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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    メイテイ!×× 9
    一応次で終わります〜✩°。⋆⸜(*˙꒳˙* )⸝
    ※宣言通り、本編は全年齢で終わらせます。
    本編外で、すっ飛ばした所を書きたいな、という気持ちはありますので、どこかでぽーんっと投げたいなとは思っております。本編には含めません。

    メイテイ!×× 9(類side)

    「類、あまり司の事泣かせないでよ」
    「分かっているよ。また明日、寧々」
    「お、お休みなさい、寧々さんっ…!」
    「ん。類の事よろしくね、司」

    ぱたん、と後部座席の扉を閉めて、寧々にひらひらと手を振る。まだ少し不安そうな顔をする幼馴染は、そのまま彼女の自宅へと車を発進させた。
    それを目で見送り、ちら、と隣を見ると、分かりやすく固まる天馬くんがそこにいる。肩に力が入っていて、顔を下げてしまっている彼の手に、ほんの少し指先を触れさせてみた。瞬間、びくっ、と大きく体を跳ねさせた天馬くんの口から、「ひょわっ…?!」と裏返った声が飛び出す。じわぁ、と耳も項も真っ赤に染めた彼は、恥ずかしいのか余計に俯いてしまった。それがとても可愛らしくて、つい笑ってしまいたくなる。
    小刻みに震える手をそっと掴めば、天馬くんの肩に更に力が入った。

    「行こうか」
    「………………は、ぃ…」
    「それとも、このままどこかへ夕飯を食べに行くかい?」
    「…ぁ、…えっと…」

    繋ぐ手を握り返してくれた天馬くんに安堵して、歩き出す。先程の事もあったからか、はたまた久しぶりに二人きりだから、彼がとても緊張しているのが伝わってくる。そわそわとする彼に、なんだか僕まで緊張が移ってしまい、気恥ずかしくなってきた。それなら、一度緊張を解く為に外食に行くのもいいかもしれない。そう思って提案すると、彼は戸惑った様に顔を上げ、直ぐにその顔を逸らしてしまった。黙ったまま小さく頷いた天馬くんが、ほんの少しだけ僕の方へ体を寄せてくれる。それがなんだか愛おしくて、慌てて緩みそうになる口元を引き結んだ。
    エレベーターのボタンを押して、扉が開くのを待てば、軽快な音がシーンと静まった地下駐車場に響いた。扉が開き、二人で中に入る。一階のボタンを押そうとした所で、一瞬指先が躊躇った。そのまま、22階へ行くボタンを押して、『閉』のボタンを押す。エレベーターが止まらないことに気付いた天馬くんが、不思議そうに顔を上げた。『外食では?』と目を丸くさせる天馬くんから、ほんの少しだけ視線を逸らす。

    「……僕から外食と言ったけれど、もし、天馬くんが嫌でなければ…、久しぶりに君のご飯が食べたいな、と…」

    長期の撮影中、何度も思っていた事だ。天馬くんの手料理が食べたい、と。けれど、撮影から帰ってきてすぐに家を飛び出してしまって、結局彼の料理を食べれていなかった。旅館に行ったのだって撮影の直前だったから、彼の料理は本当に久しぶりなんだ。疲れているかもしれないし、今は緊張でそれどころではないかもしれない。けれど、せっかく天馬くんと食事をするのなら、彼のご飯が食べたい。
    僕の言葉を聞いた彼は、数回目を瞬いてからその顔をふにゃりと綻ばせた。

    「それなら、何が良いですか?」
    「…良いのかい?」
    「はい。あまり凝ったものは今からでは時間がかかってしまいますが…」
    「……じゃぁ、天馬くんのロールキャベツがいいな」

    エレベーターが指定の階に着いて、扉がゆっくり開いていく。並んで降りて、部屋の方へ足を向けた。
    僕の言葉を聞いて、彼はほんの少し顔を下に向ける。何かを考えているようで、黙ってその様子を見守っていれば、パッとその顔が上げられた。

