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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    メイテイ!!×× 8

    ちゃんとまとまれば、あと一話…と思いたい。

    メイテイ!!×× 8(司side)

    「司くん、ずっとスマホ気にしてるね」
    「……、すまん…」
    「あ、違うよ…! 最近の司くん、しょももーん、ずずーん、どーんっ! だから、気になって…!」
    「…そ、うか……」

    えむの指摘に慌ててスマホを閉じると、困った様な顔をする えむと目が合った。
    神代さんに別れようと言われたあの日から、三日経った。しっかりと返事はしていないので、まだ別れてはいない、と思う。この三日間あの部屋で待っていても、神代さんは帰ってこなかった。殆ど毎日貰っていた連絡も、ぱったり無くなった。たった三日。以前なら何週間も会わないのが普通だったというのに、このたった三日が何ヶ月の様に長く感じる。
    通知のないスマホをちら、と見て、大きく息を吐き出した。

    (……オレから連絡したら、迷惑だろうか…)

    メッセージアプリを起動させては、何度も開いては閉じてを繰り返してしまう。
    何気なく届いていた『おはよう』や『撮影が終わったよ』といったメッセージも、来ない。神代さんからメッセージが届くとドキドキして落ち着かなくなるが、今は、届かない事が不安で堪らない。なんでもいいから、神代さんと話がしたい。だが、メッセージを送って返信が来なかったらと思うと、送るのを躊躇ってしまう。
    何度目かの溜息を吐いて、スマホをもう一度閉じた。そのタイミングで、スマホの画面がパッと明るくなり、通知が表示される。慌てて覗き込めば、彰人からのメッセージだった。

    「司くん、大丈夫?」
    「あ、あぁ…、彰人に借りていた本を返したくてな。今日の放課後なら空いているそうだ」

    届いたメッセージに返事を返して、肩の力を抜く。心配そうに眉を下げるえむに無理矢理笑って見せて、スマホをポケットへしまった。これ以上見ていたら、えむにもっと心配をかけてしまうだろう。
    神代さんと別れることになるかもしれない。その事で三日間頭がいっぱいで、彰人に借りた本もろくに読めなかった。なので、一度あの本は彰人に返す事にした。だが、彰人も今は忙しい身だ。ほいほいと簡単に会えるはずもない。そんな中放課後に時間を作ってくれるのだから、優しいやつだと思う。

    「そっか、じゃぁ、あたしは先に練習に行ってるね!」
    「…オレも、本を返したらすぐに向かう」
    「うん!」

    にこにこと笑うえむに、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
    放課後は遊園地で練習がある。練習が始まってしまえば、きっと気が紛れるはずだ。一度落ち着いてから、今夜、神代さんに連絡しよう。会って話がしたい、と。
    もし、神代さんがオレとどうしても別れたいというなら、それも受け入れるしかないだろうしな。
    じわ、と熱くなる目を袖で拭って、無理矢理口角を上げる。

    (元々、神代さんとは住む世界が違ったのだからな…)

    そう割り切ればいい。憧れだということは、変わらんのだからな。いつか隣に並んで役を演じる、その夢さえ叶えばいい。
    そう言い聞かせるように心の中で繰り返して、胸の痛みは気付かないフリをした。

    ―――

    「じゃぁ、後でね、司くん!」
    「あぁ、用が済んだらすぐ行く」

    ひらひらと手を振って昇降口の方へ向かうえむの背を見送って、校舎裏の方へ足を向けた。
    キョロキョロと誰もいない校舎裏を見回して、小さく息を吐く。どうやら、まだ来ていないらしい。待たせなくてよかった。
    カサ、と紙袋を持ち上げれば、本が少し倒れて音を鳴らす。せっかく借りたが、最後までは読めなかった。それも仕方あるまい。もうオレには必要無さそうだからな。借りたお礼にお菓子も入れておいた。作る余裕はなかったのでコンビニで買ったやつだが、彰人なら喜ぶだろう。要らなければ冬弥に渡してくれればいい。
    ポケットにしまったままだったスマホを取り出して画面を見てみるが、やはり通知はない。癖のように流れでメッセージアプリを開いて、自然と神代さんの名前をタップした。『お久しぶりです』と打ったまま放置していた一言が残っていて、それを消すかどうする悩んで指が画面の上を彷徨う。

