犬は犬でもーやはり、こんなこと断ればよかったのだ!
薄暗闇の中、畳の擦れた香りと、四肢の自由を奪う肉の熱く硬い感触を感じながら、長次郎は心の中で叫んでいた。
遡ること半日前のことである。
「…今なんと仰られた」
「ええ、ですから、元柳斎から貴方を借り受けました」
「お断り致す」
迅雷の如く若者の威勢の良い拒絶に、対面する男ーーー厳原金勒は墨染の袖の下で腕を組みやれやれと首を振る。
「まだ何も説明していないのに」
「兎にも角にも嫌でございます。お二人とも私を猫か犬と勘違いしておられるようだ」
「そう尖るな長次郎よ。お主を指名したのは厳原ではない」
長次郎は振り向いた。口を挟んだのは開け放たれた客間の縁側で茶を啜っていた山本元柳斎重國その人だ。生涯尽くすと心に誓う主人の言葉に、どういうことでしょうか、と説明を促す他なかった。
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