    「多分、大丈夫です。少し時間はかかるので、お風呂の準備を先にしますね」
    「…ありがとう」

    どうやら、材料を思い出していたようだ。にこにこといつもの様子に戻った様子の天馬くんに、ホッと息を吐く。緊張している彼も可愛らしいけれど、笑っている天馬くんが一等好きだ。
    家の鍵を開けて中へ入れば、天馬くんが先に中へ入っていく。くるりと振り返った彼は、僕に「お帰りなさい」と笑顔で言ってくれて、それがとても嬉しかった。「ただいま」と返して、僕も靴を脱ぐ。ぱたぱたとお風呂場へ駆けていく天馬くんは、お風呂の準備を始めてくれているようだ。
    上着を脱いで、習慣になりつつある手洗いを済ませると、天馬くんも洗面所に入ってきた。丁寧に手を洗う姿が可愛らしくて、ついじっと見つめてしまう。

    「神代さんは、リビングで休んでいてください! 今日は、とびっきり美味しいのを作りますね!」
    「…楽しみにしているよ」
    「はい!」

    スリッパが、ぱたぱたと音を立てる。キッチンの方へ駆けていく天馬くんの後ろ姿を見送って、僕も洗面所を後にした。キッチンを覗き込めば、鼻歌を歌いながら冷蔵庫から材料を取り出す彼がいる。丸々のキャベツを持って、にこにこしている天馬くんは、とても楽しそうだ。挽肉とコーンも出して、シンクの上が賑やかになっていく。あっちへ、こっちへと動き回る彼が本当に可愛らしくて、触れてしまいたくて堪らなくなる。
    手際良く進めていく天馬くんを見ながら、ゆっくりと息を吐き出した。

    (……先程のは、忘れたフリでもして、触れない方がいいのかもしれないね…)

    すっかりいつもの様子で料理をする天馬くんは、先程までの緊張も忘れているようだ。そんな彼に今余計なことを言うと、また緊張されてしまいそうで、聞き辛い。
    珍しく名前で呼んでくれたことも、彼の方からキスをしてくれたことも、泣いてしまう程僕がいいと言ってくれたことも、全てが衝撃的だった。元々僕の方からアプローチをかけて、殆ど押し切る形で交際したようなものだ。『別れよう』と言ったのは僕だけれど、彼なら笑って頷いてしまうとも思っていた。自分の気持ちを飲み込んで、“言われた事”を素直に受け取るのだろうと。けれど、その予想を裏切って、自分の気持ちを優先してくれた。それがどれ程嬉しいか。
    じっ、と彼が動くのを見ていれば、何度も目が合うように感じて首を傾ぐ。窺うようにこちらを振り返る天馬くんは、僕を見るとほんの少し肩の力を抜いて、また前を向いた。

    「どうかしたかい?」
    「ぇ、あ、いえっ…! その、た、立っていて、疲れませんか…?」
    「そんな事はないけれど…」

    僕の問いに、天馬くんが料理の手を止める。そわそわとした様子で そう問い返す彼は、視線をさ迷わせて必死に言葉を探しているように見えた。一歩彼の方へ踏み込むと、パッとその顔が上げられる。一瞬見えた天馬くんの表情はどこか固くなっている様に見えて、すぐに踏み出す足が止まった。
    僕と目が合った天馬くんが、また肩の力を抜いて へらりと笑顔を向けてくれる。なんとなく、彼が怖がっているように見えてしまって、言葉が上手く出てこなくなった。

    (それはそうだ。いつもの彼に見えても、あの旅行で僕が怯えさせてしまったのだから、そう簡単に安心出来るはずがない…)

    『別れたくない』と言ってくれて舞い上がってしまったけれど、“手を出していい”という話でもない。先程までは状況が状況でお互いに忘れていたから、近付けていただけなのだろう。こうして同じ屋根の下に二人きりであれば、彼も意識はしてしまうから逃げようとしてもおかしくない。僕の恋人でいてはくれるけれど、近付くことも警戒されては、少し傷付いてしまうね。
    どう声をかけるか迷って、この場を離れる方が彼が安心出来るのでは、という結論に至る。ゆっくり息を吐いて、出来るだけ優しく笑って見せると、天馬くんがほんの少し目を瞬いた。

