嫁騒動①とある年の十月三十一日。
「今日は俺の誕生日だ、派手に祝え。」
兄上と宇髄さんが同じ時間帯に任務を終え、偶然出会った帰り道のことでした。
「そうか!それはめでたいな!おめでとう宇髄!」
兄上は人の幸せを自分の喜びとする方なので心から宇髄さんの生誕を祝い、満面の笑みを作りました。いつ死が訪れるかわからない鬼殺隊では誕生日を無事に迎えられるというのはとても喜ばしい一大行事なのです。それに託けてこの男、兄上が自分に眩しい程に最高の笑顔をむけて祝福の言葉を述べただけでは満足せず、兄上にそれ以外の事も要求してきていて、俺は家で呑気に寝ていたのでこんな夜中に事件が起きていた事を何も知りませんでした。
兄上は宇髄さんと横並びに歩きながら記念に祝いの物をあげようと何か欲しいものはあるか、と聞きました。宇髄さんは兄上を横目で見下ろしてにやりと笑い、歩を止めて兄上と向かい合いました。
宇髄さんはふと、思い出すようにきょろきょろと辺りを見渡してからふう、と息を吐いていて兄上は挙動不審な男だなと思いながら見ていました。
「何をきょろきょろしているのだ、宇髄。」
「いや、こんな時はいつも邪魔する奴がいたりするからな…。」
「邪魔…?何の話だ。誰も居ないぞ。」
宇髄さんの言う邪魔者が誰の事を指しているのかは知る由もありませんがまあ、大体の想像はついております。俺は無意識領域にいるにも関わらず本能的に顳顬に青筋を立てておりました。
「物は要らねえから付き合って欲しい所がある。」
「どこに行くんだ?」
「風呂。」
「なんだ、背中を流して欲しいのか。だがこんな夜中にやってる銭湯などないぞ。」
「銭湯なんて爺ばかりいる所なんか行くか。温泉に行くんだよ。」
そうです、宇髄さんは大の温泉好きなのです。彼は暇さえあれば嫁三人を連れて秘湯巡りをし、日頃の鬼殺隊の苦労を忘れてととのっているのです。
「ふむ、温泉か!たまには良いな!千寿郎も一緒に連れて行ってやりたいのだが…。」
「弟は無しだ。」
寝ている俺の額に二本目の青筋が浮かびました。
「何故だ?君を祝うのに俺一人より他にもいた方が良くないか?君はさっき派手に祝えと言ったじゃないか。」
「じゃあいい、お前は地味に祝え。大体お前は俺より派手でむかつく。」
「何なんだ君は。」
全く訳のわからない男でした。
そんな宇髄さんの脳裏には家の廊下の影からどす黒い空気を出す俺の姿が浮かんでおりました。
「あと一つ言っておく。これから行く温泉はまだ誰にも知られてない秘湯なんだが難点があってな、山奥にあるだけあって猿が出るんだ。」
「猿…?」
「またこれが凶暴な猿でな、俺とお前なら猿を巻くことは出来てもお前の弟を連れてったが為に逃げ遅れて襲われでもしたら温泉どころじゃなくなるだろ?俺も今日くらいゆっくりしたいし、二人で行こうぜ。」
「ふむ…、たかが猿くらい大丈夫だとは思うが。」
兄上が宇髄さんに対して何故猿如きにそこまで警戒するのか訳がわからないと言った表情をすると宇髄さんは「馬鹿野郎!猿を舐めるな!」と、言いながら兄上の両肩を掴み前後に激しく振りました。兄上の頭がぐわんぐわんと揺れ、普段からどこを見ているのかわからない目が一層大きく見開かれて漠然としておりました。
「…⁉︎⁉︎わかった、…君の言う通りにしよう。」
宇髄さんに揺すぶられて兄上は思考の機能が一時的に落ちたらしく、何だか訳がわからないまま返事をしてしまい、結局、俺を差し置いて二人で温泉に行くことになったのでした。
「此処が君のま言う秘湯か!中々良い所だな!」
紅葉した山々の間を流れる渓流の脇の岩場にそれ程大きくはないものの豊富に湧き出ている白濁した湯が煙を立てて溜まっておりました。
「着替える場所なんてないからその辺の岩陰で着替えろよ。あ、でも別に関係ねえか、男同士だし。」