    (……会いたい、と、送ったら、…迷惑だろうか…)

    ととと、と消去ボタンを押して、文字を消していく。当たり障りないことから始めるべきか、遠回りな言い方より直球の方が良いのか。夜にメッセージを送るつもりはあった。送るつもりだが、なんと送れば良いかが分からない。なんとなく『あ』のボタンを押せば、予測変換の欄に真っ先に『会いたい』という文字が出てくる。最近ずっと打っては消してを繰り返していた言葉に、ぎゅぅ、と胸が苦しくなった。
    落ち着くためにゆっくりと息を吸い込んで、吐き出す。文面は練習後に考えよう。今考えても、練習に集中出来なくなりそうだ。

    「何してんすか、センパイ」
    「のわぁっ…?! あ、彰人っ…?!」
    「スマホ見て変な顔してましたよ」

    突然後ろから声をかけられ、スマホが掌から飛び上がる。落としてしまいそうになったそれをなんとか受け止めて振り返れば、彰人がオレの後ろにある廊下の窓から顔を出していた。そのすぐ近くに冬弥もいて、ぺこりと頭を下げられる。
    不思議そうにする彰人の問いは、「なんでもない」と誤魔化して、スマホをポケットへしまった。

    「すまないな、急に呼び出してしまって。借りていた本を返したかったんだ」
    「いや、まぁ、そんくらいは別に構わないっすけど」
    「とても勉強になった、ありがとう」
    「………あー、…いや、はい…」

    歯切れ悪い返事をして顔を逸らした彰人に、首を傾ぐ。手に持っていた紙袋を手渡すと、彰人がちら、と中を確認する。「クッキーはお礼だ。皆で食べてくれ」と追加で伝えるも、変な顔のままだ。辛うじて聞こえた「ありがとうございます」という言葉に、もう一度礼を言って立ち去ろうとすれば、「センパイ」と彰人に引き止められた。

    「どうかしたか?」
    「…いや、一応否定はしたんで大丈夫だとは思うんすけど、あの人にも弁明はしておいてほしいっていうか…」
    「…………弁明…?」

    何の話だろうか。
    両手を顔の高さへ上げて ぎこちない笑顔で言い訳のようにそう話す彰人が、無実を主張する被疑者の様に見えた。否定、とはなんの事だろうか。遠回しな言葉ばかりで全く分からない。何かしただろうか。
    首ももう一度傾げると、彰人が ちら、と冬弥の方を見る。冬弥も困った様な顔をした後、スマホを取り出して何か操作をし始めた。
    パッと見せられた画面に、目が丸くなる。

    「冬弥たちもいたのは話して、一応事務所には否定してもらってます」
    「…………告白…?」
    「いや、まぁ、ある意味告白みたいなもんっすけど、これは色々誤解されるというか…」
    「………」

    写真の背景は見覚えがある。彰人達と御飯を食べた店だ。つまり、この写真はあの話をしている時のものだろう。オレが神代さんとの事を相談している時の。

    (…こんな風に、見えていたのか……)

    確かに距離が近い。あまり他の人に聞かれたくなかったというのもある。だが、これだけ近い距離にいて、オレは気付かなかったのか。神代さんとは、ここまで近付くのも大変だというのに。オレの方からこれくらい近付く事が出来たなら、神代さんともこんな事になっていなかったのではないだろうか…。
    こんな風に、恋人の様な距離感で接せられた、ら……。

    「…………って、待て待て待てッ、これはなんだっ…?!」
    「何って、この前出された週刊誌の記事っすけど…」
    「は…?! 何故オレと彰人が恋人の様に取り上げられているんだ?! オレにはかみっ、んむ…?!」
    「声がでけぇんだってッ…!!」

    顔を上げたオレの口を、慌てて彰人が手で塞いできた。
    冬弥が困ったように周りを見回し、安堵の息を吐いている。咄嗟に神代さんの名前が出てしまいかけたが、彰人のお陰で助かったようだ。
    ゆっくり手を離す彰人が、「少しは周りを気にしてください」と溜息を吐いた。そんな彰人に こく、こくと頷いて、小さな声で「すまない」と返す。