    「お言葉に甘えて、向こうで待たせてもらってもいいかい?」
    「…ぁ、……はい、…ゆっくり、休んでください…!」

    へらり、とまた彼が笑う。眉尻を下げて、語尾を無理矢理高くする様に、今度は僕が目を瞬いた。
    彼の視線が下がって、そのまま くるりとシンクの方へ体が向いてしまう。とん、とん、という包丁の音を聞きながら、そんな彼の様子が気になってしまった。
    一歩、足を後ろへ下げれば、足音を聞いた天馬くんの肩が ぴく、と跳ねる。咄嗟にこちらを振り返った天馬くんが、『あ』とその表情を強ばらせた。

    「か、神代さんっ、…あの、待っている間、なにか飲みますかっ…!」
    「……そう、だね…」
    「それなら、何か用意しますねっ…!」
    「………」

    取り繕う様に、彼がへらりと笑う。包丁をまな板の上へ置いて、冷蔵庫の方へ駆け寄る姿に、なんだか違和感を覚えた。もう一歩下がると、冷蔵庫を覗いていた天馬くんが、パッと僕の方を見る。そうして、僕を見てからまた顔を逸らした。心なしか、彼の表情が先程より強ばっているように見えてしまって、唇を引き結ぶ。
    “僕の足音”で過剰に反応している天馬くんは、冷蔵庫から飲み物を取ってコップに注いでいく。それを持って僕の方へ真っ直ぐ寄ってくると、彼はへらりとまた力なく笑った。

    「…どうぞ」
    「………ありがとう…」

    コップを受け取ると、天馬くんはすぐに僕に背を向ける。飲み物を冷蔵庫にしまって、また包丁を手に取った彼は、こちらを見ない。僕を見ないように気を張っている様にも見えてしまって、ほんの少し胸の奥がきゅ、と苦しくなった。

    「ねぇ、天馬くん」
    「……な、んですか…?」
    「ここで、見ていてもいいかい?」
    「え」

    僕の言葉で、パッと彼の顔が上がる。振り返った天馬くんの表情は、どこか嬉しそうに見えてしまった。この変化が、僕の気の所為でなければいい。
    ゆっくりと彼の方へ近寄って隣に立つと、僕を見上げていた彼がほんの少し視線を横へ逸らした。

    「構いません、が…神代さんが、暇になりませんか…?」
    「それなら、一緒に話をしよう。この数日の事を聞きたいのだけど、どうかな?」
    「っ…、……はい…!」

    大きく頷いて、嬉しそうに笑う天馬くんが、僕の服の裾を掴む。きゅ、と指先でしっかり摘まれた裾を見て、気付かれない様に肩の力を抜いた。
    どうやら、“僕と二人きりでいる事”ではなく、“僕がいなくなる事”に気を張っていたみたいだ。ここ数日、彼を一人にしてしまったせいだろうか。いや、突然『別れたい』と僕が言った事が原因かもしれない。そう思うとなんだか申し訳なくて、天馬くんを後ろからそっと抱き締めた。「ひょわっ…?!」と驚いた彼が、大きく肩を跳ねさせて固まる。そんな天馬くんのお腹の辺りで手を組んでくっついて、ふわふわの髪に顔を埋めた。じわぁ、と彼の耳の縁が赤くなっていくのが見えて、緩みそうになる口元を引き結ぶ。

    「か、神代さん…、危ない、です、よ…」
    「……天馬くん、好きだよ」
    「へぁ…?! な、なぜ、急にっ……?!」
    「あんな事を言った手前、今更何を、と思うかもしれないけれど、ずっと隣に居てほしいって気持ちは、変わっていないんだ」

    『別れたい』なんて、思っていない。それでもあの時言葉にしてしまったのは、ほんの少しの不安と焦り、それから、多分嫉妬。自分のせいだとしても、避けられるのは本当に辛かった。他人にとられるかもしれない、なんて柄にもなく焦って、つい言葉に出てしまったのだと思う。彼が『嫌だ』と言ってくれる事を願って、彼が『分かりました』と頷くかもしれない可能性を忘れて。

    「君から『会いたい』と連絡が来て、嬉しい反面、緊張してしまったよ」
    「……あれは、慌ててスマホをしまった時に、誤って送ってしまっていて…」
    「誤送信でも、僕は嬉しかったんだよ」

