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    10月に書きたかった話を今更完成させたやつ。月一公式の燃料から膨らませた話。詳しく知りたい人は「sdvx 2021 10月 エンドシーン」でググって。そして気になったら公式のキャラ紹介ページ(https://p.eagate.573.jp/game/sdvx/vi/chara/index.html)見て。ついでにゲーセン行ってゲームやって。頼む。

    ザクロと君の色 あーん、と可愛らしい声とともに、白い指が眼前に迫る。ふとした拍子に折れてしまうのではないかと不安になるほど細い指先には、小さな赤があった。不格好な多角形のそれは、毒々しいほど鮮やかだ。透き通り、光を受けてどこかきらめく様はガラスの欠片を思わせた。
     差し出されたそれに、恋刃は小さく眉をひそめる。健康的な色をした唇が引き結ばれ、口角が悩ましげに下がる。きらめく粒と同じほど赤い瞳は、いつだって真っ直ぐに相手を見据える彼女らしくもなくうろうろと宙を彷徨っていた。逡巡、少女は震える口を小さく開き、指の持ち主に向けてわずかに身を乗り出す。あーん、と再び愛らしい声。あーん、とかすかに震え掠れた復唱。白を飾る透る赤は、血肉の色をした舌の上に乗せられ口内へと消えた。華奢な顎が動き、少女は迎え入れたそれを咀嚼する。瞬間、紅玉の瞳が険しげに細められた。
    「すっぱぃ……」
    「そんなに?」
     口いっぱいに広がる酸味に、赤い少女はうぅ、と苦々しい声を漏らす。小指の爪ほどの小さな実だというのに、舌の上はそれが中に秘めた酸味で一気に塗り潰されてしまった。リンゴやイチゴのように真っ赤に熟れた外見からは全く想像できない味だ。旬を迎えていることもこの味の強さの一因だろうか。だとしてもすっぱいったらない。
     小さくうなりながら顔をしかめる恋刃を、奈奈は不思議そうな顔で眺める。赤い粒――ザクロを食べさせた、つまりは己がこんな顔をしている原因は彼女だというのに、七色の瞳はどこか楽しげに輝いていた。すっぱさに悶える己の顔はそんなにも物珍しいのだろうか。それとも、ただ『あーん』ができて嬉しいのだろうか。後者だといいのだけれど、と少女は机上のペットボトルに手を伸ばした。しかめっ面で口をつけ、大きく傾け中身を煽る。甘いストレートティーだというのに、レモンティーのような風味が口の中に広がった。
     少女らの――正確には奈奈の目の前にはザクロの実が転がっていた。手のひらサイズのそれは熟し、中から目に痛いほど鮮やかな赤が覗いている。絵の具をそのまま塗りたくったようなそれは、どこか不気味な印象すら与える。反して、丁寧に磨かれた宝石のような美しさも持ち合わせていた。
     弾けるようにこぼれたその一粒を取り上げ、虹色の少女は指先で小さな赤を転がす。色彩感覚が狂いそうなほど強い色をした粒を見つめる瞳には、好奇心と愛おしさがにじんでいた。
    「ねぇ、恋刃」
    「なに?」
     紅茶の甘みと渋みで口内を洗い流そうとする赤に、虹はそっと目を細める。カラフルな瞳には、どこかいたずらげな光が灯っていた。
    「ザクロって、人のお肉の味がするんですって」
     七色に彩られた少女の言葉に、紅茶を飲む恋刃の動きが止まる。ぐ、と口に含んだ液体を噴き出しそうになるのを必死に堪える。どうにか飲み下し、紅緋に染まる少女は目の前に座る親友をじとりと見た。
    「何で私に食べさせた後にそんな話をするの……?」
     ザクロは人肉の味。確かに聞いたことのある話だ。しかし、人に食べさせておいて『人のお肉の味』などと告げるのは、さすがに愛しい愛しい親友とはいえいたずらがすぎる。先ほどから幾度も手ずから食べさせているのだから尚更だ――可愛らしい『あーん』の声に逆らえず全部食べた自分も悪いのだけれど。
     昔聞いた覚えがあったから、と少女はこともなげに言う。本当にただ与太として話したようだ。親友はどこかずれたところがある。それが出たのだろう。しかしタイミングと内容が最悪である。
    「そもそも、何でこんなに私に食べさせるの? 奈奈が食べたらいいじゃない」
     むぅと頬を膨らませ、恋刃はふてくされたように投げかける。味が気になるならば、人に食べさせて感想を聞くよりも、自分で実際に食べてみる方がいいに決まっている。だのにこの親友は先ほどから己に食べさせるばかりで自分で食べようとはしない。不思議ったらない。
    「だって、恋刃みたいだから」
     透き通ってて、真っ赤で、つやつやで。恋刃の目みたい。