    「センパイがあの人と付き合ってるとか誰も知りませんし、だからこそこれくらいで済んだんじゃないっすか? あの人の恋人が浮気したとか記事にされたら、今頃アンタ刺されてますよ」
    「……そ、うだな…」

    確かに、神代さんと交際していることは知られていない。正確には、相手がオレだということは知られていない。神代さんも触れずにいてくれている、と思いたい。知られていないから、この記事に神代さんの名前がないのだろう。それは有難いが、こんな写真を撮られてしまえば、誤解されるのではないだろうか。浮気をしたつもりもない。この時だって、神代さんとの事で頭がいっぱいで…。

    「…………あぁあ――ッ…!!」
    「うわっ、…急に叫んでどうしたんすかっ…?!」
    「か、かか神代さんに『別れよう』って言われたのは、これが原因ではないかっ…?!」
    「ぇ、別れたんすか…」
    「別れてないッ!!」

    撮影を早めてまで帰ってきた神代さんの顔を思い出して、思わず大きな声が出てしまった。
    彰人の引き攣ったような表情に、反射的に否定の言葉が飛び出す。別れてはいない。まだ、『保留』の様な状態というだけで、別れてはいない、はずだ。というよりも、オレは『別れたい』などと思ってもいないのだ。言い出したのは神代さんで、原因がこの記事のせいなら、急いで誤解を解かなければっ…!
    わたわたとポケットへしまったスマホを取り出すと、画面にメッセージアプリの通知が表示された。差出人の名前に、喉から ひゅっ、と乾いた音が出た。

    『わかった』

    そう短く書かれたメッセージに、視界が揺れているような気がした。手が震えて、喉がどんどん渇いていく。『何』が『わかった』なのだろうか。何度確認しても、差出人の名前は変わらない。バッ、と顔を上げると、彰人と冬弥が心配そうな顔でオレを見ていた。頭の中がぐちゃぐちゃで、上手くまとまってくれない。
    ロック画面を解除するのが怖くて どうすればいいか分からず、情けなくも彰人の両腕を力強く掴んだ。

    「ど、どどどどうすれば良いんだッ…?!」
    「わ…、落ち着けっ…! つか、少し離れ……!」
    「神代さんと別れたかもしれんんんッ…!!」
    「はぁっ?!」

    オレの大きな声が校舎の方まで響き、この数十秒後に驚いて駆けつけてくれた先生方に怒られた。

    ―――
    (類side)

    「この後一度着替えを取りに寄ってもらってもいいかい?」
    「……いい加減、仕事もないのに事務所で寝泊まりされても困るんだけど」
    「しっかり鍵はかけているから、大丈夫だよ」
    「当たり前でしょ。というか、家に帰れば問題ないんだから、帰りなさいよ」
    「………そう、だね…」

    じと、と僕を見る寧々に、苦笑してスマホへ目を向ける。通知のならない画面は真っ暗で、溜息がこぼれた。
    事務所で寝泊まりし、三日が経った。天馬くんから連絡はない。まぁ、彼から連絡が来ることは殆どないので、当たり前かもしれない。僕から連絡をすれば、返事はくれるけれど、彼の方から連絡をくれた事は、数えられるほどしかない。
    カサ、とビニール袋を僕の前に置いた寧々が、隠しもせずに溜息を吐く。

    「あんなの、アンタだってよくあったでしょ。一緒にいたのをそれっぽく誇張されただけで、司が類を裏切ったわけじゃないと思うけど?」
    「…それは分かっているよ」
    「なら、さっさと思ってもいない事を言った、って謝りなさいよ。本当に別れるつもり?」
    「…………」

    ビニール袋の中身は、コンビニで売られるおにぎりだ。最後の撮影が長引いてしまったせいでお昼を食べ損ねていたから、寧々が買っておいてくれたのだろう。透明な袋を手順通りにぴりぴりと破いて、見慣れた三角形のおにぎりを取り出す。それを一口齧り、適当に噛んで飲み込んだ。少し冷たい、市販品のおにぎりの味だ。分かっていたことではあるけれど、期待してしまった味との違いに、何となく気分が下がっていく。
    寧々の言っていることは正しい。彼に限って、そんな事をしていたとは思えない。けれど、彼に避けられているのは確かだ。あの旅行の夜から、彼の態度が少しおかしい。撮影を早く切り上げて帰った時も、何かを隠しているように見えた。そんな彼を見てしまえば、不安が全くないとは言いきれなくなってしまう。手離したくないからこそ、ダメだと分かっていてキスをしてしまった。