    緊張しているような小さな声に、可能な限り優しい声音で返す。申し訳なく思っているのだろうか。後ろから抱きしめてしまったから、彼の顔が見えない。どんなかおをしているだろうか。もし、泣きそうな顔をしてしまっているなら、間違えてしまったことくらい気にしなくて良いのだけど。彼の方からメッセージが来た、というだけで僕はとても嬉しかったのだから。
    なんと返すか悩んでいれば、彼のお腹へ回した腕に、温かい熱が触れる。重なる様に掌が僕の手の甲を覆い、そっと握られた。

    「……何度も、考えて、…だが、他に言葉が浮かばなかったんです。神代さんと直接話がしたくて…ずっと、思っていた言葉だったので…」
    「…それって、僕に『会いたい』と、思ってくれていたってことかい…?」
    「………………………会えないのは、寂しかった、ので…」

    僕の方へ寄りかかるようにして体重をかけてくる天馬くんに、瞬きも忘れて目を丸くさせてしまう。
    分かりやすく、彼が甘えてくれている。組んでいた手を解いて、天馬くんの手を握り返した。僕より少し小さな手が、ぎゅぅ、と強く握ってくれる。それに きゅぅ、と胸の奥が苦しくなって、唇を引き結んだ。
    『寂しかった』なんて可愛らしい事を、天馬くんから言われるなんて思ってもいなかった。彼は、僕がいなくても平気なのだと、そう思っていた。いつもの様に笑顔で迎えてくれて、『大丈夫だった?』という問いに、『大丈夫でした』と笑うのだと。
    あまりメッセージを送ってくれない天馬くんが、悩む程僕に『会いたい』と思ってくれていたなんて、想像もしていなかった。あのメッセージに、そこまでの思いがあったのかと思うと、どうしようもなく触れたくて堪らなくなる。

    「……天馬くん、キス、しても良いかい?」
    「んぇっ、…い、今、ですか…?!」
    「うん。落ち着いてからにしたら、また止まれなくなってしまうから、今一回だけ、ね?」

    こっち向いて、と彼の手をそっと引くと、恥ずかしいのか天馬くんが顔を俯かせて小さく唸り始めた。食事が終わった後のやる事がない時にキスなんてしたら、また彼に手を出してしまうかもしれない。それなら、今一度だけと決めて、触れるだけのキスをする方が良い。
    中々こちらを向こうとしてくれない天馬くんの耳元へ顔を寄せ、「ダメかい?」と小さく問いかけると、彼の体が小さく跳ねた。身を固くしてそわそわとする天馬くんの手が、僕の手を ぎゅ、と握り返してくれる。俯いたままの彼が、「だめ、では、…ない、ですが…」と小さな声で返事を返してくれる。
    僕のお願いに弱い天馬くんに、口元が少しだけ緩んでしまう。赤く染まった耳の縁に唇を触れさせて彼の名前を呼べば、じわぁ、と彼の白い項まで赤く染まっていった。

    「………ぁ、の…」
    「うん、なぁに、天馬くん」

    消え入りそうなほど小さな声に耳を傾けて、天馬くんを後ろからぎゅぅ、と抱き締める。赤くなった顔は変わらず俯かれたままで、全く見えないのが寂しい。

    「……ご、はん、の…後に、しませんか…?」
    「今は、駄目かい…?」
    「…だ、だめ、では、ないです…。……ただ、…一回だけなのは、…オレが、嫌です…」

    天馬くんの恥ずかしそうな声に、思わず言葉を飲み込んだ。
    照れ隠しのように慌てて料理を再開する天馬くんは、僕の方を振り向かないようにしていて、彼が今どんな顔をしているのか分からない。ただ、綺麗な髪の間から見える耳も項も真っ赤に染まっていて、可愛らしい反応をしている事だけは分かってしまう。
    キャベツに肉だねを入れて、くるくる巻いていく天馬くんを抱き締めたまま、彼に言われた言葉の意味をゆっくり咀嚼する。