     澄んだ瞳とどこか儚げな微笑みを浮かべた少女は、歌うように言葉を紡ぐ。純粋な、裏も何もない声と表情だ。そんな顔でまっすぐに言われては、胸の内に溜め込んだ言葉なぞ失ってしまう。ふわ、と頬が熱を持つ感覚。けれども、その温度も『人のお肉の味』というフレーズにすぐ引っ込んでしまった。
    「お味はどう?」
    「すっぱいだけよ」
    「人のお肉はすっぱいってことなのかしら」
    「奈奈?」
     不穏な言葉をぽろぽろとこぼす友に、少女はひきつる口元をあらわに小首を傾げる。どこか天然なところがある彼女だ、悪気などないのだろう。けれども、こんな話題をいつまでも続けるのはごめんだ。お肉から離れましょ、と乞いにも似た声で言うと、そうね、とふわりとした笑みが返される。天然なところがあるだけで、奈奈は心優しい子だ。悪気など一切無いのだろう。けれども、どこか遊ばれているような感覚がするのは何故なのか。名に恋を冠する少女は密かに頬を膨らませた。
    「あ。ねぇ、恋刃」
    「なに」
     名を呼ぶ奈奈に、恋刃は短く返す。拗ねたような音になってしまったのを誤魔化すように、紅茶を一口。酸味が残っていた口内は、やっと元のフラットな様相を取り戻した。
    「ザクロって血の味とも言われてるんですって」
     つややかな瞳がふわりと虹を描く。七色の瞳に宿る光は、どこか妖艶に見えた。
     純粋な少女に不釣り合いな輝きと爆弾のような言葉に、赤色の少女はぱちぱちと瞬きを繰り返す。『血』の一音節に、心臓がドクリと跳ねた。
     ねぇ、と友は口を開く。グロスを塗ったようにつやめく唇の隙間から覗く舌は、ザクロのように――血のように赤かった。
    「血の味、した?」
    「……しないわよ。ただすっぱいだけ」
     好奇心といたずらの色をにじませた言葉に、少女はぶっきらぼうに返す。血はもっと鉄臭くて、生臭くて、ほの甘い。血のような色をしたこの果実とは似ても似つかない味だ。先ほどまでの己の反応からそんなこと分かっているだろうに、わざわざ問うてくるのは天然故か、それとも故意のものか。愛らしいこの親友は時々訳の分からないことを言う。そこがまた可愛らしいと思ってしまう己も大概なのだけれど。
     ふぅん、と興味深そうな音を漏らし、奈奈は再びザクロの粒を一つ摘み取る。白い指先に赤が灯る。
    「こんなに血みたいな――恋刃みたいな色なのにね」
     摘んだ粒を指先で転がしながら、虹色は愛おしげにその赤を見つめる。少し持ち上げ光に透かし、きらめくそれを眺める姿は、大切な宝物を愛でるようなものに見えた。
     指先が口元に運ばれ、少女は血色の粒を可憐な口に入れた。もぐ、と小さな顎が動く。瞬間、七色の目が驚愕に大きく開いた。まあるい可愛らしい目はすぐさまつむられ、ピンク色の唇がきゅっと寄せられた。
    「……本当にすっぱいのね」
    「散々言ったじゃない」
     ほら、と顔をしかめる親友に、恋刃はペットボトルを差し出す。ありがとう、と弱々しい声とともに、虹の少女は深い琥珀をこくこくと飲む。赤いラベルで彩られたそれから口を離した少女は、今一度すっぱい、とこぼした。瞳からあの輝きは失せ、眉を八の字に下げたどこかしょんぼりとした表情をしていた。さんざっぱら味を聞いていたとはいえ、あのすっぱさをいきなり体験してはこんな顔になってしまうのも無理はない。けれども、そこにはどこか幼い子どものような可愛らしさがあった。ふ、と笑みがこぼれ落ちる。
    「ケーキでも食べて口直ししましょ?」
     赤はそう言って席を立つ。目の前の割れたザクロとペットボトルを級友にもらったビニール袋に詰め込み、うー、と小さく声を漏らす虹に手を差し伸べた。口内を支配しているであろう酸味に目を眇める少女は、ぱちりと大きく瞬きをする。透き通る可憐な手が、大きく広げられた華奢な手を取った。
    「Cafe VOLTE、秋の新作ケーキが出てるはずよ。食べに行きましょ」
    「……ザクロのケーキ、あるかしら?」
    「そろそろザクロから離れましょ?」
     あれだけの酸味を味わっておいてまだザクロに固執するのだから、この親友は分からない。そんなところも可愛いのだけれど、と思ってしまう自分も大概だ。
     ほら、と恋刃は愛しい親友の手を引く。幼き頃からの親友に手を引かれ、奈奈はその細い足を動かした。黒いスカートと白いワンピースがふわりと舞う。
     何食べようかしら。やっぱりモンブランじゃない。カボチャもいいかも。弾んだ声を交わしながら、少女たちはケーキに思いを馳せる。ビニール袋の中で、ザクロがまた一つ粒をこぼした。
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