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    kakeneeのお題より。
    使用お題:最後の夜/伸ばされた手を払う
    某ゲームの二次創作だけどキャラの名前は出てこない。察しても黙っててね。よろしくね。

    解く指先、埋まる白 カリ、とペンが紙をひっかく音がリビングに落ちる。断続的に発生するそれは、どんどんと弱くなっていく。白い紙の上にのたうち回る筆跡は、音に比例して薄くなっていっていた。
     バトンのようにペンを振りつつ、すぐ隣にある携帯端末に目をやる。黒い液晶画面、その上部にある通知ランプは暗いままだ。けれども、最近は通知が来ないバグが起こっているという話も聞く。もしかしたら、気づかぬ内に何か重要な連絡が来ているかもしれない。見逃しては大変だ。
     もっともらしい理屈をこじつけ、少年は物言わぬ携帯端末に手を伸ばす。そろそろと伸ばされたそれは、パシンと軽い音をたてて払われた。
    「まだ終わっていないでしょう」
     冷たい声が背中に突き刺さる。おそるおそる振り返ると、そこには眇目でこちらを見る双子の弟がいた。常は南国の海のような美しい碧の瞳は、冬の凍える空気を思わせる冷たさを宿していた。
    「ほ、ほら、連絡来てるかもじゃん?」
    「始めた頃から一切反応が無いでしょう」
    「バグで通知来てないかもだし」
    「あのバグ、最近直りましたよ。心配する必要はありません」
     だからさっさと続きをやりなさい、と片割れは言う。心臓を凍らせるような、冷たく厳しく鋭い響きをしていた。日頃面倒を見ている初等部の子どもたちには絶対に聞かせられないようなものだ。
     へぇい、と萎んだ声で返事をし、兄は問題集に向かう。その目には常の太陽のような輝きはなく、暗く濁っていた。
     本日、八月二十四日。時刻、二十二時四十分。夏休み最終日であり、最後の夜である。
     勉強嫌いで学年内でも有名な己だが、今年の夏は違うのだ。初日にそう思い立ち、答えの丸写しなどしないと宣言までし、友人や弟に教わりながら少しづつ課題を始末していっていた。おかげで、例年は最終日まで机の隅に積み上げられ忘れ去られていた課題の山は、今年は半分以下に減っていた。
     そう、減っていた。減ってはいたが、その山は最終日まで消えることはなかったのだ。
     初日のやる気は日が経つにつれ萎み、後半は課題に触ることはかなり減っていた。運営業務が忙しかったというのもあるが、それでもきちんと全て終わらせている仲間を考えると言い訳にはならない。友人らと遊ぶことが多かったのも事実である。結局、己の怠慢だ。
     そして、残ったものを泣きながら処理する今に至る。それも、学年主席の弟という厳格な監督付きで。
     ちらりと後ろを伺う。瞬間、ソファにもたれた弟と視線がかち合った。細まった浅葱の目は、さっさとやれ、と語っていた。
     ふへぇ、と情けない音を漏らし、床に直接座った少年は目の前の課題に再度向かう。数学はこの一冊で終わりだ。頑張ろう。心の内で気合を入れるも、シャープペンシルを握る手付きは弱々しいものだった。
     とにかく解くだけ解こう、と課題範囲の基礎問題は終わらせた。残るは応用問題だ。基礎から軽く発展した程度のものは自力で解くことができたが、複数単元が混じり合うものは問題文の意味を読み解くことすら難しい。今読んでいるものだってそうだ。何を言いたいのだ、この文章は。意味も無く叫び出したい気分に駆られる。
    「こんなの習ってねぇだろ……」
    「習ったから課題になっているのでしょう」
     絞り出すような声を、冷静な声が切り捨てる。正論である。そもそも、己でも基礎問題は解くことができたのだから習ったのは確定だ。
    「どこが分からないのですか」
     ソファから身を起こし、弟は兄の隣に腰を下ろし正座する。これ、とペンで問題文を差すと、天河石の瞳が難しそうに細められた。手を伸ばし、彼はローテーブルの上に山積みになった教科書のうち一冊を取り出す。ぱらぱらとページをめくる音。しばしして、現在取り掛かっている問題の単元、そのページが開かれ目の前に差し出された。