宇髄さんは機嫌が良さそうに笑いながら髪を下ろし、自分の着ていた隊服の釦を外しました。
「そういえば宇髄、ここへ来るまでに猿などいなかったではないか。」
「たまたまいなかっただけだろ。」
宇髄さんに軽くいなされた兄上は神妙な顔をしながらも宇髄さんに続いて上着と襯衣を脱ぎました。千寿郎も連れてきて問題なかったな、と思いながらベルトを外して袴を下ろそうとした時に兄上は背中に妙な視線を感じました。背後から少し離れた所に生えていた樹木から大きな梟が一匹、獲物を見つけてふわりと静かに飛び立ちましたが兄上が感じた視線は梟ではなかったのです。
「何だ宇髄。そんなに見られては脱ぎにくいじゃないか。」
「あー、気にしない気にしない、どうぞ脱いで丁髷
。」
「む…、そうか。」
兄上は宇髄さんの取るに足らない洒落に眉を顰めながら袴に手を掛け、もう一度宇髄さんの方を振り返って見ると涼やかな笑顔で指先を下にした両の手のひらを兄上に向けて後押しする仕草をしているのに対してもやもやした気分になりました。
「…むぅ…。」
こいつやばいんじゃないか、と兄上は宇髄さんを訝しみながらも袴と下帯を脱ぎ、岩陰に一箇所に纏めて置くと温泉の方へ先に歩いて行きました。
(安産型の尻だな。)
宇髄さんは目の前に現れた兄上の尻を見て思いました。女性を尻で評価するこの男にまさか自分の尻まで評価されているなど心にも思わない兄上は湯に足を差し入れると、ざぶん、と身体を沈めていきました。
「宇髄、君も早く入るといい!この風呂は最高だぞ!」
「おー、今行く。」
裸になった宇髄さんが温泉に近付いて来て、兄上がふと上を向くと宇髄さんの魔羅が目に入りました。
「おお!」
兄上は驚嘆の声をあげました。
「君は体格がいいから付いているものも立派だな!羨ましい!」
「派手さでお前に負けてもこっちじゃ負けねえよ。俺は毛が生え揃うのも早かったんだぜ。」
「ほう、いくつの時だ。」
「教えてやろうか?…ボソボソ…。」
「はっはっはっ、それは早いな!」
暫く二人でたわいのない雑談をしながらのんびりと風呂に浸かっていると兄上の頬が次第に赤らんできました。兄上はきっと俺も連れて来てやれば喜ぶだろうと、風呂に浸かる俺の姿を思い浮かべてにこにことしていました。
「宇髄、君のおかげで良い所を知れた。今度弟も連れてこようと思う。」
兄上が嬉しそうに話すと宇髄さんは兄上に近寄って来ました。
「お前ほんと弟想いだな。」
「ああ、可愛い弟だ。」
この時宇髄さんは既に縁切りをした自分の弟を思い出していました。無邪気だった幼い弟がいつの日からか冷酷な目と刃を向け、自分を殺そうと何処までも追いかけて来た過去。いっそのこと殺してしまおうと思って殺せなかった父と弟。ぼんやりと二人のことを考えた後、風呂の熱で呆けながら少しずつ忘却の彼方へ追いやって行きました。
「…じゃあ、感謝ついでに俺にご褒美くれよ。」
「褒美…?」
宇髄さんは兄上の耳に手をかけました。
「ああ、少し位お前から貰ったって罰は当たらないだろ。」
兄上が見上げると真顔の宇髄さんが兄上の顔に自分の顔を近づけてきました。
「う…宇髄?…何を…。」
「黙ってろ。」
宇髄さんの唇が兄上の唇に触れそうな距離まで近づいてきたその時に、遠くから女性の話し声が聞こえてきました。
兄上と宇髄さんが声のした方を振り返ると蜜璃さんとしのぶさんが二人で会話をしながら温泉の方に向かって歩いてきているのが見えました。
「げえ、胡蝶と甘露寺じゃねえか!何で此処にいるんだよ!」
慌てた宇髄さんと兄上は瞬時に風呂から飛び出すと大きな岩陰に身を隠しました。
「この温泉宇髄さんのお嫁さん達に教えて貰ったのよ。今度任務の帰りに寄りたいなーって思ってたの。」
(あいつら、勝手に教えたな!)