    「…………何回も、して、いいのかい…?」
    「……か、みしろさんが、して、くれるなら…」
    「………また、君を怖がらせてしまうかもしれないよ…?」
    「………………そ、の、こと、ですが…」

    パスタの麺をぱき、ぱき、と折り、キャベツの葉を止めていく。それを鍋に並べて入れて、お水が注がれた。火をつけて、しっかりと手を洗った天馬くんが、ちら、と僕の方を一瞬見てから、またすぐに顔を逸らす。

    「………オレ、そういう事に、疎くて、神代さんに迷惑ばかりかけるかもしれませんが、…さ、最後まで、…したい、です…」
    「……ぇ…」
    「ほ、ほんの少しですが、勉強もしましたっ…! ですから、…ご飯の後、…全部、ぉ、教えてください…」

    ぎゅ、と僕の腕を掴む天馬くんが、必死に言葉を選んでそう返してくれる。あまりに衝撃的で、内容が上手く理解出来ず、すぐに返事が返せなかった。
    “そういう事”とは、なんだろうか。“最後”というのは、何の最後だ。無理をさせたくないから、今したいと言ったのに、彼はどう思ってこんな事を言ったのだろう。

    (…彼のことだから、キスの仕方なのだろうけど……)

    彼が、この先を望んでいるなんて、そんな事があるわけが無い。となれば、あの夜にしたキスを“最後まで”ということなのだろう。けれど、キスの時に彼が泣いた理由を、僕はまだよく分かっていない。いつもと違うから、驚かせてしまったのかもしれない。もしくは、あまり積極的なのは苦手なのか。とにかく、天馬くんを泣かせてまで彼と進展したいわけではない。
    耐えきれずに手を出してしまった僕が言えることではないけれど、急ぐ必要もないのだから、もう少し彼が落ち着くまでは待つ方がいいだろう。

    「それなら、後で一緒に練習しようか。いつものキスから、数日かけて少しづつ…」
    「ぁ、いえっ…、キスだけではなくて…」
    「ふふ、勿論、寂しい思いもさせてしまったのだから、今日は恋人らしい事もしようじゃないか」

    ソファーで抱き締め合うことも、手を握って沢山名前を呼び合うことも久しぶりになるので、今夜はそういう時間も過ごしたい。天馬くんもそうなのだろう。そう思ってからかい半分で提案すると、真っ赤な顔をした天馬くんが大きな声を出した。

    「…あ、ぅ、…ゃ、…ぇ、…え、エッチな事も出来ますからッ…!!」

    『お手柔らかに』と、恥ずかしそうな彼の反応を予想していた分、想像と違う返しに瞬きすら忘れて固まる。大きな声で返してくれた彼が僕の方へ振り返り、真剣な顔で僕を見上げる。宝石の様な瞳には涙が滲んでいて、肩や手が微かに震えていた。それでも、怯えているとか、後悔しているような様子はなく、強い意思が伝わってきて、僕の方が困惑してしまう。
    言葉の意味を頭で何度も繰り返し咀嚼して、少しづつ理解していく。理解する程、どうしてこんな話になったのか、分からなくなっていった。目の前にいるのは、大切な恋人であって、歳下の幼い愛おしい人だ。それに間違いは無い。数日前までキスだけでいっぱいいっぱいになっていた、性に疎い男の子、だったはずだ。

    「………待っておくれ…、少し、整理しよう…?」

    真剣な顔の天馬くんに、僕の方が先に追いつけなくなって、待ったをかけた。

    ―――
    (司side)

    「……えっと、つまり…、後輩の子に“そういう本”を借りて、一人で勉強していた、と…」
    「さ、さすがに全部は見られなかったのですが…、そ、そういう行為が、ある、のは、知りました…」

    食事が済んでから、神代さんにこの数日の事を細かく聞かれてしまった。眉間に皺を寄せて頭を押さえる神代さんを見ると、なんだか悪い事をしてしまった気分だ。実際、高校は卒業したとはいえ、あまり良い本とは言えないものを見たのだから仕方あるまい。
    だが、それでも神代さんともっと近付きたいという気持ちはある。神代さんがしたい事を、叶えたい気持ちだってある。我慢をさせてしまう事だって嫌だ。それで神代さんが離れていってしまうかもしれないと考えると、怖い。
    何が起こるか分からなくて“怖い”と思うなら、少しでも知っておきたいと思ったんだ。