    「この問題が近いですね。授業でやったでしょう?」
    「やった…………っけ?」
    「やりましたよ」
     途中式が書き込んであるじゃないですか、と碧は溜め息を吐く。彼の言う通り、ページの末尾に載せられた問題、その近くの空白のスペースには式がいくつか書き込まれていた。たしかに己の字である。授業中に書いたものなのだろう。解いたことなど完全に忘れていた。
     これは取っ掛かりの一つとなるかもしれない。紅玉に光が宿る。教科書を受け取り、書かれた問題文と数式をじぃと見つめる。この数字を使うのか。この公式を使うのか。メモ書きのような数式から、情報をどうにか読み解いていく。
     よし、と顔を上げ、問題集に手を伸ばす。教科書と見比べながら、問題文に散らばる数字にアンダーラインを引いていった。公式を書き、線を引き強調した数字を代入していく。式を展開させ、まず一つの答えを導き出した。
    「解けた!」
    「まだ残っていますよ。あと少し頑張りましょう」
     思わず喜びの声をあげるも、隣からの冷静な声に撃ち落とされる。しかし、その響きは先ほどのものよりずっと柔らかで温かなものだ。勉強嫌いなりに自力で解いた兄を労い気遣う音色をしていた。
     へーい、と軽く返し、朱はペンを回す。時折教科書に手を伸ばし、使う公式を見定めていく。カリカリと紙面をシャープペンシルが走る音が静かな部屋に積もっていった。
     シャ、と短い音を最後にペンが止まる。数式が解き終わったことを示していた。
    「――終わったー!」
     ペンをテーブルに放り出し、少年は大きく伸びをする。これで数学の課題は終わりだ。一つの山を登り終えた喜びに、自然と笑みが浮かぶ。どこか疲れていながらも、晴れやかなものだった。
    「お疲れ様です」
     あー、と濁った声を吐きながら背筋を伸ばしていると、隣から柔らかな言葉がかけられた。腕を下ろし横を向く。そこには、古文の参考書を手にふわりと笑う弟の姿があった。
     ビクリ、と思わず肩が跳ねる。そうだ、まだ課題は全て終わったわけではないのだ。すぐさま残っている古文や生物に取り掛からねばならない。けれども、長時間数式と戦った脳味噌は、もう疲労困憊だ。休みを挟まねばろくな動きをしないだろう。けれども、この厳しい弟が怠惰に課題を溜め込んだ己に休憩なんてものを与えてくれるだろうか。
    「答え合わせは後にして、アイスでも食べましょうか」
     教科書と参考書の山に手にした冊子を戻し、碧は立ち上がる。朱い瞳が朝空色を追う。へ、と思わず間の抜けた声が漏れた。
    「どうしたのですか?」
    「え? いや、アイス食べてもいいんだ……」
    「糖分の補給は大切ですからね。それに、疲れたでしょう? 休憩しましょう」
     適度な休憩は効率を高めますから、と弟は歌うように口にする。そういえば、彼に勉強を教えてもらっている時はいつも途中途中休憩を挟んでいた。こうやってお菓子を食べようだなんて言うのは今回が初めてだが。
     それに、と言葉が続く。こちらに向けられた碧い瞳は、緩やかな弧を描いていた。
    「頑張ったのですから、少しはご褒美がほしいでしょう?」
     ね、と碧の少年は口元に人差し指を当て、どこかいたずらげに笑う。『ご褒美』の言葉に、まあるい朱がぱちりと瞬く。その鮮やかな色も彼と同じく弧を描く。目と口の大きな曲線が、大輪の笑顔を作った。
    「うん!」
     力強く答え、急いで立ち上がる。ほらほら、と弾んだ声を漏らしながら隣の立つ弟の背を押す。うわ、と驚く声を無視して、そのまま二人でキッチンへと向かった。パタパタと足音二つがリビングから遠ざかっていく。
     どれにしよう。好きなものでいいですよ。やった。
     そんな声が、光に照らされる部屋に届いてきた。
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