あぁ、寧々、良かった。誰かに閉じ込められてしまって、出られないんだ」
    「ちょっと待って、今スタッフの人が鍵を取りに行ってくれてるから…!」
    「良かった。これで安心かな」

    ドアの向こう側から寧々の声がして、ホッと胸を撫で下ろす。鍵を取り入ってもらえているなら、そう時間はかからないはずだ。後ろにいる彼女に、「そろそろ離れてくれるかい?」と声をかけると、ゆっくり腕の力が抜けていく。どうやら諦めてくれたようだね。少し距離をとって一つ息を吐いた。
    廊下のざわめきに交じって、しゅる、と布の擦れる音が聞こえた気がした。

    「類っ…!」

    ガチャ、とドアが勢い良く開いて、真っ暗な室内に一気に光が差し込む。視界が眩んで目を細めると、寧々が目を瞬いた。ざわざわと騒がしい廊下の声と、幼馴染の深い溜息が聞こえる。少し後ろの方から聞こえた、「良かった…」という彼女の声。
    ぐっ、と寧々に手を引かれて、彼女が僕に顔を寄せてきた。

    「…何があったわけ……?」
    「廊下を歩いていたら後ろから押されて、閉じ込められていただけだよ。電気も故障していてつかなくてね。困っていたんだ」
    「そうじゃなくて…」

    軽く寧々に経緯を話すと、彼女はもう一度溜息を吐いた。ぴ、と寧々に後ろを指をさされて、振り返る。僕の少し後ろでへたり込む彼女の服は、少しだけ乱れていた。胸元のリボンが解けて、襟が広げられている。それを見て、さっきの音の正体が分かってしまった。

    「言っておくけど、僕は一切触れていないからね」
    「そんな事は分かってるわよ。でも、実際この状況じゃ…」
    「良いんです!私、神代さんにならって合意の上なので…!」

    ざわ、とその場にいたスタッフの人達が、彼女のその発言で騒がしくなる。どう考えてもそんな余裕はなかったし、態とらしい演技に頭を抱えた。この場合、どちらを信じるかなんて明白だ。寧々も同じようで、深く溜息を吐いている。立ち上がった彼女がスタッフに付き添われて控え室に向かうのを目で見送って、僕は小さく寧々に謝った。
    スマホを取り出した寧々はすぐさま事務所に連絡を取る。

    「だから気を付けてって言ったのに」
    「すまないね。僕も気が動転していたのかな」
    「とにかく、こうなった原因は速攻突き止めてやんないと…」
    「寧々、程々にね」

    ごぅ、と炎を燃やす寧々を見て、苦笑する。
    暫く謹慎させられるだろうなぁ、とぼんやり考えながら、小さく溜息を吐いた。スタッフの人達は黙っていてくれるかもしれないけれど、彼女のあの様子では、ある事ないこと言われてしまいそうだ。否定はするけれど、どこまで信じてもらえるか…。事務所と通話が繋がったらしい寧々が、控え室に向かいながら事情を話し始める。そんな彼女の後ろを着いていきながら、僕も控え室に向かった。
    その後、スタッフが事情を聞きに来て、僕は包み隠さず全て話した。この日の取材は、とりあえず中止となった。

    ―――
    (司side)

    「おはよう、えむ」

    教室に入ると、えむが自席に座っている。そこへ近寄っていき、声をかけた。いつもなら、えむの方から真っ先に挨拶をしてくれるのだが、今日は少し様子がおかしいようだ。声をかけると、ビクッと肩を跳ねさせて、えむが顔を上げた。組んだ腕から顔を上げたえむの目からは、ぼろぼろと大量に涙が溢れている。咄嗟にハンカチを出してえむの目元を拭ってやると、えむはオレの手を震える手で掴んだ。

    「ど、どうしよっ、…司ぐん……」
    「どうしたんだ、えむ?なにかあったのか?」
    「……お、お兄ちゃんがっ…、…うぅ……」
    「とりあえず落ち着け。なにか飲み物でも…!」

    ぐす、と鼻を鳴らすえむの様子に、慌てて鞄からまだ開けていないペットボトルのお茶を出す。それのキャップを開けてえむへ差し出すと、受け取ったハンカチでえむが涙を拭った。後から後から溢れる涙で、拭いてもえむの顔はぐしゃぐしゃだ。嗚咽混じりに言葉を紡ごうとするえむの声を、オレは黙って待つ。
    一口お茶を飲んでから、えむがオレの腕を掴んだ。

    「うっ…、…ぅう…、お、おみせっ…っ、す、…って…」
    「…すまん、分からなかったから、もう一度言ってくれ」
    「…ううぅ、…おみせ、…っ、…なくすってぇ……」

    ぐす、ぐす、と鼻を啜って必死にそう言ったえむの言葉を聞いて、オレは目を丸くさせた。「…は……?」と呟いた声が、教室の賑やかさで掻き消される。開いた口が塞がらなくて、ただ呆然とえむを見つめた。
    ずずっ、と鼻を啜ったえむは、涙でいっぱいの瞳を、オレへ向けた。

    「…ぉに、ちゃんがっ…、おみせ、なくなっちゃう、…って…」

    涙を流すえむの言葉に、指先が冷たくなっていくのを感じた。
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