口止めしときゃ良かった、と宇髄さんは思いましたが今更、時既に遅し。
「素敵な所ですねえ。雰囲気も良いですし。此処なら人も来なそうだから女性でもゆっくり汗を流せますね。」
「でしょ?しのぶちゃんと帰りが一緒になったからいい機会だと思って。さ、入りましょ。」
蜜璃さんとしのぶさんは誰もいない風呂に近づくと、きゃあきゃあ言いながら服を脱ぎ、温泉に入って湯を楽しんでいました。まさか自分達の直ぐ傍に気配を消した裸の男二人が隠れているなと思いもせずに自然の恩恵を受け、のんびりくつろぎ始めてしまったのです。
兄上と宇髄さんはじっと岩陰に張り付いていて、とても今、出て行ける状況ではなくなってしまったことに焦っておりました。
『さ、さみい…。』
冷たい秋風が吹き荒ぶ明け方の空の下、すっかり身体が冷えてしまった二人は震えていました。
『ど、どうする、宇髄。こ、このままでは身体を悪くしてしまうぞ。』
幸い服は二人に見えない場所にあったので気付かれずに済んでいました。しかし取りに行くには流石に見つかってしまう所で、今出て行ったら蜜璃さんとしのぶさんに変態扱いされて騒がれた挙句毒を盛られかねない為、宇髄さんと兄上は互いに身体をくっつけ合って寒さを凌ぐ意外ありませんでした。
『あー、もう、早く帰れよ、あいつら!』
宇髄さんが苛々して愚痴をこぼしましたが当の女性二人は風呂の中で長々と恋バナを展開する始末で、兄上と宇髄さんは懊悩、煩悶し、次第に幻覚が現れ始めて目の前の岩が褌姿の悲鳴嶼さんに見える、という所まで追い込まれておりました。
『れ、煉獄、も、もう少しこっち寄れ。密着した方が温まる。』
『そ、そうだな、この際、し、仕方なし。』
宇髄さんが兄上を背中からしっかり抱える姿勢を取り、兄上も宇髄さんの腹に自分の背をぴたりとくっつけました。
『な、なぁ宇髄、い、今更だが隠れる必要なんてあったのか?ど、堂々と風呂に入っていればそれでよ、良かったと思うのだが…。』
『た、確かに、隠れる必要は…なかったな。』
お互いにくっ付く肌があったかいのは良いのですが兄上は俺にはとても見せられない姿だと複雑な気持ちで一杯になり、『不甲斐なし…。』と呟いて俯いておりました。宇髄さんはじっと息を潜めているうちに目の前でしおらしくしている兄上の濡れた髪が張り付いた首筋に悶々とし始め、今の自分達が置かれた状況に対して変な気分になってきて、舌を出すと兄上の首筋をぺろりと舐め上げました。
『なっ!…何をする宇髄!』
兄上が驚いて身を固くしました。
『やべえ、何か身体が反応して…。』
ちゅう、と首筋に吸い付いて赤い花弁を散らすと兄上の胸に手を這わせ始めました。
腰の辺りに異物を感じた兄上は宇髄さんを振り解きたかったのですが何せ岩の向こうには一糸纏わぬ姿の蜜璃さんとしのぶさん、こちらも丸裸の男二人で動けず声も上げられずで酷く困惑していました。
『駄目だ宇髄!寒さで気が触れたか?正気に戻れ!』
『気なんか触れてねえよ、…俺は本気だ。』
そう囁いた宇髄さんの舌が今度は兄上の耳の裏を這いました。兄上は思いました。このままでは宇髄に菊門を狙われる。それはいやだ。少しでも身を守る為兄上は尻に力を入れて締めました。
『う…、やめるんだ宇髄、俺は君とは出来ない!俺には千寿郎がいるんだ!』