    「…僕に、天馬くんに対してそういう欲求がある以上、君には知っていてもらえるのは有難いことだよ。危機意識としても大切だからね」
    「……き、きいしき、ですか…?」
    「そう。きっと、君があの時泣いたのも、“僕が危険だ”と思ったからかもしれないね」

    神代さんの穏やかな声音に、きゅ、と唇を引き結んだ。
    神代さんが悪い人ではないと、知っている。オレに対していつも優しくて、何かあるとすぐに助けに来てくれる、ヒーローみたいな人だ。触れられるのも、キス、も嫌ではない。
    だからこそ、あの時泣いてしまった事は、オレ自身にもよく分からなくて戸惑った。戸惑ったが、本当に嫌だったわけではないんだ。

    「…神代さんになら、何をされても、良いです」
    「そういう言葉を簡単に言ってはいけないよ。もう少し時間をかけて、ゆっくり進むのも、大切だと思うからね」

    神代さんに、ぎゅ、と手を握られると、ドキドキする。
    隣に並んで座るだけでも、オレにとってはとても大きな事で、どうしたって緊張してしまう。一緒に食事をするのは楽しい。神代さんと本を読むのも好きだ。映画を見るのも、その後沢山感想を話すのも大好きだ。
    名前を呼ばれて、手を繋いで、キスをされるのも、嫌ではない。心臓が破裂してしまいそうな程ドキドキもするし、顔から火が出そうな程恥ずかしくて、更に緊張もしてしまう。だが、その時の事を思い返すと、不思議と胸の内が熱くて、ふわふわとした気持ちにもなるんだ。

    「………神代さんの、笑う顔が…好きです」
    「ぇ、…ぁ、りがとう…?」
    「…優しい声とか、触れ方も、好きです。手を繋ぐときとか、とてもドキドキして、この辺りが、ぎゅっ、てします……」

    声が震えていることには、気付かないでほしい。
    胸の辺りに手を当てて、必死に言葉を並べる。神代さんが優しいのは知っている。だからきっと、オレの為に、オレのペースに合わせてくれようとする。それはきっと、幸せな事だ。大切にされている、というのは、とても特別な事だ。
    だが、それは神代さんだけではない。オレだって、神代さんが大切だから、合わせたいと思う。彰人の言うように、一方的に我慢をさせたいわけではない。

    「…あの時、は、神代さんが、違う人に見えて…少し、怖かったんです」

    真剣な顔をする神代さんが、オレの知る神代さんと少し違った。
    真剣な神代さんもかっこいいとは思う。だが、優しい神代さんとは違って、それが怖かった。いつもと違うから、少し驚いてしまっただけなんだ。今のように優しい顔でされるなら、多分、平気なのだろう。
    繋ぐ手を強く握り返して、神代さんの肩に寄りかかる様に頭を預ける。ほんの少し顔を上げて神代さんを見上げると、珍しくその白い頬が赤く染まって見えた。

    「…優しく、してくれますか…? ……類さん…」
    「っ、…」
    「……類さんがしたい事、を、…オレも、したい、ので…」

    心臓の音が、とても大きく聞こえる。
    顔が熱くて、目眩がしそうだ。喉が渇く気さえして、ごくん、と口の中に溜まった唾液を飲み込んだ。緊張で手汗も滲んでいる気がする。
    これで神代さんに『駄目』と断られたら、落ち込んでしまいそうだ。たったこれだけを言葉にするだけに、こんなにも勇気がいると思わなかった。“言えた”という達成感よりも、“言ってしまった”という思いの方が強い。
    歳下のオレが神代さんにこんな事を言うのははしたないのではないだろうか。というより、神代さんは本当にオレとあの本のような事をしたいと思っていたのだろうか。もし違っていたら、オレが変な奴に思われるのでは…。
    言ってしまった言葉は撤回出来ない。恥ずかしさで今すぐ消えてしまいたかった。頭の中がめちゃくちゃで、視界がじわりと滲んでいく。

