日輪の沈んだ日「こんにちは、鋼鐵塚さん。」
一仕事終えたばかりの鋼鐵塚の元を訪れたのは炭治郎の妹、禰󠄀豆子だった。
今はもう鬼の居ない世界。ひょっとこの面を被って顔を隠す必要も無くなった鋼鐵塚は髪を下ろし、茶褐色の瞳を禰󠄀豆子に向けた。
「竈門の妹か。久々だな。炭治郎に頼まれた刀今日研ぎ終わったぞ。」
「はい、そろそろ出来上がる頃かと思って来てみたんです。丁度良かった。」
「待っていろ、今用意する。」
鋼鐵塚は工房の奥から鞘に納められた日輪刀を手にし禰󠄀豆子へと差し出した。
煉獄の鍔が取り付けられた日輪刀は鬼が居なくなって数年経った今でも鋼鐵塚の手によってその輝きを失わず神がかり的な存在感があった。
「ありがとうございます。後これ、お兄ちゃんから鋼鐵塚さんに渡してくれって頼まれました。」
禰󠄀豆子が差し出してきた風呂敷には鋼鐵塚の好物のみたらし団子が包まれていた。性格が真面目な炭治郎は刀鍛冶の里で上弦の鬼と闘って勝利し、蝶屋敷で療養していた頃に鋼鐵塚に指示された通り、定期的にみたらし団子を鋼鐵塚の元へと届けていたのだった。
「みたらし団子か。まぁ散々俺の刀を折ったり無くしたりしたんだから持ってくるのは当然だが、炭治郎は元気か。」
炭治郎が鋼鐵塚の元を訪れたのは三ヶ月程前だった。炭治郎自身も刀の手入れは怠らずにやっていたがやはり職人の様にはいかない。年に一度、鋼鐵塚に手入れを依頼しにみたらし団子を手土産に訪れていたのだが今日やってきたのは妹だったことを鋼鐵塚は珍しく思っていた。
「そのことなんですが…。」
禰󠄀豆子の顔が曇った。禰󠄀豆子は片手で懐から一通の手紙を取り出すとは鋼鐵塚に差し出した。
「これ…、お兄ちゃんからです。直接渡してくれって頼まれました。」
鋼鐵塚は禰󠄀豆子が差し出してきた手紙を手に取ったが一寸封筒に書かれた自分宛ての炭治郎の文字を眺めた後、「こんなものは要らない。」と手紙を投げ捨てた。
「えっ?ちょっと何するんですか!」
「うるさい、いいからみたらし団子を寄越せ。俺はそっちに用があるんだ。」
禰󠄀豆子が持っていたみたらし団子を日輪刀と引き換えに奪い取り、包みを開いて団子に齧り付いた。
「あの…、お兄ちゃんの事なんですけど…。」
「炭治郎に言っておけ。」
「えっ?」
困惑する禰󠄀豆子に向かって鋼鐵塚は吐き捨てるように言った。
「刀を折ったことは許してやる、ってな。」
そう言って鋼鐵塚は禰󠄀豆子に背を向けた。
「もうみたらし団子も持ってこなくていい。」
「…っ…。」
相変わらず上から目線の言いまわしだったが禰󠄀豆子の眼には涙が浮かんだ。禰󠄀豆子の眼に映る鋼鐵塚の背中がぼやけた。ずっと泣きたいのを必死に堪えていた禰󠄀豆子だったがついに涙腺が崩壊した。
「…お兄ちゃんが…、ひっく、…感謝していますと…、伝えてくれって…。」
涙の止まらない禰󠄀豆子を背後に鋼鐵塚は炭治郎の笑顔を思い出していた。刀を無くされたり折られる度に炭治郎を追いかけ回していたことが昨日のように鮮明に思い出された。鋼鐵塚も自分が携わった剣士は炭治郎だけではなかったがその中で唯一自分の腕を認めずっと頼ってきてくれたのは炭治郎だけだった。
「…刀はこれからも持ってこい。あいつの刀は最後まで俺が面倒みるんだからな!いいか、わかったか!絶対に他のやつになんかみせるなよ!みせたらただじゃおかないからな!」
「…はい、…っ。」
禰󠄀豆子を見送った後、鋼鐵塚は自分が投げ捨てた炭治郎の手紙を拾い上げた。力の入らない手で必死に書いたのだろう。宛名に書かれていた鋼鐵塚の名前はよれていて書いた本人の体力の限界を感じさせていた。
「最後まで律儀な奴だな。畜生、未だに上弦に切られた目が痛くて堪らないんだよ…。」
鋼鐵塚の足元にポタポタと水滴が落ちて地面に染みを作っていた。
「炭治郎…っ…。」
窓から夕日が差し込んで鋼鐵塚の背を照らしていた。
…俺の刀をありがとうございます…
震える鋼鐵塚の耳に微かに炭治郎の声が聞こえた気がした。