    (……泣かせてしまうなら、距離をとったほうがいい…)

    初めて会った頃よりも、今の方が彼との間に距離があるように感じる。大切にしていたつもりだった。けれど、僕を好きだと言ってくれる天馬くんを、僕だけのモノにしてしまいたくて、歯止めが効かなくなる。触れたいと思えば思う程、彼に無理をさせてしまう。それなら、触れられない距離まで戻るしかない。
    それなら、お互いに一度考える時間が必要なのではないか、と、そう思った。その考える時間として、切り出した話だ。

    (別れたい、なんて、思っていない…)

    思わない。ころころと変わる表情や、僕の話を楽しそうに聞く所とか、料理もそうだけれど、僕の為に色々頑張ろうとしてくれる所も、全て好きだ。隣に居たいと望んでくれる天馬くんが、ただただ愛おしい。触れた時の赤くなる顔も、必死に応えようとしてくれる所も、全て。
    だからこそ、触れたくてたまらなくなる。もっと先まで望んでしまう。それが止められないなら、彼に選んで貰うしかない。このまま一緒にい続けて、彼が追いつくのを待てずに僕が取り返しのつかないことをしでかす前に。

    「この後、呼ばれているんでしょ?」
    「……うん。今日は、様子を見に遊園地の方に顔を出さないと…」
    「その時に、ちゃんと話しなさいよ」
    「…………そうだね」

    寧々の言葉に、短くそう返した。
    今日はこの後、近況報告も兼ねて、遊園地の方に行かなければならない。普段なら、軽く話し合いをして練習に混ざり、天馬くんと一緒に帰る日だ。
    天馬くんには、今日僕が練習に行くとは伝えていない。彼の方から連絡が無いという事は、まだ考えもまとまってないということだろう。単純に、僕からの連絡を待っている可能性もあるけれど。彼から連絡がないなら、今日は会わない方が良いかもしれない。会って、それこそ『別れたい』なんて言われてしまったら、どうしていいか分からなくなりそうで…。

    (僕から別れたいと言い出しておいて、自分勝手だな…)

    はぁ、と一つ溜息を吐いて、背もたれに体を預ける。
    何をしたって、彼のことばかり考えてしまうというのに、今更別れるなんて出来るはずがない。未練がましく彼を求めてしまうのだろう。それなら、寧々の言う通り早く話をしてしまえばいい。けれど、そんなかっこ悪い所を見られたくない、なんて思ってしまう自分もいる。
    彼に嫌われたくないと、怯える自分が。

    「…ん……?」

    微かな電子音が車内に響いて、顔を上げた。ポケットの中に入れていたスマホを取り出せば、画面に通知が一つ入っている。メッセージアプリの通知の差出人を見て、思わず息を飲んだ。急いでロック画面を解除して、メッセージアプリを開く。何度も開いた相手の名前をタップすると、ぽこん、とそこへ文字が表示される。

    『会いたい』

    そう短く表示された言葉に、目を瞬いてしまった。
    じわぁ、と胸の奥が熱くなって、それと同時になんだか可笑しく感じてしまう。普段は敬語の彼が、かなり直球で送ってきたメッセージ。彼の知り合いの誰かが打っているのかもしれないし、悩んだ彼が自分で打ったのかもしれない。もしかしたら、間違えてしまった可能性だってある。そんな風にこのメッセージについて色々と考えてみるけれど、どうしても“嬉しい”が勝ってしまう。例え間違いだろうと、彼では無い人が送ったにしろ、こんな風に彼の名前で可愛らしいメッセージが来る事なんてそうない。

    「類、どうかしたの…?」
    「あぁ、いや、…やっぱり、着替えは後回しにしようかな、と思ってね」
    「……そう。いいんじゃない、それで」

    そう呟くように返事を返す寧々は、安心した様な表情をして車のエンジンをかけた。

    ―――
    (司side)

