天敵「わんっ」
夜狩に向かう途中。世間一般では可愛らしいと称される鳴き声が聞こえた瞬間、少年達はやや後方にいるはずの引率者を振り返った。
「! 魏せんぱ……あれ?」
しかし、つい先程まで露店を冷やかしていた黒衣の男の姿はなく、まるで初めからそこには誰もいなかったかのように掻き消えていた。
いつもなら情けない叫び声を上げて近くの誰かに飛びついているのに、と少年達は犬が近くにいないことを確認しつつ周囲を見渡す。
「あっ! いた!」
地面に落ちた不自然な影に気付いた一人の門弟が空を指さした。その先には、辛うじて風にはためく黒衣が見える程度の距離に人影が浮かんでいた。
「えっ、一瞬であんな高さまで?」
「まったく気付かなかった……」
あまりの早業に少年達が驚きに目を見開いて見上げる中、藍思追が口元に片手を添えてやや大きな声で呼びかける。
「魏先輩! もう大丈夫ですよ」
すると、瞬く間に高度を下げた魏無羨が、微かな着地音と共に藍思追の隣に降り立った。随便も滑らかに腰の鞘に収まる。
「よし行くぞお子様達」
「……よくあの流れで何事もなかったかのように振る舞えますね。というか、さっきのどうやったんですか?」
平然と歩き出した魏無羨に、藍景儀が呆れに妙な感心を含んだ質問をする。対する魏無羨はそっと鳥肌の立った腕を撫でた。
「人間、追い詰められると大抵のことはできるんだよ」
「すごいような、そうでもないような……」
「景儀もどうだ? お前の場合、御剣が早くなるか度胸が付くか」
いつの間にか魏無羨の手には陳情があり、何をするつもりかは一目瞭然だ。藍景儀はぶるぶると首を振る。
「遠慮しておきますっ! もっと穏便に鍛えたいです……」
「時には荒療治も必要だと思わないか?」
「魏先輩も一緒に荒療治、どうですか?」
「うん、急ぐことはないよな」
にやにやとした笑みを引っ込めて、魏無羨は主張を翻した。