    「…ぁ、の……」

    『今のは無しで』と無かったことにしてしまいたい。
    黙ったまま何も言わない神代さんに、より一層マイナスの方向へ思考が向いていく。段々と怖くなってしまって、視線が横へ逸れた。神代さんの表情を、見れない。逃げ出したいのに、足が震えて立つことも難しそうだ。ぐるぐると目の前が回っている様な気さえして、なんだか気持ち悪い。
    そろ、と繋ぐ手を離そうと力を抜くと、その手が強く握り締められた。

    「え…、ぁ、…んぅっ…」

    大きな手で顔を上へ向かされ、唇に柔らかいものが触れる。至近距離に神代さんの顔があって、ぶわりと顔が熱くなっていく。体が後ろへ傾いて、ソファーの背もたれへ倒れた。喉が少し反れて、心臓が先程より煩く鳴り始める。ちぅ、と唇が軽く吸われて、神代さんがゆっくり顔を上げた。
    じっ、とオレを見る神代さんの顔は、やはり、少し赤く見えた。

    「君が思う程、僕は優しくないんだ」
    「……ぁ、…ぅ…」
    「今度は、泣かれても止めてあげられないと思う」
    「っ………」

    唇を、神代さんの親指がそっと撫でていく。
    じわわぁ、と胸の奥から熱が込み上げてきて、息を飲み込んだ。神代さんが、見たこともない顔をしているのに、怖くは無い。いつもと違う、どこか余裕のない表情に、心臓が更に煩くなっていく。
    はく、と声の出ない口を開くと、神代さんの手が、オレの頬に優しく触れた。

    「それでも受け入れてくれると言うなら、君の方から、キス、してくれるかい?」
    「………、…」
    「覚悟が必要なら、日を改めてもいい。その時は、手を払って教えておくれ」

    優しく瞳を細めて微笑んでくれる神代さんに、胸の奥が ぎゅ、と苦しくなる。
    オレの声が出ないことを察して、そう提案してくれているのだろう。逃げ道も、作ってくれている。正直、今のこの状況でさえ、心臓が壊れてしまいそうな程煩くて、消えてしまいたい程恥ずかしい。“求められる”というのが、怖いとも思う。期待に応えたいけれど、先に進むのが怖くて堪らない。だが、逃げたくないという気持ちもある。
    優しいのに、どこか泣きそうな顔をする神代さんの表情に、きゅ、と唇を引き結んだ。目を瞑って、押し付ける様に神代さんへキスをすれば、月色の瞳が丸くなった。

    「…っ、……ど、ぅぞ…」

    頬に添えられた神代さんの手に片手を添えて、すり、と頬を擦り寄せる。
    逃げたくはない。覚悟と言える程立派な意思は無いが、神代さんが相手なら、なんだって受け入れたい。神代さんだけに、我慢をさせたくない。頑張ると決めたんだ。
    むん、と口をへの字にして、必死に眉を吊り上げて見せる。
    『大丈夫』と表情で訴えると、きょとん、としていた神代さんが小さく吹き出した。

    「それなら、お言葉に甘えさせてもらうね。司くん」

    ちぅ、ともう一度キスをした神代さんは、いつもの優しい表情でオレの手を引いた。


    ―――小話―――

    「そうと決まれば、まずは準備といこうか」
    「…………準備…?」
    「良ければ、僕が手伝ってもいいかい? 一緒にお風呂に入ることになるけれど」
    「…っ、んぇ…?! ひ、一人で出来ますっ!!」
    「そうかい…? それなら、ゆっくり準備をしておいで。気持ちの整理も、ね」
    「っ〜〜……、…か、神代さんも、逃げないでくださいねっ…!!」バタンッ
    「……はぁ………」ずるずる…

    お互いにパニックになっている為、それぞれが内心大騒ぎとなっている事をお互いに知らないバイトさんと俳優さんであった。
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    😍😭👏😭🙏💴💖🙏🙏🙏🙏🙏😭☺💒💯😭🙏💒💯💴💴💴🙏🍆🙏🙏💜💛😭🙏💖💖💒💒💒💒☺💒😭👏🙏💖😭💖😭👏😭
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    6221

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
    6142

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