    「えむっ…!」
    「あ、司くん! もうご用事は終わったの?」

    普段練習しているステージまで行けば、えむがオレに気付いて駆け寄ってくる。そんな えむに、ほんの少しだけ気持ちが落ち着く気がした。オレの方からもえむに駆け寄り、目の前まで向かう。

    「あぁ、待たせてすまなかったな…! …って、そうではなく、先程神代さんからっ…!!」
    「類くんなら、さっき団長さんと話に行ったよー! 今日はこっちに来れる日だったんだね!」
    「んぇっ…?! 神代さんが来ているのか?!」
    「うん! 司くんは遅れてくるって伝えたら、練習の帰りに迎えに来るって!」
    「…そ、そうか……!」

    えむの言葉に、先程のメッセージが間違いではなかったのだと分かる。
    メッセージアプリを確認したら、打ちかけていた『会いたい』という言葉を誤送信してしまっていたらしい。それに対して、神代さんから『分かった』と返事がきていた。だから、今夜は神代さんが帰ってくるのだと思っていたのだが、ここまで来てくれているらしい。

    (彰人とは誤解なのだと伝えれば、神代さんと別れる事はないかもしれんっ…!)

    先程見た記事を神代さんが見ていたとしたら、きっと誤解するだろう。ただでさえ、あの夜から神代さんの気持ちに上手く合わせられず、我慢もさせてしまった。怒っているのかもしれんし、幼い子どものようだと呆れられているのかもしれん。
    確かに、あの夜の神代さんは、いつもの神代さんと少し違って、怖いと思ってしまった。だが、神代さんに触れられるのが嫌だとは、思わない。

    「えむ、悪いのだが、少し……」
    「類くんに挨拶しに行くんだよね? 行ってらっしゃい!」
    「あ、あぁ…! すまん、すぐに戻るっ…!」
    「類くんによろしくねー!」

    にこにこと笑顔の えむに頷いて返し、来た道をもどる。神代さんが何処にいるかは分からないが、迎えに来てもらうまで待つなんて嫌だ。早く話がしたくて仕方がない。いつもみたいに、オレを見て優しく笑いかけてくれたら、それだけで安心出来る。誤送信とはいえ、『会いたい』と言ったオレの言葉で会いに来てくれたのが、嬉しくて堪らなかった。
    学校からここまで走ってきたせいで、心臓がとても痛い。だが、ここで立ち止まりたくはなかった。

    (……嫌な顔をされるかもしれないと思うと、神代さんと会うのが怖い…)

    まだ怒っていて、オレが会いに行ったら、いつもと違う顔をされるかもしれない。そしたら、オレは素直に神代さんに謝れるだろうか。あの記事は誤解なのだと、説明できるだろうか。説明しても、神代さんから『別れたい』と言われてしまったら…。

    (…だが、このまま何も伝えられない方がもっと嫌だ)

    神代さんが好きだ。他の相手なんて考えられない程、神代さんを好きになっていた。だから、もし『別れたい』と言われてしまうなら、もう一度追いかければいい。今度は神代さんのファンとして、一から追いかけ直せばいい。それで、いつか隣に並んで、その時に改めて想いを伝えたい。そんな風に思えば、不思議と神代さんに会うのが怖いという気持ちが薄れていく。
    園内を駆け、神代さんが行きそうなところを見て回った。団長さんはもう話を終えたらしく、その側に神代はいない。寧々さんの姿も見えない。スマホで連絡を取ろうかとも思ったが、自分で見つけたくて、ただひたすら走った。すれ違う人が不思議そうにするけれど、今は構っていられない。

    「っ、はぁ、はっ、…はぁ、…っ、いない…」

    肺が痛くて、一度立ち止まれば、汗がぱたぱたと地面に吸い込まれていく。息をする度に、肺が痛い。何度拭っても、汗が垂れてきて気持ち悪かった。足が震えて、上手く力が入らない。だが、ここで座ってしまったら、立てなくなる気がして、無理やり足に力を入れた。
    何処にいるのか検討も付かないのに、ただ広い園内を走って探すだけでは見つかりそうにない。やはり一度連絡を入れるべきだろうか。そう思って顔を上げれば、建物の陰に人が入っていくのが見えた。

