さんぴの導入。「ハナビくん⁉︎」
部屋から飛び出したハナビは、廊下にメーテルが居るのを見てその腕を掴んだ。
「どこに……!」
ハナビは何も言わない。すぐ隣の部屋のドアを開けるとメーテルを引き込んだ。
「タイジュ!」
ハナビの視線の先ではタイジュがベッドでぐったりと力なく横になっていた。駆け寄ると、ゆっくりとハナビを見た。ハナビの後ろで事態を把握しようと忙しなく目をあちこちに向けるメーテルが居た。
「……ハナビくん……」
ハナビはホッとしてベッドに腰掛けた。
「ハナビくん……ハナビくん、こっちに……」
伸ばされた手は、ハナビではなくメーテルに向かっていた。
「ハナビくん……」
「……え?」
メーテルはタイジュを見た。悲しそうに眉を寄せ、涙を流している。ハナビは全く視界に入っていないのではと思う程の、タイジュの縋るようなメーテルへの態度。
「タ……タイジュ……?」
「ハナビくん、どういうことなの?」
メーテルの呼びかけにぎこちなく振り向いたハナビは、その顔を驚きと不安でいっぱいにしていた。
「さっき……タイジュから電話があった時……オレがどうしたのかを聞こうとしても……ハナビくんを呼んでください、メーテルさん、って言って……」
「私を貴方だと思ってるってこと?」
「……たぶん」
ふたりの会話はタイジュには届いていない。グスグスと泣き続け、ハナビくん、と呟く。
「巨大怪物体だわ」
メーテルは言い切った。
「は?」
「今朝の巨大怪物体よ。あの子、とても悲しい気持ちで戦ってたわ。……最後は浄化されたけど……消滅する時何か粒子を飛ばしたの。一番前に居たタイジュくんが影響を受けたのかもしれない」
「あのキラキラしたヤツか?」
「ええ。そうだとしたらどんな状態になるか分からない」
「タイジュ……!」
タイジュはメーテルをじっと見つめている。
「ハナビくん……なんでそんな遠い所に居るんですか……? もっと……近くに……」
ふたりは閉口した。解決策が見つからない。ここにはヒビキもミドリも居ない。
「ハナビくん」
メーテルは鋭い視線をハナビに送った。
「What」
ハナビは負けじと視線を跳ね返す。
「貴方は嫌かもしれないけれど、少しの間、私が貴方になるわ。タイジュくんを呼び捨てにすること、許してくれるわよね?」
「——っ!」
メーテルの言わんとする意味を察知し、目を見開き息を吸った。そしてずっと泣き続けているタイジュのことを思い、頷いた。
「助けてやってくれ」
「分かった」
ハナビはベッドから立ち上がった。その前をするりとメーテルが通り過ぎる。
「ハナビくん……!」
安堵の声。
「……タイジュ」
メーテルは低くその名を呼んだ。
「ハナビくん、ハナビくんっ」
上半身を起こし、両手を差し出しメーテルの首に抱きつく。自分を求めてくれているはずなのに、その相手がメーテルなのだ。嬉しいのに嫉妬してしまう。その両手で抱きつくべき相手はオレだろ? とタイジュの肩を掴んで揺さぶりたくなる。
「タイジュ、どうしたの?」
優しい口調でタイジュに話しかけ、頬を撫でる。タイジュは嬉しそうにわずかに微笑み、またもハナビくん、と名前を呼ぶ。タイジュの手がメーテルの背中に周り、腰を抱いた。メーテルはビクッと肩を上げ、それから同じようにタイジュの背中に手を添えた。
「淋しくて……なんだかすごく悲しくて……ハナビくんに……そばにいて欲しくて……っ」
やっぱり、巨大怪物体のせいなんだな、とハナビはドアにもたれかかって考えた。
「ハナビくん……キス、してください」
「えっ……」
「なっ……!」
タイジュの視界にはハナビに見えているメーテルしか居ない様だった。甘えてくるタイジュに、ハナビは赤面し狼狽え、メーテルは言葉を失った。
「……ハナビくん? してくれねえんですか……?」
「……っ、メーテル、どう……」
ハナビの問いに答える代わりに、メーテルはタイジュの唇に自分の唇を重ねた。
「ん……っ、……ん」
声を漏らすのはタイジュだった。ハナビは伸ばした手を宙に浮かせたまま体が動かない。キスを終えたふたりを見つめる。ハナビから見えるタイジュは嬉しそうにメーテルに熱い視線を送る。タイジュが物欲しげに顎をしゃくると、タイジュからメーテルへと唇を合わせた。二度目。はあ、とふたりから吐息が聞こえた。
ハナビはふたりを引き剥がしたいのを拳を握り、ぐっと堪える。
「……メーテル」
「素敵」
「……は?」
「貴方たちこんなふうに求め合ってるのね」
メーテルはキスを終えるとぎゅうっとタイジュを抱きしめた。ハナビへと振り向いたメーテルはほんの少し頬が赤い。
「タイジュくんの唇、とっても柔らかくて気持ちいい」
「メーテル、……もう」
「キスだけ? それ以上のこともしてるの?」
メーテルの腕の中で、タイジュは少し安心したように目を閉じている。
「お前にはさせねえよ」
「……してるのね」
ハナビは腹の中で小さな怒りに似た感情が湧くのを感じた。
「このままタイジュくんが戻らなかったら、私とそれをするのかしら」
「——っ、だから」
「それとも、三人でする?」
「……は?」
タイジュが身じろぎをし、顔を上げる。
「……なんの話ですか?」
以上。