『兄弟でいいのかよ…?血の繋がった弟に手を出すことに何の罪悪感もないの、お前。』
『それは…、…っ!』
宇髄さんの指先が寒さで硬直した兄上の胸の淡い突起にかかり、兄上の身体は大きくのけぞりました。
兄上の脳裏には俺の姿が浮かんでいました。兄上は幼い頃からずっと守り慈しんできた俺に情慾を向け、自ら手をかけてしまうことに対して何も思わなかった訳ではありませんでした。只、自分がどうしても求めてしまった存在が俺だったというだけで他に理由はなかったのです。
『頼むから…やめてくれ…。俺は…、自分に嘘はつけない…。』
兄上が苦しげな表情で宇髄さんに懇願していました。僅かに震えている兄上を見て宇髄さんは兄上の胸から手を離すと溜息を吐きました。
『…他を選んだ方が楽になれるぞ、煉獄。お前の弟もこれ以上悩むこともねえ。』
『…。』
『今ならまだ引き返せるぞ。』
『…。』
「…あいつら帰ったみたいだな。」
いつの間にか蜜璃さんとしのぶさんの姿は消えていました。宇髄さんは兄上の腕を引っ張って立たせ、もう一度風呂に入って冷えた身体を温め直しました。すっかり大人しくなってしまった兄上を宇髄さんはちらと見ました。
「…悪かったよ、もうしねえから辛気臭い顔すんなよ、らしくねぇな。」
「…別に、君を責めようなどと思ってない…。」
「じゃあ、いつまでしょげてんだよ。」
宇髄さんは兄上の顔を覗き込みました。菊門は突かれなかったものの兄上は精神的に痛い所を突かれていつもの気力は失っておりました。
「俺のこと嫌いになったか?」
「…君のことは嫌いではない。むしろ人として好きだし尊敬している。…だけど違うんだ。」
「俺のことはそういう対象には見れないって?」
「…すまない…。」
「ま、お前はそう言うと思ってたけどよ。」
宇髄さんは風呂の縁に寄りかかって曙色の空を見上げました。
「君の誕生日を祝うつもりが…かえって君を傷つけてしまったな、俺は…。」
「はあ?」
兄上がすまなそうに言うと宇髄さんは兄上を見て変な顔をしました。
「馬鹿なこと言ってんな、言っておくが俺は振られたとか傷ついたとかそんな事は一切思っていねえ。」
「…⁇…どういうことだ宇髄…?」
「俺はお前ら兄弟二人が何しようと正直どうでもいいんだよ。」
「どうでも?…⁇…俺は何か勘違いしているのか?」
「そうじゃねえよ、俺は俺がしたいと思ったことはするし周りが何と言おうと気にしない。だからお前が弟を好きだとかいうのも俺には全く問題ねえ話だ。」
「…?」
宇髄さんは目を丸くしている兄上にまた近づいて頬に手を伸ばしました。
「要するにお前はもう俺の嫁の一人なんだよ、煉獄。」
「…は⁉︎」
寝ている俺の顳顬に三本目の血管が音を立てて浮き上がりました。
「俺は細けえことはお前らみたいにいちいち気にしねえしお互いによければそれで良いんだよ。だから弟以外に欲しくなったらいつでも言ってこい。優しく相手してやるよ。」
やはり嫁が三人もいる男は言うことが違いました。この男の中では兄上は既に嫁認定されていたのです。そしてどこまでも俺の天敵として君臨し続け、隙さえあれば兄上を手中に収めようとしているのです。
「でも俺も一度位お前を抱いてみたいんだけどなあ、煉獄、どうする、やるか。」
「…!」
兄上は慌てて自分の尻を手で覆いました。