    「…か、みしろ、さん……?」

    顔がよく見えなかったが、身長の高い人だったと思う。まだ呼吸は整わないが、立ち上がってふらふらとその建物へ近寄った。お土産を扱うお店は、硝子で店内が見えるようになっている。その建物の横で、綺麗な女性が笑いかける姿が硝子に映っている。その女性の目の前にいる人は、帽子を目深に被りマスクで顔を隠していた。見覚えのあるその姿に、息を飲み込んだ。
    知らない女性が、その人の腕に触れるのが、どうしようもなく嫌だった。

    (…触れないでくれ……)

    オレだって、そんな風に触れる事がほとんどない。
    その人は、オレとは違って、誰もが名前を知っているような凄い人で、簡単に触れてはいけない人で…。だから、オレから触れるのは、躊躇ってきた。手を繋ぐのも、抱き締められるのも、いつだって神代さんからしてくれるから、隣に居ていいんだと、安心出来た。

    (そんな顔を、見せないでくれ…)

    咲希の様にきらきらした顔を、神代さんに見せてほしくない。神代さんが、他の人に魅せられるのは、嫌だ。『可愛い』って優しく笑ってオレに触れる神代さんの顔が浮かんで、きゅ、と唇を引き結ぶ。頬に触れられるのも、あの顔を目の前で向けられるのも、あの砂糖菓子みたいな甘い声音も全部、オレだけにしてほしい。他の人に、してほしくない。

    (……その人だけは、駄目だっ…)

    呼吸が上手くできない。心臓がずっと嫌な音をたてていて、喉が渇いたみたいに痛い。顔が隠れていて、神代さんの顔は見えない。だが、その顔がオレに向けてくれていたような表情をしていると思ったら、胸が痛くて堪らなかった。あの優しい顔を、他の人に向けないでほしい。オレだけに向けていてほしい。大事な人なんだ。オレの憧れで、目標で、大好きな人で、たった一人の恋人なんだ。

    「…ぇ、……」

    気付いた時には、大きな背中に飛び込んでいた。
    頭上から、驚いた様な声が聞こえた気がする。だが、今はそんな事に構っていられなくて、両腕をめいっぱい伸ばしてシャツの襟元を掴んだ。ぐっ、とその腕を強く引いて、精一杯背伸びをする。ぎゅ、と目を瞑って顔を上へ向けると、柔らかい感触が唇に触れた。
    女性の、「ひゃぁあ…」という高い声が聞こえる。オレとは違った、その可愛らしい声を出せる事が、なんだか悔しい。ぷる、ぷる、と足が震え、つま先で立つのが辛くなってきたオレの腰に、大きな手が回された。そのまま、ぎゅ、と抱き締め返されたのが分かって、ゆっくり瞼を開けると、優しい月色の瞳と目が合った。
    その いつもと変わらない神代さんの表情に、胸の奥がぎゅぅ、と苦しくなる。

    「………ご、めん、なさぃ…」

    小さな声でそう言うと、神代さんがオレの頭を大きな手で撫でてくれる。ぼろぼろと涙が頬を伝い落ちて、もう駄目だった。
    他の人を見てほしくない。他の誰かの隣に居るのを見たくない。傍にいてほしい。そんな事ばかり頭の中に浮かんで、思考がぐちゃぐちゃだ。触れられるのも、神代さんだから嬉しい。神代さんに抱き締められると安心する。だから、オレはこの人でなければ駄目だ。

    「…オレの、だ、いじな、ひとっ、…とらないでっ……」

    神代さんの胸元に顔を押し付けて、離れないよう強く抱き締める。
    神代さんが誰かと一緒にいるだけで、不安で堪らない。神代さんが望むなら別れてもいい、なんて嘘だ。こんなにも胸が苦しくて、笑顔でさよならなんて出来るはずがない。謝りたいのに、今はただ、神代さんが取られてしまうのが怖くて仕方がない。

    「っ、…る、いさんは、オレの、だからっ…」

    ひっく、としゃくり上げて、更に腕に力を込める。
    もしかしたら、あの日の神代さんもこんな気持ちだったのだろうか。オレは全く知らなかったが、オレが彰人と一緒に写っているのを見て、こんな気持ちにさせてしまったのだとしたら…。『別れよう』と言った神代さんの顔を思い出して、もっと胸が痛くなる。
    ごめんなさい、が言いたいのに、上手く言葉が出てこなくて、代わりに唸る様な嗚咽が口をついた。

    「……、…司くん、顔を、上げてくれるかい?」

    頭を撫でてくれた手が、離れていく。顔を胸元に埋めたまま首を左右に振ると、神代さんが小さく「困ったな」と呟くのが聞こえてしまった。腰に添えられた神代さんの手が、ゆっくりと力を緩めて離される。それが無性に怖くなって、しがみつく手に力を入れた。
    話をさせてほしい。あれは間違いだったのだと。避けてしまった事も、ちゃんと謝りたい。もう逃げないから、全部受け入れるから、他の人を選ばないでほしい。オレが出来ることなら、家事も料理もなんだってするからっ…!
    ぎゅぅ、としがみつくオレの両耳を覆うように、大きな手が添えられる。そのまま、ぐっ、と顔を無理やり上へ向かされ、目を見開くオレの視界が一瞬で神代さんだけになった。

    「…ん……」

    ふに、と柔らかい感触が唇を塞ぐ。瞬きすら出来ずに、視界に埋める神代さんの綺麗な顔を凝視した。閉じた瞼がゆっくりと持ち上がり、宝石の様な月色の瞳にオレが映る。
    あまりの衝撃で腕から力が抜け、呆然とするオレの体を神代さんがそっと引き剥がす。そのまま流れるように膝裏と腰に手を添えられて、瞬きをする間もなく体が抱えられた。

    「今日の練習はもう出来そうにないし、まずは家に帰ってから話の続きをしようか」
    「………ぇ、…ぁ……ぇ…、………?」
    「こんなにも可愛らしい君を、これ以上他の人に晒すのは勿体ないからね」

    うりうり、と神代さんの額がオレのに擦り付けられる。前髪が混ざり合う様な感触が擽ったい。唇に触れた熱も、視界に映る神代さんの綺麗な顔も、全て夢なのではないかと思うほど鮮烈で、思考が真っ白になったかのようだった。
    いつもの様に笑う神代さんが、「先程の話はまた後で」と誰かに言っている。なんだか騒がしい様な気がするのは、オレの心臓の音だろうか。抱えられたままの状態でカチコチに固まるオレを気にせず、神代さんが歩き出す。
    そこで漸く自分の状況が分かって、慌てて神代さんの肩を掴んだ。

    「お、おおおりますっ…!!」
    「ダメだよ、駐車場に着くまで離れるのは禁止」
    「…だ、だが、…これは、……」

    ぐぐ、と腕に力を入れるも、全く意味をなさない。どこか嬉しそうな表情の神代さんは、構わず駐車場の方へ向かっていく。すれ違う人達の視線が怖くて、神代さんの胸元から顔が上げられない。下ろしてほしいのに、神代さんの傍にいられるのが嬉しくて、上手く抵抗も出来ない。心臓が煩く鳴り続けていて、その音を神代さんに聞かれないように両手で胸元を押えた。
    他のキャストさん達が、何か言っているのが聞こえてくるが、そんなものを気にする余裕が、今のオレには全くない。

    (…………まだ、隣にいられる、のか…)

    ぼろ、ぼろ、と涙がまた溢れ出し、この状況にひどく安堵してしまった。以前と変わらない、神代さんの優しい触れ方が、堪らなく嬉しい。オレに向けられた優しい表情も、触れるだけのキスも、全て。
    ぐす、と鼻を鳴らすと、神代さんは少し困った様に眉尻を下げた。「泣かないでおくれよ」と、そう言った神代さんに、更に涙が溢れ出してしまう。ぎゅぅ、と神代さんの首に腕を回してしがみつけば、神代さんが驚いたようにオレの名を呼んだ。それがまた嬉しくて、すり、と神代さんに額を擦り付ける。

    「……大好きです、神代さん…」

    小さく小さく呟いたその声はしっかり届いたようで、神代さんは嬉しそうに表情を綻ばせた。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    6221

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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