「ははは。冗談だよ、無理矢理やるのは好きじゃねえ。」
さっき無理矢理やろうとしただろう、と不審な目を向ける兄上を見て宇髄さんはくすくす笑っていました。
「嫁を自由にさせてやるのも亭主としての力量だ。」
「俺は君の嫁になった覚えはない!勝手過ぎるだろう!」
「俺が嫁と言ったら嫁だ。何か文句あるか。」
「横暴だ!」
「俺のことは嫌いじゃないんだろ?」
「ぐっ…、だが君は対象ではないと言った筈だ!」
「いーよ、別に。そのうち気が変わるかもしれねえし。」
「それは絶対にない!もう訳がわからない!何なんだ君は!」
「ははっ、わからなくていーよ、一度きりの人生楽しまねえとな。」
だけどこの後、俺は自分の力量不足を身に染みて感じることになるとは思いもしませんでした。
兄上は朝日がだいぶ登った頃に宇髄さんと別れて帰ってきて、俺は棕櫚箒で兄上の部屋の掃除をしていました。
「おかえりなさい兄上。」
「うむ、今帰った。」
「今日は遅かったですね、お風呂と朝餉どちらを先にしましょうか?」
「今日はもう風呂は入ってきた、朝餉も帰り道でとってきたから大丈夫だ。」
兄上が隊服の上着の釦を外しながら言いました。
「そうですか。」
俺は兄上の脱いだ上着を受け取り、ふと、襯衣の釦に手を掛けた兄上の髪の隙間から覗く首筋に何か赤い虫刺されのようなものが付いているのが目に留まりました。
「兄上…?」
俺は兄上の首筋をじっと凝視して息を呑みました。そこには見覚えのある痣がいくつかついていたのです。
「あ…!」
見間違いではありませんでした。俺は兄上に何度もつけられているのでそのくらいは見分けがつきます。俺は兄上の首筋に最も見たくないものを見てしまったのです。
「…ん?どうした千寿郎。」
兄上の上着と箒を持つ手が震えました。
「兄上…、朝方は誰といたのですか…?」
「朝…?宇髄とだが…、それがどうした?」
「…!」
俺の目に涙が浮かびました。宇髄さんと…。頭の中に兄上と宇髄さんの絡み合う姿が映り、少し前にこの場で兄上と身体を重ねたことが悔しくて仕方ありませんでした。
「…その首の印は…何ですか、兄上…。」
「首…?……よもや…‼︎」
俺の指摘に兄上も気が付き、慌てて首筋を手で覆って青褪めていました。俺は兄上の上着を畳の上に落とし、箒を両手で握ると兄上を睨み付けました。涙を溢す俺の背後には焔が浮かび上がり、総髪が陽炎
かげろう
と共にゆらゆらと揺れ動いていました。
「兄上えええぇぇ‼︎」
俺は叫びながら箒を振りかざしました。
「まっ、待て!千寿郎‼︎」
「わあああああ‼︎」
俺の振り下ろした箒が兄上の脳天を直撃し、白目を剥いた兄上はその場でうつ伏せに倒れ込みました。
俺は息を切らせ、涙の筋が何本も伝った顔で兄上を見下ろしました。兄上の頭の上にはひよこが数匹、円を描いて飛んでいました。
俺は奥歯を噛み締め、頭の中で悲哀と憎悪と愛情が混ざり合いながらうねって混乱したまま倒れている兄上を睨んで、
「実家に帰らせて貰います‼︎」
と、捨て台詞を吐くと箒を投げ捨てて兄上の部屋を飛び出しました。
兄上の傍になんかいたくない!俺の目から溢れる大粒の涙が後方に舞いながら消えていきました。
「…お前の実家は…ここだろう…。」
俺の廊下を駆けて行く足音を聞きながら兄上が震える手を伸ばしながら呟いていました。